17.キート、一仕事を終える。
「なんじゃこりゃぁぁああっ!?」
イスラフィルだった少女は、自分の姿を確認して驚き叫んだ。
そりゃ、いきなりドでかい龍から、小さい少女に変身したら驚くよ。
混乱しているイスラフィルに向かって、ガブリエルは冷たい眼を向けた。
「イスラフィル、醜いですね。その姿がではありません。あなたの今の姿は、あなたが蔑む姿。私は、その心が醜いと言っているのです」
「蔑む姿?」
俺が首を傾げると、ガブリエルはこの異常事態の説明をしてくれた。
「そう、蔑む姿です。我ら龍族は、龍でいられなくなった時、自らが最も弱く愚かだと思う姿に変わってしまうのです」
なるほど、じゃあ今の少女の姿が、イスラフィルが蔑む姿なのか。
たしかに、あの雄々しい聖龍の姿と、小さく弱々しい少女の姿では、まるで正反対だ。だからといって、それを蔑む心は俺にはわからないが。
「小さい頃から教えてきたはずですよ。聖龍たるもの、小さき弱者をも敬い、助けて生きていかなければならない、と。なのに、その姿はなんです?」
「ぐぬぬぬぬっ……」
ガブリエルの追い打ちに、イスラフィルは涙目になって唸った。
「イスラフィル、もし龍族に戻りたいのならば、その傲慢さを改めなさい。でなければ、永遠にその姿のままです」
「そんな! こんな姿じゃ生きていけません!」
「だからです。その姿になって、あなたは謙虚さと寛容さ、そして慈愛の心を学ばなければいけません」
「……でも、どうすれば? こんな弱い姿じゃ、獲物を獲ることも……」
「それは、あなたが自分で考えなさい。もう五百歳でしょ」
ガブリエルは冷たく突き放したが、ちらりと訴えかけるような視線を俺へと向けてきた。ああ~、そういうことね。了解。了解。
「じゃあ、うちで引き取らせてもらいます」
「まあ! 本当ですか?」
白々しく驚くガブリエルに苦笑しつつ、俺は頷いた。
「ええ。ちゃんと面倒を看させてもらいます」
「おお……なんと慈悲深い心でしょう。イスラフィル、聞きましたか? これで衣食住に困ることはなさそうですよ?」
だが、当のイスラフィルは、ぶんぶんと首を横に振った。
「嫌です! なにゆえ、我が人間の世話にならないといけないのですか!? そんなの、死んでも御免こうむります!」
「じゃあ、死ねよ」
「ふぇっ!? ……ぅぅっ、うわぁぁぁぁあああああんっ!」
ぼそりと発せられたガブリエルの言葉に、とうとうイスラフィルは大声で泣きだした。こいつ本当によく泣くな……。龍の威厳ゼロじゃねえか。
流石のガブリエルも呆れ果てたようで、ぐったりと項垂れていた。
「……なんて情けない。我が子が、こんな娘に育つなんて」
「え、娘さんだったんですか?」
「そうです。娘です。わからなかったんですか?」
龍の性別なんて、わかるかよ! どこで判別するんだ!
「ともかく、こんなふつつかな娘ですが、どうか可愛がってあげてください」
ガブリエルが改まって頭を下げてきたので、俺は慌てて手を振った。
「そんな、頭を上げてくださいよ、お母さん!」
「いえいえ、もう本当に、こんなどうしようもない娘で……。キートさんがもらってくれなければ、どうなってしまったことやら」
「いえいえ、こちらこそ逆鱗をもらって助かりましたから! ですので、ちゃんと面倒を看させていただきます! ご安心ください!」
「そうですか。では、後のことは頼みました。どうか、よろしくお願いします」
ガブリエルはもう一度深く頭を下げ、それから魔法で空間転移の穴を開くと、その中にのしのし去っていった。
ううむ……礼儀正しく筋の通ったお母さんだったなぁ。聖龍かくあるべし、という感じだ。ちゃんと娘のこれからのことも考えていたし。
……あれ? でも、なんかおかしなやり取りだったな?
