オルタナティブを考えるブログ

タイトルも新たに、1年ぶりですが、まずは過去の記事を整理しなきゃ

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ソロモン時代の交易状況を知ろうと列王紀上第10章10節から12節、そして21節と22節にはとても興味深い品々が列挙されている(歴代志下第9章にも同様の記述がある)。
 
タルシシの特徴として金属資源の豊富な地域であるスペインのタルテッソス(Tartessos)やアナトリア中南部のタルスス(Tarsus)がその候補として挙げられていた。しかし、それ以外の商材を見る限りでは、とてもスペインやトルコの物とは思えないようなものが多くある。それらは・・・
 
 
びゃくだん(白檀)、宝石、象牙、さる、くじゃく
 
 
・・・上記の世界的な分布を考えた場合、
 
 
共通している地域とは  インド である。
 
 
そして・・・
 
 
それだけである。
 
 
列王紀上第10章10節~12節
そして彼女(シバの女王)は金百二十タラントおよび多くの香料と宝石とを王に贈った。シバの女王がソロモン王に贈ったような多くの香料は再びこなかった。オフルから金を載せてきたヒラムの船は、またオフルからたくさんのびゃくだんの木と宝石とを運んできたので、王はびゃくだんの木をもって主の宮と王の宮殿のために壁柱を造り、また歌う人々のために琴と立琴とを造った。このようなびゃくだんの木は、かつてきたこともなく、また今日まで見たこともなかった。
 
列王紀上第10章21節~22節
ソロモン王が飲むときに用いた器は皆金であった。またレバノンの森の家の器も皆純金であって、銀のものはなかった。銀はソロモンの世には顧みられなかった。これは王が海にタルシシの船隊を所有して、ヒラムの船隊と一緒に航海させ、タルシシの船隊に三年に一度、金、銀、象牙、さる、くじゃくを載せてこさせたからである。
 
   

再論: タルシシはどこか?

3年に一度タルシシから様々な商品を輸入したと言うのは、おそらく航海日数に3年かかったということではないということだ。砂漠の隊商にしても、株式会社のように商人達が契約を交わしながら出資し、引き換えとなるような商品を積んで現地に向かわせる。そして、おそらくエリュトゥラー海案内記のように、途中いくつかの港に寄港し、商取引を行いながらタルシシに向かったと考えられる。そして、無事にそれらの船団が戻ってくると、タルシシを含め途中の港などで獲得してきた商品は売りさばかれ、配当金が得られるのだ。こうした一連のサイクルが3年だったのであろう。
 
この海上交易のサイクルを考えると、タルシシがアナトリア半島中南部にあるタルスス(Tarsus)とする説は微妙だ。もしツロがテュロスだとすれば、航海日数としては数日足らずですむだろう。何も古代エジプトのハトシェプストのプント遠征を彷彿させるような国家事業を行わなくても、日々往来する民間の商人取引で間に会っていたに違いない。それでは、スペインのタルテッソス(Tartessos)は有力かと言うと・・・それも何とも言えない。停泊をどこかの港で行ったとしても、3~4週間もあれば到着すると思われる。
 
下記リンク先を参考にして下の図をつくっていみた。大プリニウス時代(西暦23年~79年)の航海日数が紹介されている。
 
イメージ 1
 
 
上では、国家事業として行われた交易サイクルが3年であって、航海そのものに3年を費やしたわけではないと書いた。航海期間で3年と言うと、どれぐらいの距離を走ることができるのか。3年と言うとヘロドトスが記したアレの話になる。
 
フェニキア人の航海術の実力を示すエピソードの一つにアフリカ周航がある。ギリシャ人の歴史家ヘロドトスによればフェニキアの船乗り達は紀元前7Cにエジプト王ネコの命によりアフリカを時計回りに一周したという。
 
リビア(アフリカのこと)がアジアに接する点を除いては、四方を海に囲まれていることは、リビアの地形から自ら明らかなことで、我々の知る限りでは、この事を証明して見せたのは、エジプト王ネコスがその最初の人であった。彼は、ナイル河からアラビア湾に通づる運河の開墾を中止したあと、フェニキア人を搭載した船団を派遣したのであったが、帰路には「ヘラクレスの柱」を抜けて北の海に出、エジプトに帰還するよう命じておいたのである。

さて、フェニキア人たちは紅海から出発して南の海を航海していった。そして秋になれば、ちょうどその時航海していたリビアの地点に接岸して穀物の種子を蒔き、刈り入れの時まで待機したのである。そして穀物を採り入れると船を出すというふうにして二年を経、三年目に「ヘラクレスの柱」を迂回してエジプトに帰着したのであった。そして彼らはー余人は知らず私には信じがたいことであるがーリビアを就航中、いつも太陽は右手にあった、と報告したのであった。
 
そう・・・3年と言えばアフリカ一周に要する時間だ・・・って本当に一周したのか?
 
