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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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人狼捕物帳(後編)

280話



 その夜、俺は金琴堂の奥座敷でゲヘエと一献交わしていた。

「このたびは大口の取引、まことにありがとうございました」

「うむ」

 多聞院直属の忍者集団・観星衆の話によれば、俺が買った禁薬の価格は国内相場のおよそ百五十倍だったらしい。

 確かに大口取引だ。

 それにしてもこいつ、いい度胸しているな。



 ゲヘエはにこにこ笑いながら、俺に酌をする。

 できればあんまり近寄らないでほしい。

「あの禁薬さえあれば、ヴァイト様の出世は間違いなしにございます」

「そうであってほしいものだ」

「その暁には、ぜひともミラルディアでの商いをお許しいただきたく……」

 こいつ正気か。

 ミラルディアにまで禁薬を広めるつもりらしい。



 俺は即座に変身してこいつの頭髪を全部むしってやろうかとも思ったが、ぐっと我慢して笑う。

「さては元よりそのつもりで、私に禁薬を売ったな?」

「商機を逃さぬのは、目端の利く商人の心得でございますよ。ミラルディアのお偉い御方が、わざわざお越しになったのです。儲けねば罰があたりましょう?」

「ははは」

 俺相手にしらばっくれるのが無理だと悟った瞬間、完全に癒着する方向で舵を切ったのはさすがというしかない。



 ゲヘエは得意げな顔をして、ぐふぐふと笑う。

「危険という大鍋の底には、えてして美味い具が煮えておるのでございます。ただ、手を突っ込めば火傷をいたしますので……」

「他人にやらせるという訳か」

「はい、そのあたりを心得ておらなんだマオめは、身を滅ぼしたようでございますな」

 マオの悪口を言うな。

 あいつは今、俺の側近なんだからな。身を滅ぼすどころか、大出世だ。

 バーカバーカ。



 心の中で毒づきつつ、俺は静かに笑う。

「だが、ミラルディアではあまり派手にやるなよ?」

「はい、そのあたりの妙は心得てございます。ワの国も御覧の通り、風紀は保たれておりましょう?」

「そのようだな」

 ゲヘエは派手にやりすぎて摘発されないよう、流通量や取引相手をうまく調節しているようだ。

 商売上手なのは間違いないな。



 俺は芳醇な香りの酒をくっと飲み干して、薄く笑う。

「だが、マオのときのような失敗はいかんぞ」

「承知しております……」

 恐縮したように額を撫で、頭を下げるゲヘエ。

「あのときの失敗を教訓に、商いには細心の注意を払っております。それに、いざとなれば綺麗に後始末いたしますので」



「そううまくできるかな?」

「はい、それはもう。有能な人材を惜しげもなく使い捨てられるのが、この金琴堂ゲヘエの強みでございまして」

 クソ野郎だ。このクソ野郎。

 心の中で百回ぐらい「クソ野郎」と連呼する。

 ゲヘエは得意げに胸を張った。

「しかも今は護衛の手練れの中に、後始末用の者を雇っております。マオのときのように逃がす心配はございません」

 外道っぷりが悪化してる。



 あまりの卑劣さに俺はだんだん気分が悪くなってきたが、俺も悪党なので腹芸のひとつもしておこう。

「ときにあの禁薬、材料は草木の類であろう?」

「これは御慧眼。左様にございます」

 とぼけるかと思ったが、割とあっさり認めたな。

 俺を信用しているのだろうか。



 俺は膳の天ぷらを食べながら、ニヤリと笑う。ナスの天ぷらだ。あ、これ結構おいしい。久しぶりに食べる味だ。

 俺はナスの天ぷらをもぐもぐ食べ、こう続ける。

「ミラルディアでも栽培が可能であれば、お前に少しばかり領地をくれてやってもよいぞ?」

「なんと、まことにございますか?」

 大仰に驚いてみせるゲヘエ。

 俺はうなずき、今度はゴボウらしい根菜の天ぷらを食べてみる。下味がしっかりついていて、これもなかなかいい。

 意外と質素な多聞院の連中より、ずっと贅沢だな。



 それはそれとして俺は適当にホラを吹く。

「栽培に適した土地を探しておいてやろう。そのためには、栽培地を検分しておきたいのだが」

「……そうですな」

 さすがに少し迷ったようだが、ゲヘエは覚悟を決めたらしい。

「大桐山の山頂近くで密かに栽培しております。ここから馬で三日ほどでございます」

「ふむ、ちと遠いが見ておかねばな。便利な薬だ、使わねばもったいない」

「おっしゃる通りにございます」



 俺はミラルディアの土地をちらつかせ、ゲヘエから禁薬密売ルートについてもあれこれ聞き出した。