ノリで受け答えしてしまったところがあったからなぁ……。
まあ、いっか。
俺は未だに泣き続けているイスラフィルに歩み寄り、手を差し伸べた。
「ほら、行くぞ」
「……うぅっ」
イスラフィルは恨めしそうに俺を睨んでいたが、観念して手を掴んできた。
その小さな手は、涙と鼻水と涎でべちょべちょだった。
†
イスラフィルを連れてトヨクモに戻ってきた俺は、さっそく逆鱗を素材に魔力障害を防ぐ装置を製作することにする。
といっても、製造機に必要な情報と素材をぶち込むだけなのだが。
完成するまでの間、ついでにイスラフィルの服も作ってやることにした。簡単に着れて動きやすい青いワンピースだ。
これがなかなか様になっていたので可愛いと褒めてやると、まんざらでもなさそうな様子だった。実は、そこは否定してほしかったところなのだが……。
おまえ、龍が人間の姿に堕とされたのに、その姿を可愛いと言われて喜ぶ奴がいるかよ。この駄龍め……。
装置が無事に完成し、俺はそれを持ってトヨクモの背中へ出る。
不自然に一軒だけ建つ家に入ると、セナが温かく出迎えてくれた。
「キートさん、おかえりなさい!」
誰かに「おかえり」と言ってもらえたのは、いつ以来だろうか。だから、どう返していいか一瞬迷ってしまったが、なんとか俺は「ただいま」と言えた。
イスラフィルについては、知人の娘を預かることになったとだけ伝える。だが、バレーナには「どこで攫ってきたんですか?」と茶化されてしまった。
それを無視して、俺はセナにナオの容体を尋ねる。
「セナ、ナオはまだ眠っているのか?」
「ええ。ぐっすり眠っています。でも、とても落ち着いています」
「そうか。それはよかった。あと、これをナオの首にかけてくれるかな」
俺が手渡したのは、ペンダント型の魔力障害を防ぐ装置だ。
「これを肌身離さず持っていれば、もう魔力障害が再発することはない」
「……そうですか。なにからなにまで、ありがとうございます」
「いや、俺が好きでやったことだから、礼を言う必要は無い。それより、この家はどうだっただろうか? 不便は無かったかな?」
「不便なんてとんでもない! 水はいくらでも出てくるし、暖かくて柔らかいベッドもあるし、火も簡単に起こせて、すごく便利でした」
「不便が無かったのなら、なによりだ」
「でも、トイレのウォッシュレットを使ったら、悲鳴を上げていましたよ」
バレーナの突っ込みに、セナは顔を真っ赤にさせる。
「あ、あれは、バレーナさんが使えって言うから! ……まさか、お尻に向かって水が出てくるなんて、わからないじゃないですか」
「バレーナ、ちゃんとどういうものか教えてやらなかったのか?」
俺が咎めると、バレーナはふいっとそっぽを向いてしまった。
この駄犬、どこまでも性格が悪いな……。
「すまなかったな、セナ。あれはあれで便利な機能なんだが」
「え、ええ、わかっていますよ。お尻が洗えるトイレって便利ですよね……」
ははは、とセナは引き笑いをしている。
ひょっとして、俺がわざと変態的な目的でつけたと思われている? ……まあ、それは邪推にしても、不快な思いをさせたのは間違いないようだ。
う~ん、水洗トイレに留めておくべきだったかぁ。
俺も初めて使った時は驚いたが、便利なのは便利なんだけれどなぁ。
それにしても、なんだか色々あり過ぎて疲れてしまった。
俺は居間にあるソファにどかっと座った。
ふと隣を見ると、シロとクロがクークー寝息を立てている。なるほど、静かだったわけだ。バレーナの調子が戻っていたのも、そういう理由か。
そのバレーナは、イスラフィルと性格が悪い同士惹かれ合うものがあるのか、初対面にも拘らず部屋の隅であれこれ話をしている。
