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骨董魔族の放浪記 作者:蟒蛇

第1章

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冒険者登録

 そこは堅牢な石造りの大きな建物だった。入り口にあたる正面の扉の上には、盾の前で2本の剣が交わった意匠が堂々と掲げられている。

「ここか……」

 目の前の建物が、聞いていた特徴と一致していることを確かめて、アルクラドは扉を押し開け中へと入る。

 分厚い木の扉の中から、ガヤガヤと喧噪が聞こえてくる。建物の中を満たすほどではないが、それでも少なくない数の人がおり、彼らの話す声や動く音で建物の中は満たされていた。

 その喧噪が一瞬静まり、中の大勢が扉へと眼を向ける。その視線はアルクラドに集まり、彼の時季外れな恰好を見て、皆が眉をひそめる。が、それもすぐのことで、自分たちの話や用事に戻り、建物の中は再び騒がしくなる。ここでは怪しい出で立ちのものなど、そう珍しくはないのだろう。

 アルクラドは自身に集まった視線など気にもせず、建物の中を眺めている。

 ここは冒険者ギルド。

 金を得る手段の1つとして紹介され、それに従いやってきたのだ。

 ギルドの中は、様々な武器を持った戦いを生業とする者達がその大半を占めており、仲間同士で相談をしている者、飲み食いしているもの、大きな板に貼られた紙を眺める者などがいた。

 更にギルドの奥では長い木製のカウンターで、こちらと向こう側が仕切られており、その奥に座る女性達と話をする戦士達の姿もあった。彼女たちは同じ意匠の服を着ており、雰囲気も戦う者のそれではなかった。恐らくギルドの関係者だろう。そうあたりをつけて、彼女たちに話を聞くことにした。

 奥へ進めば端で誰の相手もしていない女性がいたため、アルクラドは彼女に話しかけた。

「すまない。金を得るにはここに来れば良いと言われたのだが、どうすれば良いのだろうか」

 いらっしゃいませ、と笑顔を向ける彼女に尋ねる。

「冒険者登録はされていますか? まだでしたら登録をしていただき、それから依頼を受けていただく形になりますが」

「冒険者……? 依頼……?」

 冒険者がどういうものか分かっておらず、アルクラドは首を傾げる。その様子に少し驚きながらも、目の前の女性は笑みを崩さぬまま説明をする。

「ギルドには町に住む人や、領主様、国の貴族の方などから依頼が寄せられます。その依頼に応え解決することで報酬を得るのが冒険者です。そして依頼を受けるにはギルドで冒険者として登録する必要があります。

 登録に関して、特に資格や金銭は必要なく誰でも登録することができますが、ギルドの規則に反した場合は重い罰則もありますので、ご注意ください。

 また冒険者や依頼には階級があります。冒険者はその実力と貢献度によって、依頼はその難易度によって階級が決まり、原則として自身の階級以下の依頼しか受けることはできません。

 簡単に説明するとこのような形ですが、何かご質問はありますか?」

「罰則が生じる、規則に反する行動とはどういったものなのだ?」

「全てを説明するととても長くなりますが、一番重要なのは依頼に関することです。

 依頼の未達成、または依頼の途中放棄は規則違反であり、罰金が科せられます。依頼者は迅速な対応を求めています。身の丈に合わない依頼を受けたにもかかわらず達成できなければ、結局は依頼者の不利益になるからです。あとは、犯罪を起こすなど他者を害する行動を起こさなければ基本的に問題ありません」

 アルクラドは説明を聞きながら、何度も頷く。彼女の説明はおおよそ理解できた。

「ふむ……依頼とは契約であり、それを履行できなければ何かしらの罰があるということか。そして他者に危害を加えなければ問題ない……理解した」

 アルクラドが呟きながら頷くのを見て、女性はカウンターの下から1枚の紙を取り出した。

「それでは登録に移りましょう。この紙に必要事項を記入していただきますが、代筆は必要でしょうか?」

 文字が書けるかと聞かれ、アルクラドは考える。紙に眼を落とせば既にいくつか文字が書かれており、それが何を意味するのか理解できた。ギルド内に視線を巡らせれば、いくつかの文字を見つけることができるが、その意味も理解できる。

「必要ない」

 紙と羽根ペンを受け取り、紙に従い必要事項を記入していく。

 名前や性別はすぐに書けたが、年齢と種族はどう書くべきか迷った。年齢は分からないし、種族を正直に吸血鬼ヴァンパイアと書くわけにはいかない。また備考も何を書けばいいのか分からない。

「年齢や種族はご自身でも分からない方がいますから、絶対に書かなければならないわけではありません。20歳前後の人間ヒューマスに見えますが、違うのですか?

