永田町では日々、様々な政治的思惑から、様々な情報や噂が流れ、消えていく。そして時に、「怪談」のような情報が、政治的なシナリオとしての形を取り始め、現実の政局を形作り始める。
記者クラブに所属するある新聞社の現役記者から、IWJへ永田町で今、流布しているある政治的シナリオについてのレポートが寄せられた。それは驚くべき内容だった。
そのシナリオによると、安倍総理は今通常国会の会期末、なんと急進的な一部野党などの言い分を丸のみして、安倍総理自ら「消費減税」を訴えて衆院を解散し、衆参同日選挙になだれ込む。狙いは改憲勢力による衆参の議席の3分の2以上の維持、そして安倍総理の悲願である憲法改正の発議だ。
IWJに寄稿した記者自身、自社のメディアには書くことができない。そしてIWJに寄稿するに際しても、実名を出すことはできないという「永田町の闇の底からのディープレポート」。しかし永田町で密かに取り沙汰されているこのシナリオの存在を表沙汰にし、舞台に出して陽の光にあて、世間の風にさらすことで、油断が蔓延している野党と市民の覚醒と共闘を促し、「緊急事態宣言条項」を核とする改憲発議を阻止して、出口のないディストピアの実現を阻むことができるのではないだろうか(以上IWJ編集部)。
安倍首相が「消費税5%への減税」という旗を掲げ衆院を解散!? その先に待ち受けているのは想像すらしたくない「ディストピア」!?
「この道しかない」と拳を握りしめ、宙に視線を結んでいるのではないか。山本太郎参院議員が新党を立ち上げ、そこで「消費税廃止」を訴えたのをみて、確信を強めた。山本議員は少し前まで「消費税を5%に下げろ」と主張していた。
「先のことは分からない」「政治は一寸先は闇」と言われる。過去と現在のピースを集め、近い将来を推測し備えることはしかし必要であろう。
あえて結論から言う。安倍首相は山本太郎氏のような、野党の中でも最もラディカルな主張をパクって「消費税5%への減税」という旗を掲げ衆院を解散し、衆参同日選挙に打って出るのではないか―。
そうして決行された選挙の結果は想像すらしたくない「ディストピア」になるだろう。こう推察する理由には、大きく3つのピースがある。
「ディストピア」への一つ目のピース~ 「戦後初めて憲法改正した首相」になりたい安倍首相!
一つ目は、何もせずにこのまま参院単独選挙に突入すれば、憲法改正に必要な「衆参それぞれ改憲勢力3分の2」という議席を欠く可能性が極めて高い、という現状だ。参院の定数は242議席。7月21日投開票となる公算の大きい「2019年参院選」では、このうち半数の、6年前に当選した参院議員が改選されることになる。
現在参院の議席構図は、自民党121、公明党25(与党で146議席)、それに「おおさか維新の会」(12議席)、「日本のこころ」(3議席)に、さらに無所属議員などを加えることで、「改憲に前向きな勢力」が3分の2(162議席)を超えているとされる。しかし、超えている議席は大きく見積もっても10議席前後だ。
特に6年前の「2013年参院選」は、自民党が政権を奪還して約半年で行われた選挙で、自民党に「風が吹いた選挙」とされる。民主党の自滅や、アベノミクスと東日本大震災からの復興に対する過大な期待を背負い、各地で自民党が圧勝した。
今回の参院選ではこの選挙で当選した議員が改選される。全国紙の政治部のある記者はこう指摘する。
「自民党が現有(現在の保有議席数)を維持することはほぼ無理。政治情勢次第では第2次安倍政権が始まって以来の大敗となる可能性もある」
改憲勢力とされる維新やこころも、国政では一時の威勢を失っている。野党共闘の深化も読みにくい。時事通信は今年2月、野党共闘が整い候補者を一本化できれば、32ある「1人区」のうち12選挙区で野党が議席を獲得するという試算を報じた。山形や福島、山梨など7選挙区では与党から議席を奪う形で勝利するという。
安倍晋三首相にとって憲法改正は、何を放棄してでも成し遂げたい政治課題だ。財界や省庁の要求を唯々諾々と飲み続け、国の中央銀行を牛耳り経済を人質のようにし、自民党内と行政府組織の人事を掌握してきたのは、全て「憲法改正」のためであったとも言える。
それは「戦後初めて憲法改正した首相」というレガシーを手にしたい、という権力欲の発露に他ならない。安倍首相がこれまでみせてきたこの強欲と改憲への執着の深さを考えれば、何も手を打たずに「参院単独選挙」に突入する可能性はむしろ低い。わずか数議席を欠くだけで改憲発議の条件を失うからだ。
仮に失えば、最低でも3年間は改憲発議ができなくなる。それは「安倍政権の存在意義の崩壊」を意味する。
「ディストピア」への二つ目のピース~ 「消費増税の延期」ではなく、「消費減税」を掲げて衆議院解散へ!?
