ロンドンの模型ショー見物記(サンダウンパーク編)


えっ?! こんなところで?

 しばらくロンドン西方のオリンピアで開かれていた模型ショーは、一度郊外のアレクサンドラパレスに移り、その後はイーシャーという町のサンダウンパークで開かれています。
 そのイーシャーは、ロンドンのウオータールー駅から電車で25分ほど行ったところなのですが、駅を降りてビックリ!乗降客はほんの数人で、駅員も一人しか見当たらず、駅前には家がちらほらとしかない。
 こんなところであの著名な模型ショーをやっているのかしらと、いささか不安になるようなたたずまいです。
 それに、待機しているはずの無料送迎バスの姿も見えないじゃないか。どうする?

 送迎バスが待ちうけていなかったのは、電車が30分も遅れてウオータールー駅を出発したために送迎バスのスケジュールと合わなかったためなのですが、その遅れに対する駅や電車の対応は「これこそイギリスなのか!」というものでした。
 どういうことかと言うと、定刻になっても発車しないことや30分も遅れてやっと走り出したことについての状況説明やお詫びの言葉などのアナウンスが、駅のホームからも車内からも一切流れてはこなかったのです。
 発車するから閉まるドアに注意しろだの降りる際には忘れ物をするな、などと事細かく気を使ってくださるどこやらの国の鉄道とは大違いですね。
 
追記
 これまで私はこの開催地 Esher を自分勝手にエシャーと読んでいたのですが、正しくはイーシャーであるというメールをいただきました。
 ご指摘ありがとうございました。


サンダウンパークは競馬場

 電車を降りて模型ショーを目指しているのは、中年と老年のイギリス人と私の3人だけです。二人のイギリス人は道を知っているらしく歩いて行くようなので、私も後をついて行くことにしました。
 凍てついた道をしばらく歩いたところで送迎バスに拾われ、会場のサンダウンパークにたどり着きました。
 雑誌に載った会場案内には3000台収容可能な無料駐車場ありと書いてありましたが、なるほどたくさん車が止まっています。ほとんどの人は自家用車で来ているようです。
 サンダウンパークの主体は競馬場でした。ですからあたりはじつに広々しています。毎年ここで模型飛行機ショーが開催されるというのもうなずけます。
 しかし、今回の模型ショーの展示場はどうなのでしょうか。向こうに見えるそれらしい建物はたいした大きさではありません。何となく期待感がしぼむような気がしてきました。


特売場なみの混雑!

 さて、入ってみた会場は、しぼんだ期待感どうりのものでした。
 まず、会場入口のエントランスホールとでも言うべき部分からして狭いのです。
 オリンピア会場は体育館を大規模にしたような構造なので、一歩踏み込むと華やかな会場風景がパーッと目の前に広がり、お~この賑わい!とうとう来たぞ~という感じがしたのですが、ここにはそういう雰囲気はありません。
 会場を入るとすぐにNexus社の出版物の展示販売コーナーがありますが、これも机をいくつか並べた上に主催3誌のModel Engineer,  Model Engineers'Workshop, Model Boats と Workshop Practice Series の最近刊がちらほらと置いてあるだけという、学校の文化祭の模擬店と大差ない粗末さです。全ホビー雑誌や出版物をずらーっと並べていたオリンピア会場とは大違いです。
 これまでの International Model Show は対象範囲が広がりすぎたので、Model Engineering と Model Boating だけのための Model Engineer Exhibition にしてほしいという根強い要望に応えてこうなったのだそうで、これが本来の姿なのかもしれませんが、遠路はるばるやって来た者にとってはかなりの期待外れです。
 こんな郊外での開催なのですから、せめて会場ぐらいは広くしてほしいものです。
 しかし会場は狭くても入場者数は例年通りのようで、その混雑たるやデパートの特売場さながらで、人をかき分けないと見るものも満足に見られません。この写真は、かなりすいてきた2日目の様子です。


