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骨董魔族の放浪記 作者:蟒蛇

第1章

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昇級試験開始

 冒険者になって2度目の依頼で、8級に昇級したアルクラドはちょっとした有名人になっていた。

 10級、9級の依頼は難しいものではない。下級の依頼は、ギルドが駆け出しの冒険者に経験を積ませる目的もあるため、命の危険は少ない。報酬も少なく数をこなす必要があるので、比較的早く階級が上がっていくのも下級の特徴である。

 しかし1度町の外に出ただけで、依頼50回以上分に相当する素材を持って帰ってくる駆け出しなど、今までいなかったのである。1日で階級を上げる駆け出しは今までいたものの、それでも10回分を僅かに上回る程度である。

 そんなアルクラドは8級の依頼も1日で昇級回数をこなしてしまった。


 9級の依頼報告を済ませ、報酬を受け取ったアルクラドはギルドで聞いた宿へと向かっていた。

 ギルド員の女性から宿はどこなのかと聞かれ、まだ決めていなかったことに思い至った。

 吸血鬼ヴァンパイアである彼は不眠不休でも活動に支障はないが、人間ヒューマスはそうはいかない。魔族であることを隠して町の中で過ごしているのだから、それを怪しまれる行動は避けるべきである。

 そのため、ギルドでとにかく安い宿を聞き出し。そこへ泊まることとした。

 その宿は食事も出ない、ただ寝泊まりするだけの宿で、銅貨数枚で1泊することができる、この町で一番安い宿だった。

 そのため宿は治安の悪い場所にあり、険呑な雰囲気の人間が多く、宿に泊まっている者達も同様だった。もちろんアルクラドにとってはどうでもいいことで、とりあえず1日分の代金を前払いし、部屋へ行き腰を下ろした。

 人間ヒューマスらしくしようと決めたため、夜通し依頼をこなすのは止めにした。

 朝起きて、食事を摂り、仕事をする。しばしの休憩を挟んで、再び仕事をし、夜の食事を摂り、眠りに就く。この繰り返しが一般的な人であると考えたアルクラドは、その通りに動くことにした。

 2度目の依頼を終えて町に戻ってきた今現在、朝と言っていい時間帯である。人が働き始める時刻である。

 徹夜で働いた者は朝から惰眠を貪るのだが、疲れ知らずの彼にその考えはない。

 すぐに宿を出て、ギルドへと向かう。依頼板を眺め、日暮れまでに終えることができそうな依頼を探す。

 8級の依頼は、10、9級の依頼よりも難易度の高い、採取、討伐の依頼であり、アルクラドにはそれほど差があるようには思えなかった。

 依頼用紙をはぎ取る前に、紙に書かれた植物や魔物の名前を辞書で調べ、生息域を確認。同じ地域内で1度に済ますことのできる依頼を選び、受付へと向かう。

 まだ働くのか、と若干呆れ気味のギルド員の様子に気がつかぬまま依頼を受け、町の外へ。門番にも同じ顔をされたが、彼は気にも留まらなかった。

 そうして日暮れ近くまで目的の魔物と植物を狩り、夜になる前に町に戻り、ギルドで報告を済ませた。

 前の2回ほど依頼のための時間がなく前回の半分ほどであったが、それでも20回分以上の依頼をこなしており、昇級回数を大きく超えている。ただし7級への昇級は試験が設けられており、それに合格しなければ7級になることはできない。

 アルクラドは今回の依頼完了をもって昇級試験への資格を得たため、受付でその説明を受けていた。

「アルクラドさん、おめでとうございます。冒険者に登録して3日目で昇級試験を受けるなんてこのギルド初、そして恐らくギルド史上初の快挙です! あなたなら大丈夫だと思いますが、試験も頑張ってください。

 それでは、昇級試験について簡単に説明しますね」

 薬草や魔物の部位を大袋でいくつも持ってきたのを見たときは驚きを通り越して呆れた表情のギルド員であったが、異例の速さで昇級試験を受けることについては素直に称賛を送っていた。