では、安倍政権としては、どうすればいいか。
二つ目のピースが、国民から圧倒的賛意の得られる政策を掲げ、その「信を問う」と言い放って衆院を解散し、衆参同日選挙に打って出るという発想だ。そこで今年10月に迫る消費増税という政治課題が浮かび上がってくる。
2014年4月に8%へ引き上げた安倍政権は、その後、同年11月に延期を表明、さらに2016年6月にも増税を延期している。過去に2度、消費増税を延期しているため、「増税延期の信を問う」ために解散するというのは、合理性を欠き、インパクトもない。単なる延期では「国民からの圧倒的賛意」も得られない。
そこで強烈なプランBとして「5%への消費減税」と、その信を問うための
衆院解散案が浮上する。ある与党関係者は言う。
「そうでもしない限り、この『3分の2超』という議席は維持できない」
「リーマンショック級の事がない限り行う」と安倍首相は消費増税について再三言っている。だがこうした留保や議論も「5%への消費減税」となると、様々な前提が破壊される。
そもそもなぜ消費増税しなければならないのか。
それは財政再建と社会保障財源確保のためだ。しかし、それはもはや建前に過ぎない。現在の国債発行と日銀の買い取りの状況を踏まえれば、もはや何でもありだろう。政府の19年度予算案では、景気対策の大盤振る舞いで初の総額101兆円を超えた。07年末に838兆円だった国の借金残高は1085兆円(17年末)に拡大している。
まともな思考の下、「財政再建に取り組まなければならない」と旗を振っているのは財務省だ。だがそのトップは誰か。安倍首相の盟友、麻生太郎副総理である。5%へ減税した場合の財源はおそらく国債でまかなうことになるだろう。それを市中銀行が買い、日銀が買い取ることになる。では、日銀の総裁は誰か。これも安倍首相の盟友・黒田東彦総裁である。首相と中央銀行の総裁が「盟友」と言われる時点で、中央銀行の政府に対する独立性はなきに等しい。日本国債の信用は危機に瀕し、金利上昇リスクが高まるが、目前の衆参ダブル選を乗り切ってしまい、緊急事態条項を含む改憲発議を行ってしまいさえすれば、あとはなんとでもなる、ということなのだろう。
この秘策には「日本が財政再建を放棄したと国際社会に受け止められ、円が信用を失うのではないか」という批判が想定される。確かにその通りではあるが、そのようなまっとうな批判を一体どの野党が力強く展開し、どのマスメディアが大きく拡声して、その批判を国民的支持を得るまでに届かせるだろうか!?
恐ろしいのはむしろ、安倍首相が「5%への減税」と「解散」を打ち出したとき、国民大半がそれを支持し、ほぼ全ての野党および大多数のマスメディアが思考停止に陥ることだ。
こうした状況を踏まえると、安倍首相が方針を打ち出すのは参院選の直前期、つまり通常国会の会期末(6月26日)なのではないか。参院選は7月4日公示21日投開票となる見通しだ。あまりの短期間に野党は一切身動きが取れず、論を張ることもできず、ぼろぼろになる。
「ディストピア」への三つ目のピース~ 「ちゃぶ台返し」のような経済政策が「5%への消費減税」!
