けもフレ2騒動に見る組織の腐敗 - ピーターの法則とボーモルのコスト病
これ、小説の方でやろうかなって思ってたテーマなんですけど、結局やれなかったんで簡潔に。せっかく書いたんで。今が旬ですしね。
ピーターの法則ってのは社会学のお話で、組織が腐っていく様子をユーモラスに説明した論文のことです。初出は意外と古くて1969年、日本にもすぐに伝わって、以来度々思い出したかのように話題になるから、誰でも一度は聞いたことがあるんじゃないでしょうか。
組織の構成員(A)は自分の能力限界まで出世するとする。しかし自分の能力を超えたらそれ以上出世はできない。Aは優秀な平社員で係長の能力も有するが、課長としてはお粗末だ。すると優秀な平社員Aは課長まで出世して、最終的に無能な課長Aに収まり続けることになる。
これが組織内の全ての部署で起こると考えれば、全ての部署は無能な上司と有能な部下で埋め尽くされることになる。非常に単純ですが、人がみんな能力の限界まで出世すると仮定するとこうなってしまう。みなさん、「どうしてあんな無能が俺の上司なの?」って思ってると思いますが、そのカラクリがここにあるわけです。
もちろん、現実はそんなに単純じゃないんで、そんな組織ばかりじゃありません。優秀な上司と優秀な部下で構成された組織だってちゃんと存在します。具体的に言うと、組織が若ければ若いほど、役職が少なければ少ないほど、そうなる可能性が高いです。
例えば上記の法則に従って、課長のポストが3つしかない組織内に、優秀な係長が4人居たとする。すると、3人は無能な課長になりますが、一人は優秀な係長として残るわけです。あぶれてしまった1人は堪ったもんじゃありませんが、上のポストが空かない限り、彼は出世できません。そして得てしてそういう人が、組織を動かしているんだというのがピーターの法則の全容です。
かくして働き者の蟻は過労死した。
私は若い頃にこの法則を知って、なるほどなあ~っと感心すると共に、でも現実はそこまで腐ってないだろうと思ってました。どんな組織でもなんやかんや、組織のことを慮ってなんとかしようと努力する人(例えば踊る大捜査線の室井さんみたいな)は出てくるでしょうし、社長が超有能ならいつまでも組織をこんな状況に置いておくわけがない。こんなこと続けて、組織が潰れてしまっては、おまんま食い上げですからね。
それにこれは誰でも順番に出世できる年功序列システムが原因で、ちゃんと適正に出世する能力主義が浸透すれば、いずれこんなことはなくなるだろうと思ってました。しかし現実は全くの逆で、ピーターの法則ってのは、実は能力主義とか成果主義って社会ほど陥りやすい現象なんですよね。
と言うのも、人間ってのは能力で勝てないと分かると、相手の足を引っ張る生き物なんです。例えば、同期入社に超優秀なやつがいたら、自分が出世するためにはどうすればいいか? 徒党を組んで追い出せばいいんです。人事部長が次に出世させるべき人材がいないか聞いてきた。自分には優秀な部下がいるぞ……でも彼を推薦すれば、彼が部署から居なくなって自分の成績が下がってしまう。それに万が一、彼が同じ課長になってしまったら太刀打ち出来ない……人事部長には他のやつを推薦しておこう。
成果主義が行き渡った21世紀になって、東大卒ニートなんて言葉がちらほら聞かれるようになった背景では、こういう現象が起きていたわけです。学生のうちはそれでも努力すれば誰でも出世……つまり東大に入れるわけですが、社会に出たら実力テストなんてものは原則ありません。寧ろ実力を示せば示すほど煙たがられます。我々はイジメはいけないことだと散々言われて育ってきたわけですが、教育委員会ですら満足に助けてくれない世の中なのに、社会に出て誰が助けてくれるんでしょうか。
さて、ようやくけもフレ2騒動の話しになりますが……多分みなさん、細にぃ(笑)みたいな人間が、どうしてあんな役職に就けたのかと、不思議に思っていたことでしょう。でもここまでの説明で、寧ろ彼こそが今の世の中で出世するのに長けている人材だということが、分かったんじゃないでしょうか。
無能で、自分の成果ばかりを声高に叫び(叫びすぎてうっかり裏垢でも叫んじゃった)、優秀な人材の足を引っ張る。腰巾着を連れていて、逆らう者には狂犬のように噛みつき、匿名でコソコソと陰謀を張り巡らせている。完全にサイコパスですが、今の世の中では、こういった人間の方が出世しやすいわけです。大企業の中がみんなこんなんばっかだと思ったら、そりゃ東大生もニートを選ぶでしょう。
彼はテレビマンで四十代後半でしたっけ? すると年俸も相当もらってるでしょう。仮に1500万円だとしたら、下手したらアニメーター10人分くらい給料もらってるんじゃないでしょうか。そんなんだから、
