狩猟祭(前)
店の奥からは夕食のいいにおいが漂っていていた。
外を見ると、もう夕方というよりは夜に近い時間となっていた。
今日の晩飯、何だろう。
そんなことを考えながら店じまいをしていると、彼女がやってきた。
「レイジー?」
凄まじい美貌を誇るエルフの女の子――クルルさんの妹リリカだ。
「何だよ、閉店間際に」
おれが面倒くさそうに言うと、カウンターのむかいにやってきた。
「そんな邪険にすることないじゃない」
「来るなら来るで、もうちょっと早く来て欲しいんだけど」
「お昼は……色々とやることがあるからダメよ」
最近、ホモいクルルさんは忙しいらしく、ほとんど店に来ない。
その代わり、妹のリリカがやってくるようになった。
「で、今日は何? 手短に頼む」
「今度、森で狩猟祭があるのよ」
「狩猟祭?」
「ええ。簡単に言うと、森にいる魔物や動物をどれだけ狩れるかっていう毎年の行事なんだけど、魔法は使っちゃダメだから、弓の技量がモノを言うわけ」
ふんふん、と聞きながら、ほんのり赤くなったリリカの顔を見る。
「兄さんって弓が上手でしょう? それで毎年優勝していたんだけど、今年は運営側だから出場はしないの。それで今年は私が出ることになったんだけど……私、弓が得意じゃなくて」
「先に言うけど、弓が上手くなる薬なんて作れないからな?」
「そ――そんなこと頼みに来たんじゃないわよ! 見くびらないでちょうだい」
「じゃなんだよ?」
心外だったのか、フン、とリリカは顔をそむけて、ぼそっと言った。
「…………弓が下手っぴな私でも優勝出来る薬を……」
「出来るかぁーい!」
丸投げもいいところだ。
むしろ『弓が上手くなる薬』よりも難易度が高いような気がする。
「ど、どうしてよ! 矢が的に必ず当たる薬を兄さんには作ったじゃない! 私、知ってるんだからね?」
「そんな薬作った覚えはねえよ。あれ、ただの目薬だから。視界がちょっとクリアになってピント調整が楽になるだけだから」
毎回そうだけど、おれの作った薬をみんな勘違いして、効果に尾ひれがついているな……。
「親愛なるお兄ちゃんに弓の稽古してもらえばいいだろう? 薬になんて頼らなくても」
「兄さんは、いつも私を子供扱いするの。『リリカに弓はちょっと難しいから』なんて言って……。だから、兄さんには頼りたくないの」
「それで、薬でどうにかしてくれるからおれのところに来たの?」
無言で棚を見つめるリリカは、おれのほうは見ずに、こくんとうなずいた。
「ちなみに、リリカは優勝してどうしたいの? 弓が上手くなるように努力して、それでもダメだったら、おれはそれでもいいと思うんだ」
「私は……兄さんを見返したい。子供扱いしている私が、狩猟祭で優勝すれば兄さんは私のことを認めてくれると思う」
ふむ、とおれは腕を組む。
意地っ張りだからそんな素振りは全然見せないけど、ほんの少し見えた手には、痛々しいマメがいくつも出来ていた。
自分なりに努力して、もうどうにもならなくなったから、おれを頼ってきたってところか……。
他の出場者からすればズルなのかもしれないけど、でもやっぱりおれは、この子の力になってあげたいな、と思ってしまった。
優勝の副賞は特になく、賞金がもらえたりすることはないらしい。
強いて言えば優勝という名誉がもらえるくらいのものだそうだ。
「よし、わかった。手助けするよ」
「ほんと?」
「うん。ただ、リリカがどれくらいの腕前なのかがわからないと、薬の作りようがない。あと、優勝させる薬だとか、弓が上手くなる薬だとか、そんなのは作れないからな? あくまでも、サポートするだけの薬だから」
「わかったわ」
こうして、おれはリリカの狩猟祭優勝のため、手を貸すことになった。
翌朝。
いつも稽古をしているという森の一画へ索敵要員のノエラと一緒にやってきた。
「レイジ、ノエラ、おはよう」
「おはよう」
「はよ」
おれとノエラが挨拶を返すと、リリカが弓を構えて矢をつがえた。
ヒョン。
放った矢は、二〇メートルほど先の的をかすめていき、後ろの大きな砂山に刺さった。
二射、三射。どれも的に命中することはなかった。
「な……何よ、い、言いたいことがあるんなら、言いなさいよ! ど、どうせ下手っぴよ……」
