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骨董魔族の放浪記 作者:蟒蛇

第2章

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吸血鬼の力

 ロザリーの首に剣を当て、怪しく笑うエービル。

 顔色は青白く身体中にアザや傷があるのは変わらないが、顔つきや身体の動きから弱々しさは一切なくなっていた。

「お前、何してんだっ!」

「全く、とんだ計算違いだ。まさかお前みたいな化け物がいるなんて思ってもみなかったぜ」

 ロザリーを離せと叫ぶライカを無視して、エービルはため息交じりに呟く。

「こっちも準備とかで結構大変だったんだぜ。俺が盗賊と繋がっているってバレない様にしないといけないし、食料や武器の調達も、コソコソしながらだと結構骨だ。

 最初はそんなにデカくねぇ集まりだったからやり過ぎることもなかったけどよ、今じゃかなりの大所帯になったからな。ちょっと街道を荒らすだけで騒がれるようになっちまった。

 その度に冒険者に追いかけ回されるのも鬱陶しくなってきたからよ、この作戦を利用して、逆に一網打尽にしてやろうと思ってたのに……

 何でお前みたいなのが参加してんだよぉ……」

 頼んでもいないのに、エービルはペラペラとしゃべり出した。

 どうやら彼がこの盗賊団の本当の頭で、ギルドの討伐作戦を逆に利用しようと画策していた様だった。

「まぁ、弱い奴が死んで、身軽になったと思うことにするよ。ただ、俺達をここまでコケにしたお前はタダじゃ済ませねぇ! おい、お前ら!!」

 エービルのかけ声と共に、先ほどまでライカ達に礼を述べていた冒険者達がそれぞれの武器を構えた。それもその穂先をライカ達に向けて。

「あんた達、何のつもりだよ!? まさかっ!」

「そうだ、こいつらも俺の仲間だ。これだけの人数を潜り込ませるのは中々大変だったが、おかげでギルド側の情報は手に入れ易くなったぜ」

 エービルを合わせ13人の冒険者は、その全てが盗賊の一味だったのだ。それも5級になるほどの実力を持ち、装備も充実している。ただの盗賊よりも確実に強く、かなり厄介な相手だった。

「取りあえず、てめぇら2人は武器を捨てな。大事な仲間が殺されたくなかったらな」

 エービルは剣を更に強く、ロザリーの首に押しつける。ロザリーの表情が恐怖で引きつる。

「ロザリーッ! てめぇ、卑怯だぞ!」

「卑怯でも何でもいいんだよ。それよりさっさと捨てろよ。それと黒い方は魔力も込めるなよ。お前は無詠唱で魔法が使えるみたいだからな。ちょっとでも魔力に動きがあれば、首をかっ切る」

 激高するライカにエービルは飄々と返す。

「ライカ、武器を捨てろ」

 今まで静観していたアルクラドがライカに言う。そして聖銀の剣を、エービルに向かってゆるく放り投げる。

「アルクラドっ!?」

「今はあやつに従うしかあるまい。ロザリーを傷つけさせるわけにはいかぬからな」

 アルクラドの言葉にライカも渋々、剣を地面に放り投げる。ロザリーを傷つけるわけにはいかないが、武器がなくては盗賊を倒せない。その葛藤に苛まれていたのだ。

「それでいい。じゃあまずは…」

「エービルよ」

 何かを言いかけたエービルの言葉をアルクラドが遮る。

「……何だよ?」

 エービルは表情を歪ませ苛立ちを隠そうともせずに応える。

「今すぐロザリーを解放すれば、お前達の命は助けてやろう。その娘を無傷で返すのであれば、今回の事は不問にしよう」

 突然のアルクラドの提案に、人質であるロザリーを含めた全員が呆気にとられる。彼の言葉は余りにも状況からかけ離れていたためだ。

「お前、状況分かってんのか……?」

「無論だ。お前達を皆殺しにする事は容易いが、ロザリーを傷つけぬ保証はない。故にその娘を返す代わりに、お前達を見逃してやろう、と言っておるのだ。町へ戻った後もギルドには報告しないと約束しよう」