『いまさら僕は桑田佳祐にも明石家さんまにも北島康介にも小泉純一郎にもなれないのはわかっています。でも、この業界に身を置く以上、何万人も何十万人も何百万人も熱狂させる何かを生み出したいのです。』
と勘違いする気持ちもわかります。でも、これを読んだ現場の人は堪ったもんじゃないでしょうね。それでも彼のご機嫌を窺いながら仕事をしてかなきゃいけないんですから。
ところで経済用語の一つにボーモルのコスト病と言う言葉があります。経済学者のボーモルは1960年代に、クラシック音楽を演奏するのに必要な音楽家の数は1800年からずっと変わっていない。それなのに、クラシックを劇場で聴くためのコストは、経済成長と共に上がっていく、つまり生産性が全く上がらないのだと指摘しました。
普通、我々の作る生産物は年を経るごとにどんどん手が込んできます。あまり形が変わらない製品である自動車やテレビなんかでも、10年前の製品と比べたら今の製品のほうが明らかに優れている。なのに値段は同じか、下がっているわけです。ところがクラシック音楽は全く変わらない。寧ろ演奏家の給料が上がる分だけ、劇場のチケット代はどんどん上がっていくでしょう。
でも、そんな商売はいつまでも続きません。演奏家の給料を確保するために、チケット代を上げ続ければ、いずれ客は離れていきます。その時、劇場の支配人がどうするかといえば、間違いなく演奏家の給料を下げるでしょう。こうしてチケット代を据え置いて、売上をキープしようとするわけです。でも、それだっていつまでもってわけにはいきません。今度は給料を下げられた演奏家が、これじゃ生活出来ないからと辞めていくでしょう。すると穴埋めしないといけないから、能力の低いアルバイトでも雇いましょうか? 無論、そんなことしたら演奏の質が落ちますから客足が遠のきます。そしたらチケット代を下げて客を呼びましょう、売上は演奏家の給料を下げることでなんとか……いや、いっそみんなアルバイトにしちゃえばいいんじゃないか。客席の清掃も毎日じゃなくたっていい。警備員や誘導人員が無駄だから、入り口は一つにしちゃおう、もぎりのおばちゃんも要らないや、どうせ客は少ないんだ……支配人の給料が下がるのは一番最後です。そしてその時すでに劇場は破綻している。
テレビ業界ってのは、まさにこの劇場です。10年前と何も変わっちゃいません。地デジ化して何が変わりましたか。番組のラインナップもそんな変わってないんじゃないでしょうか。40になってアイドルやってるとは思わなかったと言って辞めてったジャニーズのタレントが居ましたが、彼の言葉に集約されてると思います。
視聴率は年々落ちています。昔は20%切ったら負け組だったのに、今は10%以下が普通です。ところが、こんな状況なのに、売上高も営業利益もそんなに変わってないんですよね。こりゃ明らかに不自然です。何が起きてるか。
普通に考えて、チケット代を上げて、演奏家の給料を下げたと考えるのが妥当でしょう。チケット代ってのはCMのスポット価格って言うんですか。昔なら20%でいくらってのが、今は10%で同じ値段に変わってるんじゃないでしょうか。つまりコスパが悪いから、流れるCMの質も悪いわけです。演奏家の給料ってのは、下請け会社の給料ですね。で、本社社員の給料は据え置きです。細にぃに1500万円与えるために、我々はサラ金のCMを見せられ、アニメーターは低賃金で働き、オタクはせっせとお布施しているわけです。馬鹿馬鹿しいじゃないですか。
で、何が言いたいのかといえば……彼がたつき監督を敵視した理由もこの構図にあるんじゃないかと思うわけです。彼は一人でアニメを作ることは出来ない。ところが監督はそれが出来ちゃう。
彼が番組を一本作るには、制作会社に掛け合って(向こうから話し持ってくるわけですが)、監督を決めて、何十人って下請けを雇って(全員自営業扱いで最低賃金以下で働きます)、その上に君臨しなきゃいけないわけですから、コストがかかる(それでもテレビ局は安いと思ってた)。
ところが監督はそれを基本的に一人でやっちゃうんだから、テレビ局からしたらこんな有り難い人材は居ないわけです。安い。しかもめっちゃ売れてしまった。もう細にぃ要らないよねとなりかねない。あいつを排除しなければ、俺が俺の仕事を続けられない……まあ、ただの憶測ですが。
実際、居なくてもいい人材ほど、そのポストにこだわるものだと思います。私、最近読んだ本(シャーデンフロイデ・中野信子著)で知ったんですが、「シャープにはガバナンスがなかった」という記事があるんです(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51223)。そこでシャープを買収した鴻海の社長が言うには、