 また備考も必須ではありませんが、ご自身の売りを書いてください。ギルドが依頼や仲間の斡旋をする際に、そこを詳しく書いておけば優先的に選ばれます。何ができるかはっきりしている方が、仕事を任せるにしても仲間にするにしても安心できますからね」

 なるほど、と頷き筆を走らせる。不明でいいのであれば無理に書く必要もない。人との交流を全くしないわけではないが、あまり積極的にするつもりもない。吸血鬼ヴァンパイアであることがバレれば面倒事にもなるからだ。結果、無難な記入で済ませることとなった。


 名前:アルクラド

 性別:男

 年齢:20歳前後

 種族:不明

 備考:(空白)


 書いた紙を渡せば、必要最低限しか書いていないことに表情を一瞬変える彼女だが、すぐに笑顔に戻った。

「それではこれで登録します。ギルドカードを作りますので、少しお待ちください」

 彼女は紙を別の人間に渡し、アルクラドに向き直る。

「カードができるまでに階級のお話をさせていただきます。

 先ほども言った通り、冒険者はその実績や実力によって1から10の階級に分けられています。10が一番低く1が一番高い階級であり、アルクラドさんは10級から始まります。また10から8級を下級、7から5級を中級、4から2級を上級、そして1級を特級とも呼び、中級になると一人前の冒険者であると言われています。

 次に階級の上げ方ですが、自分の階級と同じ依頼を10回こなすと階級が上がります。ただし下級から中級、中級から上級、上級から特級へ上がる際にはギルドの課す試験に合格する必要があります。また依頼の失敗が続くと降級となる場合もありますので注意してください。

 またギルドでは生存率を上げるためにも、冒険者同士でパーティーを組むことを推奨しています。1人あたりの取り分は減ってしまいますが、複数人で依頼に当たることにより成功率が上がり、結果的に早く昇級し報酬額も上がっていきます。

 パーティーを組む際の条件などは特にありません。勧められた方法ではありませんが、高い階級の冒険者に手伝ってもらい階級を上げることも可能です。ただ実力は伴いませんし、昇級試験は手助けを禁じていますので、同じか近い階級同士でパーティーを組み、階級と一緒に実力を上げていくことが得策だと思います。

 さてカードができたようですね。何か質問はありますか?」

 区切りの良いところで、先ほど紙を持っていった人が奥から戻ってきた。そして何かを渡して去っていく。

 特に質問はない、とアルクラドが答えると、台の上に銀色の金属片が差し出された。

「これがアルクラドさんのギルドカードです。あなたの情報を含め、今までの依頼の成果などが魔法で記録されていきます。依頼を受ける前と後に必ず提示をしてください。

 またギルドカードはあなたの身分を証明するものにもなります。他人の手に渡れば悪用されることもありますので、絶対に無くさないよう常に身につけておいてください」

 そう言って渡されたカードは、手のひらに収まる小さな金属の板で、片面にアルクラドの名前と階級が刻まれていた。また1つの隅の穴に紐が通してあり、首から提げられるようになっている。

「これで登録は完了です。依頼はあちらの依頼板に貼り出してあります。依頼を受ける場合は用紙を剥がし隣の『依頼』の受付に持っていってください。依頼が完了した際は『報告』の受付へ向かってください」

 アルクラドがカードを首に提げるのを見て、受付の女性は依頼板と、依頼、報告の受付を順に指さす。眼を向ければ、紙を見つめていた冒険者の1人が用紙を剥がすところだった。彼はそのまま依頼の受付へと向かっていく。

