第三話:おっさんは二日目の探索を始める
二日目の探索が始まる。
朝食を食べながら全員の体調を確認したが、昨日の疲れはきっちりと抜けているようだ。
体力がついているし、うまい食事と十分な睡眠が効いたのだろう。
フィルという料理上手、潤沢な食材、安全に眠れるポイントとテントのおかげだ。
これらもまた、探索に重要な要素。
質素な保存食と毛布一枚で、交代で見張りをしながら夜を過ごすなんてことをしていれば、こうはいかない。
気合やら根性やら精神論を全否定する気はないが、環境を整えることも冒険者の実力だと思っている。
「迷路を抜けたと思ったけど、まだ人工物ばっかりだね。ちょっと石の色が変わったぐらいかな?」
「んっ、あまり代わり映えしない」
「きゅいきゅい」
お子様二人組が言うように、大迷路を抜けた先にあるのもまた、大理石で作られた通路。
違いがあるとすれば、色と道がシンプルになっていること。
しばらく歩くと、分かれ道と看板が見えた。
「あれが見えたってことは、もうすぐルーナの出番だ。準備はいいな?」
「ばっちり。勝負着」
「あの、ルーナちゃん。ちょっとそれは使い方が違いますよ」
わざとらしくルーナがローブを脱ぎ捨てる。
ルーナの装備はいつもと違った。
雷竜素材で作った短刀に、いつもより露出が多く際どい肌に張り付くスーツ。
アクセサリーは、フィルから借りた【風精の耳飾り】。
そのどれもが、速度への補正効果があるもの。
そう、この先には極限の速さが求められるギミックがあるのだ。
「うわっ、ルーナってばエロくて可愛い。エロかわだね」
「んっ、ルーナはエロかわ」
たぶん、意味がわかってないルーナがドヤ顔する。
たしかにこの格好はエロい。
顔つき自体は幼いが、もともと年齢の割には発育とスタイルがいいこともあり、そのギャップがどこか怪しげな魅力を生み出している。
「……ユーヤ、変なことを考えたら怒りますからね」
「相手は子供だ。そんな気は起こさないさ」
フィルの笑顔が怖い。
これはまずい流れだ。
一度、流れを変えよう。
「昨晩説明したが、一応看板を読み上げておこうか」
看板に近づき、高らかと読み上げる。
『挑戦者よ。おまえたちには二つの道が用意されている。風よりも疾きものは右を征くがよい。疾風のごとく駆け抜けよ。さすれば栄光と宝が待っている。だが、気をつけるがいい。自惚れであればすべてを失う』
それを聞いてルーナのやる気ゲージがあがり、もふもふのキツネ尻尾がぶるんぶるんと揺れる。
『遅きものたちは左を征け。数多の苦難と長き道がおまえ達を待つ。何も得ることはない。だが、先へと道は続いている』
それで終わりだ。
みんなのほうを向くと、それぞれに考察をしているようだ。
「右にお宝があって、左になにもないんじゃ右しかないよね」
「風より遅いとすべてを失うって書いていますけどね」
「……ユーヤおじ様から風より速いの具体的なハードルを聞いておいてよかったわね。何も知らなければ、高レベルでステータスがあるから大丈夫ぐらいのノリで突っ込んでしまいそう」
「今のルーナは風より速い、大丈夫」
それぞれに感想を言う。
「まあ、実際。書いている通りなんだ。右の方には極限の速さを求められるギミックがあって、それを乗り越えると短時間で第二エリアは踏破できるし、お宝も手に入る」
「うんうん、それで左に行くとどうなるの? 右のほうは説明してもらったけど左はまだだよ」
そういえば、どうせ左の道は行かないから説明を省いたんだった。
「無数の罠と魔物が待ち構えている上に、第一エリア顔負けの広大な迷路だな。総合的に考えると昨日よりえぐい。そのくせに踏破したところで、レアアイテムもなければ、道中に宝箱はなく、腐るほど魔物と戦うのに、ここの魔物は経験値もドロップアイテムもない」
「本当に何も得るものがないわね」
