18.キート、ジャガイモを収穫する。
セナたちがトヨクモの背中に住むようになって一週間が経った。
その場所は相変わらず、背中に一軒だけ建っている家だが、初日の時とは外観が変わっている。というのも、元のは急ごしらえだったので、無骨に過ぎた。
艦内の住宅区にある、あの白い石を四角く切り出した形状の家だ。まあ、あれはあれで洗練されたデザインだと個人的には思う。
ただ、セナたちが馴染むには時間が掛かりそうな雰囲気だった。
そこで俺は、家を一から作り直すことにしたのだ。
材料は、下の森にたくさん生えている木々。これを組んだ木の家。
つまり、ログハウスを作ってやることにした!
トヨクモと森を何度も往復して材木を集め、作業用ロボットにログハウスを作らせたところ、実に見事なものが完成した。
二階建て、屋根は赤い三角形、広々としたウッドデッキとベランダもある。
たぶん、これぐらい立派な家となると、どこぞの富豪でもなければ持てないんじゃなかろうか? それぐらい見事なものだった。
しかも中には神代のテクノロジーがふんだんに使われており、上下水道が通っているだけでなく、照明も暖房機能も台所もお風呂もちゃんとある。
もちろん、ウォッシュレット機能付きのトイレだってある!
誰が何と言おうと、ウォッシュレット機能は大切だ!
セナたちは大喜びし、この家を大切に使うと約束してくれた。
特に喜んでくれたのが、それぞれの個室があることだ。
仲の良い姉妹だから、以前暮らしていたように雑魚寝をするのも嫌じゃないだろうが、年頃のセナやナオは、自分の時間を持てる個室が欲しかったのだろう。
シロとクロ、ちびっ娘共ですら、自分の部屋を持てたことに感激していた。
まあ、結局のところ、夜になるとセナのベッドに潜り込んでいるようだが。
ちなみに、ログハウスを作った作業用ロボットに関しては、俺のゴーレムということで納得してもらっている。
正体について説明するとなると、凄まじい時間が必要だからだ。
それに、機械と魔法の違いなんて、あって無いようなものでもある。
俺だって全てを一から十まで理解しているわけじゃないし、知識が無くても使い方さえ把握していれば問題は無い。
実際、セナたち姉妹は、新しい家をすぐに使いこなすようになっていた。
やはり、若いと順応性も高いようである。
†
「キート艦長、作物の収穫ができるようになりました」
俺が暫定の住処である旧イスズ邸で調べものをしていると、バレーナがそう報告してきた。その背中には、少女化したイスラフィルが跨っている。
本当ならこいつも艦内ではなく背中に住んでもらいたいのだが、そうなるとセナたちに迷惑を掛けかねない。
だから今は、基本的にバレーナに世話を任せていた。
まあ、人間でも獣人でもないのだから、中をうろつかせても問題ないだろう。
艦内に居られるとまずいのは、人間と獣人だけだ。
「そうか! やっと収穫できるようになったか!」
作物の種を撒いてもう二週間。
ついにまともな神代の食べ物を口にすることができるってわけだ。
もっとも、ドッグ・フードについては、とっくに卒業済である。
俺はセナたちと協力して、積極的に雲魚を釣るようになっているからだ。
それに、森に降りて果物や野草を収穫しているし、鳥や獣を狩ったりもする。
セナたちに小型重力制御装置は危なくて持たせられないので、もっぱら俺とバレーナが働いている。
今のところ下での労働は楽しいが、いずれ飽きが来た時のことも考え、そろそろ収穫用ロボットを使う準備をしてもいいかもしれない。
そう、あの百足型のいかついロボットだ。
思うに、形状を変えてしまえばいいのではなかろうか? こう、百足から、うさぎとかの可愛らしい形に変えれば、目立つことも無いだろう。たぶん。
いずれにしても、差し迫って必要としていないので、追々の話だ。
今は、それよりも、収穫できるようになった作物の方が重要である。
「よし! それじゃあ、畑にいくか!」
俺は家を出てホバー・プレートに飛び乗り、畑へと向かった。
†
「おお! できてるできてる!」
俺の目の前には一面見渡す限りの畑があり、そこにはたくさんの葉が生えている。あの下に、目当ての作物が成っているってわけだ。
もともと、ここは商業区だったが、使う予定も無いので潰して畑にした場所である。作業ロボットたちはせっせと働き、既に作物の収穫を始めていた。
ちょうど、箱に詰め込まれた作物が近くにあった。
「ほうほう、これが――」
箱の中にあったのは、泥だらけのゴツゴツとした物体だ。大きさは子どもの拳ほど。それが山のように箱に詰め込まれている。
「ジャガイモか」
やはりこうやって見ると、とうてい食べ物には見えない。だが、これがとても美味であるそうだ。情報源は過去の映像記録である。
「ええと、茹でたり焼いたり揚げたり、なんとでも調理できるんだったな」
さて、どうやって食べようか?
