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最強パーティーの雑用係〜おっさんは、無理やり休暇を取らされたようです〜【コミカライズ企画進行中!】 作者:peco

第1章:温泉街休暇編

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おっさんはおっさんに制裁を加える。


「ク、クトー様! ごご、ご予約のお客様が……!?」

「人を雇って予約を取りに行かせて、来なければ困るだろう」


 依頼から10日が経ち、クトーが利益の計算をしているところにクシナダが飛び込んできた。


 そろそろだろうとは思っていた。

 ちょうど自分の分の計算が終わったので、クトーはテーブルの上に筆記用具を置き、一部を任せていたレヴィに目を向ける。


「どうだ?」

「一応、出来たわよ……?」


 相変わらず事務仕事には自信のない様子のレヴィは、恐る恐るこちらに書類を差し出してきた。


「クシナダ。予約客はどのくらいだ?」

「よ、4組です……!」

「いつ頃になる」

「5日から20日の間には……」


 クトーがうなずいて手を差し出すと、クシナダは4枚の手紙を渡してきた。

 レヴィのものと合わせてザッと目を通す間、二人は黙って待っている。


 スペシャルチキンの串売りが好評過ぎたので、数量限定に切り替えて代わりに弁当を作って販売する事にしたのが5日前。


 大広間食堂で出していた名産定食とは別に、料理人たちが作った料理を箱詰めしたものだ。

 クトーらもまかない弁当として食べさせてもらったが、こちらも串売りにけっして劣らない旨さだった。


 今まで、料理長の元で腕を鍛え上げてきた者達が、初めて任された役割に奮起したのだ。


 平打ちうどんを冷やし、梅と生姜を練り合わせた餡と混ぜたものは、暑い中では喉ごしがたまらない逸品だ。

 つゆは垂れるので麺が乾くのを防ぐために、売る直前に詰める念の入れよう。


 そして時間が経って乾いてしまった場合の為に、ショーロンポーと呼ばれる肉とスープを包み込んで蒸し上げた料理を参考に、餅にツユと鳥団子を詰めたものを付け合わせにしていた。