魔物を倒せば経験値とアイテムが手に入る。
それは大きなモチベにつながる。
逆に言えば、何も得られないとやる気がでない。
そんな中、一日め並の広大な迷路。昨日の疲れと合わさって、確実に心が折れる。
事実上、右を選ぶ以外の選択肢がない。
「というわけで右に行く。……右は右で、失敗すれば即死なんだがな。だが、俺はルーナを信じてそっちにいく。みんなもそれでいいな」
「何をいまさらって感じだね」
「はい。速さでルーナちゃんを超えるものはいません」
「ええ、ルーナで駄目なら、絶対に無理だもの」
いい、信頼だ。
ルーナの頭にぽんっと手を置いて撫でる。
ルーナは笑う。
気負いがなく、リラックスしている。
これなら全力を出せるだろう。
◇
右に進んだ先には行き止まりがあり、その前には転移用の魔法陣があり、壁に埋め込まれている水晶にはメッセージが浮かんでいた。
『迷うな走れ、疾走し私に触れろ。決断もまた風のごとく』
「ルーナ、昨日言ったとおりだ。わかっているな」
「もちろん。ちゃんとわかってる」
このメッセージは、シンプルなアドバイスだ。
この通りにやればいける。
このタイプの魔法陣はパーティ全員が乗ると同時に転移が始まるもの。
先に、ルーナ以外の四人が乗り、ルーナがいつでも走れるようにストレッチをする。
ルーナが深呼吸した。
「準備できた。フィル、お願い」
「はい、付与魔法を使いますね」
フィルが速度上昇の付与魔法をルーナにかける。
そして、ルーナは覚悟を決めた目で魔法陣に飛び乗り、転移が始まった。
◇
転移した先は相変わらず、大理石の通路。
ただ、先程までと違うのは、天井が落ちてきている。
何十トンもある天井が地響きを上げながらせまってくるのはひどい恐怖だ。
そんな中、転移完了と同時にルーナはスタートした。
悩んでいる時間なんてない。
なにせ、動揺したり様子見してスタートが遅れれば、その時点で詰む。
あの水晶のアドバイスの通り、判断も早くなければならない。
完璧なスタート、低い体勢でロケットのようにキツネ尻尾を揺らしながら走る。
「うわぁ、聞いていたけど。これ怖いね」
「はい、冷や汗が。ルーナちゃんが間に合わなければ、みんなぺちゃんこですね」
エルフの姉妹が前方を見る。
その目が輝いていた。
彼女たちの血統に発現する特別な目だからこそ見えるものがある。
ここからさきはただの一直線。約一キロ先に水晶がある。
その見た目は壁に埋まっていたものとまったく同じ。
それこそが先程の壁に書かれた私だ。
水晶に触れることで、落ちてくる天井は止まる。
「俺たちにできることはルーナを信じることだけだ」
疾走するルーナを見る。
至ってシンプルな罠。
ただ速く走って、天井が落ちる前に水晶に触れればいいだけ。
なのだが、これが死ぬほど難しい。
速さとはステータスを上げるだけで身につくわけではない。
ステータスがあるのは前提に過ぎないのだ。
走りというのは奥が深い。
ゲーム時代にはプレイヤーたちの多くはブチ切れた。
なにせ、レベル上限五十の理想ステータスを速度上昇装備でがっちがちに固めて、付与魔法でドーピング。それに加えてインターハイ出場者クラスの走りの技術がいるのだ。
無数の修羅場を乗り越えた猛者たちも、さすがに容易くはいかない。
レベル50でクリアできたものは、わずか三人で全員陸上経験があった。
多くのものは、レベル50での踏破なんて諦めて、左の道を選ぶ。あっちは疲労感ややるせなさがやばいが、看板にある通り、それでも先へ続いてはいるのだ。
そして、右を諦めたものは後ほど【試練の塔】をクリアしてから、レベル上限を70に引き上げたのちにアイテム回収でやってくる。
それだけのステータスがあれば、ステータスの暴力でなんとでもなった。
……俺自身、かつてはレベル50での踏破を諦めた。
