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骨董魔族の放浪記 作者:蟒蛇

第3章

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スレーブ商会の主

 階段からゆっくりと降りてくる1人の男。

 表面上は優しげな笑みを浮かべつつも、細められた目からは鋭い視線が注がれている。その先には、言い争う2人の男の姿。

 1人は良く知った従業員の男。

 もう1人は全身黒ずくめの作り物めいた美貌を持つ人物。傍らには猫人族キャッツの少女が2人。

「サーバン。一体何の騒ぎだ?」

 男は、部下の男に問いかける。

「はっ、この者が会頭に会わせろと……」

 サーバンと呼ばれた男は、アルクラドから視線を切り、男に向かって頭を下げる。

 その様子を見ていたアルクラドは、この男がスレーブなのだと判断する。

「其方がスレーブとやらか?」

 アルクラドはサーバンを押しのけ、階下から男に問う。

「いかにも私がスレーブだが、貴方は?」

 アルクラドの問いに、彼は表情を崩さず応える。

「我はアルクラド。其方が盗賊から買った猫人族キャッツの奴隷について話しに来た」

 アルクラドの言い方は、変わらず配慮の欠片もない。スレーブは少しだけ眉を動かしたが、平静を装い応える。

「ふむ……何のことか分かりかねるが、この様な場所で話すことではないな。部屋を用意しよう。こちらへ」

 スレーブは傍の部下に部屋を用意する様に伝え、アルクラドを招く。

「往くぞ」

 アルクラドは、ミャールとニャールを促し、スレーブの後に続く。

 階段を昇り2階へ上がると、1階と違い豪華な造りになっていた。

「この階は、貴族の方々をお通しする所でね。本来、君達冒険者は入れない場所だ」

 スレーブはアルクラド達を先導しながら、後ろを振り向かずに言う。

 彼の言う通り貴族様の階らしく、壁には絵画が掛けられ、通路の脇には質の高い調度品が置かれている。そこから商会を訪れた貴族と話を広げたりするのだろうが、アルクラドはその方面に造詣が深いわけでもなく興味もないため、一瞥をくれることもない。

 やがて廊下の奥まった所にある部屋に着いた。

 スレーブの部下が部屋の扉を開ける。

 スレーブが部屋に入り、アルクラド達もそれに続く。

「掛けたまえ。すぐに茶を用意しよう」

 部屋の中央には商談で使うのか、しっかりとした造りの木製のテーブルと椅子が置かれていた。座面や背もたれは革張りで、太く重厚に作られた脚や肘掛には上品な艶があった。

 庶民であれば気後れする様な豪華な椅子に、アルクラドは無造作に座る。

 深く腰掛け背にもたれ、組んだ足の上で手を組み、ふんぞり返っている。一介の冒険者とは思えない、堂々とした姿だった。

 そんなアルクラドの堂々とした振る舞いを、スレーブは油断なく観察していた。彼は職業柄、貴族から庶民まで様々な人間と接してきた。その中で、こうも堂々とした人間は珍しいことだった。

 スレーブはコルトンの町で一番の商会の主である。貴族の血筋ではないものの、財力という大きな力を持っている。

 庶民は勿論、生半可な貴族でさえ、スレーブの財力には及ばず、彼の商会に対して強く出ることは出来ない。また彼自身、いくつもの修羅場を乗り越えてきた男であり、練達の戦士に似た雰囲気を纏っている。

 それらが相まって、多くの人間は、委縮するか、ある種の緊張を持ってスレーブに対するのである。しかしそれがアルクラドにはない。

 よほどの権力者であるか、或いは相当な実力者であるか。どちらにしても油断できない相手だと、スレーブは考えた。

 さぁ、どう話を切り出してくるか。そう身構えるスレーブに対するアルクラドの第一声は、予想外のものだった。

「この娘らの椅子はないのか?」

「なに……?」

 スレーブにとって考えもしなかった言葉が飛んできたため、彼はただ疑問を返すことしか出来なかった。

「奴隷など、立たせておけばいいだろう」

 が、すぐに平静を取り戻し、アルクラドに応える。

 ミャールとニャールは、ボロボロのみすぼらしい恰好をしており、2人はアルクラドの奴隷であると、スレーブは思っていた。であれば、わざわざ奴隷に椅子を用意する必要もない。さらに言えば、薄汚い奴隷が座って、椅子を汚されたくもなかった。

 故に、立たせておけ、とごく当たり前に答えたのだ。

 しかしそこに更に予想外の言葉が返ってくる。

「この娘らは我の奴隷ではない。我の依頼主だ。其方が我らを招いたのだ。我の様に、この娘らにも椅子を用意するのが当然なのではないか?」

 淡々と答えるアルクラドに、スレーブは怯えに似た感情を抱いた。スレーブ商会の主たる自分に向かって、真っ向から意見をぶつける胆力に驚いた。更に淡々とした話しぶりからは、怒りや憤りを抑えている様に感じられた。

