フォーサイト、魔導国の冒険者になる 作:塒魔法
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フォーサイト女性チームは、着実に敵地を踏破していく。
装備している武器や防具の質はもちろん、チームとして最低限のバランスが整っているのもさることながら、一行を先導し最前で敵を掃討していくクレマンの能力にも、大いに助けられていた。
「ええと……気配は、やっと三つ上の階か。カジっちゃん、あの二人と一緒だといいけド」
「あの、クレマンさん。その“気配”というのは?」
気になって尋ねるアルシェを、クレマンは手をあげて制した。イミーナは即、矢を構える。闇の奥に耳をそばだてる。
質問しようとする間もなく、廊下の奥に骨の軋む音が鳴り響き出す。
「もう、また……これで八度目ね」
「いい加減、ウザったいにもほどがあるよネー?」
渇いた笑みを浮かべる野伏と戦士。
遅れて杖を構えるアルシェは、ふと、自分の指輪のひとつを眺める。
「思い出したんですけど。〈不可知化〉の指輪、これを使って隠れるというのは?」
理に適った提案──だが、クレマンは残念そうに首を振る。
「この“死の城”の中では、どういう理屈か法則かは分からないけど、侵入者対策として〈透明化〉や〈不可視化〉とかの魔法は効力を発揮しないんだよ。一応、転移したと分かった時に試してみたけど、〈不可知化〉も例に漏れないみたい……〈完全不可知化〉だったら、あるいハ?」
「そ、そんなピンポイントで、妨害が可能なんですか?」
「うん。みたいだね。盟主の奴が与えたもうた、神からの贈り物だとか何とか言われていたけど……眉唾じゃあなかった感ジ?」
盟主だの神の贈り物だの、何やらズーラーノーンの事情通らしいクレマンへの疑問はおいて、イミーナは解決策を探る。
「この城を抜け出すには、どうしたら?」
「どうだろうねぇ。私ら派手に暴れてるし、難しいかも……副盟主以外の十二高弟、大陸各地に散っている幹部たちは、今はいないと思うけど……それに抜け出すにしても、ヘッケランくんたちを置いていくわけにもいかないシ?」
会話している間に、カシャカシャという足音が、ガシャガシャガシャという騒音に変わる。
火の瞳を冒険者たちにまっすぐ向けて、骸骨兵たちが突撃してくる。
「とにかく切り抜けるヨ!」
前へ飛び出すクレマンは、ひと呼吸の間に速度を上げた。まさに疾風怒濤の勢い。
槍衾を築くアンデッドたちの頭上──天井近くの壁を疾駆していく。そして、隊伍の中心に豹のごとく飛び込み、指揮官のエルダーリッチを飛び蹴りで撃砕。イミーナの火矢とアルシェの魔法が、前衛の奮闘を援護する。
そうして、二度三度と続く死線を潜り抜け、三人は廊下とは違う空間に辿り着く。
「ここは?」
「ズーラーノーンの奴隷たちの部屋……というよりモ」
檻だった。
幾本も並ぶ鉄格子の黒。広い通路を挟んだ左右の壁に設けられた雑居房は、吹き抜けの二階や三階部分まで埋め尽くされている。人を収容する、ただそれだけの機能を与えられたそこは、中に人がいるとは思えないほど静かすぎた。会話の小声どころか、衣擦れの音さえ、まったく聞き取れない。イミーナの長い耳で、呼吸や心音があるのがわかる程度。
さすがに気になって、房の一室を覗き込む。そこは広くはない一室に詰め込まれた十数人ほどの男女が、身じろぎもせずに横たわったり、壁に背中を預けて虚空を眺めている。突如現れた
理由をクレマンは語る。
「この城の中層から下層域に充満している香のほかに、クスリだの魔法だので、檻の中の奴隷は完全に精神をブッ壊されてる。何しろ、秘密結社──裏組織の奴隷だから、国の法律で最低限の尊厳が守られるなんてこともない。城の上層でこき使ってる奴隷が一定数減ったら、ここにいるのをポーションや魔法で回復させて使うっていう──いわば“予備”として、全員ここに収容されてるんだよ」
