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平成の女子アナの記憶③ 元祖アナドルの中野美奈子アナ
2016年5月のZepp Namba公演、そして7月のZepp Nagoya公演で確かな成長を見せたけやき坂46。
しかし、欅坂46を中心に行われた「欅共和国2017」では、ステージを締める最後の挨拶の場に立つことができず、メンバーたちは再び自分たちの存在意義について考える。
そんな中、春から行われていたけやき坂46の全国ツアーは一旦中断され、欅坂46初となる大規模な全国ツアーがスタートした。
2017年8月2日、兵庫県神戸市内の大型ホールで、欅坂46の全国ツアー初日公演が行なわれた。この直前に発売された欅坂46の1stアルバム『真っ白なものは汚したくなる』の楽曲を中心に据えたツアーだった。
けやき坂46もこの初日から参加し、アルバムに収録された欅坂46との合同曲『太陽は見上げる人を選ばない』など数曲を披露した。
そのなかには、けやき坂46単独の新曲『永遠の白線』も含まれていた。
そう人は誰も皆/自分から諦めてしまう/よく頑張ったと/言い訳ができればいいのか/白線 そんなに引けない/限界よりももっと手前で/伸ばした手をやっぱり下ろそうとする/ここで終わりでいいのか?/夢と石灰はまだ残ってるはず/誰も行ってない永遠はこの先だ
努力しても夢は簡単に叶わないかもしれないが、夢に向かって真っすぐ進み続けることが大事なんじゃないか――。そんな声援が聞こえてくるような曲だった。
間奏の振り付けでは、周りの人間に追い抜かれながらもそれぞれ必死に走っていたメンバーたちが、やがて一列に並び真っすぐな白線を表現するというシーンがある。それは、個々のメンバーがそれぞれの夢を追いながらも、12人で団結して未来をつくっていくというけやき坂46のあり方を象徴するような振り付けだった。
しかし、このときの彼女たちはグループとして一致団結するという意識がまだ定まっていなかった。
神戸での2日間の公演を終えた直後の8月5日。世界最大のアイドルフェス「TOKYO IDOL FESTIVAL 2017」(通称・TIF)に、欅坂46/けやき坂46が出演した。このイベントは、前年、活動を始めたばかりのけやき坂46メンバーが、初めて先輩である欅坂46のパフォーマンスを見た思い出深いステージだった。
だが、けやき坂46のこの日のパフォーマンスはミスが目立った。全国ツアー用につくった振り付けをTIFのステージに向けて突貫で修正したことに、頭が追いついていなかったのだ。特に、ラインダンスのように一列に並ぶ場面の多い『永遠の白線』では、微妙なポジションのズレやタイミングの狂いのせいで完成度を損ねてしまっていた。
もともと欅坂46の大ファンで、この日のMCでも「去年、漢字さん(欅坂46)を初めて見たTIFのステージに立ててうれしいです」と語っていた佐々木久美は、本番で周りのメンバーがミスを連発する姿を見て愕然とした。自分たちにとって大切なはずのこのステージで、先輩たちのように整然とそろったパフォーマンスを見せられないことが悔しかった。
そんな暗い気分で楽屋に戻ったとき、追い打ちをかけるようにほかのメンバーたちの声が耳に入ってきた。「暑かったね」「汗で前髪がびしょびしょ」「あそこの振り間違えちゃった」
これを聞いて、佐々木久美はついに爆発してしまった。
「みんな、なんで悔しいと思わないの!?」
涙と怒りで声を震わせながら訴える佐々木の姿に、楽屋は一瞬で凍りついた。それは、いつも温厚な彼女が初めて生の感情をメンバーにぶつけた瞬間だった。
2017年8月5日、「TOKYO IDOL FESTIVAL 2017」のステージで『永遠の白線』を披露
佐々木久美は小さい頃から優等生だった。先生の言うことを必ず守るのはもちろん、4歳のときから12年間習っていたバレエでは、「毎日やることを与えられていないと自分はダメになるから」という理由で週7日のレッスンを受けたりもしていた。
小学4年生からは、学校の吹奏楽部にも入ってトランペットを担当していた。全員で団結して完璧なアンサンブルを目指す吹奏楽の世界は、なぜか最初から自分の性格にすっとなじむようだった。
高校の吹奏楽部で本格的にコンクールを目指すようになると、毎日練習をしたり合宿をして一日中仲間と音を出していることが楽しくて仕方がなくなった。そしてそんな充実した毎日は部活を引退するまで続いた。
だが、大学に進学して吹奏楽から離れると、周りの同級生たちに自分がなじめないことに気づく。メイクや服の話で盛り上がるクラスメイトに合わせようと自分なりに女子大生らしい格好をしてみたりもしたが、やはり波長が合わず徐々にひとりでいる時間が長くなった。
やがてアルバイトと学校の授業だけという毎日が訪れる。もうバレエのように自分を律してくれるものもなければ、吹奏楽のように仲間との連帯感を与えてくれるものもなかった。
そんな乾いた日々を変えてくれることになったのが、けやき坂46だった。2016年5月、グループの追加メンバーオーディションに合格してそのメンバーになったとき、彼女は大学3年生、20歳になっていた。