 だが実の所、アルクラドは自身の感じた疑問を、まさに淡々と口にしたにすぎない。幼い少女に椅子を出さないことに怒ったわけでもなく、自分の傍で立つ2人に申し訳なさを感じたわけでもない。

 ただ客として招かれた3人の中で、扱いに差があるのは何故なのか。

 それを聞いただけなのである。

 が、結果としてはスレーブに対する牽制となったわけである。

「……すぐに用意させよう」

 スレーブとしては不服であったが、ミャール達に椅子を用意することにした。

 それからすぐに、茶菓子が運ばれてきたが、当然、スレーブとアルクラドの2人分しか用意されていなかった。

「茶も、この娘らの分はないのか?」

 椅子の時と同じ様にアルクラドは、スレーブに尋ねる。

「……すぐに用意させよう」

 スレーブは先程と同じ言葉を口にした。

 何故かアルクラドの言葉を突き返せない、自分に苛立ちを覚えながら。


 ミャール達の椅子と茶菓子が用意されたところで、ようやく話し合いが始まろうとしていた。

 2人の茶菓子が用意されるまでの間、アルクラドは自分の分の菓子に舌鼓を打っていた。貴族用というわけではないが、そこそこ高い菓子であり、味も相応に良かった。

 小麦と卵を練って焼き上げたものに、ハチミツで甘味を付けた菓子は高く、庶民では手が出ない代物であった。1階でも販売されている様だが、実質、貴族や上流向けの商品であった。

「味が気に入ったのであれば、下で買っていくといい。うちの自慢の品だ」

 価格は何と1枚で銀貨1枚。更にそれが10枚1組になっているため、大銀貨1枚が必要になってくる。

「そうか。今は持ち合わせがないが、1つ買っていくとしよう」

 そう言ってアルクラドは、大銀貨を1枚、テーブルの上に置く。

 何気なしに置かれた大銀貨を、スレーブはついマジマジと見てしまう。

 冒険者といえども余程高い階級の者でなければ、大銀貨を軽々と出すことは出来ない。スレーブもアルクラドが大銀貨を出せないだろうと思い、嫌味のつもりで菓子の購入を勧めたのだ。

 それなのにアルクラドが簡単に大銀貨を出してしまった。

 現在、大銀貨1枚は、アルクラドの全財産の半分以上にあたる。普通の冒険者であれば、そんな大金を少しの菓子の為に出したりはしない。

 しかしアルクラドは普通ではない。例え全財産がなくなったとしても、美味しいと思ったものには金を使う。それがアルクラドである。

「……是非とも贔屓にしてくれ給え。さて、そろそろ本題に入ろうか」

 スレーブがそう絞り出す様に言った時、ちょうど部屋にミャール達の茶菓子が運ばれてきた。それを契機にスレーブは話を戻す。アルクラドの来訪の目的を聞くためにこの部屋に彼を招いたのだから。

「では改めて互いに名乗るところから始めよう。私はスレーブ=マスタ。このスレーブ商会の主だ」

「我はアルクラド。6級の冒険者である」

 スレーブの名乗りに堂々と応えるアルクラド。

 6級冒険者。一人前の冒険者ではるが、一流の冒険者とは言い難い。アルクラドの中途半端な階級に、スレーブは別の意味で驚く。6級程度でこれほど尊大な態度を取るのかと。

 アルクラドの肩書きが大したものではなかったことで、スレーブは削がれていた気力を取り戻した。

「それで、私に何の用だ? 奴隷がどうと言っていたが」

「うむ。其方が盗賊から買った猫人族キャッツの奴隷を解放しろ。それを伝えに来た」

 アルクラドの言葉に、スレーブは何の反応も示さず、ただ目を見返している。

「おかしなことを言う。私は奴隷を買っていないし、そもそも私の商会は奴隷を扱っていない。盗賊から奴隷を買うことも違法だし、何にことかさっぱり分からん」

「だが、この娘らを攫った男が、コルトンの町のスレーブという商人に売る、と言っていた。それは其方の事であろう?」

 アルクラドは首を傾げながら尋ねる。盗賊とスレーブの言葉が、それぞれ異なるのは何故なのか、と。

「それほど珍しい名前でもない。他に私と同じ名前の商人がいるのかも知れない」

「コルトンの町で一番の商人とも言っていた」

「それであれば、私のことかも知れんな」

「であれば、奴隷を買ったのは其方だ。其の者達は何処だ?」

 奴隷を買ったというアルクラドに、買っていないというスレーブ。2人の言葉は互いに、一向に交わらない。

「だが、私も、私の商会も奴隷を買ってはいない。そもそもその盗賊の言葉は本当なのか?」

「無論だ。何故、嘘を吐く必要がある」

「盗賊とは嘘を吐く生き物だ。理由などないだろう」

「彼奴には真実を話せと言った。そもそも嘘を吐く理由などないだろう」

 盗賊の言葉が嘘だと言い張るスレーブに対し、首を傾げるアルクラド。2人の話が食い違う以上どちらかが嘘を吐いていることになるか、何故嘘を吐くのか。その理由が分からない。