「奴隷が──減ったら?」
「それって、どういう?」
クレマンは沈黙しかけたが、すぐに答えを教える。
「アンデッド実験の素材や、各種儀式魔法の生贄──あとは、まぁ単純に何かのはずみで消耗──殺したりとか?」
随分とズーラーノーンの内部情報を知り尽くしているクレマンに先導されるまま、イミーナとアルシェは通路を突っ切ることに。クレマンの言う通り、生きながら死んでいる奴隷たちは、〈不可知化〉をしていない冒険者一行に気付いた素振りさえ見せない。時折、何人かの視線がイミーナたちの瞳と合いそうになる。が、焦点の定まっていない瞳では、ろくに光をとらえていないのか。
まるで、生きた
ふと、クレマンが足を止める。そのまま頭上を見上げる。
「おーい!」
屍たちとは明らかに違う、耳になじみのある男の声が空間を満たした。
「ヘッケラン!」
イミーナは歓喜の声を上げる。
三階の吹き抜け部分から顔をのぞかせたチームメイト二人が、大きく手を振っているのがわかって、頬が緩んだ。男性陣は階段を見つけて降りる時間も惜しむように、仲間たちの待つ一階にまで飛び降りてきた。
「え?」
しかし、イミーナとアルシェは表情を曇らせる。
ヘッケランとロバーデイクは奇妙な同伴者を連れてきていた。
「ちょ、骸骨?」
浮遊する黒い頭蓋骨に、イミーナは一瞬、二人が洗脳されてしまった可能性を想起しかけた。アルシェも、攻撃の魔法を繰り出そうか迷うように杖を握る。合言葉を交わすべきかどうかも微妙な空気が、数瞬の間だけ流れた。
「おっかえり~、カジっちゃ~ン!」
そんな二人の横で、クレマンはハイタッチでも交わしそうな笑顔をうかべながら、漆黒の
純白の衣に包まれる女の胸に、黒い頭蓋骨はなすすべもなく抱きすくめられ、「お~、よしよしィ」と小動物のように撫でくりまわされる。が、不機嫌そうに《前が見えん。やめロ》という男の声があがり、クレマンはあっさりと髑髏を手放した。
髑髏は口を開き、そして静かに喋りだす。
《まったく。よくもまぁここまで複雑な事態になったものダ?》
「ほんと、まさかだよね~。これはさすがに、予想外だヨ~?」
「ええと?」
「クレマン、さん?」
「心配ねぇよ、イミーナ、アルシェ」
「こちらの御仁、カジット殿は味方です。ご覧の通り、アンデッドですが」
アンデッドが味方というのは、魔導国で暮らすようになったことで、割と抵抗なく受け入れられる。
イミーナたちは、ヘッケランたちが受けた説明を受けて納得した。
一応の用心として合言葉を交わし、カジットの冒険者プレートを
「それにしても、よく合流できましたよね?」
「確かに、アルシェさんの言う通り。本当に運がよかった」
「クレマンさんとカジットさんがいなけりゃ、私たち延々と迷いっぱなしだったかもね」
「だな」
頷き合うヘッケランたちに、クレマンは「おだてても何もでないヨ?」と微苦笑をこぼす。二人は何らかの方法で互いの位置・気配を察知できたようだが、多くは語ってくれそうになかった。
クレマンとカジットが事情に精通しているのは、気がかりといえば気がかりだが、モモンや魔導王陛下はすべて承知の上で、この二人をフォーサイトに参加させたはず。──あるいは、転移魔法で分断されるリスクを考えて、二人を加入させていたと言われても、何も不思議ではないほどだ。
「じゃあ、全員無事に揃ったことだし、とりあえずこの城から脱出するか?」
欲を言えば。
ズーラーノーンの本拠地にして総本山だという敵の根城を、できるだけ調べておきたい欲求はある。
それに加え、
「──ここにいる奴隷の方々を、救うことはできないものでしょうか?」
通路を見渡した一人の男が、遠慮がちに尋ねる。
