260 誰だこのカオスな状況を作ったのは!?
なんか錯乱したような感じの吸血っ子が屋敷に突撃してきた。
まあ、それはいい。
良くないけどまあ、吸血っ子だし。
分体の監視で大体何があったのか知ってるし。
けど、ねえ?
怪しい雰囲気になった段階で監視をやめたんだけど、出てきたら吸血鬼が増えていた。
濡れ場を覗くのはさすがにどうかと思って監視をやめたのに、なにしてくれちゃってんだか。
とりあえず、ぎゃーすかぎゃーすか騒いでいる吸血っ子を蹴りで黙らせる。
「ぐふっ!」
本日も綺麗なくの字を披露する吸血っ子。
連れの男の子はそれを見た瞬間目を見開いて、
「貴様!」
襲いかかってきた。
剣を抜いて私に切りかかろうとしてくる。
あー、吸血っ子や、眷属のしつけがなってないんじゃないかい?
とりあえず適当にあしらおうとした瞬間、私と男の子の間に、シュタッと影が着地した。
影は男の子をそのまま柔道の投げ技みたいな感じで床に押し倒し、腕の関節をきめて拘束する。
吸血鬼なんだからそれくらい腕をわざと折って脱出できそうなもんだけど、いかんせんなりたてのホカホカだからねー。
そんな猟奇的な方法思い浮かばないよね。
「ぐぅ、離せ!」
「駄目です。これはワルド様のためでもあるのです。あのお方に逆らってはなりません」
「その声……。まさか、フェルミナか!?」
お、気づいた。
そうですよー。
今、上に乗ってるのは君の元婚約者のフェルミナちゃんですよー。
吸血っ子に魅了された哀れな男子諸君を救おうと奮闘したのに、そのことごとくを潰され、ていうか無視された上に、救おうと頑張ってた婚約者に捨てられちゃった可愛そうな子。
そんな子を拾って養ってあげるなんて、私超優しい!
しかも、鍛えてあげた上に仕事まであげるなんて、超面倒見がいい!
「ワルド様、お願いですから大人しくしていてください。殺されてしまいますから」
そんな子が私のことを恐怖の眼差しで見てるって?
気のせい気のせい。
殺さないよー?
その子一応魔族のお偉いさんの家系の子供らしいしー。
殺すとメンドくさいからねー。
だからそんな怖がる必要ないよー?
ホントだよ?
「ゲフッ! う、ううーん。コフッ。ご主人様、いちいち私のこと蹴らないでくれます?」
あ、吸血っ子が復活した。
口からこぼれていた血をハンカチで拭ってる。
細かいことは気にすんな。
どうせ死にはしないんだから。
「ところでご主人様、その子は何? ワルドの知り合いっぽいけど」
「え?」←フェルミナ
「え?」←ワルド
「え?」←私
「え?」←吸血っ子
重い沈黙。
えーと、吸血っ子、お前、もしかしなくてもフェルミナちゃんのこと覚えてない?
というか、認識すらしてなかった?
なんて不憫な……。
ごめんよ、うちの吸血っ子ちょっと中身があれでそれなのよ。
悪気はないんだ。
ないからこそ質が悪い気がしなくもないけど。
ワルドくんに馬乗りになりながらプルプルと肩を震わせ始めるフェルミナちゃん。
いたたまれない表情で床に視線を落とすワルドくん。
なんかやっちゃったっぽいけど原因が分からずに、平静を装おうとしながらも、めっちゃオロオロしてるのがまるわかりな吸血っ子。
これが三角関係か。
私は関係ないから退避しよう。
そうしよう。
「逃げないで!」
ちっ、吸血っ子に袖を掴まれた。
そんな懇願するような顔されても、私にもどうにもできないことがある!
それすなわち、友情努力勝利恋愛痴情ドロドロコミュニケーション、なによりもー、人の心がわからない!
ええーい!
離せ!
私はここから逃げるのだ!
というか、私を巻き込むな!
お前が撒いた爆弾だろうが!
もう爆発してどうにもなんねーんだから腹くくって土下座して謝れよ!
まあ、本人何が悪いのかさえわかってないけどな!
「えっと。何がどうなってこんな状況になってるのかな?」
鬼くん!
