「中年フリーター」を同時に襲う奨学金の「2019年問題」と非正規雇用の「2018年問題」

 非正規雇用労働者の劣悪な労働環境と貧困状態は大きな社会問題である。特に、非正規雇用のまま年齢を重ねた「中年フリーター」の問題が、近年重大視されるようになっている。

 参考「ホームレスにもなりかねない非正規の実態 メトロコマース事件から考える」

 「中年フリーター」の深刻な状況に拍車をかけようとしているのが、奨学金の「2019年問題」である。

 現在、「経済低困難」を理由とする奨学金の返済猶予は10年間を上限に認められている。奨学金の「2019年問題」とは、奨学金の返済を「経済的困難」のために返済猶予をしていた人の猶予可能期限が切れてしまうケースが大量に発生するという事態だ。

 しかも、非正規雇用に関しては、ちょうど2013年4月以降に契約していた労働者が、労働契約法の無期転換規則から、5年間の経過を機に雇い止めが行われはじめる「2018年問題」とも時期を接している。

 つまり、「2018年問題」と「2019年問題」が「中年フリーター」を連続して襲う、重大な危機が迫っているのである。

奨学金の「2019年問題」とは

 日本学生支援機構の奨学金では、「経済的理由」による返済猶予期間は10年である。従来の猶予期間は5年間に設定されていたが、実際には5年経ても返済することができないケースが多く、2014年に従来の5年から10年に延長する措置がとられている。

 5年間を経ても返済することができなかったのは、冒頭に示した「中高年フリーター」や、ブラック企業で働いている若者たちである。返済猶予の期間は延長されたものの、彼らの実情は改善しているとはいいがたく、10年を経ても「経済的理由」が解消し、返済できる者は限られている。

 しかし、2019年には、2014年の時点ですでに「経済的理由」のために5年間の返済猶予をしていた人々の間で、猶予期限が切れてしまうケースがでてくることになる。彼らにはそれ以上返済を猶予される措置は残されていない。

 猶予期間が過ぎてしまえば、たとえ月給10数万円ほどで暮らす非正規雇用労働者たちであっても、返済を免れることができない。返済が滞れば法的措置が執られ、最悪の場合強制執行や自己破産に至ることになる。

 この問題は、多くの世帯に多大な影響を及ぼしかねない問題だ。非正規雇用が約4割(37.3% 2017年「労働力調査」)に近い数字にまでいたっている今、その担い手は「若者」や「高齢者」だけではない。

 働き盛りの「中年」も多くの人が非正規雇用労働者になっている。35歳~54歳のうち、非正規雇用労働者として働く人は約273万人(厚労省HP 「「非正規雇用」の現状と課題」)で、同世代の10人に1人という状況だ。

 また、『中年フリーター』(NHK出版新書 2018年)を著した小林美紀氏によると、この数字には既婚女性は含まれておらず、同年齢層の女性の非正規雇用労働者で、扶養に入るための「就業調整をしていない」人は414万人に上り、潜在的な「中年フリーター」はより多いという。

 この「中年」層にも、奨学金を借りていた人たちは多いだろう。その人たちに、返済がいやおうなしに迫られることになるのだ。

 そして、「2019年問題」が影を落とすのは、借りた本人に対してだけではない。保証人となっていた親や祖父母、親戚をも巻き込むのである。本人が返済不能となれば、日本学生支援機構は容赦なく保証人に取り立てを行う

 参考:「奨学金は借りるべきか? 知っておくべき「保証人」のリスクと対処法」

 その請求は「福祉制度」だから甘いものだと思われがちだが、まったくそのようなことはない。通常の金融商品と同じように、冷徹に返済が迫られることになる。

 最近でも、日本学生支援機構は本来連帯保証人の親族らは未返還額の半分しか支払い義務がないのにその旨を伝えないまま、全額を請求していることもわかり、社会に衝撃を与えている。