 何かを提案できる立場にはいないはずなのに、アルクラドはさも当然の様に話を続ける。

「いやいや、ギルドに報告しないとか、信じられるわけねぇだろ。っていうか、そもそもなんでお前、上から言ってんの? やっぱりお前、状況分かってねぇだろ」

「安心しろ、我は嘘は好まぬ。不問にすると言った以上、言葉は違えぬ」

「はぁ……」

 話が通じる様で通じない状況に、エービルはため息をつく。

 彼はこんな反応を期待していたわけではない。ライカの様に卑怯だ何だと叫ぶ姿を想像していた。それを人質で黙らせ、あれやこれやと命令し、最後は無様に命乞いをさせるのを楽しみにしていたのだ。

 それなのに慌てることも喚くこともせず、淡々と話をするアルクラドに、エービルは完全に興をそがれていた。

「つまんねぇなぁ……おい」

 エービルが視線で仲間達に合図を送る。盗賊達のうち4人が弓を構える。

「動くんじゃねぇぞ……やれ」

 エービルの言葉と同時に、何の躊躇いもなく矢が放たれた。

 4本の矢は過たずアルクラドの身体に突き刺さる。

「アルクラドッ!」

「いやぁっ~!」

 ライカとロザリーの悲鳴が重なる。

「へぇ、顔色一つ変えねぇなんて、根性あるじゃねぇか。お前みたいな奴は、本当ならたっぷりいたぶってから殺してやるんだが、今日はそんな気分じゃねぇから、今すぐ殺してやる」

 再び視線で合図を送れば、槍を持った3人が歩き出す。

 正面と左右からアルクラドとの距離を詰め、ある程度近づくと、勢いよく走り出した。あっという間に槍の間合いとなり、走る勢いに乗せて槍が突き出された。

 左右の槍は脇腹を抉り、正面の槍は胸の中心を貫いた。血濡れた槍の穂先が3本、アルクラドの身体から飛び出した。

 盗賊達は槍を引き抜き、アルクラドから距離を取る。

 身体に開いた3つの穴から、おびただしい量の血が溢れ出し、瞬く間に血の池を作り出した。明らかな致命傷だ。

「アルクラドさん!」

 思わずロザリーは駆け出そうとする。すると予想に反して、エービルはすんなりと手を離した。それを疑問に思いつつもロザリーはアルクラドの下へ駆け寄る。

「アルクラドさん、いやっ! 死んじゃだめっ!」

「アルクラド! 死ぬな!」

 身体を貫かれてなお立つアルクラドに、必死に声をかけるライカとロザリー。

 アルクラドへと手を伸ばせば、真っ黒な服が重く濡れている。生暖かい液体が、服の内側からあふれ出ているのが分かった。頭の奥を痺れさせる様な、どこか芳香に似た血の臭気が周囲に満ちている。

 ロザリーは必死に、何度も回復魔法を唱えるが、傷は一向に塞がらない。

 ロザリーの目に涙が溢れてくる。

 今アルクラドの身体から流れ出ているものは、彼の命そのものだ。自分が捕まってしまったために、アルクラドが今まさに死に逝こうとしている。自分の不甲斐なさに、力の無さに呆れ果ててしまう。人を助けるどころか、その命を奪ってしまったのだから。

