閑話 ~アルクラドと忘れもの~
コルトンの町で、奴隷解放の立ち回りをしたアルクラド。
町の裏社会に棲まう組織、その長である
町の大通りを南門に向けて歩いていた時、通りに面した建物から食欲をそそる匂いが漂ってきた。
アルクラドは足を止め、匂いの元へと視線を向ける。
町を出る前に食べていこうか。
そう思った時、アルクラドは重要なことを思い出した。旅の目的の大部分を占める非常に重要な事柄である。
コルトンの町でほとんど食事を取っていなかったのだ。
日々の食事は欠かしていないが、町の中で食べたのは数えるほど。酒場で食べた鳥の油焼きは充分に満足できるものだったが、それ以外は、軽い朝食や茶菓子のみ。コルトンの食を堪能したとは言いがたい状況だ。
ライカンから充分な金を貰っている為、資金は潤沢にある。急ぐ旅でもないので時間も充分にある。
アルクラドは踵を返し、町の外へ向かう門に背を向けた。
まずは食堂を示す看板の掲げられた、この美味しそうな匂いの発生源へと突撃するのだった。
店の中に入りまず飛び込んできたのは、濃厚な鳥の香りだった。
熱を加えた鳥の脂の甘い香りが、何倍にも凝縮されて、店の中に満ち溢れていた。通りで匂いを嗅いだ時よりも激しく食欲を刺激されていた。
飯時から外れているからか、店の中には誰もいなかった。
「いらっしゃい。好きな所に座っておくれ」
奥から恰幅のいい中年女性が現れた。中で調理をしていたのか、前掛けが濡れており少し汚れている。
「この匂いは何の料理の物だ?」
席に着くなり、アルクラドは店の人間に匂いの正体を尋ねる。
「これは鳥を肉も骨も一緒に煮込んで作るスープだよ。美味しいよ」
「それを貰おう。他にも美味い物はあるか?」
「うちの料理はどれも美味しいよ。何品か適当に持ってこようか?」
「うむ、頼む」
金の心配をする必要がないので、適当に注文し料理の到着を待つ。
先程の女性が1人で切り盛りしているのか、彼女の他に従業員は見当たらなかった。
すぐに1つの料理が出てきた。薄く濁ったスープの中に、白くて丸いものが浮かんでいる。
何はともあれまずは食べてみようと、アルクラドはスープと一緒に白い物体を掬い、ひと口食べる。
まず感じたのは、濃厚な鳥の旨味。
焼いた鳥肉を噛みしめた時以上の旨味が感じられた。スープに鳥の臭みはなく、余韻がどこまでも続いていく。
次に感じたのは白い物体の弾力のある歯ごたえ。
モッチリとした食感で歯切れ良く、しかし味はほとんどしない。僅かに塩と卵の味を感じる程度だ。ただ白い物体は余すことなくその内部にスープを染みこませており、噛む度にスープが溢れ出す。その様はさながら肉汁溢れる肉を噛みしめている様だった。
「美味しいかい?」
「うむ、美味だ。これは何と言う料理だ?」
アルクラドが夢中で食べていると、女主人が次の料理を持ってやってきた。
「これはね、ノチウスって料理で、ここからもっと西に行った国の料理だよ。鳥のスープの中に小麦粉を練った団子を入れる、私の故郷の味さ」
そう言って彼女は次の料理の皿を置いた。
「これは・・・?」
そう言ってアルクラドは料理をマジマジと見つめる。
皿には白く平べったいものがいくつか乗せられている。それらは焼かれているのか両面に焦げ目がついており、その中央が若干膨らんでいる。
今の所、香ばしく焼かれたことくらいしか分からず、どんな食べ物なのか想像が付かなかった。
「これはね、アゾギって言ってこれも私の故郷の料理で、練って伸ばした小麦粉の中に肉を入れて焼いたものだよ。熱いから気をつけてお食べ」
そう言って女主人は再び店の奥へと消えていった。
彼女の説明を聞いたアルクラドは、すぐさまアゾギの1つを口の中に放り込んだ。
ノチウスの中に入っていた団子と同じ材料だということでモッチリとした食感は似通っていたが、それよりも更に弾力がある様に感じられた。それと同時に弾ける様に肉汁が飛び出してきた。
焼き立ての熱々の肉汁。
只人であれば陸に打ち上げられた魚の様に口を開閉し熱さに悶えるところだが、アルクラドは表情を変えずにその味を堪能していた。
モチモチとした皮の中には、細かく刻まれた肉と野菜が入っており、強めの塩で味付けがされていた。店の自慢であるスープも入っているのか、やはり鳥の強い旨味を感じる。
