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骨董魔族の放浪記 作者:蟒蛇

第3章

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家族の行方

 ミャールとニャールを攫った盗賊の1人と対峙するアルクラド。その前に立つ男の顔には、驚愕の表情が張り付いていた。

 それもそのはず、彼はアルクラドの前から逃げた後、一直線でこの集落に馬を走らせたのだ。生身の人間が、それも獣人とはいえ子供を2人連れた状態で、馬より速く動けるわけがない。

「何でてめぇらがここにいるんだよ!? こっちは馬だぞ!?」

「そんな事はどうでもよい。この集落の者達を解放しろ」

 盗賊の動揺にもアルクラドは取り合わない。ただ攫った者を返せと、要求を突き付ける。

「返せだぁ? そんなこと出来るわけねぇだろ。せっかくの大猟なんだ。それに猫人族キャッツは高く売れるんだからな」

 男の言葉に違和感を覚えるミャール。大猟とはどういうことか。何故これほど集落が静かなのか。

 その答えはアルクラドからもたらされた。

「では連れ去った者達の居場所を教えろ。此方で勝手に連れ戻そう」

 そう、仲間が向かっているとは方便で、既に集落の人達は盗賊達によって連れ去られてしまっていたのだ。

 ミャール達を捕らえた時に馬を走らせ、すぐに仲間を集落へ向かわせていたのだ。そして集落を襲い、一網打尽にしたのだ。

「皆が連れ去られたって、どういうことですか!?」

猫人族キャッツである其方らは分かるのではないか? この集落からは我ら以外の音が聞こえぬ。それはつまり我らしか居らぬという事だ」

 違和感の正体は余りの静けさだった。いくら耳の良い猫人族キャッツであっても集落中の音を聞くことが出来るわけではない。しかし森の音以外何も聞こえないというのは異常だった。

 対するアルクラドは、その気になれば集落中に潜む者の呼気や鼓動の音までも拾うことが出来るが、その異常な聴覚にも木々のさざめきしか届いていない。

「本当にそうかな? 村のどこかに閉じ込めてるだけかも知れねぇぜ? お前らが抵抗すれば家族の誰かが死ぬかも知れねぇぜ?」

 対する男は自信満々な様子で脅しをかける。それを見てミャール達は、集落のどこかに家族がいるのでは、と思ってしまった。しかしアルクラドにはやはり脅しは通じない。

 アルクラドの耳から逃れるには相当遠くに離れなければならない。少なくとも何らかの合図を出せる範囲であれば、それはアルクラドの範囲でもある。

 また何かの魔法で住人達を隠していたとしても、その魔法をアルクラドは感じ取る。更には集落に多くの人間ヒューマスが押し寄せた臭いも感じ取っている。

 男の言葉が嘘ハッタリであることは明白であった。

「下らん嘘は止せ。大人しく我に従えば殺しはせぬ。集落の者達は何処だ? 答えろ」

 男の言葉を嘘だと断じ、有無を言わせぬ様子で言葉を発するアルクラド。

 男はじっとアルクラドの目を観察する。その表情、視線に揺らぎはなく、自身の言葉に絶対の自信を持っていることが分かった。

 ハッタリは通じそうにない、と男は溜息を吐く。

「どうもやりにくいな、あんた。けど、捕らえた獲物の居場所を教えるわけねぇだろ? さっきも言ったが猫人族キャッツは高く売れるんだからな」

 アルクラドと戦わず言葉だけでやり込めようとする作戦は失敗したが、攫った者を返す気はさらさらなかった。男は剣を抜き、アルクラド達をじっと観察する。

 アルクラドの強さは未知数。隙だらけに見えるのに攻め込む機会が見出せない。となると有効なのは人質。彼の傍にはか弱い女の子供がいる。上手く利用すれば戦いを有利に進められる。