いいところに来た!
助けて!
「つまり、事の発端はソフィアさんがワルドさんを吸血鬼にしてしまったことだと」
「ええ」
一旦落ち着こうということで、屋敷の中でも比較的小さな会議室っぽい部屋にて事情聴取が始まった。
この屋敷、でかい部屋だと大学の講義ができそうなくらい広いからな。
大学の講義なんか知らんから、大学生がワラワラだだっ広い教室にいるイメージしかないけど。
鬼くんの疲れたような顔に対して、吸血っ子は堂々と、少なくとも本人はそう思っているであろう表情で答える。
そんな泣きそうな顔で取り繕おうったってムリでしょ。
「それで、ワルドさんがソフィアさんを蹴った白さんに敵意を向けたところを、フェルミナさんが止めた」
「はい」
「ええ」
こちらは表面上冷静に見えるワルドくんと、まだちょっと意気消沈気味のフェルミナちゃん。
「で、ソフィアさんがフェルミナさんのことを誰だと言ったわけだ」
沈黙。
吸血っ子は顔を引きつらせているし、ワルドくんも表情を動かさないようにしてるけど内心穏やかじゃないだろうし、フェルミナちゃんに至ってはまた泣き始めちゃったよ。
「フェルミナさんは魅了されたワルドさんをソフィアさんの手から奪還するためにあの手この手を尽くしたけど失敗。ワルドさんがそれを糾弾して追い落としたと。その後、白さんに拾われてその部下として活動してた」
「ええ」
泣きながら鬼くんの言葉を肯定するフェルミナちゃん。
頑張って戦っていた相手に、認識すらされていなかったとか、そりゃへこむよね。
「結論、ソフィアさんが悪い」
「異議あり!」
「異議を却下します」
鬼くんの判決に異議を申し立てる吸血っ子。
即答でそれを却下する鬼くん。
容赦ねー。
「どう考えてもソフィアさんが悪い。大体からして人を魅了で洗脳するとかふざけているのか? 同じ人のすることじゃない。最低の行為だ」
心底蔑むような、痛烈な批判。
ちょっと意外。
鬼くん割と穏やかな性格してるから、こうまで感情を表に出して言葉にするとは思ってなかった。
イヤ、ちょっと考えればわかることか。
なんて言っても、鬼くんは憤怒の支配者。
その心の奥には、消えない憤怒が宿っている。
むしろ、普段の優しい姿は仮初のもので、こっちのほうが本来の姿なのかも。
予想外に強い言葉で批難された吸血っ子は、一度ビクリと体を震わせ俯いた。
フェルミナちゃんはそんな吸血っ子の姿を冷めた目で見ているし、ワルドくんは言葉を挟めずにいる。
魅了が切れた今でも吸血っ子の側にいることを決意したワルドくんでも、思うところはあったっぽい。
むしろ、何にも考えずにホイホイこの場に来ているんだったらとんでもないチョロ男だけど。
「……じゃない」
ボソリと、吸血っ子が呟く。
それは私の聴覚だからこそ聞こえるくらいの、小さな呟き。
けど、はっきりとした、意志のこもった呟きでもあった。
「何?」
「同じじゃない!」
今度は叫ぶ。
「私は吸血鬼。人じゃない。同じじゃない」
たぶん、この場でその言葉の重みを理解できたのは私だけだろう。
その言葉は、吸血っ子が完全に人を捨てる宣言なのだから。
けど、
「だから、なんだ?」
部屋の中の空気が、まるで鉛のように重くなる。
怒りが、まるで質量を持っているかのようにのしかかる。
「やっていいことと悪いことがある。たとえどんな理由があろうと、悪はしょせん悪。君のやったことは、どうあがいたって悪いことだ」
フェルミナちゃんが息を呑む。
ワルドくんもポーカーフェイスを保てずに表情を引きつらせる。
「その悪が、吸血鬼としての生き方よ。それを否定するのであれば、それは私自身を否定することになる。悪で結構。それが私よ」
ただ一人、吸血っ子だけがその怒りを真正面から受け止めていた。
睨み合う。
時間だけが過ぎていく。
あの、そろそろお腹減ってきたから、失礼していい?