社会学者の上野千鶴子さんが、東京大学の入学式で新入生に贈った言葉が話題になっている。

 特に印象に残るのは、性差別や自己責任論が蔓延(まんえん)する時代を鋭く批判した上で発信した「あなたたちの頑張りを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください」とのメッセージだ。

 紋切り型ではないその祝辞に強く共感したという人は多い。

 ジェンダー研究の第一人者である上野さんは祝辞の冒頭、医学部で女子や浪人生を差別した不正入試問題に触れた。最終的に不適切入試と認定されたのは東京医科大など9校だが、多くの大学で女子の合格率が男子を下回っている事実をどう見ればいいのか、疑問を投げ掛けた。

 東大の今年の入学生は3125人。うち女子は567人で、長年にわたり「2割の壁」を越えられないでいる。教授に占める女性の割合はさらに低く、歴代総長に女性はいない。

 祝いの席での言葉としては刺激的だったかもしれないが、あえて女子教育に立ちはだかる壁を持ち出したのは切迫した思いからだろう。

 上野さんは4年制大学進学率の男女差も取り上げ、「この差は成績の差ではない。『息子は大学まで、娘は短大まで』でよいと考える親の性差別の結果」と指摘した。

 こうした傾向と政治・行政分野への女性進出の遅れ、男女平等の度合いを示す「ジェンダー・ギャップ指数」の低迷は重なり合うところがある。

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 上野さんは激烈な受験競争を勝ち抜いてきた学生を前に「頑張れば報われると思えることそのものが、環境のおかげだったことを忘れないで」とも訴えた。

 貧困問題などで幅を利かせる日本社会の自己責任論を強く意識してのことだと思う。

 そして「世の中には頑張っても報われない人、頑張ろうにも頑張れない人、頑張る前から『どうせ私なんて』と意欲をくじかれる人たちがいる」と続けた。

 県が実施した「沖縄子ども調査」で、小1の保護者の14・2%が「経済的に大学教育は受けさせられない」と回答したことが頭をよぎる。小学校に入ったばかりの時点で、子どもが将来、大学進学を希望しても難しいと考えている人がこれだけいたのだ。

 頑張れば成果が出る、成果が出ないのは頑張っていないからとなれば、苦しい状況に陥っても声を上げるのは難しい。

 国内トップの大学の新入生に投げ掛けたのは、弱者目線の大切さである。

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 東大のホームページにアクセスすれば、祝辞の全文を読むことができる。

 その最後に上野さんは大学で学ぶ価値についてこう語っている。

 「すでにある知を身に付けることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けること」

 多様性を大切に未来を切り開き、社会を変える存在になってほしいという若者たちへのエールである。