 
いやいや、そんなことは重要なことではない。
 
 
それよりも、船によってアフリカ大陸を一周できる・・・
 
 
という情報がこの時代に存在していたことだ。
 
 
 
さて、話を続けよう。
 
 
タルシシの船団を使ったソロモンの交易の商品目録は、
 
 
金、銀、「象牙」、「さる」、「くじゃく」 であり、
 
 
オフルに行ったヒラムの船団が獲得した商品は
 
 
金、びゃくたん であった。
 
 
スペインのタルテッソスに行けば金や銀はあるかもしれないが、「象牙」、「さる」、「くじゃく」は無理だ。もちろんワシントン条約など存在しない時代だから、アフリカ大陸沿岸の港で取引しながら航行していったと考えると、寄港先の商取引で「象牙」や「さる」は入手可能であったかもしれない・・・。そのあたりを少し見てみよう。
 
 

オリエント世界の象牙はどこから入手したのか?

ヒンドゥー教(ガネーシャ)や仏教(歓喜天)にはとゾウの姿をした神がいるのだが、エジプト神話には神格化されたゾウは登場しない。ヘビ、ライオン、タカ、イヌ、猫、ヒヒ、カバ、ワニ、牛、そしてフンコロガシまでもが古代エジプトの信仰において神格化されているが、不思議とゾウと同様にキリンやサイなどもエジプト神話では神格化されていない。
 
イメージ 2
 
 
なぜか?
 
 
古代エジプト人はこれらを知らなかったのか?
 
 
その一方で、エジプトの古王国時代の遺跡やツタンカーメンの墓からも象牙の遺品が発掘されている。旧約聖書のソロモンの王座は象牙(金で覆われているが)でできていたとされ、イスラエル王国分裂後の北イスラエルの暴君で、妃のイザベルによってバアル崇拝に傾斜していたアハブ王の宮殿は「象牙の家」と呼ばれていたと言う。
 
それだけではない。象牙品にはフェニキア美術を代表する遺品の多くの象牙のものが多く存在し、フェニキアの文化を語る時には、彼らの巧みな金細工製品やガラス加工品と並んで欠かせないものである。一般にも、紀元前10世紀頃にアフリカゾウの象牙を商品として大々的に取引したのはフェニキア人であるとも言われている。
 
イメージ 5
 
ただ、実際にアフリカゾウの象牙を手に入れようとしたら、サハラ砂漠の南にまで行かなければならない。紀元前30世紀頃にはナイル川上流のヌビア辺りまで行けば、ひょっとしたらアフリカゾウに会えることができたかもしれないが・・・。
 
ふむ。。。
 
 
西村 洋子氏のホームページの以下の記載があった。
 
古代エジプトの女ファラオ、ハトシェプスとの時代だ。
「ヌビア総督かつ南方諸国の長官」によるヌビア支配は中断されることなく、セニ、アメンネヘト、もう一人の無名の人の順に官職が引き継がれ、トトメス3世の単独統治の時代にネヒーに引き継がれました。彼らはヌビアでの建設事業とヌビアの産物の「貢ぎ物」としての納品も監督しました。

またプント遠征以来、象牙、ヒョウの毛皮、生きている象、黄金などのアフリカの産物がヌビアの産物とともに記録されました。墓壁画にもヌビア人とともに貢ぎ物を運ぶ黒人たちが描かれました。女王の治世にはクレタ島との接触を示すものはありません。ケフティウ(ミノア人)の派遣団が墓壁画に描かれていますが、実際にはクレタとの交易はキプロス島やシリア・パレスティナを通じて行われたかもしれません。
 