エディンバラ公チャレンジトロフィー

 この模型ショーも、オリンピア会場のときと同じように、いくつかの部門に分かれていますが、まずコンペティション部門をみることにしましょう。
 オリンピア会場で見ていたときには、どの出品作も素晴らしいと感嘆するのみで、どれが何の受賞作かなとということまで気が回りませんでしたが、こんどは会場がお祭り騒ぎ風ではないこともあって、いくらか落ち着いて見ることができました。
 まず目に入ったのがエディンバラ公チャレンジトロフィーのコーナーです。そうです、エリザベス女王の旦那さんのトロフィーで、日本ならさしずめ天皇賜杯といったところでしょうか、受賞者は台座にその名が刻まれて後々の世までその栄誉が伝えられるのだそうです。王室が模型ショーにトロフィーを出すということは、イギリスにおいては模型工作が、立派な大人の趣味として認知されているだけでなく、エンジニアリングの進歩発展に寄与するとされていることを示しているのでしょう。Engineering Council というところがこの模型ショーの共催者になっています。
 このコーナーへの出品資格は、これまでのこのショーにおいて金または銀賞を受賞したもので、なおかつその作品の構成パーツ全てが自作したものであることだそうですから大変なものですね。
 今年の受賞作は、Brian Perkins という人の Bristol Aquila とかいう飛行機用9気筒星型エンジンの模型でした。
 模型飛行機は今回のショーの対象ではなくなったのですが、模型飛行機用のエンジンを自作することはモデルエンジニアリングの一部門なのです。 


この方が受賞者

 9気筒星型エンジンでエディンバラ公チャレンジトロフィーを獲得した Brian Perkins氏の紹介記事が雑誌「Model Engineers' Workshop 」に載っていました。
 この写真は、次に製作中の Bristol Hydra 16 cylinder  double-octagon  radial  aero  engine の1/4スケールモデルのシリンダーヘッドを加工しているところだそうです。
 Perkins氏が使っている工作機械は、旋盤がMyford S7、フライス盤は写真に写っているWarco、その他ボール盤、バンドソーなど、普通のモデルエンジニアが持っているようなものばかりだそうです。

  

これが次作のエンジン

 2004年の暮れに開催された第74回の模型ショーに、Brian Perkins氏が製作中の Bristol Hydra aero engine が出品されたのだそうで、近着の雑誌「Model Engineer」に写真が掲載されました。
 もちろんこれも出来上がれば回転させることが出来るのですから、恐れ入るほかありませんね。


エンジニアリングセクション

 模型ショーのコンペティション部門のまず最初がエンジニアリングセクションで、内燃機関、スターリングエンジン、蒸気エンジン、工作機械類の縮小模型、エンジニアリング用の自作工具、時計などが含まれています。
 日本ではスターリングエンジンはなじみが薄いですが、英米では模型工作の対象として親しまれているようで、雑誌にも製作材料キットの広告がよく載っています。
 スターリングエンジンのコーナーには1番ゲージのレールが敷かれており、スターリングエンジン駆動の車両が軽快に走っていました。


エンジンの模型

 内燃機関の模型はほとんどが航空機用エンジンで、エディンバラ公杯受賞作以外にもいろいろなエンジンが出品されていました。
 これはその一つで、デハビランド・ジプシーとかいうエンジンだそうです。
 もちろんこれらのエンジンは実際に回転しますから、屋外で運転して見せている出品者もいます。


船舶用スチームエンジン

 この船舶用スチームエンジンは、トリプル・エキスパンション・エンジンといわれているものです。
 これは、ボイラーからの高圧蒸気をまず右の小さいボアのシリンダーに入れ、そこから出た圧力が下がった蒸気を次のややボアの大きいシリンダーに入れと、3段階に蒸気を膨張させて回すスチームエンジンです。
 スチュアートモデル社の素材キットを使って製作されています。
 簡単な首振りエンジン製作でも手こずっている私には、遥か彼方の遠い存在です(^^;。


自作工具

 エンジニアリングセクションには工具の部門があります。
 これは模型ではなく、模型工作に使う工具類の自作部門で、旋盤の付属品やカッターグラインダーなどが出品されています。

 

Jordan氏のミニマシン群

 エンジニアリングセクションで目立ったのは、工作機械の縮小模型製作では常連のBarry Jordan 氏のこれまでの出品作を集めた展示です。
 このように、過去のショーでの優秀作を改めて展示する部門はローンセクションと言うのだそうです。
 これらのミニマシンは実際に動かして加工することが出来るのだそうで、写真の右下にあるガラス瓶の中には、ミニマシンで製作した、手のひらに軽く乗ってしまうほど小さな、ボール盤の模型が入っています。
 展示の横に立っているのがJordan 氏です。

 なお、氏の作品には鋳造部品はいっさい使われていず、鋳物のように見える部分もすべてブロックから削り出したものだそうです。


Jordan氏の工作室

 Jordan氏の作品を見た人々は異口同音「どういう工作室と、どのような工作機械をお持ちですか?」と尋ねるのだそうで、雑誌「Model Engineers' Workshop」にJordan氏が工作室を公開しています。
 氏は1994年に大病を患い仕事をやめたのを機会に、少年時代に親しんでいた模型工作を再開することにしたのだそうです。
 そこでDIYで建てた工作室の床面積は12×9フィートだそうですから約3坪ですね。
 使っている工作機械の主なものは、旋盤が中古で買ったマイフォードのスーパー7B、フライス盤はマイフォードのVMCだそうです。右上の写真にあるトヨミニレースとトヨミニドリルは、小さなパーツの精密加工に理想的だそうですが、今の酒井特殊カメラ製作所のカタログには載っていませんから、かなり前の製品のようです。
 右下の写真は、Jordan少年が工作に興味を持っているのを知った叔父さんがプレゼントしてくれたミニ旋盤を使って、14歳のときに作った旋盤だそうですから、まさに栴檀は双葉より芳しですね。
 