「昇級試験は、下級から中級へ上がると、依頼の難易度や危険性が大きく上がり、それによる依頼の失敗の連続や冒険者の死亡を減らすために設けられています。

 ご存じの通り、下級の依頼はその依頼主のほとんどがギルドです。これはギルドが担う町や周辺環境の管理を手伝ってもらうと同時に、冒険者としての基礎を身につけてもらうためです」

 町で必要となる薬の原料採取や、町に被害を及ぼす可能性のある魔物の討伐。これらを国や町に所属する兵士たちが行うとなれば大きな費用がかかるだけでなく、防衛に不備が出るなど問題が大きい。それを駆け出しの冒険者にやらせれば、少ない費用で済むだけでなく、冒険者を鍛えることができる。一石二鳥というわけだ。

「しかし中級になると依頼者は様々で、依頼も様々です。貴重な素材の採取、危険な魔物の討伐、盗賊からの護衛など、難易度も危険性も下級のそれとは段違いです。

 中級への昇級試験は、そんな依頼を受けて少なくとも五体満足で生きてこられるだけの実力があるかどうかを見極めます。

 試験についてですが、細かい内容は毎回違います。個人で受けてもらったり集団で受けてもらったりなど様々ですが、共通するのは戦いの実力を測る試験であることです」

 戦いの実力を測る試験であれば、全く問題はないとアルクラドは考えていた。

 吸血鬼ヴァンパイアとしての力を存分に発揮すれば恐らく敵はないし、その力を極力抑えたとしても並の魔族など相手にならないくらいの力はある。

 魔族は種族は様々だが総じて強靱な肉体と強い魔力を持ち、人族よりも強い種族とされている。事実、並の魔族であっても複数の人族を相手取って難なく勝利を収める程度には力の差がはっきりしている。もちろんそんな魔族を軽くあしらう飛び抜けた強さを持つ人族もいるわけだが。

 つまるところ、こと戦いとなればアルクラドが後れをとるなどそうはあることではないということである。

「日程の調整が必要ですが、それほどお待たせすることはありませんし、昇級試験をお受けになりますか?」

「ああ、受けよう」

 なので試験への挑戦を断る理由は一切ないのである。

「承知しました。日取りが決まればお知らせしますので、日に1度はギルドに顔を出すようにお願いします」

「分かった。また明日来よう」

 もうこれ以上ギルドに用はないため、アルクラドは宿へと向かう。

 町の中で貧困地区に相当する場所であり、宿に近づくにつれ人の雰囲気もガラの悪いものへ変わっていく。そんな中を、奇妙な黒ずくめの恰好とは言え、上等に見える衣服に身を包んだアルクラドが歩けば、ゴロツキに絡まれても不思議ではない。更にアルクラドの外見は、線の細い優男なのだから、そういった連中にとっては恰好の獲物だろう。

 しかしアルクラドの脅威を本能的に感じ取っているのか、これまで彼に絡んでいく者は皆無だった。時折命知らずが怪しい目で彼を睨むこともあったが、目敏い者に引き止められ事無きを得ていた。


 それからアルクラドは、模範的な働き者の様に、朝早くに起き、ギルドの依頼をこなし、串焼きを食べ、夜を宿で過ごすといった、規則正しい生活を送っていた。

 魔族である彼に備蓄の考えは基本的になく、稼いだ金は食事と宿の代金で消えるのが常であった。食事に関しては串焼きだけでなく別の屋台を紹介され、日ごとに新しい味を覚えていった。

 1度の注文で所持金のほとんどを使ってしまう彼は、懐を心配されながらも上客として歓迎されていた。町に来て10日も経っていないが、屋台を営む者達の間では密かな人気者となっていた。

 そうしているうちに、昇級試験の話を聞いてから5日が経ち、翌日試験を行う旨が伝えられた。


 ギルドの指示に従い、ギルドへと向かったアルクラド。

 中に入れば、受付のギルド員が手招きをしている。彼女から詳しい内容を聞き、試験へ臨むのがこの日の流れである。

「おはようございます、アルクラドさん。今回の試験は他の冒険者の方と合同で受けていただきます。その方達が来るまで少しの間待っていてください」

 他人との合同と聞き、アルクラドは小さく表情を歪める。1人で行う方が何も気にしなくて済むため楽だからだ。しかし合同と決まったのであれば仕方がない。吸血鬼ヴァンパイアであることがバレないよう、気をつけて行動するよう心に決めた。

