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最強パーティーの雑用係〜おっさんは、無理やり休暇を取らされたようです〜【コミカライズ企画進行中!】 作者:peco

第1章:温泉街休暇編

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おっさんは少女とクサッツを後にする。


「……それで、なぜかティアムがクトーを気に入ってな」


 昔話の内容に、レヴィは開いた口が塞がらなかった。


「クトーをあの薙刀の所有者として認めた上に、今掛けてるあの眼鏡をプレゼントして祝福しようとしたんだよなー」


 リュウは腰に両手を当ててまるで世間話のように喋りながら、口をへの字に曲げる。


「なのにあの野郎、『ミズチを見捨てようとした奴の祝福は受けん。だがメガネは役に立つからありがたくもらう』とか言い出してよ」

「ティアム様も、まさか自分の手ずからの祝福を拒否する相手がいようとは思わなかったでしょうね」


 リュウの言葉にミズチがニコニコと相槌を打つが、そのオチは世界最高位の女神と、運命をねじ曲げる奇跡を成し遂げた男の逸話にあるまじきものだった。


「なんか、女に貢がせたあげくに袖にするクズ男みたいな……?」

「クトーさんはモテますから。……ね?」


 生暖かい目をしてしまうレヴィに、ミズチが意味ありげな目線を向けて話題を振ってきた。

 レヴィはギルドでの彼女の耳打ちを思い出して、思わず目を逸らす。


 ーーー私は違うわよ。違うったら違うんだから!


