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この作品 「佐伯会長と小糸さん2」 は「やが君小説50users入り」「小糸侑」等のタグがつけられた作品です。

「佐伯会長と小糸さん」novel/10947611 の続きです。夏休み。

少年えーじ

佐伯会長と小糸さん2

少年えーじ

2019年4月13日 20:50

7.



うだるような暑さ、という表現は毎年のようにテレビで使われているけど、今年は今のところそういった言葉は聞かない、7月の下旬。
夏休み前の期末考査は悲喜こもごもといった感じではあったけど、休みに入ってしまえばそれも全部弾けてみんなウキウキしていた。ちなみに佐伯先輩はやはり一番だった。朱里は追試を受けていた。
夏休み中も生徒会業務はあるとはいえ、さすがに学期中よりはかなり落ち着く。つまり今私はかなり暇なのだ。中三だった去年は受験に向けて本格化していった時期だったから、よけいにそう感じる。
夏休み開始から3日経ったけど、やることもなく家でゴロゴロ、同じような日ばかり送っていると、何かしなきゃというような焦りが生まれてくる。なんとなく身体が重たくかといって夏バテでもない。要はなまっているのだ。






これではいけないと思い、ランニングでもすることにした。
動きやすい格好にイヤホンをつけて外に出る。快晴の空はにわか雨の心配もないだろう。徐々に足を早めつつ、聴き放題アプリの中からお気に入りのプレイリストを流し始める。
夏らしいキラキラした歌たちはラブソングも多分に含んでいて、この間までの私だったら避けていたかもしれない。けど、今はすんなり心地よく聴くことができる。
それはきっと、先輩のおかげなのだと思う。
先輩が以前見せた、中学時代の恋の苦しみ。私はそれについて全部を知ったわけではないけど、ひとりじゃないんだと思った。そして先輩を支えてあげたいとも。それと同時に不思議と自分も救われたような気がしたのだ。
それぞれ何かしらの問題を抱えていて、それをひとりじゃどうにもできないのなら、解決はできなくともお互いを少しでも救えるようにできたらいい。
現に私はいまだに「好き」ということがわからないけど、それを焦って悩むこともないのだと実感できているのだから。






そんなことを考えつつしばらく走っていると、前方に見覚えのある後ろ姿があった。



「菜月?」

「え? おー侑じゃん」



ショートヘアのいかにも快活そうな彼女は中学時代の同級生で、かつ同じソフトボール部員だった。傍らには人懐こそうな柴犬がいた。



「ゴールデンウィークぶりか?」

「だよねー。なかなかタイミングも合わなかったしね」

「まあお互い忙しかったもんな。侑は生徒会だっけ?」




私は一旦ランニングをやめ、犬を撫でたりしつつ菜月と立ち話をする。




「生徒会って普段どんなことするんだ?」

「うーん……虫取りかな」

「なんだそりゃ」

「うちの生徒会室軽く山だからさ……けっこう大変なんだよ」




私が虫を触ったりするのが平気だと知ってから、先輩は虫が出れば全て私に処理させるようになった。
先輩は虫全般が苦手なようで、処理している間は仕事にならない、いや落ち着き払っているように見えるのだけど仕事のほうは手が止まっているという有様だった。
だから私は毎日のように虫に対処しているのである。去年までどうしてたんだろう。





「侑、ランニングずっとやってるのか?」

「いやいや、今日から」

「なーんだ、じゃあめっちゃ身体なまってんじゃないの?」

「うん、ソフトやってた頃と比べたら全然」

「だよなあ。ま、無理はすんなよ」





菜月はソフト部の兄貴分? という感じでみんなから慕われていた。高校のソフト部でもそれは変わらないのだろう。




「あ、そうだ。侑明日空いてない? 買い物付き合ってほしいんだけど」

「明日? うんいいよ」

「お、マジで。サンキュー」





時間などを決めてから、菜月とは別れた。私はまたイヤホンを挿し、ランニングを再開する。
やっぱ偶然であれ誰かと会って話すと気持ちが軽くなる。明日も会えるのは楽しみだ。





そういえば先輩、どうしてるかな。
あの人のことだし、勉強とかしてるのかな。常に一番でいるためには当然それだけの努力をしているのだろう。改めて考えるとやっぱりすごい人なのだなと思う。
でも、本当は弱い面とかかわいい面もあって、私は先輩のそういう顔のほうが好きだ。


会いたい、かな。


帰ったら連絡とってみるか。よし、と私は気持ちを新たに足を早めた。



「小糸さん」

「えっ、どぅおえぇっ!!??」



その瞬間誰かの声がして、自転車がいきなり私の目の前にドリフト利かせて回り込んできた。
私は急に足を止めた反動で尻もちをついてしまう。




「いった〜……って先輩!?」

「あら小糸さん大丈夫? でも気づかないあなたも悪いわよ」





唐突に現れた先輩はツバの非常に広いハットに薄手のカーディガンを羽織った、軽井沢とかにいそうないかにも避暑地然とした格好だった。




「気づかないって……?」

「私、5分くらい前からあなたの後ろにピッタリついてたわよ」

「ええっ!? い、言ってくださいよお〜……」

「呼んだわよ、何度も。でも小糸さんイヤホンしてて気づかないんだもの」

「ああ……まあそれに考えごともしてたもので」

「考えごと?」

「はい、せんぱ……ゲフンゲフン」

「いま先輩って言ったわね。私のことね」

「ち、違いますよ……」

「まあいいわ、それよりまず立ちましょう。ほら」




そう言って先輩は手を差し伸べてくる。そういえば先輩の手握るのってショッピングモールのとき以来だなあ。
そんなことを思いながら私は立って土をはらう。




「先輩、こんなところで何してたんですか?」

「サイクリング」

「ほんとですかあ?」

「本当よ。勉強の合間に」

「暑くないですか」

「別に苦じゃないわ。夏は空が綺麗だし」





とくに嘘とかはついてなさそうだけど、空が綺麗って何だその清純派なセリフは。先輩そんなキャラでしたっけ?





