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骨董魔族の放浪記 作者:蟒蛇

第3章

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情報収集

スレーブ商会を後にしたアルクラドは、これからどうするべきかと思案していた。

 スレーブの下に行き、話をつければ奴隷を解放してもらえると思っていた当てが外れてしまった。全く以て甘い見通しでしかないが、アルクラドは本気でそう考えていた。

 が、それについてどう思おうとも結果は変わらない。次の行動を起こす他ない、とアルクラドはギルドへ向かう。

 とにかく情報を集めなければならない。となればギルドに向かうのが手っ取り早い。

 冒険者は職業柄、様々な情報を持っている。そんな彼らが集まるのは当然、冒険者ギルドである。

 またギルドには酒場が併設されている。酒場には大勢の人が集まる。その多くは冒険者であるが、町の住人もそこにはいる。人が集まればそれだけ情報も集まる。

 つまり手っ取り早く情報を集めるには、ギルドに向かうのが一番というわけである。

 ギルドの中に入ると、いつもの様に視線が集中する。しかしその視線の多くは好意的なものだった。昼間、酒を奢ったのが効いているのだろう。

 時刻は夜も間近ということもあり、ギルドは多くの冒険者で溢れかえっていた。依頼の報告をする者、その報酬で酒盛りを始める者など、昼間とは大違いである。

 その大勢の中を、酒場の方へと歩いて行く。

 まだアルクラドを知らない冒険者は多いようで、やはり奇異の目を向ける者は多い。ミャールとニャールはその視線に怯えながらも、アルクラドに置いて行かれない様に早足で着いて行く。

「この町で、特に美味いものは何がある?」

 1つのテーブルに着き、給仕にそう尋ねる。

「そうだねぇ、鳥の油焼きは美味しいよ。ちょっと高いけど他じゃ食べられないと思うよ」

「では、その鳥の油焼きを3人分くれ。麦酒もだ」

「あいよ!」

 給仕にオススメを聞くと、アルクラドは値段も確認せずに注文をする。

「ご飯まで、いいんですか?」

 町への通行料に加え、食事の代金も支払って貰ったミャールは申し訳なさそうに呟く。

「要らぬのか? 腹が減っておらぬのならば我が全て食すが」

「いえ、お腹は……」

「お腹空いてる! 食べたい!」

 申し訳なさそうにする姉に対し、妹のニャールは素直に答える。

 朝は魚を食べたが、コルトンについてからはすぐにスレーブに会いに行ったため、昼食は食べていなかった。

 スレーブの商会で茶菓子を食べたが、緊張で食べた気などしなかっただろう。それに加え小さな菓子を数個だけだったので、余計に腹は空いてしまっている。

「はいよっ、お待ちどうさん!」

 そうこうしているうちに、給仕が料理を運んできた。

 運ばれてきたのは、こんがりと小麦色に焼かれた骨付きの鳥肉だった。給仕の話によれば、乾燥させて砕いた小麦を鳥肉にまぶし、大量の油の中で茹でるように焼いた料理らしい。

 3人は料理が運ばれてきた瞬間、同時に手を付ける。

 大きな肉に、大きく口を開けてかぶりつく。

 ただ焼いただけでは到底だせない、サクサク、カリカリの食感が真っ先にやって来る。それに続いて鳥の油の甘い香りと、パンを焼いた様な香ばしさが漂ってくる。

 骨から引き剥がした肉を噛みしめれば、果物を搾ったかの様に肉汁が溢れ出してくる。しっかり火を通すことで旨味が凝縮されたのか、濃厚なスープの様な味わいが口一杯に広がっていく。

 肉には塩とハーブで下味が付けられており、臭みは消え、肉本来の味わいが引き立てられていた。

 3人は夢中で肉に食らいついた。アルクラドだけは途中で麦酒を流し込む。

 泡のある麦酒は、この油焼きと良く合った。

 多くの冒険者が酒場でまず頼む酒が麦酒であり、アルクラドもそれに倣いまず始めに注文したのだが、油っぽいこの料理と相性抜群であった。

 3人はあっという間に料理を食べ終えた。

 代金は麦酒を合わせて、3人分でおよそ銀貨1枚。毎日食べるには高い金額であるが、初めて食べる美味しさにアルクラドは満足していた。

 腹も膨れたところで本来の目的である情報収集に移ろうかと思った時、1人の冒険者がアルクラドの下にやって来た。

「よう兄弟、やってるねぇ。昼間はありがとよ」

 鋭い目つきをした細身の男で、どこかずる賢い印象を受ける男だった。口ぶりから、昼間にアルクラドから酒を奢って貰った冒険者の1人の様だ。

「何をしに行ってたかは知らねぇが、スレーブ商会で成果はあったかい?」

 馴れ馴れしく話し掛けながら、何気ない様子でアルクラドのテーブルに着く男。手には酒の入った杯を持ち、頬には朱が差していた。

「何か用か?」

 男はアルクラドのことを覚えていても、アルクラドは男のことを覚えていない。見覚えのない人間に話し掛けられる理由もなく、面倒くさそうな雰囲気を出しながらアルクラドは問う。

