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骨董魔族の放浪記 作者:蟒蛇

第3章

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コルトンの町へ

 ミャール達、猫人族キャッツの集落を襲った盗賊の男は、アルクラドの長い拷問からようやく解放された。が、余りにも無慈悲な責め苦によって男の心は崩壊寸前であり、殺してくれと懇願を繰り返す様になってしまっていた。

 そんな男から何とか攫った猫人族キャッツの居場所を聞き出ししたアルクラドは、男の首を刎ね、ミャール達の下へ向かう。

「ミャール、ニャールよ。其方らの家族の居場所が分かったぞ」

 集落の隅で、物陰に隠れる様にしていた2人が姿を現す。

「其方らの家族は、コルトンの町へ向かっている様だ。そこでスレーブという男に売られる予定らしい。既に売られたのか、まだなのかは分からぬがな」

 アルクラドの言葉を聞き、揃って落胆の表情を見せる2人。家族が捕らえられたということが事実だと判明してしまった。奴隷として売られた家族のこれからを思うと、自然と表情は暗くなってしまう。

「コルトンの町へ往くぞ」

 そんな2人に、立つように促すアルクラド。そんな彼を不思議そうに見上げるミャール。

 もう家族は売られてしまった、もしくは売られたも同然である。アルクラドに家族の救出を依頼はしたが、売られた奴隷を全て買い集め、助けるなど出来ない。そうミャールは考えていた。

「どうした? 往かねば家族を助けられぬぞ」

 一向に歩き出そうとしないミャールに、アルクラドは問いかける。

「皆を、助けてくれるんですか……?」

 まさかアルクラド本人の口から、家族を助けるという言葉が出てくるとは思ってもいなかったミャール。驚きで表情が固まっている。

「無論だ。我は言葉は違えぬ。依頼を受け、其方らの家族を助ける、と言ったのだ。故に助ける」

 アルクラドは言葉を違えない。そこには善悪もなく、他者の意志の介入の余地もない。善いことであれ悪いことであれ、他者が望むに関わらず、口にしたことは必ず行う。

 故に。

 殺すと言えば、必ず殺す。

 助けると言えば、必ず助ける。

「もし既に売られており、コルトンから別の町へ移ったとなれば面倒だ。急ぐぞ」

 返事も聞かぬまま、アルクラドは2人を脇に抱える。

 猫人族キャッツの集落は分からなかったが、コルトンの場所は把握している。今度は誰かの案内など必要なく、自分の思う様に進むことが出来る。

 アルクラドは先ほどよりも速い速度で、コルトンの町へと駆けだした。

 その余りの速さに、猫人族キャッツの少女2人は、力の限り叫ぶのであった。


 コルトンの町へ着いたアルクラドは、すぐさまギルドに向かい、依頼の完了報告を済ませた。

 町の門をくぐる際、身分証明の出来ないミャールとニャールは、ただでは町に入ることが出来なかった。かつてアルクラドも経験した様に、門をくぐるための通行料が必要であった。

 持ち合わせのなかったアルクラドは、2人分の通行料を支払うことが出来ず、大急ぎで依頼の報酬を受け取りに行ったというわけである。

 依頼の報酬は、オーク20体と、上位種2体、合わせて大銀貨3枚。オークが1体につき銀貨1枚だったのに対し、上位種は1体につき銀貨5枚が支払われた。

 これでミャール達の通行料問題は解決したも同然であり、アルクラドは門へ戻り、2人を町の中に招き入れたのである。

「アルクラドさん、すみません……私達の通行料を払ってもらって……」

 町に入った後、ミャールはアルクラドに対しずっと申し訳なさそうにしていた。通行料の銀貨1枚は、庶民にとっては中々の金額だ。田舎の方ともなれば、銀貨1枚で家族が数日は暮らせる。田舎よりも更に田舎に住むミャールにとってはかなりの大金だ。

 ちなみにニャールは初めて訪れる町に興味津々で、あちらこちらに視線を彷徨わせている。

「気にするな。依頼の為に必要な金だ。其方らに何かあれば、依頼達成にならぬからな」

 アルクラドは、ミャール達の家族を救出し彼女達と会わせることで、依頼達成であると考えている。その為、彼女達が再び攫われたりしては困ると考えている。それを回避するには、手元で護るのが一番確実なのであった。

