サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
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第二十四話 行先

朽ちた床板の隙間から僅かな光が差し込むだけの暗い空間。

逃走中に見かけた空家の床下にンフィーレアはじっと息を潜めていた。

 

 

地下牢を出てから荷物を取り戻す為に詰所内を探し回ったせいで、数人の兵士と戦う羽目になった。

剣を抜きかけた男の胸に前蹴りを繰り出し、大声を上げて逃げ出そうとした者の足を後ろから蹴りで薙ぐ。

 

そうして荷物を回収して詰所から出た時には、既に五人の兵士を地に伏させていた。

 

この家は王都を走り回って、やっとの思いで見つけた目立たない隠れ家。

その床下に身を隠して暫く経つと、興奮が収まり今度は恐怖が襲ってきた。

 

人を自分の意思で殺め、生死は不明だが兵士を何人も傷つけてしまった。

もう一般市民として生きる事は出来ないだろう、という事実と自身がしでかした事の重大さに改めて恐ろしさを感じてしまう。

 

(人を殺すってこういう事か……)

 

殺人を犯す前と、後で明確に人生が分たれたような感覚がする。

何が変化したのかと言えば上手くは言えない。

 

ただ……、この先自分がどう生きようと人を殺したという事実は何時までも付きまとう予感、と言えばいいだろうか。

 

自分が生きたいから人を殺した。

僕は生きる事を選択し、その為に他者を犠牲にした。

 

僕のこれからの人生は、そうまでして勝ち取るものだっただろうか。

 

その疑問がンフィーレアの頭を過ぎる。

 

(いや………、だから後悔しないように生きるのか)

 

優しい祖母……、自分の唯一残った家族との平穏で幸福な生活。

色々な人と仲良くして、いつかは愛する人と結婚だってする。

 

そんな穏やかな暮らしが、ンフィーレアの唯一の望みだった。

 

(今の僕は平穏から随分遠ざかっちゃったけど……、いつかは静かに安全に暮らせる場所を見つけよう)

 

ほぼ丸一日、極度の緊張状態に置かれていたンフィーレアを酷い眠気が襲っている。

だが、モモンと合流して王都から脱出するまでは意識を失う訳にはいかない。

 

口の裏側を噛み締めてンフィーレアは床下の冷たい砂利の上で、じっとモモンガを待ち続けた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「何だ……、案外普段通りだな」

 

「そりゃそうですよ。 別れてから数日しか経っていませんから……。 どんな風になっていると思ったんですか?」

 

「……獣みたいになってやしないかと考えていた。 人を殺して詰所から逃げ延びる、なんて今までの君からは想像もつかなかったからな」

 

「別に今まで通りですよ。 ……ただ自分でも気がつかない自分が居たってだけです」

 

日はとうに暮れ夜の帳が大地に降りる中、モモンガ達は人とすれ違うのを避ける為に、街道を外れた場所を並んで歩いていた。

 

ンフィーレアとの合流と、王都から脱出は拍子抜けする程あっさりと上手くいった。

昨日の内にモモンガが依頼書を使ってリ・エスティーゼの内部に強力なモンスターを呼び出した筈だが、その影響もモモンガが見る限りでは見られない。

 

(ま、ユニークモンスターと言っても所詮は10レベル前後の敵だからな。 倒せるものなんて幾らでもいる、か)

 

きっと今回も数時間で鎮圧されてしまったのだろう。

わざわざリスクを冒してまで依頼書を使う意義は薄かったと思うが、それは結果論でしかない。

 

少なくとも、あの時点ではンフィーレアが逃げ切れる確率を上げるために必要な行動だった、とモモンガは結論付けた。

 

「しかし詰所で荷物を取り戻す為に兵士達と一戦交えたと聞くが、無茶をする。 短期間に強くなった事で勘違いしているかも知れないから言っておくが、もし兵士の中に強者が居れば、君など簡単に殺されてたぞ」

 

モモンガの言葉にンフィーレアは視線を伏せながらも、力の篭った声を返した。

 

「分かっていますよ。 ………でも、この鞄の中には絶対に失えない物が入っていたんです」

 

そう言ってンフィーレアは、肩から紐で下げた鞄に手を添えた。

 

「………まあ、先ほど事情は聞いたから。それは理解出来るが」

 

鞄の中、正確にはそこに仕舞われた小さな布袋には、ンフィーレアが幼い頃に事故で亡くした両親の遺髪が入っているらしい。

 

王国では国教として四大神という信仰しており、その宗教では人間の魂は死後暫く経つと、肉体を離れ四大神の御許へ召されるとされている。

 