「あっ、来られたみたいですね」

 しばらくしてギルドの扉が開き、今回アルクラドと行動を共にする冒険者が現れた。

 ギルド員につられ振り返れば、2人の男女が受付へと向かってきていた。15歳を過ぎた、成人したばかりの少年少女だ。

「おはようございます。ライカさん、ロザリーさん。

 アルクラドさん。こちらの2人が本日合同で試験を受ける冒険者です」

 ギルド員の仲介でお互いが顔を見合わせる。2人は真っ黒なアルクラドの姿を見て、怪しげな視線を送っている。

「アルクラドだ。よろしく頼む」

 脱帽し握手の為に手を差し出す。その瞬間、2人は揃って驚き、呆然とアルクラドを見つめている。

「どうした……?」

 アルクラドが首を傾げたところで、2人はハッと我に返った。

「い、いやっ、なんでもないっ。俺はライカ、剣士だ。よろしくな!」

「わ、私は魔法使いのロザリーです。よろしくお願いします!」

 ライカと名乗った少年は勝ち気そうな雰囲気で、物怖じしないのかためらわずアルクラドの手を握った。くすんだ金髪を短く切り揃えた、将来かなりの男前になるであろう少年だ。片手剣を盾を携えた基本的な形の剣士といった様子だ。

 ロザリーと名乗った少女は頬を上気させたままアルクラドを見つめている。恐る恐るといった様子で彼の手を握ったが、それは恐怖故ではないのだろう。煌めく金色の髪を腰まで伸ばした、幼さの中にも美しさを兼ね備えた美少女だ。ゆったりとしたローブを身につけ、柄の長い杖を持っている。こちらも典型的な魔法使いの恰好と言える。

 一通りの自己紹介を終えたところで、昇級試験の説明が始まった。

「今回の試験では単に戦う力だけでなく、他の冒険者との協調性も見させていただきます。

 高難度の依頼ともなれば1人ではどうしようもなく、複数で挑む必要も出てきます。その時、気心のしれたパーティーで挑むこともあれば、臨時で組んだパーティーで挑む場合もあります。

 臨時のパーティーで挑んだ際に、小さな諍いで依頼に失敗したのでは意味がありません。それぞれが自身の役割をちゃんと把握し、お互いに話し合い作戦を決め依頼に臨む。今回はその練習の様なものだと思ってください。

 今回の試験は、この町から徒歩で1日歩いた先の森に生息するオークの討伐です。

 今までその森でオークが見つかったことはありませんでしたが、最近になって目撃例が寄せられています。恐らくは群れから離れた個体であろうと、ギルドでは考えています。近く中級依頼として討伐依頼を出す予定でしたが、それをみなさんに行ってもらいます。

 現状、オークの数は不明。1体か複数でも数は少ないと予想されていますが、ゴブリンなどとは強さは段違いですから、気をつけてください。

 また試験は中級以上の冒険者が試験官として隠れて同行します。みなさんだけでは対処しきれないと判断した場合は助けてくれますので、命を落とすことは恐らくないでしょう。ただし油断しているとその限りではありませんのでくれぐれも注意してください。

 説明は以上です。何か質問はありますか?」

 生息域が分かっただけで、難易度も危険度も分からない、本当に簡単な説明だった。アルクラドにしてみればオークなどただの豚と変わらないが、駆け出しの冒険者からすれば十分に脅威となる魔物だ。ライカ達2人は緊張の面持ちだ。

「我は問題ない」

 アルクラドがそう言い2人を見れば、しっかりと頷く。どうやら問題ないようだ。

「それでは早速依頼に当たってください。

 今回は試験であるため期日は設けていませんが、遅れればその分、昇級には不利になります。しかし準備は怠らないよう、充分に行ってくださいね。

 気をつけていってらっしゃいませ」

 ギルド員の笑顔を見送りを背に、3人は昇級試験に取りかかった。

お読みいただきありがとうございます。

15歳くらいと1000歳以上の、超年の差パーティー結成です。

また初ブックマーク頂きました、ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします。

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