「さっき一緒にいたのは彼氏?」

「って、どこから見てたんですか!?」

「見つけたのはかなり早かったわよ」

「それってもう尾行なんじゃ……っていうか女の子ですからさっきのは」

「え、彼女?」

「なんでそうなるんですか……」




なんだろう、この謎の既視感……
それにしても先輩、もう発言に何の遠慮もなくなってきましたね……やっぱり先輩はこういうほうが似合う。




「さっきの子、犬を連れてたわね」

「先輩は犬好きですか?」

「そうね、でも猫のほうが好きかしら。家でも飼ってるし」

「へーいいな〜」

「なら見に来る?」

「え?」

「うちの子は割と大人しいから」

「い、いいんですか?」

「ええ」





そういう展開になるとは思っていなかったから、少しうろたえてしまう。
先輩の家ってどんなだろう。見た目に違わずお屋敷だったりするのだろうか。





結局後日行くという運びになり、日時など決めた。ただでさえ先輩の家なのに豪邸かもしれないと思うと余計緊張してくる。




「それじゃ、そろそろ帰ろうかしら」

「そうですね、ではまた当日」

「走って帰るの?」

「はい」

「熱中症には気をつけてね」

「先輩こそ……そうそう、今の季節とか自転車で走ると口に虫とか入りそうになるから気をつけてくださいね」




ちょっとからかう意味も込めてそう言ったら、その瞬間に先輩の動きが止まってしまった。




「……」

「せ、先輩?」

「それじゃ小糸さん、送っていってもらえるかしら」




先輩は乗りかけた自転車から降りて、サドルをポンポンと叩く。




「ええ……」

「これも体力作りよ」

「そこまでして作りたくないですけど……」

「青春らしくていいじゃない。私たちカップルなんだし」

「ここでそのネタ持ってきますか……」





私たちがよく行く「Echo」というカフェがある。生徒会の副顧問である箱崎先生と店主の都さんが"友人"ということもあり、割と都さんとはよく話す。で、行くたびにカップルだなんだとからかわれているのだ。





「もう、わかりましたよ。後ろ乗ってください」

「あらありがとう、小糸さんの優しいとこが私好きよ」

「いいですからそういうのは……」





自転車の後ろへ横向きに座った先輩は、それはもう深窓の令嬢という趣で、すれ違う人たちをみな釘付けにしていた。
まあお人好しの私は先輩が「ここでいいわ」と言うところまで汗だくでしたけど……







…………………







「ちょっとこういうのに挑戦してみてもいいよなー」

「お、まじで」





翌日、菜月とやってきたショッピングモール。
スポーツ用品店にでも行くのかと思ったら菜月は服売場に直行したので、少し意外だった。
で、いま菜月が手に取っているのは大人っぽい開襟のシャツ。胸元とかもけっこう緩めで、それでいてかわいくも見えるから私もそれなりに惹かれた。





「私もこれ買おうかな」

「お、お揃いにするか? どの色にする?」





先輩の家にお邪魔するとなって、さすがにいつものTシャツとかでは気が引けるなと思った。こういう大人っぽさのあるシャツなら丁度いいかなと考えたのだ。





それぞれの服を買い終え、ドラッグストアに立ち寄ってからモール内のカフェに落ち着いた。そういえば以前先輩と来たなここ。





「侑、ドラッグストアで何買ったんだ?」

「忌避剤」

「キヒザイ?」

「虫除けの薬だよ」

「お前そんなに虫苦手だったか?」

「私は虫の担当だからね」

「はあ」





菜月はよくわからないといった顔をしている。うん、私もよくわかんないよ……





「それにしても菜月がそういうの買うなんて珍しいね」

「そ、そうか?」

「うん。なに、ファッションにでも目覚めた?」

「い、いやーその……」





冗談半分でそんなことを言ったら、急に菜月の歯切れが悪くなった。





「?」

「じ、実はさ……今度クラスの男子と、その、出かけることになってさ……」

「……ええっ、マジで!?」






失礼ながらそうくるとは思っていなかったので、声が上ずってしまった。はあ〜あの菜月がねえ……





「そ、そんなに驚くなよお」

「ごめんごめん、けっこう仲良いんだ?」

「え、いや〜まあ、よく話はするけどさ? べ、別にそんな仲良くはないってか? だから誘われたときはちょっと驚いたっていうか?」





そう言って頭をかきながら視線を泳がす菜月の姿は乙女そのものだった。





「人って変わるもんだねえ……」

「ちょっ、やめろよその顔! そ、それに好きとかじゃないからな全然!」

「うんうん」

「う〜……」





ああ、なんか槙くんの気持ちがわかったような気がするよ私……お姉さんは見守っているよう、菜月ちゃん。





「ゆ、侑のほうこそどうなんだよ!」

「へ、私? 私は……ないなあ」

「嘘つけ! クラスの男子に告られたって朱里から聞いたぞ!」

「なんだそりゃ……そっちのほうが嘘だよ」





たしかに以前男子から呼び出されはしたけど、それは単に佐伯先輩に紹介してほしいというだけの話だった。朱里のやつめ……



まあそれはいいとして、友人の恋は素直に応援したい。菜月は終始口を尖らせていたけど「楽しんできなよ」と伝えたら、へへ、と顔を赤らめつつはにかんでいた。
菜月ってかわいいなあと微笑ましく思いながら、私は私で先輩と会うのが楽しみになっていた。






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