 対するスレーブもアルクラドに違和感を覚えていた。まるで嘘を吐く者などいない、という前提で話を進めている雰囲気がある。

 嘘など生きていれば大なり小なり誰でも吐く。自分を良く見せるため、罪から逃れるためなど、嘘を吐く理由などいくらでもある。

「ともかく私は奴隷を買ってなどいない。仮にその盗賊共が我が商会に奴隷を売るつもりだったとしても、買うことはなかっただろう。もう良いか? 私も暇ではないのだ」

 あくまでも奴隷を買っていないと言うスレーブ。その言葉にアルクラドは困ってしまう。

 盗賊がスレーブに売ったと言ったからには、この男が奴隷を買ったのである。それが真実であると思って商会へとやって来た。しかしその張本人が買っていないという。

「其方ではないか……では、其方ではない商人スレーブを探すとしよう」

 困り果てたアルクラドはスレーブへの追求を諦める。彼が買っていないと言った以上それも事実であり、同じ名前の別人がいるのだろうと考えた。

「うむ。私も盗賊による非合法奴隷は許せないと考えている。こちらでも少し調べてみよう。いつでも情報を聞きに来てくれて構わない」

 アルクラドの追求が終わったからか、スレーブはホッとした様にそう告げる。

「その時は、よろしく頼む。だが、最後に幾つか聞きたい事がある」

「何だね?」

 最後の質問への対応も機嫌が良さそうだ。

「奴隷の話を始めてから、何故、其方の心の臓はそれほど速く脈打っているのだ?」

 息が止まった。

「今も一際大きく脈打ったな。人は驚く時そうなると聞くが、其方は何をそれほど驚いているのだ?」

 有り得ない。

 スレーブは自身の心の中を読まれた気分だった。

 話し合いが始まってからは動揺を読まれない様に、努めて平静を保っていた。百戦錬磨の商人であるスレーブにとって、表情を操ることは容易い。バレるはずがないと思っていた。しかしバレた。

「……一体何のことだ?」

 言葉が詰まることも震えることもなく言い切った。が、そのために答えるためにたっぷりの沈黙を要した。

「言葉通りの意味だ。我は耳が良い。其方の鼓動の音が今もはっきり聞こえておる」

 スレーブは冷や汗が流れるのを感じた。

 獣人ビースツなど耳の良い種族は多くいる。見た目は人間ヒューマスでも、その血が流れていれば見た目以上の聴力を有していても不思議ではない。

「……持病だ。じっとしていても突然、鼓動が速くなるのだ」

 絞り出せたのは苦し紛れの嘘。

 が、アルクラドはそれをあっさりと信じた。

「その様な病があるのか。後もう1つ。何故、壁の向こうに武器を持った者達がおるのだ?」

 スレーブは息を飲んだ。同時に壁の奥から身じろぎをする音が、アルクラドの耳に届いた。

「今も鼓動が大きくなった。壁の者達も驚いている様だな。まさか、隠れていたつもりであったか?」

 壁の裏側には、いざという時の為の戦力を隠していた。この部屋は通常とは違う商談で使用する為、中の人間に分からない様に隠れる場所が多く存在していた。

「いざという時の為の、私の護衛だ」

 表向きは護衛として雇っているため、あながち嘘ではなかった。

「護衛であれば、同じ部屋の中におる方が護りやすいであろう」

「大勢の護衛は相手を威圧してしまう。またこちらを害しようとするものも、護衛がいては事を起こさない。その人となりを見るためにも、彼らは潜ませている」

 彼らが潜む本来の目的とは違うが、そういった使い方もあるのは事実。実際に、無防備だと思わせ凶行を起こさせたこともあったため、スラスラと言葉は出てきた。

「なるほど。商人というのも大変であるな」

 これもあっさりと信じたアルクラド。その様子にスレーブは心底ホッとしている。

「楽な仕事ではないのは確かだ。その分やりがいも大きいが。さて、もういいかね?」

「うむ、時間を取らせたな。菓子を貰って帰るとしよう」

 そう言い合って同時に立ち上がる2人。菓子のことなど忘れていたスレーブだが、アルクラドはしっかりと覚えていた。

「帰ってからゆっくりと楽しんでくれ給え。彼を下へ。1つ包んで差し上げろ」

 アルクラドに微笑みかけるスレーブは、手で扉を指しながら部下に見送りを命じる。

 アルクラド達は従業員の先導に従い、部屋を後にする。1階に降り、菓子を持って帰るのも忘れない。

 アルクラドが部屋を出た後、椅子に座り込んだスレーブは、漏れそうになった溜息をグッと押し殺した。

 まだ聞かれてしまうかもしれない。

 そう思うと、息つくことも出来ないスレーブであった。

お読みいただきありがとうございます。

いつも、評価にブックマーク、ありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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