「本当に、ありがとうございます」

 そんなアルクラドにミャールは深々と頭を下げ礼を述べた。

「ギルドへ向かう。2人共、我の傍を離れるな」

 アルクラドは2人を連れ、ギルドへ向かう。

 情報収集の為だ。

 ギルドに着くと、アルクラド達に視線が突き刺さる。

 いつものことではあるが、ミャール達は屈強な男達の視線に怯えの様子を見せていた。

 普段であればすぐに視線は散っていくが、今回はそうはいかなかった。

 ただでさえ目立つアルクラドが、猫人族キャッツの少女を2人、連れているのだ。それも明らかにまともな扱いを受けていないと分かる、ボロボロの薄汚い格好の少女達を。

 当然、下衆の勘ぐりをし、アルクラドに絡んでくる者も出てくる。

「兄ちゃん、猫の奴隷2匹とは中々豪勢だな。だがちょっとガキ過ぎねぇか?」

「あんたの顔なら、女は黙ってても寄ってくるだろうに、人に言えない性癖でもあるのか?」

 酒で顔を赤くした男が2人、アルクラドに絡んでいく。

 それを見て、ギルドの中にいたいくらかの冒険者が顔を青くする。先日の、アルクラドの一悶着を回りで見ていた者達だ。

 コルトンの町でも実力派として知られる冒険者のパーティーに1人で勝利したアルクラドは、ちょっとした噂になっていた。あいつに手を出すのは拙い、と。

 しかしこの2人の冒険者はその噂を知らず、一見すると強そうに見えないアルクラドに威勢良く絡んでいったのだ。

 多くの場合、この様な状況はケンカへと発展する。冒険者は度胸がものをいう仕事でもあり、臆病者はバカにされる。ケンカを売られて穏便にやり過ごすなど、冒険者としての矜持が許さないのだ。

 しかしアルクラドの場合、別の意味でケンカには発展しない。アルクラドにとって、格下も格下の相手の言葉に気を留める意味は全くない。実際に害されれば話は別だが、そうでなければ無視をするだけである。

 それ故、アルクラドは男達に一瞥をくれることもなく、その傍を通り過ぎる。

 そのままギルドに併設された酒場に向かい、そのカウンターに1枚の硬貨を置く。

 大銀貨1枚。

 コンっ、と木と金属のぶつかる音がギルド内に響く。 

 冒険者達の意識がそれに集まったのを感じ、アルクラドは彼らに向き直る。

「この金で、好きなだけ酒を飲め。その代わり、スレーブという男について、知っている事を話せ」

 一瞬の沈黙の後、沸き立つギルド。

 時刻は昼鐘時。

 多くの冒険者は依頼の最中であり、ギルドにたむろしている人間の数はそれほど多くない。大銀貨が1枚あれば、充分な量の酒が飲める。

 アルクラドに無視をされ、今にも怒りだしそうだった男達も、タダ酒が飲めると聞いて、喜色を浮かべる。

 冒険者達はカウンターに群がり、口々に礼と情報を告げていく。

 曰く、スレーブは町で一番の商会の主である。

 曰く、公明正大な好人物である。

 曰く、町の中で強い発言権を持つ男である。

 曰く、町の外に繋がりを持つ男である。

 曰く、後ろ暗い噂のある男である。

 曰く、法に捌かれる様な男ではない。

 など、色々な情報がアルクラドにもたらされた。

 それを聞きながら、アルクラドは内心で、これほど上手くいくとは、と驚いていた。

 かつて、フィサンの町を拠点に活動する冒険者と酒を酌み交わした際、酒を奢り情報を聞き出す手法を教えてもらっていた。情報の確度はともかく数は集まると。

 アルクラドは、スレーブという男の人柄や性格などには興味がなかった。必要な情報は、彼がどこにいるか、ということだけだった。

 その点だけで考えれば、町の商業区の大通りに面したスレーブ商会にスレーブは居る、という間違いない情報を得ることが出来た。

 アルクラドは満足げに頷くと、ミャールとニャールを連れて、騒がしいギルドを後にした。


 ギルドを出たアルクラドは、すぐさまスレーブが営む商会へと足を運んでいた。町の東側にある商業区、その大通りに面した大きな建物が、スレーブ商会の拠点とも言える建物だった。

