267 転生者の現状把握
「白さん、ちょっとだけ時間あるかな?」
神言教のところから帰宅直後、鬼くんにそう呼び止められた。
正直、魔王に押し付けられた第十軍の仕事が残ってるから、あんまり時間があるかって言われるとないんだけど、鬼くんがやけに真剣な顔をしてるからこっちを優先したほうがよさそう。
急に戦争に参戦するなんて宣言をしたその本意も聞いておきたかったし、都合がいいかもしれない。
というわけで、フェルミナちゃんを先に帰らせて、仕事を押し付けておいた。
頑張れフェルミナちゃん。
恨めしそうな顔して帰っていくフェルミナちゃんの姿を、なぜか得意げな顔で見送る吸血っ子。
んでもって、なぜかそのまま私たちの後をさも当然のようにくっついてくる。
何がしたいんだか、この子は。
「で? どこに行くの?」
そしてお前もなぜ当たり前のようにいるのか、魔王。
なんか突っ込むのもアホらしくなってきたからスルーしてたけど、鬼くんと話するだけだからね?
そんな面白いことにはならんよ?
で、やってきたのはなぜか魔王の部屋。
鬼くんも最初は戸惑った様子を見せていたけど、私が諦めの境地に達してるのを見て、何かを察したみたい。
溜息一つ吐いて話を始めた。
「まずはこれ。神言教が把握してる転生者の情報。草間が僕に見せてくれた」
そう言って渡されたのは、簡単なメモ書き。
内容は、鬼くんの言うとおり神言教が把握してる転生者の現在の様子が端的に書かれている。
おー。
正直、神言教の情報収集能力を甘く見てたかも。
クラスメイトの名前が全て書かれたそのメモには、ほぼ正確な情報が載っていた。
人族の学園に通っている先生始めとした五人。
エルフの里にいる一二人。
フリーの冒険者として活動してる二人。
そして、草間くん。
吸血っ子と鬼くんのことも書いてある。
不明となっているのは死んだ三人のみ。
死んでたら調べようがないし、ほとんど調べられることは調べ尽くしたと言っていいんでないか?
エルフの里にいる荻原くんが神言教のスパイだっていうのは、なんとなくわかってたけど、どうやらそこからいろいろ情報を得ていたっぽいな。
ていうか、これ軽くばらしちゃいけない情報なんじゃないのか?
草間くん、これ鬼くんに渡しちゃって良かったの?
まあ、私の心配することじゃないか。
エルフの里の内情を知ってるのはそれで合点がいったけど、フリーで動き回ってる冒険者二人のことも捕捉してるとは。
侮りがたし、神言教情報網。
鬼くんに関しては草間くんが顔を見てわかったようだし、吸血っ子も消去法で多分そうだろって注釈が付いてる。
あくまで多分なのは、大島くんっていう性別変わってる例外がいるせいだろうね。
もしかしたら吸血っ子も性別の変わった転生者っていう可能性がなくもないわけだし。
まあ、普通にそのまま正解なんだけど。
「これ、白さんが掴んでる情報と照らし合わせてどう?」
ふむ。
鬼くんが探るような視線を向けてきてるけど、そういえば他の転生者の情報はあんま伝えてなかったな。
山田くんと大島くんが人族の学園に通ってることくらいしか言ってないっけ?
別にこれは教えても構わないし、いっか。
メモ書きに追加でいくつかのことを書き込み、鬼くんに返す。
私の知る限りの転生者の情報を書いておいた。
とは言え、ほとんど調べられているので、神言教が知らない不明三人が死亡してることくらいしか追加の情報はない。
メモを受け取った鬼くんは、追加された文を目で追って、そのあと少しの間目を閉じていた。
死んだ三人の冥福でも祈ってるのかもしれない。
「白さんが知ってることはこれで全部?」
頷く。
転生者のことは分体を使って監視してるから、日常のあれやこれやも知ってるけど、そこまで伝えたら際限なくなるし。
重要な情報はほぼメモに書いてあると思っていい。
大島くんがTSしてるとか。
「この、大島叶多が女性になってるっていう情報は、本当のこと?」
あ、やっぱそれ聞いちゃう?
