哀・お父さん(前)
社員旅行から帰ってきて数日、ジラルやポーラが相変わらずしゃべりにやってきたり、クルルさんやリリカがやってきたりと、いつもの日常を過ごした。
今日は執事付きのエレインがやってきた。
「レイジ様、ご機嫌よう」
「はい、御機嫌よう。ノエラは、今は昼寝してるぞ?」
お昼ご飯を食べてから二時間くらい、ノエラはお昼寝をしている。
おれのベッドで。
くすり、とエレインは品よく笑う。
「いえいえ。今日はノエラさんではなく、レイジ様に……」
「え? あ、おれ?」
何か相談事だろうか。
おれがイスをすすめると、優雅にエレインは腰掛けた。
「何か用? お仕事体験や創薬体験したいってわけじゃないんだろう?」
ちょっと雑に言ったせいか、エレインがむうっと頬を膨らませる。
「今日はお父様のことで、レイジ様にお伝えしたいことがあるのです」
「おとーさまって、領主の?」
「ええ。領主のお父様ですわ。最近……お父様の近くに行くと、イヤなにおいがしますの……」
「イヤなにおいって? お風呂入ってないとか、そういうこと?」
「それはないと思いますわ。そういうものとは少し違うような気がして……何なのでしょうか……」
エレインは小難しそうに眉を寄せる。
それって、あれじゃないのか。
思春期女子が総じて言う「お父さんと洗濯物一緒にしないで」現象。
はにかんだような表情をするエレインがおれのほうへやってくる。
「し、し、失礼しますわね……」
おれのほうをむいて、おれの膝の上に座った。
う、近い……。
こいつ、また香水つけてきてるな。
おませさんめ。
「お、幼い頃は、お父様にこうして、抱っこしていただくことがあったのですけれど、先日近づいたときに、例のよくわからないけれど不快なニオイがしましたの……」
すん、すん。
エレインがおれのほうへ鼻を寄せてにおいをかぐ。
「レイジ様は……むしろ、好ましいニオイですわ。殿方全員がそういうニオイではないのですね……。あっ――。わ、わたくしったら、は、はしたないことを……っ」
「気にしてないから、大丈夫だよ」
頭を撫でると、ぷしゅん、と変な音がして頭から湯気が出た。
「もっ、もう、レイジ様ったら。わたくしを子供扱いして……。こ、困った方ですわ」
とは言うものの、エレインはその困った方の膝の上からどこうとしない。
くるりん、くるりん。
自慢の縦ロールに指を絡ませてそっぽをむいている。
お父さんのニオイを年頃の娘が嫌がるってのは、どちらかに問題があるんじゃなくて、生物として当たり前の反応なんだよな。
まとめると、そのにおいを感じないよう出来るか、というエレインの相談だった。
けどこれは、娘としては当然の反応だから、無くしたりにおわないようにしたりするのは難しいかもしれない。
おれは一度考えてみるとエレインに伝えて、その日は帰ってもらった。
その翌日のことだった。
いつぞやの老執事がおれを迎えにきた。
「レイジ様。我が主がお呼びでございます。お屋敷までお越しいただけますでしょうか」
大忙し、というわけでもなかったから、おれは二つ返事を返して、老執事と一緒に馬車で屋敷までむかった。
フラム夫人に呼び出されて以来だけど、中は相変わらず豪勢な貴族然とした屋敷だった。
応接室らしき一室に案内されると、中に一人の紳士がいた。
「君が、あの薬屋の錬金術師かな。カスティ・フェーン・ドラン・バルガスという」
「レイジと申します、薬屋の店主です」
もう面倒だからいちいち訂正しない。
ソファから立ちあがった紳士と握手をかわし、すすめられたむかいのソファに座った。
「先日は、妻のフラウが君の作ってくれた薬でずいぶんと若返ってね。晩餐会では、話題の中心だったよ。フラウも喜んでいた」
「あはは、そりゃよかったです」
「エレインも、店にお邪魔させてもらったとき、色々と貴重な体験が出来たようで、本当に感謝しているよ」
「いえいえ」
だがな、とカスティ領主はおれのほうへ顔をズイッと寄せた。
「エレインやフラウの評価が、私と一緒だと思わないことだ。私は……自分で目にしたもの以外、信じない男だ」
そりゃ当然だ。
領主はさらに声を低くしてささやくように言う。
「エレインは、よい娘に育った。器量もよい。有象無象の男どもを魅了するのも、わかる話だ。錬金術師殿……欲しいのであれば、私を倒してからにするのだな――ッ!」
クワッ!
領主様は目力を発揮しておれを睨む。
えええ……。
元々欲しくないんですけど……。
欲しくないって言うと、我が娘を弄んでいるのかってなる。
欲しいって言うと、貴様のような男にやらぬわってなるだろうし……。
何だよ、このデッドオアデッドの選択肢。
「あー、ええっとー。今日、おれに何かご用があったんですよね?」
「うむ。そのことである。…………近頃、エレインが私を嫌がるようになったのだ。――貴様の差し金であろうッッ!」
「何でおれなんですか!?」
「愛娘を使って最大の難敵である私に、精神的に攻撃してくるとは……なんと姑息な男ッ!」
クワッ!