だけど、ルーナならいけると信じて送り出した。
「柔らかい走りだ」
「ええ、あの一切無駄がない、重力がないかのような走りはルーナちゃん以外できません。悔しいですけど、努力云々じゃどうにもならない才能です」
「だが、才能だけじゃない。その才能を磨き上げたからこそあれだけの走りができる」
キツネ獣人特有の圧倒的なバネやバランス感覚、運動神経、柔軟性はある。
しかし、それだけじゃない。あれは旅の中で試行錯誤し磨き上げられた走り。
だからこそ、ルーナの走りは美しい。
「後少しだよ、ルーナ!」
ティルが叫ぶ。
残り二百メートル程度。
「そろそろ危なくなってきたわね」
すでに俺は立っていられないほど天井が落ちてきたのでしゃがむ。
この中では一番身長が低いティルですらそうなっていく。
「これ、ルーナ走れるの!? って、うわ。かっこいい」
ルーナは風の抵抗を避けるために低い姿勢になっていたが、さらに低く地を這うよう。
もはや上体を起こしていては走れないほど天井が落ちている。
そして、最後にはスライディングで駆け抜け、水晶にタッチ。
天井の落下が止まる。
「ぎりぎりだったな」
「おかしいよ! ルーナのあの走りで、ぎりぎりって、ぜったい殺す気しかないよね! 馬鹿じゃないかな!? もう一回言うけど馬鹿じゃないかな!?」
「これ、本当にルーナちゃん以外はクリアできないですよね。現役時代とギルド嬢時代含めて、クリアできそうな人、ルーナちゃん以外に浮かばないんですけど」
「そうね。本当にどうかしているわ」
俺たちは全員寝そべっている。
最後のルーナのスライディングは、派手にゴールを決めたかったわけじゃなく、そうしないといけないほどにスペースがなかっただけだ。
天井がまた揺れる。
今度は落ちるのではなく上がっていく。
クリアした証だ。
ようやく立てるようになり、前を向くと、水晶の近くでルーナが手を振っていた。
俺たちは駆け足でルーナのもとへ行く。
「よく頑張った、ルーナ」
ルーナは返事の代わりに俺の胸に飛び込んできた。
抱きしめて、頭をなでてやると、気持ち良さそうに目を細めて胸板に頬ずりしてくる。
「んっ、とってもとってもがんばった」
「えらいぞ」
本当によくやってくれた。
最高の走りだった。
だから、思いっきり甘えさせてやる。
しばらくするとルーナは満足して離れていく。
「ルーナのおかげで、第二エリアは短時間かつ、ほとんど疲労なしに乗り切れた。このまま第三エリアに行く」
左なら、丸一日潰れていた。
おかげで、一日余裕ができている。
「ユーヤ、お宝は?」
「そうだよ! こんな命がけなのにお宝がないってどういうことだよ!」
「次の部屋にあるから落ち着け。まあ、そうだな。次について言う前にお宝をゲットしておくか。ついでにおやつタイムにしよう。次の部屋は安全な部屋だしな」
「やったっ」
「お宝! おやつ!」
相変わらず、お子様二人組は欲望に忠実だ。
「それから、ルーナはあとで着替えておいてくれ。次から魔物が出てくる。その装備だと、耐性と防御力が心もとない」
「わかった」
その場で、ルーナが勢いよく服を脱ぐ。
肌に張り付いて、極限まで空気抵抗を排除する装備のため、下着もつけられなかったせいで、白い肌が顕になる。
「……ルーナ、いつも言っているが羞恥心を身に着けなさい」
「ちゃんとある。ユーヤだから見ていい。他の男の人はやだ」
そう淡々と答えて、ルーナはあっという間に着替え、先に次の部屋に向かったティルを追いかけていった。
俺だからいいか。
子供だと思っていたのに、少しだけぐっと来てしまった。
……駄目だなそんなことは考えてはいけない。
頬を叩く。
宝の回収とおやつを食べれば、すぐにでも第三関門に挑もう。
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