 よく見てみれば、アルクラドの前には『登録』の文字があった。それぞれの用途に合わせた受付の前に向かう仕組みであることが分かった。

「なるほど……理解した。早速依頼を受けるとしよう。説明、感謝する」

 聞くべきことも今は特に思いつかなかったので、アルクラドはすぐにでも依頼を受けようと、依頼板へと向かっていく。

 こうして恐らくは世界初の、吸血鬼ヴァンパイアの冒険者が誕生した。


 登録を済ませたアルクラドは、早速依頼板の前へとやってきた。

 依頼板に貼られている依頼を見ると、アルクラドの受けることのできる10級の依頼は、薬草などの採取の依頼ばかりだった。


 依頼:傷薬の材料採取

 詳細:傷薬の材料となる『リセ草』の採取

 報酬:5束につき銅貨1枚


 依頼:毒草の採取

 内容:毒草である『ナズナ草』『ロシズス草』『ナズス草』の採取

 報酬:種類問わず、5束につき銅貨1枚


 依頼:解毒薬の材料採取

 内容:解毒薬の材料となる『ラベコハ草』の採取

 報酬:5束につき銅貨3枚


 などのような、薬の材料となる薬草採取の依頼くらいしか受けられるものはなかった。ただ、アルクラドにとってこれらの薬草の名前はまったく覚えにないものだった。

 そもそも怪我を負うことが珍しく仮に負ってもすぐに治ってしまう。毒に侵されることもなく、毒を利用することもなかった。吸血鬼ヴァンパイアにとって、薬草はまったく無縁のものだったからだ。

 しかしそれらを識別できなければ依頼をこなすことはできない。先達など誰かに教えを請う必要があった。

 アルクラドは依頼用紙を剥がし、依頼の受付へと向かう。

「すまない。これらの依頼を受けようと思うのだが、いくつか質問があるのだが良いだろうか」

 依頼票を台に置き受付の女性へと話しかける。

「これらの薬草なのだが、我はこれらを見聞きしたことがない。実物を見ることは可能だろうか?」

 アルクラドが受けようとしている依頼は、依頼主がギルドとなっていた。どういう理由でギルドが依頼を出しているのかは分からないが、受付の彼女もギルドの関係者であるのだから、薬草について彼女が知っている可能性はあるだろうという当て推量である。

「実物があるかは確認しますのでお待ちください。またあちらの棚に事典で自生する場所や絵などを見ることができますので、それを見ていただければ分かると思います。ただ貴重なものですので、汚したり破いたりしないようにお願いします」

 思いの外あっさりと教えてくれた。

 彼女が手を向ける方を見てみれば、受付が並ぶカウンターの端に小さな本棚が置かれていた。この町や町の周辺について書かれた書物が置かれているようだ。

「確認が取れました。それぞれ実物があるようです。一番端の『買取』の受付で見せてもらってください。依頼は3つとも受けられますか?」

 全て実物があったようだ。実際に見れば見分けられる自信がアルクラドにはあったので、3つとも依頼を受けることにした。

 依頼を受けたことを記録するため、一度ギルドカードを受付に提示する。完了した際も提示することで、その実績がカードに記録されていくようだ。

「すまない。これらの薬草を見せてほしいのだが」

 依頼を受け、買取の受付にやってきた。

 ここは薬草や鉱石、魔物の素材などの売買を行っているようだ。冒険者は基本的に売る側だが、必要な素材を買うこともできるらしい。

 受付には女性ではなく厳つい顔の大男が座っていた。彼は無愛想なようすで、5つの薬草を台の上に置いた。

「触っても構わないか?」

「構わないが、傷つけるなよ」

 許可を取り、それぞれを鼻に近づける。

 受付の男は胡乱げな眼を向けてくるが、人間ヒューマスよりも遙かに優れた五感を有する吸血鬼ヴァンパイアである。薬草の匂いの違いを嗅ぎ分けることなど容易である。

 それぞれの見た目と匂いの特徴を覚えたアルクラドは、感謝を述べ辞書があるという本棚へ向かう。

 辞書を開き、今回採取する薬草が書かれたページを探すのに少し難儀したが、自生場所についてもその特徴を覚えた。どうやら全ての薬草が、町を出て少し歩いた森の中で自生しているようだ。

「早速向かうとしよう」

 本を閉じ、扉へと眼を向ける。

 ようやく金を得る目途がたった。ある程度数をこせば、またあの串焼きを食べることができる。意気揚々とアルクラドは薬草の生える森へと向かっていった。

お読みいただきありがとうございます。

毎日更新、一旦終了です。

2~3日感覚で更新していきますので、これからもよろしくお願いします。

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