 ミズチと同じようにクトーに命を救われたけど、女神を袖にするような恐れ知らずな男には惚れない、と心に強く誓った。


 そんなレヴィをどう思ったのか、ミズチは笑みを消さないまま戦闘に目を向ける。


「どうやら、決着ですよ?」

「あいつわざと長引かせたてたな。よっぽどレヴィの事が腹に据えかねたんだろうなぁ」


 逸らした目線をレヴィが戻した時には、ブネは満身創痍で足を斬り飛ばされて倒れ込んだところだった。

 そして無傷のクトーが、その顔に薙刀を突きつけていた。


※※※


「……もう終わりか?」

『馬鹿な……』


 クトーを見上げながら、ブネが呻きを漏らした。


 この薙刀の最大の利点は、武器そのものの切れ味などよりも、魔法の威力を乗せた近接攻撃を行える事だ。


 元々クトーは魔導戦士(ブラックウォリア)であり、遠距離以外では魔法剣を使うのを主体としていた。


 が、魔法の練度を上げ過ぎて耐えられる魔力剣がなくなってしまい、仕方なくピアシング・ニードルと切れ味だけを保持する定量魔力消費型の剣を併用していたのだ。


 魔王戦でこれが使えていればリュウと共に前線にも立てて、仲間たちがあれだけ傷つく事もなかっただろう。


 クトーはブネの全ての攻撃を無力化し、圧倒した。

 実力差を思い知らせ、後悔させる為に。


「今から出来るだけ、苦しめて殺してやりたいところだが」


 どれほど怒りを覚える相手でも、抵抗出来ない者を一方的に嬲るのは、主義に反する。


「一息で逝かせてやろう。……燃やせ」


 クトーが中級の火炎魔法を発行使すると、丁度ブネの巨体を覆うくらいの真っ白な火柱が発生した。


 天井へ向けて吹き出した輝きは、その熱量で魔族の体を焼き尽くす。

 灰と化した部分からボロボロと崩れ落ちて、立ち上る炎の勢いに乗る間にその灰すらも焼失していった。


 ほんの10秒ほどで、ドラゴン同様、魔族の姿は跡形もなくなる。


 断末魔の悲鳴すら上げさせる事なく敵を滅ぼしたクトーは、身体強化の魔法を解く前に跳躍した。

 そして戦闘を見ていたシラミの横に着地して、宣言する。


「俺の勝ちだ」


 逃さないようにと、手すりから下を向くシラミの肩を掴もうとクトーは、彼の顔を見て動きを止めた。


「ヒッ……ふひっ……ヒィ! ぐ、ふひっ……」


 シラミの顔はだらしなく緩み、よだれがアゴを伝っていた。

 白目を剥いており、恐怖するような悲鳴と、狂気のにじんだ笑いを交互に発している。


「……」


 どうやら、ブネの瘴気に当てられて気が狂ったようだ。

 クトーは眼下で、ご苦労さん、とでも言いたげに手を挙げるリュウに、ため息を返した。


「お前、シラミをわざと庇わなかったな?」

「バレた?」


 悪びれもせずに、リュウが言い返してくる。


「どうせ報いを受けさすつもりだったんだろ? 無一文になって路頭に迷うより優しいと思うぜ?」


 レヴィにちらりと目を向けるリュウに、クトーは軽く首を横に振った。

 メガネのチェーンが、シャラシャラと音を立てる。


 魔族の瘴気で狂った者は、この世の地獄と思うような幻影に囚われるのだ。

 優しさだなどととんでもないが、そもそも同情の余地がない相手なので、クトーはあえて何も言わなかった。


 階段の奥にあるドアが開いていて、その場にはノリッジとスナップ、そしてナカイが倒れ込んでいた。

 こちらはきちんと緑の輝きに包まれている。


 ナカイは洗脳されていただけのようで、魂は砕けていなかった。

 何故彼女だけを無事で済ませたのかはよく分からなかったが、クシナダは喜ぶだろう。


 ノリッジとスナップは、レヴィの荷物を勝手に売り払った連中だ。

 もっとも、ここに来た時の表情を見るにシラミほど大それた事を考えていたわけではなさそうなので、憲兵に突き出すだけで十分だろう。


 荷物窃盗の罪に問うのは証拠の面から難しいだろうが、誘拐、魔物の街中誘導の現行犯なので、しばらくは牢屋暮らしだろう。


 クトーがミズチにうなずきかけると、彼女は察してギルドへ連絡を取り始めた。


 ナカイを抱き上げて下へ降りると、クトーはレヴィの前に立つ。


「終わりだ。旅館の経営も、もう問題はない」


 荷物を奪う指示を出し、不当に高くクシナダに輸入品を売りつけていたのはシラミだ。

 ギルドの立会いの元、決闘に勝って手に入れた財産の中から不当に奪われていた金を補填すれば、しばらく泊まり客が少なくとも問題はないだろう。


 3バカが、自分の金貨袋を拾い上げながら後ろで騒いでいる。


「依頼完遂だ」


 だが、リュウに薙刀を返しながら伝えたクトーに対して、レヴィは浮かない顔だった。


「どうした?」

「……なんで、【ドラゴンズ・レイド】のメンバーだって事を黙ってたの?」


 それは、トゥスにも疑問を投げられた話だ。

 クトーは首を傾げて答えた。


「聞かれなかったからな」


 何故か、ほらやっぱり、と言いたげなリュウと、ぎゅっと眉根を寄せるレヴィ。


「普通聞かれなくても教えるでしょ!?」

「何故だ?」


 別に自分のパーティーの名前がどうだろうと、入ると決めればいずれ知る事だ。

 実際、リュウに会うのも滞りなく済んだ。


 その彼が、改めてクトーに質問を投げかけてくる。


「で、レヴィがなんか俺を知ってるっぽいけど、なんで?」

「ビッグマウスの件の時、お前が向かった開拓村にいた子どもだ。風の適性まで目覚めさせておいて忘れるな、このバカが」


 ああ、と手を打ったリュウはようやく思い出したらしく、レヴィに笑いかけた。


「そういう事か! へぇ、デカくなったなぁ」


 レヴィは、そんなリュウに対して素直に嬉しそうな笑みを見せるが……自分とずいぶん扱いが違う、とクトーは少し納得がいかない。


 そこで、レヴィがくしゃみをした。