「なぁに、この町の人間なら誰でも知ってる様な情報で、あれだけ酒を奢ってくれたんだ。スレーブ商会にどんな用事があったのか、気になってよ」

 良かったら教えてくれよ、と男はアルクラドへ椅子を寄せる。

「……この娘らの家族が盗賊に攫われ、スレーブという男に売られたと聞いた。其の者達を解放するように言う為、彼奴の下へ行ったのだ」

 男に自分の目的を伝える必要は感じられなかったが、現状、ミャール達の家族を救う手がかりがないのも事実。男から何か情報が得られやしないかと考えたのだ。

「スレーブ商会が奴隷を……あいつらなら盗賊から買ってても不思議じゃねぇけどな」

 男は曰く、スレーブ商会には非合法奴隷の売買の噂も、一部では本当ではないかと言われている様だった。

「だが、彼奴は奴隷は買っていないと言っていた。別に奴隷を買った者がいるのだろう」

「連中なら平気で嘘を吐くだろうぜ。きっと商会とは別の場所に隠してるんだ」

「だがスレーブは買っていないと言っていた。何故、嘘を吐く?」

「そんなの本当のことを話したら拙いからに決まってるじゃねぇか。非合法奴隷はヤベぇからな」

 男は酔っているからかアルクラドの言葉に違和感を持つことなく話を続ける。男曰く、人の尊厳を奪う行為は許されざる行為で、奴隷目的の人攫いはその最たるもの。かなり重い罰が下されるのだと言う。

「けど、正面から行ってもまともに取り合ってくれねぇだろうな。どうせなら実際に動いてる裏を押さえねぇと」

「裏とは、どういう事だ?」

 男の口から気になる言葉が飛び出し、アルクラドは思わず食いつく。

「裏ってたら裏社会のことよ。この町にも貧しい奴らが住んでる地区があってな、そこを根城にしてる悪い奴らがいるんだよ。違法行為はそういう奴らが実際にやってるんだよ」

「其奴らは何処にいる?」

 実際に違法行為を実行している者達がいる。それはアルクラドにとって大きな情報だった。その居場所が分かればミャール達の家族を助けるまでの道のりが大きく短縮されるだろう。

「さぁな。貧困地区は町の北東側にあるけど、裏の奴らの居場所は分からねぇ。けどそのどこかにはいるって話だぜ」

 それから男は、どうでもいい話をアルクラドに話し続けようとした。

 しかしアルクラドは、情報提供の礼だけを述べ、男が話し続けているにも関わらず席を立ち、酒場を後にした。

 次の行動が決まった。

 しかし既に陽は落ち、夜になっていた。人間ヒューマスはもう休む時間である。

 アルクラドはミャールとニャールを連れて、今晩の宿を探しに向かった。


 翌日、3人は揃いの真っ黒な出で立ちで、貧困地区である町の北東へと向かっていた。

 昨日までボロボロのみすぼらしい服を着ていたミャールとニャールだが、「奴隷じゃないならもっとまともな服装をさせるべきだ」と言う宿屋の人間の言葉に従い、アルクラドが用意したものだ。

 宿で湯浴みをし身体の汚れを落とした後、町を歩く女性の服装を参考にアルクラドが魔力で創り出したものだ。

 今までは身なりの良い麗人がみすぼらしい恰好の獣人ビースツを連れていることで目立っていたが、今度は黒ずくめの3人組ということで注目を集めることになってしまった。

 そんな注目に晒されながらも、2人の少女は満足げだった。

 アルクラドが創り出したのは、絹よりも滑らかな肌触りで、丈夫なのに軽い布地だった。更にアルクラドが2人のために創り出したもので、寸法に少しの狂いもなく着心地は抜群だった。

 今まで着たことのない上等な服の着心地に酔いしれる2人を連れ歩くこと1刻弱。3人はコルトンの貧困地区に到着した。

 貧困地区は、古い建物が建ち並ぶ陰気くさい場所だった。

 外壁はボロボロで所々に穴が開き、屋根も剥がれ申し訳程度に木の板で蓋がしてある。そんな家がいくつもあった。

 地面にはゴミが多く落ちており、腐った食べ物が捨てられているところもあり、空気自体が町の中心部と異なっていた。

 そこを歩く人間は多くが痩せており、ボロボロの布きれの様な服を着ていた。

 世界が違う。

 そう思わせるほど、同じ町の中でも生活に大きな落差があった。

 誰もが近寄るのを躊躇うような光景に、事実、ミャールとニャールは、今からここに行くのかと憂鬱な気分になっていた。

 しかしアルクラドは何の気負いもなく、どんどん貧困地区に足を踏み入れていく。

 町中よりも鋭い視線が3人に突き刺さる。

 貧困地区は、外部の人間が近づくことが稀な為、独特かつ限定的な交友関係が築かれている。その日を暮らすのが精一杯であるため、親しい仲間以外は同じ地区にいても警戒すべき相手なのである。

