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骨董魔族の放浪記 作者:蟒蛇

第3章

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家族の危機

 猫人族キャッツの少女、ミャールとニャールを攫った盗賊を撃退した後、予期せぬ家族の危機を知り動揺する2人をアルクラドは静かに見つめていた。焼き魚の残りを食べながら。

 盗賊達が馬を走らせたため少なからず砂埃が舞っていたが、そこは魔法で風を操ることによって魚に砂が被る事態は回避することが出来た。

「どうしよう、どうしよう……」

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 激しく狼狽える姉のミャールに対し、幼い妹のニャールは姉のいつもと違う様子に動揺している様であった。

 ミャールは気付いたのだ。

 盗賊が自分達の集落に向かっているということの意味が。

 それは単に家族に、仲間に危機が迫っているだけではないということに。

 自分達が盗賊に捕まったことで、集落の場所が知られてしまったということに。

 自分達のせいで集落に危機をもたらしてしまったことに、気付いてしまったのだ。

 ミャールが狼狽える傍で、アルクラドは無言で魚を食べ続けている。

 彼はミャールの様子がおかしいことに気付いても、その理由にまで考えは及ばない。そもそも考えようとしていないのだから、当然である。

 彼の中でこれからの行動は既に決まっている。コルトンの町に戻ることだ。

 もしミャール達が町に来るというのであれば、町に着くまでの間、護衛くらいはする。ついでだからだ。

 もしミャール達が町以外のどこかへ行くのであれば別れるだけである。彼女達とは成り行きで一緒にいるだけで、最後まで一緒にいる義務も、つもりもない。

 だからアルクラドは何も言わない。盗賊のせいで若干焼きすぎ気味の魚を少しでも美味しい内に食べようと、無言で魚を食すのである。

 そうしてアルクラドが魚を食べ終わった時、ミャールは未だ動揺から立ち直れずにいた。

「我は往く。其方らはどうするのだ?」

 アルクラドは火を消し立ち上がる。ミャールは驚きと絶望の混じった様な表情で彼を見上げる。まさかこの状況で、こうもあっさりと立ち去られるとは思っていなかったのだ。

 ミャールはアルクラドに縋るつもりはなかったが、奴隷から解放された矢先に家族の危機を知らされたのだ。少しくらい優しい言葉をかけたり、手をさしのべるのは普通ではないのか。そんな気持ちがミャールの胸をよぎった。

 しかしアルクラドの仮面とも思える表情のない顔を見ていると、そんな思いは胸の内に沈んでいく。彼に助けは期待できない。そう思えてしまったから。 

 食べ物を分け与え暖かな寝床と休息を与える優しさを見せたかと思えば、家族の危機を嘆く少女を見捨てる心の無さを見せつける。ミャールはアルクラドのことが本当に分からなくなって来た。 

「私達は……集落に戻ります」

 ミャールは絞り出す様に答えた。

 その時、逃げ去った盗賊の言葉にアルクラドの意識がようやく向いた。ミャール達の集落には盗賊が向かっているのだということに。

「そうか。しかし集落には彼奴らの仲間がいるのであろう。戻るのは危険ではないか?」

「じゃあ、どうしろって言うんですか……?」

 ミャールの中に沸々と怒りに似た感情が沸き上がってきた。

 自分達を見捨てて行くと言いながら、集落に戻ると言えば危険だと諭す。助けもしないくせに優しさだけ見せる。それがとても腹立たしかった。

「其方らが往けばまた奴隷として捕らえられるだけであろう。どこか別の場所へ往くのが良いのではないか?」

「じゃあ家族は? 私達のせいで家族が危ないのに、私達だけ逃げるって言うんですか!?」

 アルクラドの言葉が正論とは分かっていても、ミャールは感情の爆発を抑えることが出来なかった。淡々と逃げろというアルクラドに、感情の向くままに言葉をぶつける。

「私達が戻っても何も出来ない、そんなこと分かってます! お父さんもお母さんも、きっと逃げろって言う! けど家族が危ない時に何もせずに逃げるなんて、私には出来ない!」

 ミャールは肩を上下させ激しい呼吸を繰り返す。姉の怒りを目の当たりにし、ニャールは涙目で姉の手を握っている。

 その様子を見ながら、アルクラドは心の中で首を傾げる。自分は何も出来ないと分かっていて尚、危地に向かおうとする。その考えが理解できないのだ。

 集落に戻っても再び奴隷に堕とされるだけなのだから、安全な場所に逃げればいい。その上で何かをしたいのであれば、それを成せるだけの力を付ければいい。それが最も良い選択だと思えるのに、ミャールはそれを選ぼうとしない。それがアルクラドには不思議でたまらないのだ。