そりゃ、ねえ。
大島くんと鬼くんは仲良かったしねえ。
気になるよねえ。
「美少女になってる」
フォローになってないフォローをすると、鬼くんが複雑な表情をした。
特に転生者に関心なさそうで、会話に参加してなかった吸血っ子でも、口をへの字にしてる。
仮にも女の子がそんな顔しちゃいけません!
けど、吸血っ子の気持ちもわからんでもない。
逆に、なぜか魔王は目を輝かせている。
「そっか。そっかぁ」
鬼くんが複雑な心境のままに声を漏らす。
うん。
この頃その大島くんが、ちょっとずつ山田くんのこと意識し始めてるとかそういうことは言わないほうがよさそう。
男だった親友が知らないうちに女になってたってだけでもショックだろうに、もう一人の親友に恋心抱き始めてるとか知ったら、鬼くんの心のキャパをオーバーしてしまう。
どこぞでDが面白がってる光景がありありと想像できてしまうわ。
吸血っ子が打ちひしがれる鬼くんの手からメモをさりげなくすりとり、興味なさげに眺める。
なんていうか、別に興味ないけど一応転生者だし見ておくかなー、みたいな。
その証拠に、さして時間もかけずにチラ見しただけで鬼くんに返してしまった。
吸血っ子にとって、転生者はあくまでも過去に少し関わったことがあるだけの、赤の他人って感じなんだろうね。
吸血っ子から返されたメモは、鬼くんの手から再び奪い取られた。
魔王の手によって。
魔王はちょろっと私の魂が混じってるとはいえ、こっちの世界の住人だしそんな転生者のことに興味を持つとは思えないんだけど。
「白ちゃんから見て、魔族の脅威になりそうなのはいる?」
ああ、そういう観点から興味を持つかー。
できれば同郷の好で転生者諸君には平穏に生きて欲しいんだけど、もし敵対するようなら魔王は容赦しないだろう。
「山田俊輔、大島叶多、夏目健吾、長谷川結花、田川邦彦、櫛谷麻香、草間忍、先生」
私の目から見た、この世界の平均以上の実力をもった人名を上げていく。
人族の学園にいるのはどれも強い。
冒険者をしてる二人に関しても、実戦を経験してる分むしろ学園組よりも強いかもしれない。
あと、ついでで草間くん。
山田くんと大島くんの名前が出たところで、鬼くんがギョッとした。
まあ、ここで名前が出るということは、今後魔族にその命を狙われかねないということなんだから、その反応も当然と言える。
けど、その心配は必要ない。
「手出しは無用」
魔王にそう宣言する。
転生者、特に先生に手出しをしたら、魔王といえどもただで済ます気はない。
「それは彼ら次第だね」
魔王も引く気はないのか、そう返答してきた。
確かに、魔王の立場からすれば転生者が敵対してきた場合、対処しなければならないだろう。
けど、こっちも意見を変えるつもりはない。
薄目を開け、目に力を込める。
私の雰囲気を感じ取った魔王の顔から、笑顔が消えて真顔になる。
ピリピリとした空気が漂う。
吸血っ子と鬼くんが、ゴクリと息を呑んだ。
「わかったよ。私が直接転生者をどうこうすることはしない。けど、軍としては敵対してきたら対処しないわけにもいかない。それでOK?」
折れたのは、魔王だった。
了承の意味で開けていた目を閉じる。
緊張していた空気が弛緩していき、吸血っこ子鬼くんが止めていた息を吐き出す。
魔王が直接動けば、転生者なんてどうとでもできる。
ここにいる吸血っ子と鬼くんですら、二人がかりでも魔王には勝てない。
吸血っ子が嫉妬のスキルを使い、鬼くんが憤怒のスキルを解放したとしても、魔王には届かないだろう。
吸血っ子や鬼くんに遠く及ばない他の転生者では、束になっても抗いようがない。
「もしそうなったら私が対応する」
そうならないことを祈るけど、魔王軍に敵対する転生者がいた場合、私が動くのが一番安全だろう。
うっかり魔王軍にやられてしまうなんてこともあるかもしれないし。
私の意図を察したのか、鬼くんが安堵するように息を吐いた。