 建物の幅も高さも近くの建物の優に倍はあり、商会の成功を物語っている。

 集めた情報によると、利用者の多くは庶民や冒険者だが、貴族など上流階級の人間も訪れることがあるようだった。

 一見、豪奢には見えない扉をくぐり、アルクラドは商会の中へ足を踏み入れる。

 中は商品を販売する店舗としての空間となっていた。

 壁に取り付けられた棚や中央に置かれた大きなテーブルの上には、所狭しと商品が並べられている。

 奥には上へ続く階段が見えるが、自由に昇ることは出来ないのか、衝立が置かれ傍には警備の人間が立っていた。

 商品を物色するのは冒険者や町人らしき者達だったが、総じて身なりはまともで、ある程度は金を持っていそうな様子だった。

 アルクラドは周りを見渡し、商会側の人間を探す。が、アルクラドにはその判別が付かなかった。なので素直に尋ねることにした。

「ここの商会の者はいるか? スレーブという男が買った奴隷について話がある」

 アルクラドの配慮の欠片もない言葉に、商会内にざわめきが走る。

 公明正大で知られる人物が奴隷を買った。その事を彼が営む店の中で口にする。嘘か真かに関わらず、それがどの様な影響を及ぼすのかアルクラドは分からない。考えもしない。

 小さいくせに良く通るその声は、店の中の全員の耳に届いた。

 動揺する客達をよそに、焦ったのは商会の従業員達である。

 全身真っ黒という奇天烈な恰好をした男か女か分からない奴が、おかしなことを言い出したと、慌ててアルクラドの下へ駆け寄って来た。

 一番にアルクラドの傍にやってきたのは、しわのない上等な服を見事に着こなした壮年の男性であった。

「お客様。その様な嘘を言われては困ります。撤回を」

 丁寧な口調ながら、有無を言わせぬ気迫を込めて男は言う。

「嘘ではない。スレーブという男はいるか? 会わせろ」

 もちろんアルクラドは取り合うことなく、淡々と要求を突き付ける。

「どこの誰とも分からぬ方を会頭に会わせるわけには行きません。お引き取りを」

 しかし男も素直に要求に応じることはなく、毅然とした態度でアルクラドに応じる。この様な対応に慣れているのだろう。

「安心しろ。大人しく奴隷を解放すれば危害は加えぬ」

 この言葉に安心など出来るはずもない。要求に応じれば何もしないとは、裏を返せば、要求に応じなければ何かする、ということなのだから。

「ともかく我が商会は、奴隷など買っていません。その様な根も葉もない嘘を触れ回るのは止めて頂きたい」

「嘘ではない。奴隷を売った盗賊本人から、スレーブという名を聞いたのだからな」

「その様なこと、盗賊の戯れ言でしょう。我々が買った証拠にはなりません」

「戯れ言なものか。あの男には間違いなく真実を語らせた」

 2人はやった、やってないの押し問答を繰り返す。

 店の風評被害に繋がりかねない為、壮年の男は出来るだけ早くこの話を切り上げたかった。しかしアルクラドは一向に話を切り上げる様子はなく、お互いに舌戦が過熱していく。

「全く、埒が明かぬな」

 それはこっちの台詞だ、という言葉を、男は何とか飲み込んだ。

 アルクラドにも徐々に苛立ちが募ってきていた。

 何故、事実を認めないのか、と。

 嘘を言わぬ彼にとって、たとえそれが盗賊の言葉であろうとも、口にした以上は事実なのである。それを何かと理由を付けて、事実ではないと言う。それがアルクラドには分からないのであった。

「とにかくスレーブとやらに会わせろ。奴隷について話があるのは、お前ではなく其奴だ」

「何度も申しておりますが、会頭に危害を加える者を会わせるわけにはいきません」

「素直に奴隷を解放すれば、危害は加えぬと言っておるであろう」

 結局は、再び押し問答に戻ってしまった。

 壮年の男は気付いていない。

 話を切り上げようとして、逆に自分が熱くなり、話が周りに広がってしまっていることを。主である会頭のスレーブの耳に届くほど、話が広がっていることに。

 アルクラドは気付いていない。

 暴力にものを言わせれば早いものの、騒ぎを大きくしないために言葉を重ねることが、かえって話を大きくしていることに。それがスレーブを引っ張り出す結果になっていることに。

 そのことに、2人の男は気付いていない。

「何事だ、騒々しい」

 上階へ続く階段の上から、声が降りてきた。

 恰幅の良い中年男性が、階段の上から店の中を見下ろしていた。

 顔や身体は全体的に丸みを帯び、人当たりの良さそうな柔和な雰囲気を醸し出している男だった。しかしその目は笑っておらず、険呑な光が差していた。

「会頭……」

 壮年の男が呟く。

 その男が、コルトンの町で一番大きな商会の長たる男、スレーブであった。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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