「そうか。其方らが集落へ戻るのは良い選択だとは思えぬが、往くと言うのならば止めはせぬ。好きにすると良い」

 そろそろミャールの相手をするのが面倒臭くなってきたアルクラド。彼女の言葉がめちゃくちゃだと思い、それに辟易していた。

「助けてくれないんですか!? さっきの奴らからは護ってくれたのに、集落に戻る私達のことは見捨てるんですか!?」

 ミャールの方もアルクラドの両極端とも思える言葉に混乱し、感情の赴くまま思った通りの言葉を口にする。アルクラドに縋るつもりはない。縋るつもりはないが助けてほしいとは思っている。

「何故、我が其方らを助けなければならぬのだ。既に赦した事ではあるが、其方らは盗人でもあるのだ。その場で斬られなかっただけでも充分であろう」

 既に許したと言いながら昨晩の事件を引き合いに出す、存外に器の小さいアルクラド。しかしそれを口にする程度には、2人から距離を取りたいと思い始めていた。

「だって……私達のせいで……私達が外で見つかったから、皆が危ない目に遭ってるのに……!」

 ついにミャールは地面に座り込み両手で顔を覆って泣き始めてしまった。アルクラドの心無い言葉に心をかき乱され、感情を抑えることが出来なくなってしまった。それに釣られニャールも大声で泣き出してしまう。

 アルクラドは静かに、深くため息を吐く。その眉間には深いしわが刻まれている。

 本当に面倒だ。

 アルクラドがそう思った時、ふと仲間の顔が思い浮かんだ。年若い人間ヒューマスの少年少女だ。

 きっと彼らならば、涙を流す者を見れば、すぐに手を差し伸べるのだろう。彼らが誰かを助けると言った時、自分はどうするのだろうか。

 そんなことに思い当り、アルクラドはもう一度、深く息を吐いた。

「よく聞け。繰り返すが、我に其方らを助ける義務はない」

 少女達の泣き声にかき消されてしまいそうな静かな声。

 しかしその声は、2人の耳にしっかりと届いた。

 ピタリと泣くのを止め、2人はアルクラドを見上げ、見つめる。

「其方らを助ける義務はないが、我は冒険者である。依頼とあらば、報酬次第でどんな仕事でも請負おう。

 選べ。其方らだけで集落へ戻るのか、我に仕事を依頼するのかを」

 ミャールは流れる涙を拭うこともせず、アルクラドを見つめている。

 頭は依然として混乱している。

 やはりアルクラドの考えていることが分からない。助けたり、突き放したり、そしてまた手を差し伸べたり。本当にわけが分からない。けれどもう、彼に頼る他ない。

 ミャールは意を決し言葉を紡ぐ。

「助けてください……私に出来ることなら何でもします。だから、私の家族を助けてください!」

 ミャールの叫びは、朝の静けさの中にあって、酷く大きく響いた。

 それとは対照的に、アルクラドは静かに応える。

「良いだろう。依頼内容は、其方らの家族の救出。出発の前に報酬を決めるとしよう」

 アルクラドは再びたき火を熾し、2人の前に腰を下ろした。


 先程まで泣き叫んでいたミャールとニャールの心が落ち着いたところで、依頼の報酬を決める話し合いが始まった。

「其方らは、我の依頼に対する報酬として、何を提示するのだ?」

「その、私達は今、何も持ってないので……お渡しできるものが……」

 淡々と聞くアルクラドに対して、ミャールは怖々といった様子で答える。

 彼女達もまた攫われた身であるため、何も持ってはいない。アルクラドの差し出せるものなど1つもないのだ。だが、その点に関してはアルクラドも承知している。

「報酬は依頼完了後で構わない。家族と共に集落に戻った後、報酬として何を出せる?」

「えっと……」

 ミャールは考える。

 自分達の集落は決して裕福ではない。家族の蓄えなど高が知れているし、他の家もそれは変わらないだろう。たとえ集落中の金をかき集めても、アルクラドを満足させられる額にはならないだろう。

 加えて集落に、珍しく高価なものもありはしない。集落の周りで取れたものを、生活の為に町で売ることはあるが、どれもありふれたものだ。

 何か他にないか。そう考えた時、最後に自分達が、どうして攫われ奴隷にされたのかに思い至った。

 成人前の擦れていない少女であるが、盗賊に攫われた女の行く末は知っていた。女の奴隷が何の目的で買われるのかも。

「私達の家にお金はあまりありません。集落中のお金を集めても、大した額には・・・

 もしそれで足りなければ・・・私を、好きにしてもらって構いません・・・!」

 背に腹は代えられない。そんな思いで、ミャールは自身を報酬として差し出した。

「其方を好きに……」

 アルクラドは静かにそう呟き、ミャールをじっと見つめる。

 その目に、ミャールは自身が身震いするのを感じた。悪寒に似た何か。アルクラドの目は、確かに獲物を狙う者のそれであったからだ。

 盗賊に攫われた女の末路は知っているものの、具体的に何をされるかまでは知らない。しかしよく分からないが何か自分の身に危険が迫ってきていることは理解出来たのだ。

 だが実のところ、アルクラドはミャールの身体を狙っているわけではない。好きにして良いと言われた時、吸血鬼ヴァンパイアとしての衝動が身体を走ったのである。それはある意味では慰みものにされるよりも恐ろしいことではある。