心優しき神官に対し、カジットは沈黙を貫き、クレマンは肩をすくめて首を振った。
ロバーデイクは押し黙る。言った本人も無理な申し出だと自覚はしていたのだろう。思わず、イミーナとアルシェが縋るように、クレマンを見つめる。
「これを放置しなきゃならないなんて……」
「どうにか、助けることは?」
奴隷たちは老若男女のみならず、人間以外の種族──
だが、クレマンは首を縦に振ることはない。
「無理だね。ロバーくんの魔力は確実にカラになるし。私たちに支給されているポーションの数では、奴隷たち全員を助けるなんて不可能だよ。この区画だけでも百人以上──城のアチコチに、同じような奴隷が同じような檻の中に詰め込まれてる……かわいそうだけド」
非情かつ残酷に聞こえるが──クレマンの主張は非の打ち所がないほど正しい。
フォーサイトの回復手段は、ロバーデイクの回復魔法のほかに、無限の背負い袋の中にポーションが詰め込まれている。しかし、神官の魔力も、回復薬の数も、有限だ。
たとえ、全員を虚無状態から回復させる手段があっても、数百人規模の奴隷たちを保護し救助し解放させるなど、一冒険者チームには望みようがない。まさに、夢のまた夢だ。
敵地のド真ん中で回復手段を失うことの愚かさを思えば、全員が納得の息を吐くしかない。
そんな気分を一新するように、金髪の女戦士は城からの脱出方法を図る。
「じゃあ、まずは城の転移機能のある部屋」
「あら? 久しぶりじゃない? ──
クレマンが鋭い視線で振り返るのと同時に、目にもとまらぬ速さで短剣を鞄から抜きはらい、通路の奥の闇へ投擲。
金属質な衝音。
割れ砕ける武器の声。
地に零れる音色は、短剣の柄だろうか──全員が、通路の奥に目を凝らす。
直前まで何の気配もなかったはずの闇の奥で、いくつもの牙がギャリギャリと軋む音色を奏でていた。
獰猛な獣が、鉄を強力な顎で咀嚼しているような、そんな暴虐的なイメージとは裏腹に、続く幼女の声はあどけない調子で、近づいてくる。
「プフッ……まさかと思っていたけど──本当に冒険者共と仲間になってるの? ねぇ、クレマンティーヌ?」
「てめぇ、ロリババア。なんでアンタが
「あら。相変わらず、口の悪い娘だこと」
ヘッケランたちの思考を置き去りにしながら、その人影は闇の奥から形を成した。
悪の秘密結社の総本部・死の城の中で出会うには、あまりにも不釣り合いに過ぎる少女の
華のように咲き誇る笑みの色は、月光のように蒼白く、人間などの生物というよりも、蝋人形めいた美しさを満面に浮かべていた。いかにも形の良い唇が、薄い紅の色に妖しく輝く。
白銀と青藍を基調としたドレスは貴族的だが、ところどころが鎧のような装甲を纏い、刃のごとく鋭い装身具となっていて、全身鎧のような擦過音を奏でている。どう考えても十に満たない少女の体躯では支えきれない代物だと判断できた。しかし、着ている本人は特に問題なく歩行し、呼吸ひとつ乱している様子がない。魔法のアイテムでなければ、着ている本人の身体能力の高さが尋常でないことを示している。長く豊かな薄桃色の髪を、戦支度のように後頭部でまとめあげている様すら艶っぽい。……幼女であることを考慮しても、人間の下腹部に何か突き刺さるもの感じさせる魅惑が、小さな痩身からあふれかえっていた。
単純に言い表すなら“白銀の美姫”。
生唾を飲み込みながら、ヘッケランは状況を探る。
「クレマンさん、あの子──いや、あれは……いったい?」
「……ズーラーノーンの最高幹部──十二高弟──“ノコギリ姫”の異名を持つ、正真正銘の化け物」
「あら、化け物だなんて失敬しちゃうわ。同じ十二高弟の仲間じゃないの」
語られる真実に、ヘッケランたちは瞠目した。
クレマンあらためクレマンティーヌは、舌を出して挑発する。