 ときどき嘘をついているのが匂いでわかったが、知らん顔しておいてやる。

 大まかな全体像がわかれば十分だ。



 もうそろそろいいだろう。

 そう思ったとき、奥の部屋のふすまが音もなく開いた。

「金琴堂ゲヘエ殿とお見受けいたします」

 巫女装束のフミノが、静かに室内に入ってきた。



 フミノの巫女装束は、ゲヘエにもすぐにわかったらしい。

「まさか、多聞院の!?」

「左様にございます。ゲヘエ殿、企ては全て露見しておりますれば、神妙にお縄を召されませ」

 フミノが微笑む。



 だがゲヘエは一瞬の動揺から即座に立ち直る。

「多聞院の隠密とはいえ、たった一人で生きて帰れるとでも思ったのか?」

「まさか、お手向かいなさるのですか?」

「知れたことよ!」

 叫ぶゲヘエに、フミノが首を横に振る。

「おやめなさい。無益な殺生になります」

「黙れ! 出会え! 出会え!」

 ゲヘエが叫んだ瞬間、ドタドタと周囲が騒がしくなる。



「旦那様の一大事だ!」

「急げ!」

 ふすまがガラッと空いて、抜き身の刀を提げた連中が室内に駆け込んできた。

 今度の連中は禁薬の密売小屋にいた連中とは違って、相当な使い手だ。

「旦那様!」

「多聞院の牝犬だ! 斬れ!」

 剣客たちは一斉にフミノに襲いかかる。

 その瞬間、血飛沫が飛び散った。



 もちろん、その血はフミノのものではない。

 先頭の剣客が喉笛を切り裂かれ、鮮血と共に崩れ落ちたのだ。

「なっ!?」

 残りの剣客たちが一瞬怯むが、フミノは棒立ちのままだ。

 ただ手に横笛を持ち、それを唇に当てている。



 剣客たちには仲間が葬られた手段はわからなかったようだが、それでも彼らはプロの戦闘屋だ。

 用心してフミノを取り囲むと、前後左右から一斉に襲いかかる。

「ふざけやがって!」

「殺してやる!」

 だがフミノは落ち着いた様子で、横笛を吹き鳴らす。

 甲高く澄んだ笛の音が鳴り響いた瞬間、部屋のあちこちで破壊的な魔力が炸裂した。



「ぎゃっ!」

「ぐっ!」

「うがぁっ!」

 剣客たちが血煙をあげ、次々に倒れていく。いずれもかなりの深手だ。

 定規で引いたような直線の太刀筋が走り、ぱっくりと裂けた傷口からは容赦なく赤い血が噴き出す。

 ほぼ一瞬で、剣客たちは全滅していた。



 畳に吸いきれないほどの血が流れ、苦悶と断末魔の声が接待の席を満たす。

 フミノはといえば、突っ立ったままで何もしていない。

 ゲヘエはそれを見て、ぺたりと尻餅をついた。

「な、なんだ……なにをした!?」

 フミノは笛から口を離すと、にっこり微笑む。

「観星衆三十七奥義がひとつ、『無明刃』……またの名を『鳴糸陣』と申します」



 俺は魔術師なので、フミノの使った技が何なのかはわかった。

 いつの間にか、部屋の内外に無数の糸を張り巡らせている。材質は不明だが、灯明の明かりしかない室内では見えないぐらいに細い糸だ。

 そしてこの糸、フミノの笛の音に共鳴するらしい。

 フミノの笛の音は、呪文の詠唱と同じ効果を生みだして、それが糸を震わせるようだ。

 高速振動する極細の糸は、人間の肉を羊羹のように切断する。



 フミノはそこまで説明しなかったが、俺を見て一瞬だけ悔しそうな顔をした。

 ふふん、貴殿の忍術のタネはわかったぞ。

 俺も微笑みで返してやる。

 ただわからなかったのは、どうやったらそんなに都合良く糸を配置できるかなのだが……。



 するとフミノは俺の表情を見て理解したのか、一瞬だけ勝ち誇った顔をする。

「我ら観星衆は占星術師を祖に持つ一門。予知の術に長けておりますれば」

 なるほど。

 相手の未来位置を予測して、そこに仕掛けておいたらしい。

 予知魔法の使い手が武器で戦うときによく使う方法だ。

 でも俺に教えて良かったのだろうか。



 そのことはフミノもハッと気づいたらしく、声を低くしてゲヘエに詰め寄る。

「さあ、種明かしはここまでにございます。今度こそ縄を召されよ」

 だがゲヘエは護衛全てを失っても、まだ諦めていなかった。

「か……かくなる上は、もはや金琴堂の身代は諦めよう。だが俺は捕まらん! 捕まってたまるものか!」



 フミノはゲヘエをじっと見つめたまま、静かに侮蔑を吐き捨てる。

「見苦しゅうございます」

「ふふ、ほざけ」

 フミノの背後で、死んだはずの剣客たちがゆらりと立ち上がっていた。

 まずいな……。

※次回「満月の激昂」更新は5月30日(月)の予定です。

※更新が遅くなったことをお詫びいたします。転居に伴う回線不通により、当面は更新が不定期になります。御了承ください。

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