女の子・・・?
こうして貴族一行を救ったフィル。そのあまりのパワーにあなたは人間ですか? もしかしたら魔族ではないですか? というあらぬ疑念を掛けられるが。
疑惑はすぐに解ける。
ローエンという騎士は疑っていたようだが、セリカは魔法使いであった。魔術によってフィルが人間であることを証明する。
するとローエンがセリカに尋ねる。
「もしかしてこの子が我らが探し求める人物なのではないでしょうか?」
「どうしてそう思うのです?」
セリカは神妙な面持ちで尋ねる。
「我らが探し求めるのは子供。このような山奥で子供と出会うなど、偶然とは思えません」
「そうね、たしかに偶然にしてはできすぎている」
セリカは形の良いあごに手を当て、フィルの全身を見る。
ローエンもそれにならう。
「しかし、この子はどうやら男の子のようですな」
「男の子? どうしてわかるの?」
「いや、髪はぼさぼさですし、異様に強い。このような女の子はおりますまい」
「そうね……」
と答えるセリカ。
「まあ、真実はあとでわかるとして、この子に案内をしてもらいましょう」
「そうですね、お嬢様」
と結ぶオーエン。その段になってうやっとフィルは口を挟む。
「というかキミたち誰?」
その言葉を聞くとセリカが優しげな声で挨拶をしてくる。
「失礼しました。――わたくしの名はセリカ・フォン・セレスティア。先ほども名乗りましたね。セレスティア侯爵家の娘です。このものは叡智の騎士ローエン。わたくしの家来です」
ふたりは軽くお辞儀をする。
そして先ほどの礼を言ってくる。
「先ほどの助太刀ありがとうございます。フィルさんがいなければ今頃、我々はドラゴンの餌でした」
「気にしない。ドラゴンが人の味を覚えると困るのはこっちだから」
フィルは本当に気にしていないと言うと話を戻す。
「ところで案内ってなに?」
「ああ、そうでした。実はフィルさんに案内を頼みたいのです。ずばり、あなたは大賢者ザンドルフのお弟子さんですね」
「ど、どうしてそれを!?」
フィルは驚きを隠さない。
「この山に大賢者が住んでいるという情報はうかがっていますから。それに大賢者のもとには素晴らしい才能を持ったお弟子さんがいるとも」
「なんで知ってるの?」
「ザンドルフ様は時折、山を降りていませんでしたか?」
「降りてた」
「そのとき、希に我が屋敷に寄ってくださったのです。父、ケインズ・フォン・セレスティア侯爵と大賢者ザンドルフ様は旧知の仲なのです」
「なるほど、爺ちゃんの友達か」
「平たく言えば」
しかし、とセリカは続ける。
「大賢者ザンドルフ様にお弟子さんがふたりもいるとは思いませんでした」
「ふたり? どういう意味?」
「大賢者様のお弟子さんは女の子とうかがっています。あなたにはもうひとり、妹か姉のような方がおられるのでは?」
「妹? 姉? なにそれ、おいしいの?」
「姉妹は食べ物ではありません」
同じ親から生まれた血を分けた存在です、と説明してもフィルにはわからないようだった。
やはり出会ったときの印象そのままの野生児である。
しかし、姉妹がいないとなると、もしかしたらこの子が自分が探し求める少女なのだろうか? ローエンの言うとおり男の子にしか見えないが。
いや、見た目は中性的で、女の子と言えば女の子に見えないこともない。ただ、セリカが探しているのは尊き血筋の子供。王家の血を引く子。そのような野生児がかのようなお姫様とは思えない。
手っ取り早いのはフィルと同じように胸を触るか、下半身をパンパンすればいいのだが、さすがに侯爵令嬢であるセリカにそれはできなかった。
(……まあ、いいか、ザンドルフ様にお目通りが叶えばすべて分かる)
そう思ったセリカは改めてフィルに取り次ぎを頼む。
フィルは迷うことなくセリカたちを案内してくれた。
話して悪人ではないと分かってくれたこともあるようだが、セリカたちがザンドルフの知り合いと分かったことも大きいようだ。
「いいよ、ここからちょっと先に行ったところにあるから」
と、フィルはセリカたちをいざなう。
セリカとローエンはフィルの後ろに付いていくが、フィルはまるで山猿のような速度で駆け上がるのでついていくのがやっとだった。
健脚のローエンですら音を上げるのだから、セリカなどは《飛翔》の魔法を駆使しなければ、ひとり置いて行かれたことだろう。
途中、フィルと並んだとき、
「飛翔の魔法は封印して普通に歩いてくれませんか?」
とお願いをしたが、フィルはきょとんとしていた。
どうやら彼女は、飛翔はおろか、強化魔法も使っていなかったようだ。この尋常ならざる速度はすべて自身の筋力から生み出されているようだ。
セリカよりも細いその身体のどこにそんな力が。
思わず驚いてしまうが、それを口にする前にとあることに気がついてしまう。
彼女の服の合間から、見慣れたものを見つけてしまう。
それは膨らみ掛けの乳房だった。
(……この子、やはり女の子だったの!?)
思わず驚いてしまう。
(ということはこの子が国王陛下の隠し子?)
ということになる。
言われてみればどこか気品がある顔だちをしているが。
いや、まだそれは分からない。予断は禁物だ。
もしかしたら人違いかもしれない。すべては大賢者ザンドルフに会って直接その口から聞かねば。
そう思ったセリカは決意を新たにする。
胸に仕舞ってある聖なる十字架型の笛を握りしめると、心を引き締める。
するとフィルの足はぴたりと止まる。
どうやら大賢者の住まう館に到着したようだ。
その館は大きくはないが、小さくもない。質実剛健という言葉がよく似合う。魔術師が籠もって実験や研究をするのにぴったりの館だった。
そこにつくとフィルはにっこりと微笑み、
「ここが爺ちゃんとボクのうち」
と紹介してくれた。