顎に手を当てて考えていると、イスラフィルがねちっこい視線を向けてきた。
「なんだ? なにか用か?」
俺が聞いてもイスラフィルは応えず、代わりに何故かバレーナに耳打ちした。
「……ごにょごにょごにょ」
「ふんふんふん。……なるほどなるほど」
「なんだよ? なんて言ったんだ?」
「そんなものを食べるなんて正気じゃないと言っています」
「うるせえよ。つか、普通に話せよ。面倒だなぁ」
そう注意すると、イスラフィルはニヒルに鼻で笑って肩を竦めた。
こ、こいつ! なんつう態度だ!
「……おまえなぁ、そんなんじゃいつまで経っても龍に戻れないぞ?」
「……ごにょごにょごにょ」
「ふんふんふん。……なるほどなるほど」
「……なに? 今度はなんだって?」
「余計なお世話だ! バーカバーカ! だそうです」
「……あっそ。じゃあ、好きなだけ、その姿でいろ」
こんな駄龍にいつまでもかまっていられるか。
俺はこのジャガイモを堪能するんだ!
†
一人でジャガイモを楽しむのもなんなので、セナたちにも分けることにした。
俺はジャガイモが入った箱を抱え、トヨクモの背中に出る。
「う~ん! 今日も外は気もち良いなぁ!」
空はどこまでも青く透き通っていて、風も生体バランサーのおかげで高所でもそよ風に留まっている。雲海は陽光を反射し、まるで輝く雪原のようだ。
鼻歌でも歌いたくなる心地で背中を進んでいると、前方にセナたちの住むログハウスが見えてきた。
うん、やっぱり異物感が凄いな!
トヨクモは真っ白なクジラの姿をしている。その広い背中の上に、一軒だけドデ~ンとログハウスが建っているというのは、なんともチグハグな光景だ。
セナたちは気にしていないようだが、これでは見栄えが悪過ぎる。
いつか、背中全体を大々的に改装する必要があるかもな。
とりあえず、一面に芝生でも生やしてみるかな?
そんなことを考えていると、家の方から俺を呼ぶ声があった。
「キートさ~ん! いらっしゃ~い!」
ぶんぶんと手を振って出迎えてくれたのは、洗濯物を干していたセナだ。
俺が作って与えた真っ白なワンピースを着て、にこやかに笑っている。
「よく来てくれましたね! もう中でのお仕事は終わったんですか?」
「うん? ああ、大体ね。そっちは何か問題は無かったかな?」
「特に。今日も平和です。妹たちは雲魚を釣りに端の方に行っています。そろそろ帰ってくると思うので、一緒にお魚を食べましょう」
「へえ、それは楽しみだ。だったら、これと一緒に食べよう」
そう言って、俺は箱の中を見るようセナに促す。
「……え? な、なんです、これ? 泥団子?」
セナは目を丸くして右へ左へと首を傾げる。ジャガイモどころか、イモという植物自体、俺たちが住んでいる国には存在しないので、当然の反応だ。
だから、俺は笑って言った。
「これはね、もの凄く美味しい野菜なんだ」
「……野菜? ……これが? えぇ……」
その困惑し切った顔が、これからどう変わるか楽しみだ。
絶対にジャガイモの美味さで蕩けさせてやるからな!