『喩えて言えば昔のシャープは社長が液晶パネルの工場を建て、副社長が太陽光パネルの工場を建てる。社長と副社長は仲が悪いから、(配電や排水処理など)ユーティリティーを共用しない。液晶パネルと太陽光パネルは工程が似ているから、多くのユーティリティーを共有できるにもかかわらずだ。』
こんなことを、シャープは会社が潰れるまで続けていたそうです。もしも賢い人がいて、「社長と副社長が手を組んだらウィンウィンですよ」とでも言おうものなら、双方の恨みを買って排除されちゃうわけです。そりゃ潰れますよ。
そういう事が、今の成果主義社会のあちこちで起きてるんだと思います。成果って、実は相対的に測ってるところありますもんね。仮に売上を100稼げる人が居たとしても、そいつの足を引っ張って0にしてしまえば、50しか稼げない人のほうが上ってことになるわけですから。
だから私、(後出しですが)実は今回の騒動みたいなことは、いずれ起きるだろうと思ってました。結局、アニメ業界が今のやり方を続けても、いつまでも保つはずないんだから、いずれたつき監督みたいに安くあげられる人が出てくるのは必然だったでしょう。
ところがまあ、こういう旧来の構造を変えちゃうような人が出てくると、困ってしまう人が居るんですよね、それが今回悪さしてた連中だと思うんですが。彼らは何でもかんでも一人でやっちゃう人が出てくることを恐れていた、こんなことされたら俺達の仕事が無くなっちゃう。そう考えると、あの見るに堪えない罵詈雑言の裏に透ける、自信のなさが見えてくるんじゃないでしょうか。
とまあ、簡潔にと言っておきながら、ここまで長々と書いてきてしまいましたが……結論を言えば、そんなもん無いです(笑)特に結論があって書き始めたわけじゃないんで。小説の本編だったら、だからベーシックインカムとAIの活用が必要なんだ! なんて登場人物に言わせてたでしょうけど、今実現してないことを言っても仕方ないですからね。
今回、たまたまヤフーでニュース読んでたら、すごいことになってたんで、ああ、このネタねえ……どうせなら本編でも書いときゃ良かったなあ……って思って出てきました。それだけです。彼らを擁護する気もありません。
けどまあ、一つだけ。オチになるかわかりませんが書いときますと、ピーターの法則ってのは回避することが出来るって研究があったはずです。イグノーベル賞なんですけどね。
その方法は至ってシンプル。定期的に役職をランダムに変えればいい……要するに、くじ引きとかで、毎年役職をシャッフルしちゃえばいいんだってことです。んなアホな真似出来るか! ……って言いたくもなりますが、でもどうせ、みんな上司のこと無能だって思ってるんでしょ? あれくらい、俺にも出来るって。全部が全部出来なくても、どうせ、同じ仕事してるんだから、ある程度なら出来そうな気もするでしょ?
それに、ある日いきなり「来年おまえ部長に当たったから」って言われたら、びっくりして一生懸命勉強するでしょう? いざ部長期間が始まっても、能力じゃなくてくじ引きで決まった部長なら、みんなフォローしてくれますよ。特に優秀な部下は率先して助けてくれるはずです。部長は俺が居なきゃ何も出来ないんだから! 新部長はみんなにすごく感謝するでしょう。すると部内の雰囲気も良くなるかも知れません。部内の雰囲気が良ければ、売上も上がるかも。やって来るお客様もみんな笑顔です……まあ、世の中にはそれでも、煮ても焼いても食えないやつが居るんで、結局この構造からは抜け出せないんでしょうけど。妄想の中でくらいは、たーのしーって言ってたいものですね。
最後に。直木賞作家の邱永漢さんは経営の神様とも呼ばれていたそうですけど、彼は日本の若者に対し、「大企業に入ろうとするな。未来の大企業に入れ」とおっしゃってたそうです。昔、わたし、東大生の就職先に、グリーとかDeNAとか入ってたのを見て笑ってましたけど、この言葉を知ってからは、馬鹿は自分の方だと思うようになりました。確かに、グリーに入った人は今頃失敗したと思っているかも知れませんが、何も考えずに東電とかシャープとかに入った人よりはマシかも知れませんよね。
佐藤優さん(元外交官)が、確か半藤一利さんとの対談本で書いてたんですけど、外務省に入ったらみんな東大生だから、高校で派閥が出来るんだって言ってました。つまり開成閥とか麻布閥ってことです。こういう人達が、高校の部活のノリで日本の舵取りをしてるんだから恐ろしいと。最近、東大生の国家公務員試験の受験率が落ちたってニュースになってたんですけど、そういうしがらみを嫌う背景があるのかも知れません。東大生は頭がいいから、入ったあとのことをやっぱり色々考えているわけです。彼らの就職先の傾向を見ていると、ほんの少し先の時代が見えるのかも知れませんね。
ではでは。お後がよろしいようで。