 参考:朝日新聞11月1日「奨学金、保証人の義務「半額」なのに…説明せず全額請求

 このように、学生支援機構による取り立ては非常にシビアだ。「経済的困難」の猶予期間の終了が「中年」の非正規雇用労働者を直撃するとき、それが自己破産などに帰結する可能性は極めて高い(むしろ、その場合の救済策は自己破産しかなく、積極的に利用すべきである)。

 ダブルワークや生活費の切りつめなど、債務者をより過酷な労働・生活に追い立て、それに耐えられなくなれば「破産」せざるを得ない。周囲も支えられなくなれば、本人のみならずその家族や親せきに「破産」が連鎖する。

 実際に、今年のはじめに奨学金破産が過去5年で延べ1万5千人いるということが報道されて話題になったが、この「2019年問題」によって、この先破産件数は減るどころか増えていくことが予想される。

 参考:朝日新聞 2月12日 奨学金破産、過去5年で延べ1万5千人

非正規雇用の「2018年問題」との二重苦も

 さらに、奨学金の返済が否応なしに始まってしまう時に、非正規雇用労働者は他のことにもおびえながら暮らさざるを得ない。それは、すでに数多く話題になっている「2018年問題」=無期転換逃れの雇止め問題だ。改めて、この問題を簡潔に解説しよう。

 

 2013年4月から施行された改正労働契約法によって、有期雇用労働契約(パート・アルバイト・派遣社員・契約社員など)の労働者が、同一の使用者との間で通算5年を超えて契約が反復更新された場合、働く側からの申し出であれば、「無期の労働契約」に転換することができる。

 また、2015年9月から改正労働者派遣法が施行され、派遣労働者の業務に関わらず、派遣先の同一の事業所に対し派遣できる期間(派遣可能期間)は、原則、3年が限度となった。同一の派遣労働者を、派遣先の事業所における同一の組織単位に対し派遣できる期間も、3年が限度となる。3年を超えて働かせたい場合は、派遣先からの直接雇用の申し入れるか、派遣会社の無期雇用とする必要がある。

 もし、これらの措置をとらずに3年以上派遣されていた場合には、派遣先企業の直接雇用へと移行する。

 これらの法改正の結果、有期雇用労働者の雇用形態に対して、2018年4月以降、2013年4月以降に契約した有期社員に「無期転換ルール」が適用されていき、また、2018年9月からは、2015年9月以降に契約した派遣社員の「派遣期間3年ルール」が適応されることになる。

 「2018年問題」とは、これらの無期化、あるいは直接雇用化の法的責任を回避するために、使用者が5年ないし3年を目前に解雇するという事態である(図を参照)。

画像

 なお、これらの行為は違法である。対処法については記事を過去にも書いているので、そちらも参照してもらいたい

 参考:「非正規雇用は無期雇用に変われるか? 二つの「壁」と対処法」

 参考:「「無期転換」開始! 乱れ咲く「脱法戦略」と対処法」

 もちろん、これらの法改正は、長年、有期雇用労働者として働かざるを得なかった非正規雇用労働者にとっては、「いつ更新がされなくなるか」という不安定さから解放されうる、とてもメリットのある法改正であった。

 たとえすぐに賃金などの条件が変わらなくとも、無期雇用に転換できれば、「いつ切られるか」の恐怖におびえなくて済む。労働契約法の他の条項を用いれば、正社員との賃金格差の交渉も可能である。

 しかし、悪意のある使用者はこの規定を回避しようとし、各地で「雇止め」が発生している。最近でも、私の地元である仙台市にある東北大学で雇止めされた労働者が裁判を起こした。また、多くの企業が非正規雇用の契約期間をはじめから短く限定し、次々に入れ替えるようなやり方をすることで、ますます非正規雇用の立場を不安定なものにしてしまっている。

 参考:「東北大“不当な雇い止め”と提訴」(NHK東北11月15日)