「まだ立ってるとは大したもんだが、それだけ血を流しゃもうお終いだろ。お前ら、もう1人の男も殺して、その女で楽しもうぜ」

 絶望する2人に追い打ちをかけるようにエービルが言う。最初から3人を無事に返すつもりなどなかったのである。

 男はいたぶり殺し、女は自分達で弄んだ後、奴隷として売り払う。それがいつもの彼らのやり口である。

「お前ら、絶対に許さねぇ!」

「はははっ! 武器もなしにこの人数相手にどうするっていうんだ? 中級の中じゃそれなりだろうが、俺には勝てねぇよ」

 怒るライカをあざ笑うエービル。

 怒り激昂するライカの様子を見て、エービルは段々と興奮が蘇ってきた。アルクラドにそがれた興が、再び乗り始めてきたのだ。

 どうやってこの小僧を、恐怖と絶望の中で殺せるか。そう考え、嫌らしく唇を歪めていたその時、思わぬ声が辺りに響いた。

「怪我はない様だな、ロザリー」

 身体を矢で射られ、槍で貫かれ、大量の血を流したとは思えない、普段と変わらないアルクラドの声だった。


 誰もが信じられないものを見た、という表情でアルクラドを見つめていた。

 ロザリーは涙を拭うことも忘れ、口を開いたままだ。

「ア、アルクラドさん……えっ、なんで? 傷は……」

「アルクラド……お前、大丈夫、なのか?」

 余りにも彼が普段通りであり、2人の頭は混乱する。

 アルクラドの傷は幻覚だったのではないか。しかし自分達の触れた血は紛れもない本物だった。どちらが正しくどちらが間違いなのか、2人は全く分からなくなってしまった。

「無論だ。我が矢や槍に貫かれた程度で死ぬわけがなかろう」

 槍で身体を貫かれ大丈夫なことを、無論とは言わない。少なくとも人族の中では。

「てめぇ、一体何もんだ。なんで生きてやがる、なんで胸を突かれてそんなにピンピンしてんだよぉ!」

 エービルが取り乱し、声を荒げる。彼の眼からもアルクラドの様子は異常だった。

 即死してもおかしくない致命傷を受けたのだ。まだ息があるだけでも驚きなのに、死ぬどころか弱った素振りも見せない。そんな人間がいるはずがない。少なくともエービルの知る限りでは。

「我が何者であるか、か。いいだろう、今更隠し立ての必要もない。貴様らの死出の道行きに教えてやろう」

 アルクラドは、未だ呆けるライカ達の前に立ち、エービルを見据える。少し躊躇いがちに2人を振り返り、すぐに視線を戻す。

「死出の道行き……?」

「ロザリーは無事に返ってきた。しかし貴様らは我に刃を向けた。故に殺す」

 途端にアルクラドから殺気が放たれる。盗賊達に向けて放たれたそれは、仲間であるライカ達もすくみ上がる程で、その本来の対象は息をするのでさえ辛いほどだった。

 そんな彼らに向かってアルクラドは高々と宣う。魔力が吹き荒れ、漆黒の外套がはためく。いつの間にか甘い芳香は消え、外套はパタパタと乾いた音を立てていた。

「我が名はアルクラド

 闇夜を支配する者にして、陽の下を往く者

 悠久の時を生くる者にして、血を飲み啜る者

 吸血鬼ヴァンパイアにして、その始祖たる者なり」

 アルクラドによる、戦いとも呼べない蹂躙の始まりだった。


 アルクラドは自分を睨みつける盗賊達に向かって、悠然と歩き出す。

 武器は手放し素手であり、身を守るのは質がいいだけのただの衣服。対するは武器を帯びた盗賊が13人。その内の1人は人間の中でも上位に位置する上級冒険者。常識的に見れば圧倒的にアルクラドが不利な状況である。

 しかしアルクラドにとってみれば、この様な状況は不利でも絶望的でも何でもない。吸血鬼ヴァンパイアの、その始祖にとっては。

 吸血鬼。

 古の時代より、最強と恐れられる魔族の1種族。途轍もない魔法の力と、無敵とも思える再生能力を持つ、正しく不死身の化け物。

 人にどれだけ囲まれようとも恐れる必要は何処にもないのである。

吸血鬼ヴァンパイア? そんなおとぎ話の中の存在が、実際にいるわけねぇだろ。下手な嘘でこっちの動揺を誘ってるんなら、お粗末な魔族だぜ!」

 エービルは、アルクラドの言葉を全く信じていなかった。

 吸血鬼ヴァンパイアが昔話で語られるだけの存在だと思い込んでいることもある。しかし彼自身、魔族と戦ったことがあるのだ。

 魔族も、神や悪魔などではなく、人族と同じ生物。剣で切れば血を流し、血が無くなれば命を失う。どれだけ切り刻んでも再生し蘇る生物など存在しないのだ。事実、彼は魔族を打ち倒したこともある。

