259 魔王様怖いっす
魔王に神言教のあれこれを伝えておこうと思い立った。
ホントなら接触する前に報告するのが筋なんだろうけど、ぶっちゃけ忘れてた。
仕方ないよね。
今まで好き勝手に行動してたんだし。
ただ、今回の相手は人族最大勢力だし、今までみたいに失敗してもどうにかなるって相手じゃないしね。
流石に交渉に失敗したら私一人じゃフォローできない。
イヤ、できないこともないんだけど、私のすることなんか、邪魔な奴は殺してしまえー、だからね。
そんなことしたら人族が大変なことになる。
んでもって、そうなったら黒がプッツンしてしまう。
オラオラされたくはねーです。
そういうわけで、失敗した時のフォローは魔王に丸投げしよう。
大丈夫大丈夫。
ちょっと人族の敵対勢力が多くなるだけだから。
頑張れ頑張れ。
君ならできる!
うん。
成功しても失敗しても私が被る害は何もないな。
スバラですわ。
減るのは魔王の胃壁くらいだね。
というわけで、魔王のところに来たわけだけど、タイミングが悪かった。
ちょうど、私が入るちょっと前くらいに、魔王の部屋に先客が訪れていたっぽい。
私がノックもなしに魔王の部屋に入ると、そこには机の上に足を乗せてふんぞり返ってる魔王と、その前に直立不動で立ってる二人の人物。
バルトはいない。
きっとまた魔王に仕事を押し付けられて走り回ってるに違いない。
「あ、白ちゃん、いいところに。入って」
魔王に促されて部屋に入る。
ちっ、人がいるなら時間ずらせば良かった。
逃げようにも魔王に呼ばれちゃったし。
仕方なく手招きする魔王の横まで行く。
「そこで一緒に話聞いてて」
事情はわからんけど了解。
「じゃあ、報告を聞こうか」
魔王がニッコリしながら言った。
うん?
心なしか機嫌悪い?
魔王の機嫌の悪さを察しているのか、二人の人物の表情は硬い。
二人の人物、一人は色っぽいお姉さん。
もう一人はショタ。
お姉さんの方が第二軍軍団長で、ショタの方が第六軍軍団長。
色物っぽい外見だけど、れっきとした魔族の大物だった。
「はい。この度、我が第六軍は第二軍の協力のもと、勇者を追い詰めることに成功しました。ですが、あと一歩というところで逆襲を受け、貴重な戦力を失う結果となってしまいました。申し訳ありません」
なぬ?
勇者を、追い詰めた?
思わず魔王の方を見る。
見るって言っても目は閉じたままだけど。
魔王も私の視線に気付いたのか、不機嫌顔のまま頷く。
勇者はシステムからその存在そのものを消し去るために準備を進めている。
なので、その準備ができるまでは下手な手出しをしないようにと伝えておいた。
だっていうのに、こいつらは勇者に手を出したらしい。
「私からも謝罪を。私の部隊のものが予定通りに致死量の毒を盛ることができていれば、このような結果にはなりませんでした」
ふーむ。
つまり、お姉さんのところの密偵だかなんだかが勇者に毒を盛ったんだけど、全部はくらわなかったと。
そんで毒で弱体化した勇者にショタの部隊が襲いかかったけど、返り討ちにあった。
そんなところか。
確かに、普通に考えれば大失態だけど、むしろよくやった。
下手に勇者を殺さなくて。
勇者を殺せないくらいの無能で助かったわ。
「魔王様、サーナトリア様はあくまで手伝っていただいただけです。第六軍が主導の作戦ゆえ、すべての責は私が背負います」
おお、ショタのくせに立派な!
けど、君ら根本的に勘違いしてるね。
「ねえ、君ら何勘違いしてんのかな?」
魔王が私の考えと同じことを口にする。
その顔には笑みが浮かんでいる。
嗜虐的な、邪悪な笑みが。
「私さあ、ちゃんと通達したはずだよね? 勇者には手を出すなって」
そう、別に作戦に失敗したとかどうでもいいのだ。
戦力を失おうが、魔王にとっては痛くも痒くもない。
むしろじゃんじゃん失えと。
問題は、手を出すなと言っておいたはずの勇者にちょっかいを出したということ。
最初のそこからして問題だったのだ。
「どうして命令を無視して勇者に手を出したのかな?」
笑っているのに、目には怒り。
そして、部屋の中を満たす威圧。
そんな中にいる二人の心境はいかに?