 
なるほど、
 
 
「生きている象」とある。
 
 
なぜ、わざわざ「生きている象」とあるのかというと、よっぽど珍しかったに違いない。
 
ハトシェプストのプント遠征については以下を参照ください。
 
黄金の国プント -ハトシェプストのプント遠征 その1
黄金の国プント -ハトシェプストのプント遠征 その2
黄金の国プント -ハトシェプストのプント遠征 その3
 
 
さて、
 
生きているゾウに会えた(?)ハトシェプスは、さぞかし喜んだに違いないが、後継者は違ったようだ。
 
イメージ 4
 
紀元前15世紀頃、プント遠征を行ったハトシェプスト女王の後を継いだトトメス3世(紀元前1486年~紀元前1425年頃)は、アジア地方に軍事遠征を数多く行い、領土をエジプト史上最大のシリア地方にまで拡張した。彼が第8回のシリア遠征時の帰途で象狩りを行ったと言う逸話は有名だ。
 
また、西村 洋子氏のホームページから抜粋。
王の西アジア遠征のクライマックスは治世33年のミタンニ王国への軍事遠征(第8回)でした。このことは年代記の他にアルマントとゲベル・バルカルの石碑、カルナックのアメン神殿の第7ピュロン、オベリスク、アメンエムハブの自伝碑文などに記されています。
 
王はビブロスで建造させた船でカルケミシュでユーフラテス川を渡り、祖父トトメス1世の石碑の隣に自分の石碑を建てました。それからユーフラテス川を下り、周辺の村落を壊滅させ、敵軍を追撃しました。しかし、ミタンニ王との決戦はありませんでした。アメンエムハブの自伝碑文によると、王は帰途ニヤで120頭の象を狩りました。
 
 
これが有名なトトメス3世の象狩りの逸話だ。
 
 
おいおい。シリア地方に象がいたなんて聞いてないぞ?
 
 
・・・いや 聞いてないのは僕だけだったのかもしれない。
 
 
伝説のシリア象についてはいろいろと議論がされている。
 
イメージ 3
 
 
それでは・・・
 
 
シリアに象がいたとして、それでも美術品や工芸品の素材として象牙が使われていたにもかかわらず、「ゾウ」そのものがオリエント美術に登場しないのはどうしてだろうか?
 
 
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たしか、サイラス・ ゴールドン著「聖書以前」によりますと、フェニキア人は、紀元前2300年頃(?)には、エーゲ海に進出していたそうです。

それは、ギリシア文字の研究から判るそうです。

ギリシア文字はフェニキア文字から発展したらしいです。

2012/5/23(水) 午前 8:39 マーラーー 返信する

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フェニキア人は、現在のインドネシアまで到達していたらしいです。

何かに書いてありました。

さらに、シュメール人は、日本まで到達していたらしいです。

2012/5/23(水) 午前 8:45 マーラーー 返信する

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そうすると、ソロモン時代には
インドと交易していたと
こういう解釈ですか?

2012/5/23(水) 午前 11:28 [ yoshii ] 返信する

興亡の歴史03「通商国家カルタゴ」には、
文字数22個の子音文字からなり、右から左への横書きという、北西セム語の線状アルファベット、いわゆるフェニキア文字が完成するのは11世紀の中頃であると。
・・・とありました。

フェニキア人の地中海展開は考古学的には「紀元前8世紀頃から」しか証明できないそうで、それ以前のこととなると難しいようです。

2012/5/23(水) 午後 7:20 [ 9回裏二死満塁 ] 返信する

「フェニキア人がインドネシアに達していた」というのは否定しませんが、学術的な証明ができないと思います。一方でオーストロネシア語族がマダガスカルまでやってきたという説は、言語学やDNA鑑定などで支持されています。参考↓

古代の超大航海(1) マダガスカルとマレー人
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/22900053.html

古代の超大航海(2) 恐るべしラピタ人
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/22920207.html

古代の超大航海(3) 幻の大陸スンダランド
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/23517954.html

2012/5/23(水) 午後 7:29 [ 9回裏二死満塁 ] 返信する

紀元前3000年にはアフガニスタンのラピスラズリがエジプトにまで来ていたのですから、ソロモンとインドの交易もあると思います。ただ、そもそも「くじゃく」などの翻訳が正しいかどうかという問題もあるかもしれません。

しかし、結論を言えばそう思います。それについては次の次ぐらいかも・・・

2012/5/23(水) 午後 7:33 [ 9回裏二死満塁 ] 返信する

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ありがとうございます。

さすが!! 満塁殿♪

別格ですね。

只のサラリーマンとは思えません!!

2012/5/24(木) 午前 10:11 [ ユダ ] 返信する

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