 追記(03.05.19)
  近着の雑誌「Model Engineer」によると、氏は1945年生まれで技術学校卒業後ロールスロイスの航空機エンジン部門に入社、超音波による非破壊検査機器の開発に携わり、後にその機器の製造会社を設立したが、1994年に手術不能な脳腫瘍が見つかって会社を手放し引退し、モデルエンジニアリングに親しんだ少年時代に立ち戻ったのだそうです。幸いその後の経過は良好で、現在12台目の作品としてスウェーデン製の5軸マシニングセンターのミニマシン製作に取り組んでいるそうです。


出品作がオークションに

 2004年10月21日にイギリスで開催される Dreweatt Neate というオークションのモデルエンジニアリング部門に、この模型ショーでエジンバラ公チャレンジトロフィーを獲得したBrian Perkins氏の Bristol Aquira Radial Aeroplane Engine と、特別展示されたBarry Jordan氏のミニマシン群とが出品されるのだそうです。
 予定価格はPerkins氏のエンジンが1万3千から1万5千ポンド(約260万から300万円)、Jordan氏のミニマシンのうち上掲の写真左手前にあるブリッジポートミーリングマシンが3万から4万ポンド(約600万から800万円)だというんですからスゴイですねぇ~

追記 オークションの結果。
 Jordan氏のミニマシンはどれも落札されなかったようです。
  Perkins氏のエンジンがどうなったかはわかりません。

追記の追記
 近着のModel Engineer誌によると、落札されなかったJordan氏のミニマシン群は、金額は明らかにされないが、個人コレクターにそっくり買い取られ、逸散することなく英国内に留まることになったそうです。


レールウエーセクション

 コンペティション部門のふたつめはレールウエーセクションで、その名の通りレールに乗っている機関車や各種車両、路面電車などが対象です。しかし、何といってもその中心はワーキング・スチーム・ロコモーティブ、つまり実際に蒸気の力で動く、いわゆるライブスチームです。
 日本の蒸気機関車はほとんどが真っ黒けですが、イギリスのものは緑や赤に塗られていたり、いろいろなスタイルのものがあったりして、なかなか見栄えがします。


マリーンセクション

 次はマリーンセクション、つまり船舶部門です。
 この部門は、スケールモデルかどうかで大きく分けられますが、出品作のほとんどはスケールモデルのようです。
 そして、動力が機械か、あるいは人力・風力かで分けられ、次ぎに実際に水上を走るかどうかで分けられています。
 実際に走る機械動力船は縮尺の大小で2分されていますが、その大きい方は1:1から1:48というんですから驚きます。
 1:1は例外的だとしても、出品作にずいぶん大きなものが多いのは、イギリスのモデラーの住宅状況をよく表しているのでしょう。


キットを使った作品

 マリーンセクションの大部分の出品作はすべて自作、いわゆるスクラッチビルドのようですが、キットを使った作品も対象になっています。これはカルダークラフト社のタグボート"Joffre"のキットを使ったものです。


ノンワーキングスケールモデル

 実際に走らせることは出来ないスケールモデル、つまりディスプレー用のものには古い時代のものが多いようです。
 ここにあげたのはロイヤルヨット"Caroline"と、名前はわかりませんが、古代船の建造中の様子を表した模型です。


羨ましいラウンドポンド

 この模型ショーがオリンピア会場で開かれていたときには、会場内に特設プールが設置されていて、模型船のデモ走行が見られたのですが、今回のサンダウンパーク会場にはそれがなく、いささか失望しました。
 その代わりというわけではないのですが、ロンドン市内で模型船を浮かべることが出来る池として知られている、ケンジントンガーデンにあるラウンドポンドを、こんな日に模型船で遊ぶ奴はいなかろうと思いつつ、大晦日に見に行きました。
 雪が溶け残り、水面の大部分には氷が張っている寒い日でしたが、水面が出ているところには白鳥や雁などの水鳥が、都心とは思えないほど、たくさん浮いていました。
 なるほどこの池は、砂浜海岸のように、岸に段差がなくなだらかに深くなっており、模型船を浮かべるにはまことに好都合につくられています。柵が巡らされていたり、池に近づくななどという注意書きが立てられていることが多い日本の公園の池とは大違いですね。