三つ目のピースが、足元の景気動向と、アベノミクスの粉飾がはがれ落ちているという惨状だ。
米中貿易摩擦が激しくなり、同時に中国経済の失速が顕在化してきた。日銀が1日発表した3月の企業短期経済観測調査(短観)では、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(DI)が前回2018年12月調査から7ポイント下落し、プラス12となった。2四半期ぶりの悪化だ。悪化の幅は12年12月以来の大きさで、第2次安倍政権発足以来の急速な景気の鈍化を示している。
帝国データバンクや東京商工リサーチといった信用調査会社や、そのほか金融系シンクタンクによる景況調査でも軒並みピークアウトを示唆する数値がこの3カ月ほどで一気に相次ぐようになった。
日銀による21年度の物価上昇率の予想は、1%台半ばから後半にとどまる公算が大きいとされ、アベノミクスが掲げる「年率2%上昇」の達成は一段と遠のく見通しだ。しかも実質賃金の統計データは粉飾していた可能性が高く、GDPでさえも成長率を大きくみせる操作を行っていたと指摘を受けている。現実は政府の数字よりも下回るのではないか。
もはや「アベノミクスは失敗した経済政策」であって、これ以上継続することは難しい。しかし、座して失敗を認めることもまた「安倍政権の存在意義の崩壊」を意味する。実際の「政権の崩壊」にも直結するかもしれない。
「ちゃぶ台をひっくり返す」ような経済政策が必要になる。過去や現在と比較し得ない、まともな思考を遮断する、それでいて単純で、分かりやすい経済政策―。
それが「5%への消費減税」だ。
そうした「ちゃぶ台返し」を行うためには、景況感が悪化し、実体経済がマイナスを示すのは、安倍政権にとってもはや悪いニュースではない、ということになる。今後政府は「景気悪化」の情報を矢継ぎ早に出してくるだろう。しかも中国などの外需の失速をひたすら理由に上げ続けるはずだ。
三つのピースが重なり合って、緊急事態条項を含む改憲へ! 財政破綻すれば、緊急事態を宣言してから預金封鎖もありうる!?
こうしていくつかのピースを重ね合わせると、安倍政権の立場に立ってみれば、「この道しかない」という確信をますます強くする。この方針を止める方法がないし、安倍首相にとって止める動機もない。
現実のものとなったとき、これを支持する圧倒的民意に水を差すことはできないだろう。思考停止に陥る野党を踏まえれば選挙結果は惨憺たるものだろう。冒頭で掲げたような、山本太郎議員のような急進的リベラルな、「消費税減税」に正面切って反対もできない。「減税」と「廃止」の間にはもちろん大きな懸隔がある。しかし、政策の実行力を基準に考えれば、自民党に一票を投じようと考える有権者が多いに違いない。衆参両院で自民党単独で、それぞれ3分の2以上の議席を獲得することも不可能ではないはずだ。
安倍首相は直後から「民意を得た」として憲法改正を強力に推進し始めるだろう。衆参両院の憲法審査会での積み上げた議論を振り切り、国会議員(衆議院100人以上、参議院50人以上)の賛成によって憲法改正案の原案を発議する手続きに踏み込む可能性が高い。
圧倒的支持率を背景に、細かい反論に耳を傾けることなどすっ飛ばすことができる。2017年5月3日(憲法記念日)に読売新聞1面を飾った「憲法改正 2020年施行目標」はまだ可能だ。
まず「緊急事態宣言条項」を加憲し「議員の任期延長」を実現する。9条など後回しでいい。また、緊急事態条項さえ導入し、宣言できれば、法律の代わりに内閣限りで政令を好きなだけ出し続けることができる。国会は何も反対も抵抗もできない。立法権は完全に内閣の手に移る。
国債が暴落し、金利が急騰し、ハイパーインフレとなり、財政が破綻した場合は、新円の切り替えにあわせて預金封鎖を行うことも可能だ。これは実際に戦争終結の翌年の1946年(昭和21年)に緊急勅令によって強行された「過去の実績」がある。大日本帝国憲法における「緊急勅令」の代わりに、問答無用の万能の宝刀として自民・政府がのどから手が出るほど欲しがっているのが「緊急事態宣言条項」なのである。
そこまで成し遂げれば、あとは何度でも憲法を改正できる。想定される最悪のディストピアは、こうして完成する。なすすべのない奈落の入り口はもうすぐそこにある。そして、このディストピアから解放される出口は、ない。