東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 4月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

学び直しの場 多彩な門出 公立夜間中22年ぶり開校 川口と松戸で入学式

久保木晃一校長(中央)と一緒に笑顔で記念写真に納まる新入生たち=16日、千葉県松戸市で

写真

 公立夜間中学が今春、22年ぶりに埼玉県川口市と千葉県松戸市で開校した。近年、学び直しの場として注目され、外国人のニーズも高い。両校では16日夕、初めての入学式があり、新入生たちが学びへの思いを胸に新たな一歩を踏み出した。 (森雅貴、林容史)

 埼玉県初の公立夜間中学となる川口市立芝西中学校陽春分校には、十~八十代の七十七人が入学した。日本人三十人と、中国やベトナム、韓国など十三カ国の外国人四十七人で、年齢も国籍もさまざま。

 代表してペルー国籍のナベダ・セバスチャンさん(18)が「ここで学んだことを生かして卒業後は専門学校に進み、料理を学びたい。それぞれの夢に向かって仲良くやっていきましょう」とあいさつした。授業は平日午後五時半から一日四時限。教科は一般の中学と同じで、体育祭や合唱祭などの行事もある。

 千葉県松戸市が設置した県内二校目の公立夜間中学の市立第一中学校みらい分校にも、一~三学年に十~七十代の二十二人が入学した。十代が六人で最も多く、外国人は中国人やブラジル人など九人。

 この日の入学式では久保木晃一校長が「みらい分校で学ぶ目的を忘れずに一緒に新たな道をつくっていこう」と呼び掛けた。新入生を代表してブラジル国籍で一年の西チヨカさん(49)が「わが子の成長を見て私も学び直したいと願った。夢がかなった」と喜びを述べた。

 公立夜間中学は戦後、主に昼間働く人が学ぶ場として設立された。文部科学省によると、一時は全国に八十校以上あったが、現在は川口と松戸を含めて九都府県に計三十三校しかない。

 小中学校に通えなかった人への教育機会の提供を自治体に求める教育機会確保法が二〇一六年に成立したことを受け、文科省は公立夜間中学を各都道府県に少なくとも一校設けるよう呼び掛けているが、できたのはまだ川口と松戸の二校のみ。

 近年は、不登校のまま中学を卒業した人や訪日外国人らのニーズが増加。外国人労働者の受け入れを拡大する改正入管難民法が施行され、さらに必要性が高まるとみられるが、自治体の動きは鈍い。

◆最高齢86歳「英語書きたい」

「夢がかなった」と夜間中学入学を喜ぶ堀川さん=16日、埼玉県川口市で

写真

 「もう一度勉強する夢がかなった」。川口市の新入生で最高齢となった堀川しず子さん(86)=埼玉県蕨市=は、入学の喜びに胸を膨らませている。

 一九三三年に旧与野町(現さいたま市中央区)で生まれ、戦火の下で幼少時代を過ごした。当時の国民学校に通う頃から軍事製品を作る工場で働かされ、勉強をした記憶がない。

 戦後、新制中学ができたが、食べることすらままならず、進学は断念。国民学校卒業後に十四歳で社会へ出た。食堂や居酒屋で忙しく働く毎日。東京都内に公立夜間中学があると知り、なんとなく通いたいと思うようになったが、果たせないまま時が過ぎた。

 結婚し、二男一女に恵まれたが、次男が中学時代に不登校になる経験もした。その次男が三十年ほど前、「学び直したい」と都内の公立夜間中学に通いだした。授業参観に訪れると、年齢や国籍も異なるさまざまな人たちが楽しそうに学ぶ姿が印象に残った。

 きちんと学んで卒業した次男の姿を「うれしい」と喜ぶとともに「うらやましい」とも。再び学び直しへの思いが募ったが、七十三歳まで居酒屋で働くなどしていて、機会がなかった。

 地元・蕨市の公民館で一枚のチラシを見つけたのは昨年九月。川口市の夜間中学開校の告知だった。「今しかない」と入学を決心。チラシは今でも大切に保管している。

 夜間中学までは自宅からつえをついて約四十分歩いて通う。最も学びたい科目は英語だ。「戦時中はローマ字も禁止されていた。英語を書けるようになり、違う世界を見てみたい」 (森雅貴)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】