 男は剣を握る手に力を込め、構えた。

「大人しく教える気はないか。では、無理にでも聞くとしよう」

 アルクラドは剣を抜くことなく、男を睥睨しながら両腕を広げる。

「木々よ、捕らえよ」

 訝しげに眉をひそめる男に構うことなく、短く呪文を唱えるアルクラド。それに呼応し、周囲の木々が蠢く。 

 地面から50を超える木の根が生えだし、男を取り囲む。その全てが意志あるものの様に、男へと向かっていく。

「ちょっ、何だそれ! うわっ、こっち来んな!」

 無数の木の根が向かってくるのを捌くのは容易ではなかった。木の根はその太さ故に、易々と切り落とすことは出来ない。それに多少切り飛ばせたとしても、厄介さはあまり変わらない。

 無数の根が男の両手両足を狙って殺到する。あるものは地面を這いながら、あるものは背後の死角から、あるものは上空から、男を絡め取ろうと迫りくる。

 盗賊の男は人間ヒューマスの中では強い部類に入るのか、無数の根の追撃を何とか凌いでいる。木の根を足場に飛び回り、死角から飛び込む根は剣で叩き落とす。さながら曲芸の様な動きで、木の根を避けていく。が、多勢に無勢、徐々に手が追いつかなくなり、隙を突かれ1本の根が男の足に絡みついた。

