263 カフェインには勝てなかったよ
ハッ!?
ここはどこ?
私は誰?
うむ?
イヤ、ホントにここどこ?
ちょっと記憶がプッツリ途切れてるんだけど、どういうこと?
ていうか、めっちゃ気持ち悪い。
吐きそうなのに、吐けない。
こう、胃と口の間で気持ち悪い元がグルグル行ったり来たりしてるみたいな。
体もなんかやたら怠いし、頭もガンガンする。
神になってからこんなに体調が悪いのは初だわ。
これはやばいと、とりあえず生命に危険がないか緊急チェック。
体調はこれ以上ないくらい悪いけど、命に別状は無し。
それにホッとひと安心するものの、なんでこんな状態になってるのか原因がわからない以上、完全に安心することもできない。
分体の記憶をフィードバックして、本体の記憶がない間に何があったのか探ってみる。
どうやら、コーヒー飲んだ直後あたりからおかしいっぽい。
なんでやねん。
Dが飲んでたもんだから怪しいもんでも入ってたのかもしれないけど。
本体が落ちた直後に分体がリカバリーしようとしてた診断記憶を見る限り、特に体内に変な物質が入った形跡は無し。
体調不良の原因は、カフェイン?
なんでやねん。
カフェインって、あのカフェインでしょ?
コーヒーとかに普通に入ってる。
それで私こんなぶっ倒れるくらい体調不良になってるわけ?
え、真面目になんで?
原因がわかったのに、余計訳わかんなくなるという意味不明な状況。
とりあえず、わかったことは、私は体質的にカフェインを受け付けないらしいということ。
分体がカフェインを分解しようとして、逆に体調不良になってることから、相当根が深いと思われる。
神の力を以てしても分解できない物質、カフェイン。
なんて恐ろしい。
こんなもんパカパカ飲む人間の思考がわからん。
毒物なんか食い慣れてると思ってたけど、思わぬ落とし穴があったもんだわ。
ハア。
とりあえず、体調が戻るまではここでグダグダしてよう。
本体が落ちた後に異空間に放り込まれてたようだけど、分体の判断の速さグッジョブ。
あのまま無防備に放置されてたら、どんなことをされたかわかったもんじゃない。
まあ、攻撃されようが何されようが、それで死ぬような事態にはならないだろうけど。
本体を殺したくらいじゃ、私は死なないし。
イヤ、慢心はいかんな。
だって、たかがカフェインに殺されかけてるくらいだし。
たかがカフェイン。
されどカフェイン。
実際、今の私はシステム内の存在に殺されるほどやわじゃない、とは思うけど、絶対に殺せないっていうことはない。
アリとゾウの戦いみたいなもん。
普通に戦えば、戦いにもならない。
けど、もしアリがゾウの耳の中に入り込んだら?
もしかしたらゾウは死ぬかもしれない。
私にだってそれは言える。
普通に戦えばただの人間に私が勝てる道理はない。
ないんだけど、奇跡っていうのは往々にして起こるもんなのよ。
私自身がそうやって格上に勝利を重ねてきたんだから。
もちろん、格上ではあっても、私は奇跡なんかじゃなくて、自分の力で勝ち上がったっていう自負がある。
けど、絶対に勝てないって思った相手にはいつも逃げていた。
アラバしかり、マザーしかり。
私が勝ってきた格上は、あくまでも手の届く範囲にいた相手。
奇跡を願わなきゃ勝てない相手にはそもそも挑みすらしなかった。
今回だってそう。
私は絶対に勝ち目のないDから逃げ出したとも言える。
Dの眷属になれという提案を突っぱねず、受け入れることによって。
今も昔も私の基本方針は命大事に。
ただ、そこにちょっとした意地が追加されてるだけで。
その意地のせいで肝心なところで引けない融通のきけないところもあるけど、そこは仕方ないね。
そこを曲げたら私は私じゃなくなる。
私という存在は、相当曖昧だ。
元々はただの蜘蛛。
それを、Dが気まぐれで自分の身代わりに仕立てた存在。
しかも、死ぬことを前提にされてたせいで、記憶やら何やら割と適当に作られてる。
そうと自覚するまでは疑問にも思わなかったけど、私の若葉姫色としての記憶って穴だらけなのよね。
両親がいるっていう記憶はあるのに、その顔は全く思い浮かばないんだから。
そういう穴だらけの記憶なのに、疑問を感じない。
感じさせないようにDが細工してたんだけど。
改めて、私は私でしかないというのを実感する。
私の記憶というものは偽物で、拠り所にならない。
この世界で培ってきたステータスやスキルも、Dの手によって作られたシステムという枠組みの中での力。
そのシステムから脱却できれば、私は自由になれると思っていた。
煩わしい世界から解放され、命の危機に瀕することもなく、悠々自適な生活ができると信じていた。
蓋を開けてみれば、そこには変わらず上には上がいて、結局のところそれまでとあまり変わらない世界があるだけ。
Dという絶対者に逆らえず、この世界の行く末を見守らなきゃいけないパシリ生活。
しかも、自分の存在を根底から覆される衝撃の事実付きで。
やってられない。
それまで自分だと思ってた人間は、本来の私とは縁もゆかりも全くない赤の他人だったんだから。
しかも、本来の私の記憶なんてないに等しい。
私という存在は、エルロー大迷宮という場所で卵の殻を割って初めて産声を上げたようなもん。
それすらDの手の平の上のことなんだから。
私ってDの都合のいい捨て駒として生まれてきた。
けど、その想定を裏切って生き残った。
それを面白がったDに、今度は生かされてる。
そこに私の意思はない。
全部Dの都合。
何もかも、私という存在にはDが絡んでくる。
眷属として目をつけられた以上、もはや切っても切れない縁ができてしまった。
見ようによってはDは私の親みたいなもんかもしれない。
けど、死ぬこと前提で生むとか、ネグレクトどころじゃねーぞと。
今の私はさしずめ反抗期の子供ってところか。
Dの機嫌を損ねないレベルで、最大限奴の思惑から外れた行動を取る。
小さいとか言わないで欲しい。
やってることは世界一個をどうこうする大事業だけど。
あー。
いかんな。
なんか気分が悪いせいで考えがネガティブな方向に行ってる気がする。
気がするじゃなくて、完全に下降してるわ。
普段だったら絶対こんなこと考えない。
私は私なんだから勝手にやってやるわー、てな感じで考えるに決まってる。
けど、どうしても、ふと思っちゃうわけよ。
私って、何のために生きてるんだろう、って。
我ながら青臭いこと言ってんなーと思う。
思うけど、死ぬことを前提に生み出された何もかも偽りの存在である私の生きる意味って、なんだろう?
わかんないわー。
生きたいから生きる。
それでいいと思う反面、どうしてもそんな考えが脳裏から消えてくれない。
人型になって、心も人に近づいたんかね?
あー、やめだやめ!
うじうじ考えちゃうのは体調が悪いからに違いない。
体調が戻ればいつもの私に戻る。
だからそれまではふて寝しよう。
そうしよう。