「残念。私はもう十二高弟じゃあない。ズーラーノーンは、とっくの昔にやめたかラ」
「まぁ、それは初耳だわ?」
「テメェらに教える義務があるかヨ?」
確かにと首肯する幼女。
「だとしても、今のあなたが、よりにもよって、冒険者の仲間だなんて──ププッ!」
「何が言いたい? シモーヌのクソババアがよォ」
「あら、言ってほしい? イ っ て ほ し い?」
クレマンは苛立ちを感じた瞬間、さらに投げナイフを試みた。
一瞬で幼女の喉元を貫く速度と軌道を描いた鋼は、
「んな」
ヘッケランたちを絶句させた。
短剣は、先端部が幼女の前歯に噛み止められていた。
そういった曲芸だと言われたら信じたかもしれないが、次の芸は──理解不能だ。
「け、剣、を?」
「食べ、てる?」
ロバーデイクとイミーナが言い表すまま、幼女はまるで干し肉か何かを噛みちぎる勢いで、短剣を咀嚼し始めた。幾つもの金属片は、幼女の口内をズタズタにすることもなく、クレマンの武装は敵の胃袋におさめられた。
まさかとは思うが、先ほどの投擲も、同じように──
「ン~、おいしい短剣じゃないの。魔導国のドワーフが作ったのかしら? でも、二本じゃ足りないわね?」
「クソが! マジモンの化け物が! ロリコン野郎とよろしくやってればいいものをよォ!」
「誰がロリコンだ、ゴラ」
クレマンの背後に、精悍な男が立っていた。
ありえない。
クレマンの背中ごしに幼女を注視していたヘッケランはじめ、イミーナもロバーデイクもアルシェも、誰一人として反応ができなかった。
転移魔法とは違う。魔法陣などの発動の痕跡なしに、男はそこに現れたのだ。
「チッ!」
「ふん!」
筋骨隆々を地で行く、レザージャケットの男は、拳を振りかぶってクレマンの武装と相対。
魔法蓄積のスティレットが〈雷撃〉を吐き出すよりも早く、右手の甲が鋼の刃を砕き壊す。
それは、魔法などの支援がない、純粋な肉体能力だけの業。
同じ戦士であるヘッケランは、驚嘆を禁じ得ない。
武技〈剛腕剛撃〉すら“使わず”に、この結果。
「くそガ!」
「じゃあな」
男の左手が、後退しようと壁際まで飛び跳ねた女の胴体──心臓を貫き抉る──間際。
「──あん?」
光の障壁──〈
《
次の瞬間、魔法の防御壁は粉々に砕け散っていた。
「へぇ?」
とんだ邪魔を入れたアンデッド──黒い頭蓋骨を窺うように眺める、青年の眼。
たいていのモンスターや魔獣は見たことがあるヘッケランたちは、その眼光の圧だけで、膝を屈しそうになる。
しかし、誰一人として恐慌に駆られたり、狂乱して逃亡するなどの行為に移らない。
「なるほどな。だてにオリハルコンを首からさげてねぇか。それなりの力量と覚悟は持ってるわけだ?」
うそぶくでもなく純粋に評価をくだす男は、手を組み合わせて指の骨をゴキゴキと奏でる。
ヘッケランたちは言葉を発するでもなく、自然と防御陣を組んでいた。
そして、最低限の情報交換を試みる。
「クレマンさん……あの男は?」
「そこの幼女・シモーヌの
《都市国家連合で悪名を轟かせた、生粋の殺人鬼にして強姦魔。あまりにも強くなりすぎたことと、その悪辣な性格と性癖故に、都市国家から危険視され、軍の抹殺対象として放逐されたのを機に、ズーラーノーンへと加入した──札付きの“拳闘士”ダ》
「へぇ? 詳しいじゃねぇか、魔導国のアンデッドがよ?」
カジットまで加わった情報交換をひとまず切り上げる。
幼女の方にはクレマンが対峙し、彼女の背中を守るようにイミーナとアルシェが布陣。
青年の方にはヘッケランが対峙し、ロバーデイクとカジットが。
しかし、状況はかんばしくない。
「──囲まれたな」
通路の脇には奴隷たちの檻。
前後には、強敵に違いない者が二人。
(ここが正念場だな)
魔導国の冒険者・フォーサイトは、ズーラーノーン・十二高弟との戦いに、挑む。