「うわっ!」

 根に足を引っ張られ男は体勢を崩す。そこに他の木の根が殺到する。あっという間に男は木の根に雁字搦めにされてしまった。

「くそっ! てめぇ、卑怯だぞ!」

 男は根の束縛の中で必死にもがくが、拘束は少しも緩む気配はない。

「喚くな。少し黙っていろ」

 アルクラドは男の傍へ向かい、木の根を男の口にねじ込む。

 懐から取り出すように魔法の布を創り出し、男の手足を縛っていく。男は手も足も出ないまま、アルクラドの前に転がされることになったのである。


 黒い布で手足を縛られ、地面に転がされている盗賊の男。口の中には未だに木の根が詰まっている。

 アルクラドは男の口の中から木の根を取り出し言う。

「最後の警告だ。住人達の居場所を言え。そうすれば殺しはせぬ」

「言うわけねぇだろ。言ったらどの道、殺されるんだ。さっさと殺れよ」

 男はもう諦めたのか、抵抗する素振りも見せなかった。

「その様な訳にはいかぬ。言って貰わねば我が困るのだ」

 顔は全くの無表情ながら、アルクラドから困ったような雰囲気が漂う。

「はっ! お前が困るかどうかなんて知ったこっちゃねぇよ! 拷問されたって絶対に吐かねぇぞ!」

 戦いでアルクラドに抵抗するのは諦めた男だが、完全降伏するつもりは一切ない様だ。

「拷問……拷問、であるか……」

 口を割らないと喚く男の言葉に何か思うところがあったのか、ブツブツと呟いている。

「拷問とは、苦痛を与え、口を割らせるというものであったな?」

 拷問をする相手に拷問のことを尋ねるのは可笑しな光景であるが、アルクラドは真面目な顔で男に尋ねる。

「それがどうした」

 男は鼻で笑う様に答える。

「我は警告した。が、貴様は話さなかった。故にその命、無いものと思え。今から拷問を行い、その口を割らせるとしよう。我にしか出来ぬ手段でな」

 アルクラドは淡々と告げる。その声に嗜虐的な色はない。しかしそれが逆に恐ろしさを際立たせている様でもあった。

 男も軽口を叩くことなく、じっとアルクラドを睨みつけている。

「ミャール、ニャール。今からこの男に拷問をし、其方らの家族の事を聞き出す。暫し離れて待っていろ」

 アルクラドは2人の少女に、この場から離れるように言う。

「分かりましたっ」

 ミャールは頷き、すぐにニャールを連れてアルクラドから離れていく。幼い妹に、拷問というむごたらしい光景を見せたくなかったのだ。

 しかしアルクラドの考えは違った。

 拷問を行う上で吸血鬼ヴァンパイアとしての能力を使おうとしていた。その為、近くにいられると正体がバレてしまうため、2人を遠ざけたのだ。

「それでは拷問を始めよう」

 そう言ってアルクラドは聖銀の剣を構えた。

 しかしその刃が切り裂いたのは、盗賊の男ではなくアルクラドの5本の指だった。

 呆気に取られる男の目の前で、浅く切れた指から血が滴り落ちる。

 糸を引く様に落ちる血は、地面を濡らすことはなく、正しく糸の様に指から垂れ下がっていた。

 男が訝しげに眉をひそめる。

「これは『血戦技アルツデュサング』と言って、自らの血を操る吸血鬼ヴァンパイアの能力だ」

吸血鬼ヴァンパイア、だと……?」

 あっさりと正体をバラすアルクラドだが、男の反応は鈍い。やはり吸血鬼ヴァンパイアは、物語の存在となってしまっているのだろう。

「余り驚かぬな。だが、死に逝く貴様には関係の無い事か」

 アルクラドに取って相手の反応などどうでもいいことで、すぐに視線を血の糸へと向ける。

「ち、血を操って、どうしようってんだ……」

 対する盗賊の男は、目の前の男の得体の知れない能力に恐れを感じている。血という生命に直結するものを操るという力を、不気味に思うことはいたく自然である。

「本来この能力は、己の血を武器とし戦う為のものだ」

 アルクラドが手を持ち上げると、ユラユラと揺れていた血の糸が、剣や槍の形に変わっていく。

「しかしたった今、別の使い方が出来るのでは、と思い至ったのだ」

 そう言うと血の武器は再び糸へと形を変える。しかし良く見ると、その先端は鋭い針の様になっていた。

「拷問を始めるとしよう」

 アルクラドは淡々と宣言した。

 血の針が手足を縛られた男へと迫る。

 指から垂れる糸が伸び、両手両足、そして額に、血の針が突き刺さる。

 チクリ。

 鋭い痛みが走った。

 しかしそれは、すぐに消えてしまうほど小さな痛みだった。

「何だ? これで終わりか?」

 痛みがすぐ消えたことを男は訝しむ。が、すぐに異変に気付く。

 手足から、紅い糸が伸びていた。

「人の身体には血を流す管が通っておる。今、その管の中に我の血が入っておる」

 ゾッと、悪寒が走るのを感じた。

 他人の血を身体に入れる。何とおぞましいことであろうか、と男は思った。

 言われてみると手足がむず痒い。ピリピリと痺れる様な感覚さえある。

「ひっ……!」

 身体の前で縛られている手を見る。

 腕にミミズが這った様な膨らみがあった。指よりも太い膨らみが皮膚の下で、ドクドクと脈打っている。その膨らみは徐々に、徐々に、肩の方へ進んでいく。

「な、何だ、これ……!?」

 徐々に痛みがやってきた。

 鋭い痛みではない。

 かさぶたを剥がした所に塩を塗り込む様な、身体の中に染み入る様な鈍い痛み。それが腕、足、額と全身に広がっていく。

 腕の膨らみも肩まで達し、痛みが胸に迫ってくるのが感じられた。

 身体が何かに浸食されていく。

 男は気が狂いそうになっていた。

「やめっ、やめてくれっ・・・!」

 男は目に涙を浮かべながら懇願する。

「では、言うか?」

「そ、それは・・・」

 アルクラドの問いに男は言い渋る。

「では、拷問を続けよう」

 アルクラドは非情に告げる。

 男がすぐに話したのならば、ひと思いに殺すつもりでいた。が、男は言わなかった。

 男に、アルクラドと交渉しようという心づもりがあったかは不明だ。しかしアルクラドの中に交渉という選択肢はない。言うか言わないか、2つに1つ。

 吸血鬼ヴァンパイアの責め苦から逃れたければ、彼の言葉に従う他ないのだ。

「心の臓は、身体の血の巡りを司っておる」

 不意にアルクラドが男に語りかける。男も懇願を止め、静かにアルクラドを見上げる。

「血の巡りが止まると人は死を迎えるそうだな」

 その言葉と同時に、胸の中を小さな痛みが走り出した。

 戦いに生きる者なら無視できる程度の痛み。しかし恐怖に心が染まった男には、とても大きな痛みに感じられた。更には心臓を傷つけられているのではないかという恐怖も重なり、再び男の目から涙が溢れてくる。

