【ターニングポイント】能見が覚悟を固めた瞬間 大阪ガス時代に受けた“最後通告”
人は長い人生の中で、幾度となく岐路に立つ。そんな時に何を思い、感じ、行動したのか。新企画「ターニングポイント」では、虎戦士がプロに入るまでの“きっかけ”に迫る。第1回は能見篤史投手(39)。長くエースとしてチームを支え、昨季からはリリーフとして欠かせぬ存在。来月28日に不惑を迎える左腕の軌跡を追う。
予感はあったという。ただ、実際に言葉として耳にした時、能見の心は揺さぶられた。
「来年ダメなら、会社に戻ろうか」-。
02年冬のことだ。大阪ガスに入社して5年が過ぎた。鳥取城北時代に川口知哉、井川慶とともに「三羽ガラス」と称された左腕は、「幻の投手」と言われるまでどん底にいた。素材は一級品だが、投げると肩が痛い。復帰すれば今度は肘が痛む。そんな毎日だった。
湯川素哉は同年、コーチとして大阪ガスに復帰。翌年の監督就任を控えての配置だった。1シーズンを過ごした上で、能見と面談の機会を設けた。全選手と顔を合わせたが、能見がそうであるように、湯川にとっても17年たった今でも、鮮明に覚えているという。
「鬼みたいなやつだと思ったと思いますよ。引導を渡すんですからね。あと1年はチャンスをやるが、ダメなら辞めなさい、と」
湯川には信念がある。自身も早大-大阪ガスで野球を続けた。「野球人生が終わるのは、負けて終わる人、故障して辞める人。この辺は美しい辞め方なんです。私も現役を経験したけど、一番つらいのは戦力外。ヘタだから辞めたというのはね」。故に、岐路に立った能見には、言葉を添えた。「痛くても投げなさい。どうせなら、壊して辞めないか」
一方、最後通告を受けた能見は、18歳の夏を思い出していた。兵庫・出石町の実家で、当時の監督らから熱心な勧誘。「最後まで面倒を見る」の言葉が胸にあった。「野球をしたくても、できなくなるのか…って。どうせなら少しでも役に立って終わりたかった」。幼少期は練習が休みの日でも壁当てや、川で石を打って遊んだ。前夜に見たナイター中継を思い返しながら。そんな少年時代だった。
「大好きで、小さいころから続けてきたものが終わってしまう。築き上げたものを一瞬にして失う感覚。僕にとって究極の選択だった。投げられるか、壊れるか。でも、あの言葉で覚悟は決まりました」
当時はベテラン2人を柱に、3人の投手が主戦で回っていた。能見は4番手以降の存在。ただ、ここでも湯川の指導理念が奏功した。「ちゃんと練習して、準備するヤツは使うのが私の方針でした。悔いなく現役を終える選手は、いないんです。私もそう。でも、使われて結果が出なければ、納得して終えることができる」。投げても1日70球程度だった男が、200球を超える投げ込みの日々。振り返る左腕も苦笑いだ。
「肘がぶっ飛んでもいい、と思って。キャンプ中もめちゃ痛かった。キャッチボールをしていても、毎年くるような痛み。でも、無理やり投げましたね」
冬、夏の猛練習を乗り越えた能見を、湯川は日本選手権の予選から起用した。本戦の2回戦では、九州三菱自動車相手に完投勝利。これを機に日本代表に選出され、翌年のドラフト指名につながる。同選手権では2年連続、決勝で敗戦投手。準決勝でシダックスの野間口貴彦との投手戦。湯川の胸に残る試合は数多くあるが、目を閉じて浮かぶのは黙々と練習する姿だという。
「頑張ったら報われるというのを伝えたい時は、必ず彼の話をします。指導者は悶々とした気持ちを気付いてあげることが大事。もっと早く気付いてたら、もっと早くプロに送ることができたかもしれない。でも、彼の人生が良く変わったなら、少しうれしいです」
22歳の冬。一つの言葉で能見の野球人生は、180度違う景色を映した。「恩師と呼べる人はたくさんいますが、湯川さんは僕にとって、きっかけを与えてくれた人です」。来月28日には40歳の誕生日を迎える。不惑を迎えた左腕にエールを。湯川は照れくさそうに笑った。「今まで言ったことはないんですけど、よく頑張りましたよ、あいつ。自分で幕引きができる選手になった。幸せじゃないですか」。=敬称略=
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