 クトーは彼女のところどころ破れた服と汗でにじんだ布を見て、ナカイを横たわらせるとカバン玉からあるものを引っ張り出す。


「色気のある格好だが、あまり女性が扇情的な格好をするものではない。これを着ておけ」


 取り出したものを掲げると、レヴィの頬が引きつる。


「嫌よ!」

「何故だ。お前の体型に合わせてもう1つ仕立てたというのに」


 それはクシナダの提案の後に、作っておいたレヴィ用のうさ耳型着ぐるみ毛布だった。


「暖かいぞ? 冷えているんだろう?」

「仕事でもないのに、そんなもの着て街中歩けるわけないでしょ!?」

『ヒヒヒ。兄ちゃんはブレねぇね』

「面白がってんじゃないわよ!」


 茶化すトゥスに対しても、レヴィが噛み付く。

 クトーはふむ、とアゴに手を当ててさらに質問した。


「……では、部屋の中ならいいのか?」

「そーいう問題じゃないのよ!」


 ではどういう問題なのだろうか。

 絶対に似合うと思うのだが。


「レヴィにも困ったものだ」

「困ったもんなのはお前だよ。その常人とズレまくったセンス、いい加減どうにかしろや」


 リュウがクトーの肩を掴むのに、首をかしげる。


「これを考案したのはお前なんだが……」

「魔獣の毛皮でできた毛布を、そんな珍妙なもんに改造しまくってるのはお前だろうが!」


 こちらに戻ってきた3バカはが、そんなクトーたちを見て口々に言う。


「クトーさんの頭の中身は全く理解出来ねぇけど、これが1番理解出来ねー……」

「俺たちにまで着せようとするからな。すげぇめんどくせぇ」

「リュウさんがいなけりゃ、今頃メンバー全員分アレになっててもおかしくねースからね」


 そして男たちのやり取りをよそに、ミズチが自分の肩掛けをレヴィに貸し与えるのを、クトーは残念な想いで見ていた。


※※※


 休暇が残り3日に迫った日の、昼過ぎ。


「お世話になりました」


 王都に戻ろうとするクトーとレヴィに、旅館の入り口まで見送りに来たクシナダが深々と頭を下げた。

 それに合わせて、料理長を含む従業員全員が、首を垂れる。


 ミズチやリュウは、魔族出現の事後処理のために一足先に王都に戻っていた。

 レヴィが、旅館の人々の様子にうろたえる。


「な、なんかご大層なんだけど……」

「頭を上げろ。俺たちは依頼をこなしただけだ」


 クトーが言うと、クシナダは頭を上げて首を横に振る。


「いいえ。旅館の立て直しだけでなく、お二人には命をも救っていただきました。感謝してもしきれないほどのご恩があります」


 目尻に赤い線を引いた化粧を施した美しい顔に笑みを浮かべて、クシナダは言った。


「再びクサッツへお立ち寄りの際には、是非、当旅館へ足をお運び下さい。精一杯のおもてなしをさせていただきます」

「覚えておこう」


 クトーがうなずくと、こちらも頭を上げた料理長がボソリと言った。


「スペシャルチキンの調理法は、まだ研究の余地がある。次に会った時は唸らせてやる」

「それも、楽しみにしておく」

「レヴィ嬢。教えて貰った栽培方法も落ち着いたら試す。根菜ならば、味の良いものを作れたら客に出そう」

「上手く行くと良いわね」


 レヴィがクシナダ、料理長それぞれと握手を交わすのを見届けてから、クトーは歩き出した。


「……ねぇ」


 クサッツを出てしばらく進むと、レヴィが話しかけてくる。


「なんだ」

「前の勧誘って、まだ有効?」


 彼女は腕を後ろに組み、上目遣いにこちらを見上げていた。

 笑みを浮かべているがどことなく不安そうだ。


「有効だが。入るのか?」


 尋ねると、レヴィは嬉しそうに目を細めた。


「私も、強くなれると思う?」

「素質はある。後は努力次第だ」


 クトーが当たり前の事を答えると、レヴィは腕組みを解いて、ぴょんと前に跳ねた。

 センツちゃんの髪留めが陽光にきらめき、頭の後ろあたりで1つに縛った髪が尻尾のように揺れる。


「頑張るわ! だから、入れてくれない?」

「分かった」


 リュウも、拒否はしないだろう。


「トゥス翁はどうする?」


 帰りには、また山道を使うつもりだった。

 本来の寝ぐらに帰るつもりなら送り届けようと思ったのだが。


『ヒヒヒ。もうしばらく、くっついとこうかねぇ』


 ゆらりと姿を見せたトゥスは、宙にあぐらをかいてキセルをくわえて笑っている。


『まだまだ、飽きなさそうだ』


 クトーは、跳ねるような軽い足取りで前を歩くレヴィに声をかけた。


「コケるぞ」

「そんな間抜けじゃないわよ!」


 いつもの調子でレヴィが言い返してきたが、振り向いた彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 


 作者のpecoです。


 いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。


 これにて、『最強パーティーの雑用係』第1章が終了となります。

 明日、おまけのエピソードを投下いたしまして、プロット立て直し等の作業を行うため、第2章開始までに少々お時間をいただきたいと思います。


 また、拙作の書籍化のお話をいただきましたので、この場でご報告させていただきます。


 出版社はアース・スターノベル様で『最強パーティーの雑用係〜おっさんは無理やり休暇を取らされたようです〜』というタイトルで、夏~秋ごろに書籍を出版させていただく予定です。


 これも、読者の皆様に御愛読いただいたお陰です。

 ご愛顧に感謝し、御礼申し上げます。


 誠にありがとうございました。

 第2章が始まっても、拙作をよろしくお願いいたします。

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