実はこのとき、父親の後押しで芸能活動を許されたものの、母親からは厳しい言葉を突きつけられている。
「協力はするけど、応援はしないから。大学を卒業したらアイドルを辞めて就職しなさい」
芸能活動に強く反対していた母親に背いてまで進んだアイドルの道は、彼女が人生で初めて主体的に選択した生き方だった。
けやき坂46の中では最年長で意欲にあふれていた彼女は、活動初期からグループを引っ張る存在だった。しかし、家では末っ子で他人に指示など出せる性格ではなかっただけに、そのリーダーシップの発揮の仕方も独特だった。
「じゃあ、もう一回みんなでやってみよう? せーので、はいっ」
まるで楽器の音を合わせるようにみんなでそろえること。それが佐々木久美のグループのまとめ方であり、彼女の穏やかな雰囲気はそのままけやき坂46の持ち味のひとつにもなっていった。
やがてけやき坂46だけのライブハウスツアーが始まると、円陣のかけ声やステージ上でのMCも任されるようになった。それまでは、娘が仕事で遅く帰ってくると不機嫌になっていた母親は、ツアー初日のZepp Tokyo公演を見た後、こう言った。
「あのお客さんが持ってるペンライトっていうのが欲しいんだけど。お母さん、次のライブも行くからね」
このとき、グループに加入してからすでに1年近くが経っていた。彼女はやっと、自分で選んだ道を立派に歩んでいることを母親の前で証明できたのだった。
優等生らしい性格と、吹奏楽で培ったアンサンブルの意識。それを核に持つ佐々木久美にとって、TIFで見せたような不正確で不ぞろいなパフォーマンスは到底納得できないものだった。だからこそ声を荒らげて怒った。そしてほかのメンバーたちも、このときは自分たちのステージ上でのミスを反省した。
だが、本当の問題は別のところにあった。
加藤史帆が、佐々木久美に尋ねるともなく言った。
「いま、メンバーそれぞれ大事にしてるものが違う気がする。本番前に時間がないのはわかるけど、メイクにばっかり気を取られてる子もいるし。どうしたらいいんだろうね」
そんなとき、彼女はこんなふうに応えるのだった。
「ひらがな(けやき坂46)を大きくしたいっていう気持ちはみんな一緒だと思う。でも、それぞれの夢も違うし、そこに行くまでのやり方も違うんだよ、きっと」
夏の欅坂46の全国ツアーの間、佐々木久美と加藤史帆は、姉のような存在の女性スタッフを加えた3人でよく話をした。内容はいつもグループをどうするかということだった。佐々木久美のように一糸乱れぬパフォーマンスを目指すメンバーもいれば、アイドルはかわいく、客席に向かって全力でアピールすることがファンサービスになると考えているメンバーもいた。
どちらも正しいのかもしれない。だから、佐々木久美はメンバーに自分のやり方を押しつけるのではなく、ただただシンプルに言うのだった。
「みんな、頑張ろうね!」
8月2日にスタートしたアリーナツアーは、全国6都市で11公演を行ない、8月30日に千葉・幕張メッセで千秋楽を迎えた。欅坂46にとってもけやき坂46にとっても、凝縮された1ヵ月間だった。
この期間中、けやき坂46メンバーは公演ごとに話し合いの時間をつくった。そんななかでいつも出てくる議題は、「どうすればファンにもっと笑顔になってもらえるか」「どうすれば少ない曲数でも印象に残るステージができるか」ということだった。そしてそんな意欲・モチベーションを支えていたのが、ツアー前からみんなで決めていたこんな目標だった。
「ひらがなの2期生には、ひらがなが好きだっていうコに応募してきてほしい。そして、私たちはそんなふうに思われるグループになりたい」
かつて追加メンバーオーディションの開催を知ったとき、自分たちが戦力外通告されたと感じ、激しく拒否反応を示したメンバーたち。しかし、彼女たちは強くなっていた。
そのけやき坂46の追加メンバーの最終オーディションは、ツアー中の8月13日に行なわれた。合格者は9名。これで、けやき坂46は計21人のグループとしてまた新たなスタートを切ることになった。
さらに、ツアーの終盤にはけやき坂46の初主演ドラマ『Re:Mind』が10月からスタートすることも発表された。実は、けやき坂46のメンバーたちはツアーの合間を縫って演技のワークショップにも取り組んでいたのだ。
まさに駆け抜けた夏。その大切な時間を象徴するのが『永遠の白線』だった。しかし、夢に向かって真っすぐに白線を引いたその先には、思いがけず辛い未来が待ち受けていた。
グループの唯一のオリジナルメンバーであり、けやき坂46にとっては何者にも代え難い存在だった長濱ねるが、突然グループを離れることになったのだ。(文中敬称略)
●佐々木久美(ささき・くみ)
1996年1月22日生まれ 千葉県出身 ◯愛称は"きくちゃん"。ステージではクラシックバレエの経験を生かしたソロパートも多い。特技はトランペットで、好きな球団は読売ジャイアンツ。2018年6月、正式にけやき坂46のキャプテンに就任
★『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。