 しかしそれよりも外部の人間は警戒すべき相手なのだ。

 大なり小なり罪を犯している自分達を捕らえに来た官憲か、それとも奴隷を探しに来た人攫いか。

 相手の正体はともかく、何かと目の敵にされやすいこの地区の住人達は、よそ者に敏感なのである。

 そこへ来て、揃いの真っ黒な衣服に身を包んだ3人組。恐ろしく整った顔立ちの男とも女ともつかぬ長身の麗人と、怯えの表情を浮かべた猫人族キャッツの少女が2人。

 明らかに普通ではなく、どこを歩いていても注目されるであろう3人が、貧困地区で警戒されないはずがなかった。

 そんな視線をものともせず、アルクラドは貧困地区の奥へと進んでいく。

 その間に目に映る者達を観察していく。

 皆、ボロボロの衣服を纏い、不審と怯えを含んだ目でアルクラド達を見つめている。また湯浴みや水浴びもまともにしていないのか、アルクラドの鋭い鼻に酷い悪臭が漂ってきていた。

 彼らは裏の組織の関係者ではないだろう、とアルクラドは判断した。

 その組織は奴隷を買おうとしたのである。ミャール達を攫った男の言葉を信じれば、猫人族キャッツの奴隷は高いのだ。そんな高い買い物をしようとする者が、貧困者と同じボロボロの衣服を着ているはずがないと考えたのだ。その為、少しはまともな恰好をした人間をアルクラドは探していく。

 そうして貧困地区を歩き回っていると、3人の男達が道を塞ぐ様にアルクラド達の前に立ちはだかった。

「よう兄ちゃん、見ねぇ顔だな」

「ここらはガキを連れて歩く場所じゃねぇぜ」

「良かったら、俺らが安全な場所まで連れて行ってやるぜ」

 それぞれが剣や斧を腰に下げた大柄な男達。衣服の汚れは目立つが、服装自体はまともでどこか冒険者然とした雰囲気が漂っている。ボロ布を纏った者達とは明らかに違う者達だった。

「護衛は不要だ。其方らに聞きたい。奴隷を売買している者に心当たりはないか?」

 町に溢れているボロボロの恰好の者よりは有益な情報が得られそうだと、アルクラドは質問する。が、アルクラド達を襲う気満々のチンピラ達がまともに答えるはずもない。

「そんなこと知ってどうするっていうんだ?」

「奴隷になりゃ、そいつに会えるぜ。痛い目見たくなけりゃ、大人しくしてな」

 チンピラはアルクラド達を捕らえ奴隷にするようで、それぞれが武器を構え脅しをかけてくる。

「どうやら心当たりがある様だな。其奴らは何処にいる? 案内しろ」

 アルクラドは脅しに怯える様子もなく、再び男達に尋ねる。しかしその態度が気に障ったのか、男達は激昂する。

「てめぇ、余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!」

「自分がどうなるか分かってねぇんじゃねぇか?!」

 大人しくしていれば無傷で捕らえるつもりのチンピラ達だが、少し痛めつけてやろうとアルクラドに殴りかかる。

 アルクラドはそのうちの1人の腕を掴み、木の棒でも振るうかの様に男を振り回す。人間を武器にすることは殆どないが、その重さだけで充分な武器になる。更に殴られた方も武器にされた方も、両方が痛みと衝撃で動けなくなる。相手を無力化するのに、一挙両得の手段であった。

 仲間の男で殴り飛ばされたチンピラと、武器にされたチンピラは、抵抗する間もなく地面に転がされた。そしてその中の1人に、聖銀の剣を突き付けるアルクラド。

 冷たい輝きを放つ切っ先を、男は冷や汗を流しながら黙って見つめている。

「今一度問おう。奴隷の売買を行っている者は何処にいる? 素直に言えば殺しはしない」

 人間を軽々と持ち上げる怪力、感情の読めない平坦な声、虫けらを見る様な冷たい目。それらに男は完全にすくみ上がってしまっていた。それでも何とか声を絞り出す。

「セ、セラって奴が奴隷の売買の仲介をやってる。北の古びた教会を根城にしてる。行けば会えるはずだ」

 チンピラからとても有力な情報が得られた。奴隷売買の仲介人の情報だ。

「セラという者だな。どの様な恰好をしている?」

「いつも頭からローブを被ってるから顔は分からねぇ。小柄で、声も男にしちゃ少し高ぇ。もしかしたら女かも知れねぇが、正直よく分からねぇ」

 ローブを被った、小柄の男か女か分からない者。そんなどこにでも居そうな者の情報など、あってないようなものだった。だが、名前を居場所が分かっただけでも充分だと、アルクラドは思うことにした。

「そうか。ではその教会へ行くとしよう」

 剣を収め北を向くアルクラド。

 それを見て殺されないで済むと安堵した男は、慌ててアルクラドを呼び止める。

「お、俺達から聞いたってことは言わねぇでくれよ!」

 仲介人の情報を漏らしたと知られれば、殺されてしまう。もしくは死ぬよりも辛い目に遭わされてしまう。だから黙っていてくれと、男達は懇願する。

「分かった。其方らから聞いたことは秘密にしよう」

 首だけを男達に向けて、そう約束するアルクラド。すぐに前を向き歩き出す。

 その後ろから、安堵の溜息が3つ聞こえてきた。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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