また目力満点で領主様はおれをねめつける。
おれは両手をあげて降参のポーズをした。
「おれは何もしてないですよ、本当に」
「では、エレインに近づいたとき『クサ……ッ』と、私に聞こえるようボソりと言うのも、服を洗う際、極めて厳重に私の洗濯物と分けるよう、メイドに徹底させていているのも、すべて自身の意思というのか――!?」
「ええ。残念ですが、そうじゃないかと……」
思春期の女子あるあるだ。
どんまい、お父さん。
「あんなに父である私のことを好いていた娘なのだぞ……?」
「そういう時期に差しかかっているだけかと思います」
領主は手を組み合わせてうなだれる。
「私のことを、ゴミを見るような目で見てくるのも、そのせいなのか……?」
「程度によるかと思いますが、概ね、そんなものかと」
「エレインの干してあるパンティをじいっと眺めていたのがバレたのがマズかったか」
「そりゃそうなるわ」
「その後、薬屋の錬金術師の話をよくするようになったのだ。すべてそれが原因なのでは、と……」
「人のせいにすんな。現実から目を背けるな」
けど、家族にクサイなんて言われるのは相当傷つくだろう。
領主様はエレインを溺愛しているみたいだし。
だから余計に辛いんだ。
おれという人物の登場でエレインが変わってしまい、自分を嫌うようになった、と。
そういうふうに解釈していた――というより、そう解釈したかったみたい。
「思春期――あの年頃の女の子は、父親の性的な一面を嫌う傾向があります」
「だ、だが――確認する必要がある。どれほど成長したのか」
「確認しないでください。余計に嫌われますよ」
「だがあの手のパンティはエレインには早いと思うのだ」
「そういう話をすんなって言ってんでしょうが」
「だ、誰に見せるつもりなのか。……け、けしからん……けしからんパンティだった」
「嫌われて当然です。自重しろ、変態」
当たり前の流れだった。
「あ。もしかして、そのことで本人に言ったり……?」
「もちろん。けしからんパンティだ、と領主らしくズバンと言ってやった」
「けしからんのはあんたのほうだ」
「そうか…………」
しょぼーん、と領主様はソファの上で膝を抱えてしまった。
へこんでる……。
ばたん、と扉が勢いよく開いて、エレインが入ってきた。
「レイジ様がここにいらっしゃっていると聞いて来てみれば――! わたくしが何をはこうとお父様には関係ありませんっ。あれほど言ったのに、まだ覚えているなんて不潔です。軽蔑しますわっ」
しょぼーん、と領主様はさらに小さくなっていく。
会話が外にも聞こえていたらしい。
フン、とエレインは鼻を鳴らして、おれの腕をとった。
「レイジ様。不潔なお父様とではなく、わたくしのお部屋でわたくしとお話をしましょう」
ぐいぐい、と引っ張られておれは無理やり席を立たされた。
「おい、エレイン、待てってば」
「いいえ。待ちません」
この世の終わりを目の当たりにしたような、絶望顔で領主様はおれたちを見つめる。
部屋を出ていき、そのまま屋敷を歩かされた。
はあ、とおれは大きくため息をついた。
領主様は、おれという悪役が欲しかったんだろう。
昨日エレインが店に来たときは、お父様がパンツをどうのって話はしていなかった。
嫌なのは嫌だろうけど、それが一番の原因ではないんだろう。
「あんな言い方、しなくてもいいだろう? 領主様、たぶん部屋で泣いてるぞ?」
「ですけれど……」
ばつ悪そうにエレインは唇を尖らせる。
「領主様にも悪いところはあるんだけど……嫌いってわけじゃないんだろう?」
「それは、もちろんですわ……」
「あとで、謝りに行こうな? おれもついていってあげるから」
「はい……」
エレインも酷いことを言った自覚はあるみたいで、部屋でしゃべっていてもどこか元気がなかった。
この父娘を元の仲に戻してあげよう。
「エレイン、あとはおれに任せろ。お父さんを嫌わなくても済むような薬作ってくるから」
おれはそう言い残して屋敷を飛びだした。
消臭液があるけど、あれを使えってのも失礼な話だ。
今はもうトイレ用と化しているし。
もっと根本的なところを解決しないと。
それに、あのにおいにはもっと直接的な原因がある。
それをどうにかすれば……。
創薬室にこもって新薬を開発した。
「よし、これなら――!」
【ボディソープ for men:汗のにおいを抑え、発生した菌を殺菌する効果がある】
対エレイン用秘密兵器をボディソープの中に入れている。
これなら、ぼそっとクサイなんて言わなくなるだろう!