って、聞くまでもないか。
顔面蒼白になって小刻みに震えてれば、その内心は手に取るようにわかるわな。
「ん? 黙ってちゃわからないよ? それとも、聞こえなかったのかな? 魔王の言葉を聞き逃すなんて、いい度胸してるねー」
聞こえていなかったはずがないのに、意地の悪い。
ショタが慌てて口を開こうとするけど、うまく言葉が出てこないようで、パクパクと金魚みたいに口を開けては締めを繰り返すだけ。
「申し訳、ありませんでした」
ようやく絞り出された言葉は、なんのひねりもない謝罪。
それだけで精一杯だったのだろうね。
「ん? その謝罪は何に対して? 作戦ミスったから? 勝手に動いたから? 私の言うこと聞かなかったから?」
もういっぱいいっぱいなショタにさらに容赦ない魔王の言葉責め。
それに対して、お姉さんの方は幾分余裕がある。
「魔王様のお怒りはごもっともです。ですが、我々も勇者の戦力を憂慮しての行動です。今回は失敗に終わってしまいましたが、あと一歩のところまで追い詰めたのも事実。次はきっと成功するでしょう」
あ、やっちゃった。
ゴリッという耳障りな音が響いた。
ついで、ゴリゴリと何か硬いものを噛み砕くかのような音。
ショタの顔に赤い液体が降りかかる。
それがなんであるのか、ショタはわかっていないようだ。
キョトンとした顔で、液体の出元を見上げる。
そこで、同じくキョトンとした顔の、腕がなくなったお姉さんと目が合う。
悲鳴。
お姉さんとショタが同時に悲鳴を上げた。
魔王はそれを興味なさそうに冷めた目で見つめ、お姉さんの腕を咀嚼する。
暴食の力なのか、明らかに魔王の小さな口には収まるはずのないそれを。
「私は、勇者に、手を出すなと、そう言ったんだよ?」
言い聞かせるように、短く言葉を区切ってそう告げる魔王。
お姉さんは失った腕の根元を押さえながら、その言葉を聞く。
聞かないと殺されるからね。
「勇者の戦力とかどうでもいいんだよ。勇者が勇者として生きてるのが重要なんだから。ああ、そのことを理解する必要はないからね? 君らは私の言葉に従って、戦って最後に死ぬのが仕事なんだから」
ショタがギョッとする。
「なに? もしかして、自分たちのこと特別だとでも思ってた? 別に私としては今この場で処分しても痛くも痒くもないゴミクズのくせに? 思い上がりも甚だしいわー」
心底呆れたという表情で首を振る魔王。
実際半分以上本心だろうけど。
「よーく覚えておくことだね。君らに価値なんかない。あるとしたらそれはいっぱい敵を殺して、最後は自分も死んで世界に還元された時だけ。それがイヤなら、自分の分以上に敵を殺せ。できなければ死ね。私の言うことが聞けないならすぐ死ね。さあ、死ね。死ね。死ね。死ね」
物理的に血の気を失ったお姉さんも、ショタも青い顔をする。
魔王が本気なのがわかるから。
まあ、ここは助け舟を出してやるか。
「バルト、過労死」
ボソッと呟く。
一応この二人もそれなりの地位にいるし、いなくなるとそれだけ諸々の作業のしわ寄せが来る。
その被害は間違いなくバルトにいく。
これ以上酷使すると、バルト死んじゃう。
「それは困る。仕方ない。今回は許してあげるよ」
あっさりと手のひらを返す魔王に、二人は呆気にとられていたけど、私が視線を向けると正気に返り、一礼して慌てて出て行った。
その様子を見て、私は肩をすくめる。
魔王も同じようにする。
「で、白ちゃんは何をしに来たの?」
あ、そうだった。
その後、神言教の話をしたら魔王が突っ伏してしまった。