何か悪だくみをしているんじゃないだろうな、と疑ってしまったが、サポート・AIであるバレーナが俺を裏切ることなんてできるわけがなかった。
なら、何を話しているんだろう? まったく、掴めない奴だ。
俺がリラックスしていると、セナが薬草茶を持ってきてくれた。
薬草はセナが常備していたものらしい。これが実に良い香りで、心を落ち着かせ疲れを取ってくれる。
「ありがとう、美味しいお茶だ」
「喜んでもらえて嬉しいです。あの、隣に座ってもいいですか?」
俺が頷くと、セナは隣に座って、ほぅと息を吐いた。
「……ここは、なんていうか、自由な場所ですね」
「空の上だからな。誰にも気兼ねすること無く生きていける場所だ」
「ははは、そうですよね。空の上ですもんね」
セナは笑って、どこか憂いを秘めた横顔を見せる。
その横顔に、俺は彼女がこれまで味わってきた苦労を見た気がした。
頼れる相手もおらず、幼い妹たちを抱え、これまで必死に生きてきた日々を想像すると、それだけで胸が詰まる。
性質の悪い冒険者に絡まれて命の危険に晒されたのも、一度や二度では済まなかっただろう。そして、それはセナだけでなく、他の多くの獣人たちも同じだ。
どうして、人間は、姿形が少し違うだけで、誰かを差別できるのだろうか。
全ての人間が悪いわけじゃないし、獣人たちにだって差別はあるだろう。
だが、今この世界を支配しているのは人間だ。獣人たちは圧倒的マイノリティであり、どこにも逃げ場が無い。
そんな状況のどこに自由があるのだろうか? 安らぎがあるのだろうか?
もしこのままいけば、全ての獣人たちは滅びるのかもしれない。
そうなった時のことを考えると、ただただ悲しかった。
†
「…………う、うぅん」
しばらくすると、寝ていたナオが起きる気配を感じた。
うとうとしていたセナは飛び上がり、一目散に駆けていく。
「ナオ! 目が覚めたのね! 具合はどう?」
「……セナ姉ちゃん? ここ、どこ?」
寝ぼけているナオに、セナは今までに起こったことを説明した。
ナオは初め混乱していたが、頭が良く飲み込みが早いのだろう、すぐに状況を理解した様子だった。そして、俺へと頭を下げてくる。
「キートさん、命を助けてくださり、ありがとうございました」
「礼はいいよ。それよりも、もっと寝た方がいい。そうすれば、すぐに走り回れるようになるだろう」
「……はい。ありがとうございます」
頷くナオに、俺は微笑む。良かった。これで一件落着、一安心だ。
長い一日だったなぁ。俺も風呂に入って寝るとするか。
すっかり緊張が解けしまった時、ナオが予想しなかったことを言い出した。
「あの、キートさん。ぼくたちをずっとここに置いてくれませんか?」
「……は?」
いきなり言われて首を傾げると、セナが慌てて取りなそうとした。
「な、なに言ってるの、ナオ。そんな厚かましいことを」
「でも、セナ姉ちゃん! ここなら誰にも怯えなくて暮らせるよ!」
「そ、それはそうだろうけれど……。キートさんにも都合が……」
「おねがいします、キートさん! ぼくたちをここに置いてください! ちゃんと働きますから!」
ナオは必死に叫ぶ。まるで、溺れている者が助けを求めるように。
だから、俺は――
「あ、別にいいよ。このままここに住んでも」
つい、そう答えてしまったのだった。
†
実際のところ、この時は本当にただの気まぐれだった。
セナたちと一緒に住めば楽しいだろうな、程度の考えだ。
だが、俺は後に考えを改めるようになる。
虐げられている獣人たちを、俺の背中に街をつくって住ませてやろう、と。
その未来に向けて、今はただ一軒がぽつんと背中に建っているのだった。