 しかし血の針は心臓を傷つけることなく、男の胸から飛び出してきた。

 5本の針は再び、胸の中に沈み、また飛び出してくる。

 あたかも裁縫をするかの様に、何度も何度も、紅い糸と針は男の胸を出入りする。

 盗賊の男はわけが分からなかった。目の前の男が一体何をしているのか。しかし碌でもないことをしようとしているのは分かった。

 痛みは余り感じなくなってきた。が、それに反する様に恐怖はどんどん募っていった。

「心の臓を止めてみるとしよう」

 アルクラドがそう言って、手を握り締める。

 その瞬間、男の目の前が真っ赤になった。

 息が出来ない、苦しい。

 頭がクラクラする。意識が朦朧となる。

 手足が、ピクピクと痙攣を始める。

「まだ死んではおらぬな?」

 アルクラドはそう呟くが、その言葉は男の耳には届かない。

 アルクラドが手を広げる。

 呼吸を奪われた苦しみから解放され、涼風に吹かれた様に、男の頭が冴えわたる。

「はあっ…はあっ…はあっ…!」

 男は震えながら荒い呼吸を繰り返す。

 アルクラドを見上げ、カチカチと歯を鳴らしている。

「貴様の心の臓は、我の手に、正しく握られている。我が手を握れば、心の臓は止まり、血の巡りも止む」

 鮮明になった男の意識の中に、アルクラドの言葉がスルリと入ってくる。

 男は、自身の身に起こったことを理解した。

 心臓を直接握られるなど通常あり得ることではないが、男はそれが事実だと理解した。

 あの苦しみは、恐怖は本物だ。間違いない。

 そしてその恐怖はまだ終わっていない。

 自分の胸から、未だ紅い糸が伸びているのだから。

「次はもう少し長くしてみるとしよう」

 アルクラドは言うが早いか、手を握った。

 喉を掻き毟りたくなる様な息苦しさが、破裂しそうなほどの頭の圧迫感が、男に襲いかかる。首を絞められているかの様に苦しい。

 目の前が真っ赤になり、頭が朦朧としてくる。

 苦しさが徐々に薄れていく。

 ふっと、全てが黒に塗りつぶされた。

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・

「起きるのだ。まだ死なれては困る」

 冷たい声が聞こえたかと思えば、男は力強い脈動を感じた。

 心臓が脈打ち、身体中を血が巡っているのが分かった。

 呼吸を取り戻し、身体に力が漲ってくる。

 生を実感することが出来た。

「起きたか」

 アルクラドの冷たい声が、男を現実に引き戻した。

 男は、もうまともにアルクラドを見る事が出来なくなっていた。その心に恐怖が染みついていた。

「今、貴様の心の臓は止まっていた。が、再びその脈を打ち始めた。貴様は死の淵から蘇ったのだ。中々に稀有な経験であるな」

 死の淵から蘇る。

 今ほどこの言葉が恨めしいことはない。

 死ぬことが出来なかった。

 それは、責め苦が未だ終わらぬことを示しているのだから。

「どれだけ心の臓を止めていられるか、試してみるとしよう」

 地獄が始まった。

 アルクラドに嗜虐の趣味はない。

 男に責め苦を与えるのは、口を割らせる為。そして単なる興味。

 人間ヒューマスがどれだけの間、死んでいられるかが気になっただけ。

 無慈悲な拷問はまだまだ終わらなかった。

 それから男は、10や20ではきかない回数の、生と死を繰り返すこととなった。

 

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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