 その自信が、アルクラドが吸血鬼ヴァンパイアであるという事実を、認めさせなかった。

 しかしアルクラドが吸血鬼ヴァンパイアである事実は変わらず、彼に敵対したエービル達の運命もまた変わらないのである。


 自分達へ向かってくるアルクラドに対し、エービルはすぐさま、再び矢を射る様、部下である盗賊達に命じた。

 彼らは矢継ぎ早に矢を放っていく。

 ゆっくりと歩くアルクラドに対して、矢が外れるはずもなく、矢は次々とアルクラドの身体へと刺さっていく。

 しかしそれを意に介する事無くアルクラドは歩き続け、やがて盗賊達の矢が尽きた。

「終わりの様だな」

 そう言ってアルクラドは、自身を中心・・・・・に高温の炎を出現させた。それはすぐさまアルクラドを包み込み、大きな火だるまを作り出した。

「バカが、自爆したか!」

 周囲には魔法の制御を誤った様に映った。しかし炎が消えた瞬間、それが間違いであったと気付いた。

 炎の中から現れたアルクラドは、一切の無傷だったからだ。

 肌が焼けるどころか、衣服の1片、髪の1本に至るまで、一切焦げることさえなく、ただ突き刺さった矢だけが燃え尽きていた。

 アルクラドは矢を抜く手間を省くためだけに、人を簡単に燃やし尽くす炎を自身に放ったのだ。

 余りの出来事に、盗賊達は身動きさえ取れなくなっていた。

 それに構わずアルクラドは歩き続ける。

 エービルへ手を差し出し、ゆっくりとその距離を詰めていく。

「くそっ! 絶対にぶっ殺してやる!」

 アルクラドの存在が、自分の常識の埒外であると理解しつつも、エービルは自身の敗北を認めることができなかった。上級冒険者の力を持つ自分が、例え魔族と言えど、簡単に負けるはずがないのだと。

「うおぉぉぉおっ!!」

 アルクラドの手が迫り、エービルの顔に触れようとした時、エービルは渾身の力で剣を振り抜いた。今までで一番力の籠もった斬撃だった。

 その攻撃はアルクラドの腕へと吸い込まれ、その腕を切り飛ばす。

 はずだった。

 アルクラドの腕を切り飛ばすかに思えた斬撃は、まるで幻を切るかのようにアルクラドの腕を通り抜けた。もちろんその腕に傷は1つも無い。

「えっ…?」

 呆けるエービルの顔を、アルクラドの手が掴む。

 まるで木の枝かの様に、エービルの身体が投げ飛ばされ、近くの小屋にものすごい勢いで激突する。

「がはっ! ごふっ、ごふっ……」

 しかしエービルは死んではおらず、さすがは高い戦闘力を誇る上級冒険者であった。 

 全身に走る激痛に耐えながら、エービルは考える。

 一体何があったのか、と。

 確かに斬った。

 馴染みの感触が、剣を通して手に伝わってきた。それをエービルは感じていた。それなのにアルクラドの腕が落ちるどころか、血の1滴も流れず、服には綻び1つない。あり得ないことだった。

「我ら吸血鬼ヴァンパイアの最たる特徴は、その再生能力。我らの身体は魔族の中では弱く脆い。が、それを上回る再生能力を有している。傷つくそばから傷は癒える。故に死なぬ」

 困惑するエービルに語るアルクラド。

 依然としてゆったりとした歩調でエービルとの距離を詰めていく。

 苦し紛れに剣を突き出すエービル。

 その剣に、アルクラドは自身の手のひらを押しつける。

 剣が手のひらに沈んでいく。しかし血は少しも流れない。

 そのまま手を動かし、腕の付け根へと剣を移動させていく。まるで水を切るように何の抵抗もなく剣が滑っていく。しかし傷は1つも付かない。

 まるで身体の一部かの様に、美しい白磁の肌から剣が生えている様だった。

「あっ…ぁ…」

 理解を超えた恐怖にエービルはカタカタと震えだした。

 目の前にいる人の形をした何かは、とんでもない化け物で、決して人がどうこうできる存在ではない。それをようやく理解したのだ。

「無意味に苦しめるつもりはない。己の愚かさを悔いながら逝くが良い」

 腕から生えた剣を引き抜き、エービルの首を刎ねる。

 上級冒険者まで上り詰めた盗賊の頭は、呆気なくその生涯に幕を下ろした。

「次は貴様らだ」

 アルクラドは、周りで怯える盗賊達を睥睨する。

 彼らは恐怖の余り身動きさえできず、足下に水溜まりを作りながら震えている。

「愚かなる人間ヒューマス共よ、恐怖と後悔をその胸に刻み、果てるが良い」

 アルクラドの漆黒の外套が、爆発的な勢いで地面の上に広がっていく。それはまるで意志を持つかの様に盗賊達の身体に絡みつく。

 動きを封じられた盗賊達は、その黒の奔流にされるがままとなり、アルクラドの目の前へ流れ着いた。

 銀の一閃。

 聖銀の剣が、盗賊達の首を全て、1度にはね飛ばした。

 頭を失った男達は、一斉に崩れ落ちる。

 大地は大量の血で覆われ、むせかえる血の臭気が森の広場を満たす。

 圧倒的な力を以て、アルクラドの蹂躙劇は幕を閉じた。

お読みいただきありがとうございます。

アルクラドが正体を明かしました。

あと数話で2章が終わります。

次回もよろしくお願いします。

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