■棒状識別マークをさらに分かりやすく
植村氏は第2のポイントに国際化を挙げる。「1万円札などの『0』の数字を大きくし、他方『日本銀行券』の字は約30%縮小した」と植村氏。身近なケースでは国内のインバウンド需要として、海外からの観光客が「YEN」の紙幣を使いやすいように配慮した。
第3の改革が目の不自由な人が指先の感触で識別できるユニバーサルデザインの改善だ。券種を識別できる細い斜めの棒状識別マークを、1万円札では左右、5千円札で上下、千円札では斜めに印刷した。日本が視力障害者のために識別マークを付けたのは1984年からで、令和の新札ではさらに利便性を高めた。
1984年に始まった文化人の肖像画は、引き続き採用された。植村氏は「児童らへの教育的効果を考慮した」と分析する。就学前の児童にとってお札の肖像画は親族の次に親しみやすい存在であり「偉い人」と教え込まれることも少なくない。植村氏は「政治家の場合は、どうしても毀誉褒貶(きよほうへん)を受けやすい」と言う。
実際、1962年に伊藤博文・初代首相の採用が決まった時には、伊藤の韓国統監の経歴や私生活の乱れなどを指摘する声が一部で上がったという。植村氏は「国際的な業績を残した文化人や科学者ならば評価が大きく変わることは少ないだろう」としている。
さまざまな工夫が凝らされる背景には「キャッシュレス化が進んでも、紙幣には一定の役割が残るだろうとの読みがある」と植村氏は説明する。確かに高額紙幣の大量現金運用には流通コストがかさむ。しかし「日本の1万円札は日常的に使われる紙幣だ」と植村氏。国際的にも、5月に日本の1万円券よりも高額な新デザインの100ユーロ、200ユーロ紙幣が発行されるという。
他方、ドイツなどと並んで現金選好が強いとされる日本でも、来年の東京五輪などを弾みにしてキャッシュレス化が急速に進むとの予想も出ている。新札発行まではあと5年。この間に、個人生活などで紙幣とキャッシュレスのバランスをどう取るかを見極める必要がありそうだ。
(松本治人)