更に肉と一緒に入れられた野菜はシャキシャキで噛む度に水気がにじみ出てくる。料理の味を薄めるということはなく、野菜の旨味も追加され、相乗効果で旨さが引き上げられていた。
熱々の料理の味を最大限に堪能する為に、アルクラドは急いでアゾギを口に運んでいった。かなりの熱さを感じているし口の中は火傷しているが、それを気にも留めることなく料理を堪能した。
「おや、もう食べたのかい? 熱くなかったかい?」
「うむ。熱くはあるがこれも美味だ」
「ありがとね。まだ食べれるかい? 最後はこれだよ」
そう言って彼女が持ってきた料理は、きつね色をしたひと口大ものがいくつか乗った皿だった。
「これは、エガラクって言ってね、水で溶いた小麦粉を鳥肉に付けてたくさんの油で焼いたものだよ」
どこかで聞いたような料理だった。
「町の酒場で、鳥の油焼きという物を食した。それに近い料理か?」
「近いけど別の料理だよ。あの料理は肉の水気が抜けるからね。これは一切逃げないから、肉汁が溢れてくるよ」
熱いから火傷しないようにね、と言って女主人は奥に消えたが、アルクラドは躊躇うことなくエガラクを1つ口の中に放り込んだ。
表面はカリカリで水気など一切感じない。噛めばサクサク、パリパリでとても良い歯ごたえが感じられた。
次の瞬間、弾ける様に肉汁が飛び出してきた。
煮え立つ油の様な熱さが口内を蹂躙するが、アルクラドは構うことなく肉を咀嚼する。
その度に、脂の甘味、肉の旨味が口の中にどんどん広がっていく。程よい塩味が付けられており、また香辛料の爽やかな香りが鼻から抜けていく。
また1つ、また1つと料理を口に運ぶ手が止まらない。
あっという間に1皿がなくなってしまった。
「おや、もう食べたのかい? よっぽどお腹が空いてたんだね。美味しかったかい?」
「うむ、美味であった」
アルクラドは立ち上がり、食事の代金を払う。
「まいどありっ。また来ておくれよ」
女主人の言葉を背に、アルクラドは店を後にした。
店を出たアルクラドは、そのまま町中を練り歩き、美味しそうな匂いを発している店を探しては、料理を食べ歩いていった。
そうやって何軒か回ったところで声をかけられた。
「あんた、何やってんだ。町を出たんじゃなかったのか?」
そこにはどこにでもいそうな、中庸で男女の区別がつきづらい顔立ちの者がいた。
「其方は、セラと言ったか。見ての通り、食事だ」
裏組織の仲介人セラは、初めて会った時の様なローブ姿ではなく、ごく普通の町人風の恰好をしていた。誰も彼女が裏社会に生きる人間だとは思わないだろう。
「そりゃ見りゃ分かるさ。何でまだ町にいるんだって聞いてるんだよ」
「うむ。この町に着いてから奴隷騒ぎ等があり、この町の料理を食せておらぬ。それ故、それらを食しているのだ」
アルクラドの答えにセラは呆れた様な目を向ける。
およそ化け物としか思えない力を持った人間が、のんきに飯の食べ歩きをしているのである。セラの様な反応をするのも無理はない。
「そうかい。まぁ好きにしな。邪魔したね」
下手に関わるのは止めようと、セラはすぐにその場から離れていった。ただお頭にはこの情報を伝えておこうと、アルクラドの別れの挨拶を聞きながら考えていた。
セラと別れた後、アルクラドは食べ歩きを再開し、その後、アルクラドは10軒近くの店を回った。その時には夜も更け、開いている店はほとんどなくなっていた。
まだまだ回るべき店があるだろうと、アルクラドは宿を取り町に滞在することにした。
その日の真夜中、アルクラドの泊まる宿にライカンが現れ、町に滞在するなら是非世話をさせて欲しいと頭を下げに来た。
アルクラドに世話をされる理由はないが、ライカンが必死に訴えるものだから、せっかくなので世話になろうと、翌日宿を引き払い組織の拠点へと向かった。
ライカンとしては畏敬の念に絶えないアルクラドであるが、何度も町で騒ぎを起こされてはたまらないと、半分監視目的で彼を拠点へと招いたのだ。
その後、ライカンの接待の下、アルクラドは4日ほど、コルトンの町の美味を堪能したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
閑話その2でした。
次回から4章に移りますが、私生活の関係で更新遅れる可能性があります。
出来るだけ早く更新再開できるよう頑張りますので、お待ちいただければと思います。
次回もよろしくお願いします。