「そんなこと言ってないだろう? 手、見せてみろ」
「や、ちょ、やめ――」
隠そうとした手を掴んで、見ると相変わらずマメが痛々しく残っていた。
こんなんじゃ、集中しにくいだろう。
「痛いなら痛いって言えよな?」
「……言って弓が上手くなるのなら、そうするわよ……」
ったく、この意地っ張りめ。
こんなときのために、ポーションとエナジーポーションを数本持ってきているのである。
「ノエラー? ポーション取って――」
「る?」
レジャーシートの上でいい子にしているノエラが、瓶を持ってコクコク、とポーションを飲んでいた。
毎朝一本、ノエラにはポーションをあげている。
それをちまちま飲むのが、ここ最近のノエラの楽しみになっていた。
鞄から瓶をひとつ取り出したノエラは、一本をおれに渡した。
それをリリカに飲ませた。
「血止め効果や外傷に効くんだけど、マメにも多少効果はあるはずだ」
「痛いなんて、私言ってないのに」
「人の厚意は素直に受け取るもんだ」
少し離れると、リリカが練習を再開する。
すると。
やっぱりマメの痛みが和らいだおかげか、五射に一射は当たるようになった。
「当たるようになったじゃん」
「元からこんなものよ。まったく当たらないってわけじゃないもの」
だとしても、動かない的に五分の一じゃ、足場の悪いだろう森で、しかも動く的には当然当たらないだろう。
退屈したのか、ノエラはリリカが持ってきていた予備の弓を掴んで、一本だけ矢をもらう。
「ノエラ、弓なんて出来るの?」
「わからない」
そう言うと、見よう見まねで構えて矢を放つ。
ガヒョンッ――。
凄まじい速度で飛んでいった矢が、的のど真ん中を射抜いた。
「る――っ♪ あるじ、あたった! あたった♪」
「おお、すげーな、ノエラ!」
ふりりんっ、ふりりんっ。
目いっぱい尻尾を振るノエラの頭を撫でてあげる。
「な、何であんなに簡単に……しかも真ん中……」
「るっ」
どやぁ。
音が出そうなほどのどや顔でノエラは胸を張る。
ノエラがまた矢を射ると、またしても見事に命中させた。
次もその次も、きちんと命中させる。
それを見せつけられたリリカの目から、どんどん生気が失せていった。
「るーるーるー♪ あるじ、弓、楽しい」
「ノエラさん。そばにいるエルフの心が折れそう……ていうか、もう折れてるからやめたげて」
「いいのよ、私なんて……どうせ下手っぴのゴミエルフなんだから……」
わかりやすく病みはじめた!
へこんで膝を抱えるリリカをめちゃくちゃ励まし、どうにかやる気にさせたおれは、とにかく確実に当たる距離を測らせた。
「え……ここ? この距離?」
「そ……そうよ、文句ある?」
その距離、なんと五メートル。
学校でいうと、三つ前の席くらいの距離だった。
文句あるっていうか……これで優勝する気だったんですか……。
いや、落ち着け、おれ。
この子に手を貸すって決めたんだ。
どうにかしてあげないと。
野生の獣がわざわざ当たる距離に来てくれるってことはないだろうし……。
しかも大人しくじっとするなんてまずないだろう。
「あ――! それなら……ああしたらいいんじゃないか……?」
「何? 何かわかったの?」
リリカが持っているのは普通の弓。
五メートルでようやく確実性が出てくるレベルなら、飛距離は必要ない。
「リリカには、短弓の練習をしてもらう」
「嫌よ。短弓なんて、子供しか使わないのよ?」
「下手っぴがカッコつける余裕あるのかー?」
「う……」
おれは嫌そうな顔をしているリリカに渋々ではあるけど、どうにか了承させ、作戦を説明した。
「――というワケで、リリカが短弓の精度をあげて、数メートルの距離を必中にすれば」
「優勝、間違いなし……!」
おれたちはうなずき合って、すぐさま行動に移す。
リリカは短弓を用意するため一度里へ戻り、おれとノエラは新薬に必要な素材を集める。
ノエラアドバイザーに色々と意見を聞いて、材料となる果実、花の蜜、樹液を採集していった。
店に戻って創薬すると、狙った通りの薬が出来た。
ノエラアドバイザーが太鼓判を押すくらいだ。
これを使えば、間違いないだろう。
【誘引剤:魔物や獣が好むニオイを発する薬。超強力】