 だが、アルクラドは今すぐ血を必要とはしていない。後100年や200年、血を一滴も飲まなくても全く問題はない。しかし飲まなくても大丈夫と、飲みたいかどうかは別物である。若く生命力に溢れた者の血は確かに魅力的だった。

 それ故、依頼の報酬に血を、とも考えた。しかしそれも一瞬のこと。自身が吸血鬼ヴァンパイアであること、魔族であることをばらすわけにはいかない。

「その報酬は要らぬ」

 故に断った。

「そうですか……」

 ミャールはホッと息をついた。いくら家族を救うためとはいえ、自分自身を捧げるのはやはり恐ろしかった。しかし安堵と共に何やら形容しがたい釈然としない気持ちも沸き上がっていることに気が付いた。

 安堵とは相反する気持ちに戸惑いながらミャールは尋ねる。

「それじゃあ、アルクラドさんは何が欲しいんですか? これ以上、何かお渡しできるものはないと思うんですが・・・」

 そう問われ、アルクラドは考える。自分は何が欲しいのかと。

「金がないのであれば、珍しい食べ物や酒でも良いぞ。金を得てもその殆どは食事に消える故な」

 アルクラドが冒険者となり依頼をこなす理由は、元々は人族の中で生活するためであった。しかし食事の楽しさを知ってからは、食べることが主な目的となっていた。それならば現物を貰った方が、それを買う手間が省けると考えたのだ。

「珍しい食べ物やお酒・・・私達の集落のお祭りの時にしか飲めないお酒があります。これは、町で売ったりもしてないので、私達の集落だけしかないと思います」

 ミャール達の集落では、集落の周辺に自生する果実などから造った酒があった。冠婚葬祭などハレの日だけに供される、一族秘蔵の酒であった。無論アルクラドはそれに食い付く。

「それが報酬ならば依頼を受けよう。が、其方の一存で決められるものなのか?」

「町の外へ売ったりはしてませんけど、集落のお客さんへ出していたりしてましたから、大丈夫だと思います」

「良し、依頼成立だ。早速、其方らの集落へ向かうとしよう」

 報酬は決まった。後は盗賊をどうにかして、ミャール達の家族を助けるだけだ。

 アルクラドは再び火を消し、立ち上がる。

「其方らの集落は何処だ? 案内を頼む」

「はい、分かりました! こっちです」

 ミャール達もアルクラドに続き立ち上がり、自分達の集落への先導をする。

 ニャールはまだ幼く集落から遠くへ離れたことはないが、ミャールはコルトンの町に物を売りに行く大人達に付いて行ったことがある。そのため今自分達がどこにいるのか、集落の場所はどこかがしっかりと分かっている。

 確かな足取りで森の中を進むミャールに続き、ニャールとアルクラドも森の中を進んでいく。

 時折方角を確かめるために立ち止まりはするものの、流石は獣人ビースツといったところか、人間ヒューマスよりも速い歩調で進んでいく。しかしやはり2人とも幼く、特にニャールに歩調を合わせる必要があるため、特別速く進むことは出来なかった。

「遅いな。其方らは案内を頼む」

 そう言ってアルクラドは2人を脇に抱えた。

 到着が遅れれば2人の家族は連れ去られ、各地へと売り払われてしまう。そうなれば依頼達成に時間がかかってしまう。時間に対する感覚は他者とは違うアルクラドであるが、依頼は迅速にこなすべきという考えは持っていた。そのためにも彼女達の集落に早く着く必要がある。

「きゃっ!?」

「えっ!?」

 戸惑う2人を無視し、アルクラドは走り出す。馬の全力疾走も上回る速さで走り、周囲の木々が恐ろしい速度で視界の外へと流れていく。

 2人は余りの速さに、振り落とされない様に必至にアルクラドにしがみつく。時折アルクラドが方角を聞いてくるため、何とか声を絞り出し案内の役割を果たす。

 そうしてアルクラドがかなりの速度で走ったため、通常ではあり得ないほど早くミャール達の集落へ到着した。

 森の中に突如現れた開けた場所。木で作られた家が立ち並ぶ集落は、異様な静けさに包まれていた。

「おいおい、何でてめぇらがここにいるんだよ!?」

 そんな中聞こえてきたのは、つい先程アルクラドの前から逃げ出した盗賊の男の叫び声だった。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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