 これらは、2018年に限らず、今後も発生し続けていく問題だろう。無期化を嫌がる企業は多く、私が代表を務めるNPO法人POSSEにも雇止めの被害にあう労働者から数多く相談が寄せられている。

 

二つの問題が重なる当事者―仙台市の労働者(37歳)の事例

 次に、「2018年問題」と「2019年問題」が重なってしまっている典型的な事例を紹介しよう。現在、仙台市にて無期転換逃れの雇止め問題で裁判を起こしている労働者のケースだ。

 彼は、仙台市の社会福祉協議会が運営する通所介護事業所で単年度雇用契約を2013年から2017年度まで毎年更新したが、2017年年10月に財源などを理由に2018年度以降の契約更新を拒否され、2018年3月末で雇い止めにされてしまった。

 そして、「雇い止めに無期転換を免れる目的があったことは明らかだ」として、仙台市の社会福祉協議会を提訴している(河北新報6月15日 「無期転換逃れ雇い止め」仙台市社協を提訴)

 この労働者は、「2019年問題」の当事者でもある。NPO法人POSSEの仙台支部のヒアリングによれば、彼は仙台の大学に通っていた時に奨学金を借りていたが、卒業時に非正規雇用の仕事にしか就けず、その後も正規雇用の職に就けなかった。そして、非正規雇用労働者として仕事をせざるを得なかったという。

 最初は返済をしていたが、やはり生活が苦しくなり猶予制度を利用。現在猶予が10年目であり、来年期限が切れたのち、否応なく支払いを始めなければならない。

 まさに、「2018年問題」と「2019年問題」のダブルパンチだ。その後の生活がとても危ぶまれる。彼のような事例は、きっと数多くあるだろう。彼の抱える事情は、「たまたま問題が重なった特殊な事例」ではない。日本社会全体に広がった、労働・貧困問題の典型なのだ。

困ったときは専門家に相談を

 「2018年問題」や「2019年問題」の当事者になってしまった場合、一人での解決は困難だ。そして、その二つともの問題に重なってしまえば、ホームレスになってしまう危険性は非常に高い。これらの問題は、まさに生存に関わる問題だ。

 そのような問題に直面したら、まずは専門家を頼ってほしい。上記の村岡さんも、労働問題に詳しい弁護士や彼を支援してくれる労働組合(仙台市社会福祉協議会職員労組)とつながり、現在多くの支援を受けながら闘っている。一人では困難でも、様々な専門家や支援団体につながれば、その苦境を乗り越えられる可能性は高い。

 下記に、常設の相談窓口を紹介しておく。また、それ以外に、NPO法人POSSEは、下記の通り非正規で働き住居からの追い出しなどの問題を抱えている方を対象に、11月30日(金)と12月1日(土)に「非正規住居追い出しホットライン」を開催する。こちらも是非利用してほしい。

非正規住居追い出しホットライン

日時:(1)11月30日(金)18:00~21:00、(2)12月1日(土)13:00~17:00

電話番号:0120-987-215

相談費用:通話料含め無料

主催:NPO法人POSSE、NPO法人ほっとプラス、反貧困ネットワーク埼玉

相談は秘密厳守。

※上記以外の時間帯でも相談を受け付けています。

非正規雇用の住居に関する相談窓口

03-6699-1890

soudan@npoposse.jp

無料相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業ユニオン 

03-6804-7650

soudan@bku.jp

*ブラック企業の相談に対応しているユニオンです。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE 奨学金ナビ

03-6693-5156

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/syogakukin/index.html

奨学金問題対策全国会議

03-5802-7015

http://syogakukin.zenkokukaigi.net/

みやぎ奨学金問題ネットワーク

TEL 022-711-6225(月曜・水曜・金曜 第三土曜日13:00~16:00(祝日はお休みです))

http://miyagi-shougakukin-net.com/

※HPからメール相談も可能です