エンジンのデモ運転

 会場の外では、出品されている各種のエンジンを実際に運転して見せています。
 白髪のご老人が回しているのが、いつも注目を集める、ガスタービンエンジンです。


業者の出店

 模型ショーの楽しみのひとつが、模型工作関係の各種業者の出店の見物です。
 アマチュア向けの旋盤やフライス盤がたくさんありましたが、そのほとんどは台湾製か中国製だと思われます。
 モデルエンジニアリングの世界にもコンピュータ化の波が押し寄せ、左下の写真はドイツ製のミーリングマシンをCNC化したものです。価格は約70万円でしたが、ご覧のように最終日には売約済になっていました。
 このマシンは厚板から動輪のようなものを削り出して見せていましたが、スイスイ削ってゆくのを見て、素材は軟らかいアルミ合金ではないかと疑った人がいたのでしょうか、素材の上にSTEELと書いた紙がのせてありました。
  そばの二人は、私がカメラを構えたのに気づいて操作を中止し、ポーズをとっています。撮り終わったら、ナイスカメラと私のデジカメをほめてくれました(^^;
 右下は、新型マイフォードスーパー7で、主軸の中心穴が広がり、モールステーパ3になったそうです。

 追記
 アマチュア向けの旋盤メーカーの老舗マイフォード社も中国製品の安値には対抗できず、ついに2011年の中頃に倒産に追い込まれてしまいました。


工作機械の付属品と中古の機械

 スクロールチャックやマシンバイスなどの付属品も多数売られています。
 また、中古の工作機械もありますが、こんなものを誰が買うんだろうと思うような大きなものも置かれています。右下の中古旋盤は約30万円でした。


ジャンク品と素材の切り売り

 各種工具には、新品ばかりではなく、どれでも3つで1ポンドなどという、中古と言うよりジャンク品に類するものもありました。
 このショーで羨ましいのは、工具類の豊富さだけでなく、各種の金属材料を小分けして売っていることです。ボイラー用の銅パイプなどは、客の注文通りに切りわけてくれます。


さあて、お立会い!

 この模型ショーがオリンピア会場で開催されているときには、いろいろなものを弁舌さわやかに実演販売している、ブリティッシュ・フーテンの寅さんが何人もいて、言葉はわからなくても見ているだけで楽しめたのですが、今回は会場が狭いせいか、ほとんど見かけませんでした。
 そのうちの一人が、このスターリンの兄弟ではないかと思いたくなる面構えのおじさんで、窓ガラスなどに塗り付ければ3年間は汚れを寄せつけないという撥水剤を売っていました。
 しかし、はたして本当に3年間効果が持続するかを目のあたりに見せつけることが出来ないのでインパクトに欠け、あまり人だかりもなく、亭主について来たものの時間を持て余していたおばさんが時折買ってくれるだけのようでした。


私が会場で買ったもの

 この模型ショーの見物も三回目なので、もうさほど買いたいものもなかったのですが、それでもいくつか買い込んできました。
 右上のものは、マイフォードのブースでショー特価で買った、プレーン型バーチカルテーブルです。しかし、帰りのスーツケースに納まらず、機内持ち込み手荷物にしたので、空港のX線チェックでは係員が何人も集まって、一体これは何だろうと首をひねっていました(^^;
 その左のものは、カタログには載っていてもしばらく品切れだったマイフォードのマシンバイスです。
 その他は、銀ロウ(イージーフローNo2)とフラックス、日本ではどこで買えるのかわからないバイトン(フッ素ゴム)製のOリング、ロックタイト4種、これまた日本では見つからない太さが同じで強さが違うスプリング3種、ワークショップ・プラクティス・シリーズの新刊3冊です。


再来を念じつつ

 模型ショーも終りに近づきましたので、まだ日は高いですが帰途につくことにして、イーシャー駅に戻ってきました。
 ほとんど客のいないホームで列車を待ちながら、あたりを見回しているうちに、日本の郊外の駅とはどこか違うという感じがしてきました。
 そもそもあの跨線橋からして、屋根がないだけでなく、すべて木造というのも今時珍しいのではないだろうか。それにあたりの眺めがいやにさっぱりしているなあ。
 そうだ、架線のたぐいが全く無いではないか。しかし、乗ってきた列車は確かに電車だったのに・・・・・
 第3軌条方式でした。
 やがて列車が到着し、また再び来られることを念じつつイーシャーを後にしました。
 

今度はいつ開かれる?

 2011年の開催日は12月9~11日で、会場はサンダウンパークだそうです。


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