それ故に遺体への宗教的な関心は比較的薄く、遺体が腐敗を初めた時点で魂が肉体を離れたとし、後はアンデッド化を防ぐ目的で、何らかの方法で骨だけにした後に砕かれてしまう。

 

だが一部の地域では残されたもののよすがとして遺髪を取ってお守りとして保管しておく風習があり、リイジーも出身地域での風習から、娘夫婦の遺髪を家に残していた。

 

ンフィーレアが鞄に執着したのも、両親の遺髪を取り戻すため。

二人の記憶はもう朧げにしかないが、とても満たされた時間を過ごしていたのは覚えている。

 

ちなみにモモンガは遺髪の事はこれまで全く知らず、実を言うとンフィーレアからこの話を聞いて胸をなで下ろしていた。

 

(これは使いようによっては強力な手札になるな……。 後でンフィーレアが寝ている隙に、数本ずつ抜いておくか)

 

今、モモンガとンフィーレアを繋いでいるのはリイジーの蘇生という目的のみ。

だが、両親の遺髪は使いようによっては、更なるンフィーレアの協力を引き出す切り札になるかも知れない。

 

とは言え、まだリイジーの蘇生の目星すら立っていない以上、使うとすれば大分先にはなろだろうが。

 

「さて、これからどこへ行くかだが……、実は私から提案がある。 王国と帝国の国境付近にあるという、カッツェ平野に行ってみないか?」

 

「カッツェ平野、ですか? あそこは確か……、ああ、なる程」

 

以前、モモンガの為に王国の地理について書いた本を自分が音読した時、カッツェ平野についても触れた事をンフィーレアは思い出した。

そこは王都の南東に位置する呪われた大地。

 

赤茶けた荒野が見渡す限り広がる広大な地域であり、アンデッドの多発地帯としても知られている。

そしてその地を、人間にとって更に過酷なものにしているのが、平野全域を覆う薄い霧だった。

 

霧それ自体に毒性や有害な作用はないが、微弱なアンデッド反応を持っているらしく、視覚的にも魔法的にもアンデッドの姿を隠す帳として機能している。

 

しかし、だからといってカッツェ平野のアンデッドを放置しておけば更に強力なアンデッドを発生させる呼び水になるかも知れず、それは人類全体にとっての恐るべき脅威となる。

現時点で決して良好な関係とは言えない王国と帝国が、この地域のアンデッド対策については共同で行っているといえば、周辺国家がどれだけこの地域の対策に力を割いているかがが分かるだろう。

 

だが人間にとっては厄介なだけのこの地域の特性はモモンガにとっては非常に有用なものだった。

 

「ああ、アンデッド探知を事実上無効化するという事は、私の正体が露見する可能性が低い、という事でもある。 やはり衣服や幻術で姿は隠せても、アンデッド反応は誤魔化せないからな」

 

だからこそ、モモンガは王都で人目を避ける生活を送らざるを得なかった。

 

一応モモンガとしても、アンデッド探知のスキルや魔法に対する対策が無い訳ではない。

自分とのレベル差が上下十レベル以内かつ、五レベル以上のモンスターを倒した場合に絶対正義の証に貯まる功績点を利用すれば、百鬼都市バーティヘル内にある商店からアイテムを購入する事が出来るが、その購入可能なアイテムの中にはアンデッド探知を阻害する指輪も含まれていた。

 

だが店売りの装備は、消耗品のスクロールやポーションとは比べ物にならない程高い傾向にある。

少なくとも、当分の間腰を据えて狩りを行わなければ、とても手が届かないのが実情だった。

 

「それにこの前、君に読んでもらった本によると、あそこではアンデッド対策の為に身分を問わず常に戦力を求めているらしいじゃないか。 王都から離れているから、君に追っ手が掛かる可能性も低いだろうし、金を稼いで体勢を立て直すにはもってこいの場所だと思わないか?」

 

「確かに……、そうですね。 他にあてもありませんし、それで良いと思います」

 

「決まりだな。 さて、昨日から眠っていないんだろう? 王都からはそれなりに遠ざかったし、そろそろ休む場所を探すか」

 

これから先の計画も建ち、とりあえずの危機は脱することが出来た。

そう安堵するモモンガの頭からは、既に王都に呼び出したユニークモンスターの事など消えている。

 

大方、この間のゴーレムのように直ぐに討伐されてしまったのだろう、と考えるだけだ。

 

彼の手によってこの世界に顕現したユニークモンスター、その名を『聖鎧のガイアルド』という。

 

 

 



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