 メイン料理は炊き込みゴハンで、バターと調味料で味付けしたものに、この辺りの清流で取れる川魚の骨を取ったものと大葉を混ぜ込んである。

 滑らかな舌触りと淡白な魚肉の食感、調味料の絶妙な旨味が口の中で溶け合い、大葉が清涼感をもって香り、いくらでも食べれそうだ。


 さらに、添えられた漬物は大根に鮮やかな黄色のついたたくわえ漬け(タクアン)で、弁当を食し終えた後に口に含むと、じんわりと舌に甘みを感じさせてくれる。


 弁当の箱代もタダではないので、屋台の前に出した長椅子で食して箱を返してくれた人には、リョクチャと自家製の一口マンジューを提供していた。


 全て順調にいっている。

 3日目からクトー自身は屋台売りには参加せずに裏方として様々な準備に回っていたが、予想していた妨害は来なかった。


「レヴィ。一ヶ所計算が間違っている。書き直しだ」

「うぇぇ……」


 レヴィの書類の間違いにバツを付けて彼女の前に滑らせ、クトーはクシナダに予約客の手紙を返した。


「予約の流れはいつも通りでいい」

「はい」


 一年間、やってきた帳簿を見せてもらったが、店の中に関する事で彼女に落ち度は特になかった。

 問屋はブネを倒した直後から姿を見せていないらしく、現在はギルド経由でクトーが必要な物品を手配している。


 ミズチに頼んで消えた問屋の行方を追いつつ、別の信頼できる問屋も一緒に探してもらっていた。


「問屋が見つかれば、そちらも君に任せる。同時に、そろそろ新規顧客の獲得に入ろう」


 言う間に、クトーは王都に帰らなければならない。

 しかし敵の調査に関する話はあまり進んでおらず、手がかりは少ない。


 もし期間が延びるようなら、リュウもこの街にいる間に【ドラゴンズ・レイド】として延長依頼を受ける事も視野に入れながら、クトーは話を続けた。


「狙うのは、昼夕合わせて食堂に3回以上来ている常連だ。顔は分かるな?」

「はい。人の顔を覚えるのも女将の仕事ですから」


 声を掛けるのは、近くに住む者は除外する。

 狙い目は、顔を見たことがなく、かつ少なくない頻度で来る客だ。


 決して高くはないが安くもない値段帯に設定した食堂である。

 一日に(きょう)するメニューは一種類だけだが、日替わりにしてもらっている。


 そういう事も客には伝えているので、つまり何度も訪れる客はそこそこ金があり、かつ舌が肥えている客だ。

 クシナダを街に立たせ、ナカイと共に食堂の運びを手伝って貰っていたのは、そういう意図があっての事だった。


「では今日は、クシナダが表に出て話をしろ。そしてそれとなく、次回の泊まりの話を切り出せ。無理に予約を取らなくとも良い。乗り気であれば相手から聞いてくる」

「はい」


 クシナダが退出し、クトーは考えた。

 短期利益は湯代よりは一気に増えたが、その分、材料と人員に使った経費もかさんでいる。


 まだ総額で比べると、旅館が保つだけの利益が出るほどではない。

 このまま一ヶ月ほど続ければ経費に追いつくだろうが、泊まり客が来る場合、その日の大広間食堂は経営出来ない。


 いくらなんでも騒がしいからだ。

 食事を一緒に大広間で取ってもらう手もあるが、今回の予約客は今まで来てくれていた客である。


 本来の客である旅館客に対して、食事の仕方が変わった事で悪印象を与えかねない。

 仮に食堂は別の場所を借りるにしても金がかかり、利益を食い潰すならやらない方がいい。


「何か良い手があればな……」


 クトーはアゴに指を添えた。


 大量の泊まり客が現れれば一気に取り返せるが、自分のツテを使って巻き戻しても意味がない。

 クシナダが、自分の手で立て直す事が、そのやり方を見せる事が重要なのだ。


 不当に吊り上げられた材料購入費の回収は、仮に問屋を捕まえても望めない。

 相手に手持ちがないとシラを切られれば、回収する手段そのものがないからだ。


 クトー自身が初動に貸し出した経費については、報酬分への上乗せで回収可能な段階に来てはいるので、この後は純粋に旅館の利益と損益の兼ね合いになる。

 ここから、旅館経営が軌道に乗ることが依頼の第一義なのだ。


「終わったわよー……」


 レヴィの言葉に、間違いが正されたのを確認したところで、ナカイの一人がクトーを呼びに来た。

 客らしい。


「誰?」

「古馴染みだ。少し休憩していろ」


 レヴィにそう言い置いて、クトーは部屋を出た。


※※※


 旅館の勝手口から外に出ると、そこに賭博場で見たのと同じ格好をしたリュウと、今度は薄い緑のキモノを着ているミズチがいた。


「……何でその格好なんだ?」

「目立たねぇだろ?」


 ミズチはリュウに寄り添うように立ち、二人は連れ合いに見えた。

 確かに街中では、住んでいる者を含めキモノやユカタ姿の者が多い。


 周りを見回すが、裏通りで時間帯も微妙なため、人の姿がないのを確認する。


「で、経営妨害してた連中の話だけどよ」

「その前に」


 クトーがミズチに目配せすると、彼女はそっとリュウから離れた。


「何だよ」

「お前、ちょっとそこに立て。重要なことがある」


 壁にもたれていたリュウに目の前の地面を示した。

 彼は頭の後ろで手を組んだまま、のんびりと移動する。


「なんだ重要な事ってゴブォッ!!」


 完全に油断していたリュウの腹に、クトーは予備動作なしで掌底を放った。

 内臓にダメージが残るレベルの浸透勁を、無防備なレバーに叩き込む。


 拳で殴らなかったのは、殴ればこちらの手が砕けるような肉体を持つ男だからだ。


「ご、ぉ、いきなり、なに、しやが……」

「人の目の届かないところで」


 冷ややかに体を折ったリュウを見下ろしながら、クトーはメガネのブリッジを指で上げた。


「無闇に他人を扇動するなと、そして覚醒スキルを使うなと、何度も言っているはずだが。それに勝手に、俺への休暇依頼を出したな。国王まで巻き込んでパーティーメンバーも休ませるなど、どういうつもりだ」


 クトーの怒りに気づいたのか、リュウが咳き込みながらも言葉を口にする。


「扇動とかしてねー、よ……げほっ。スキルは、勝手に発動することが……」

「言い訳するな」


 リュウは神の加護を受けている。


 この世界には風神タイホンなどを含め、幾柱もの神がいる。

 その中でも最上位に位置する【創造の女神】ティアムがリュウに加護を与えている神の名だった。


 最高神である彼女によって、リュウは世界最強とも呼べる数々の力を与えられているのだ。

 その中の一つが『能力覚醒』で、他人の潜在能力を萌芽させると同時に属性神の加護を与えるスキルだった。


「お前の女神は勝手に余計な事をするのか」

「するから言ってんだろーが! ティアムは言うこと聞かねーんだよ! てゆーか、もうちょっと手加減しろや!」


 超越回復によって深刻な内臓のダメージを消したらしいリュウがガバッと起き上がるのに、今度は二本指で目潰しをする。


「ゴァアアアアア……!」

「お前に手加減なんぞ必要ない」


 不死に近い肉体を持っている上に手足まで再生するような化け物相手に、無駄なことはしない。


「ギギギ……クトーを休ませたのは俺一人じゃねぇだろが!」

「主犯はお前だろうが。リーダーの自覚のないアホが」

「そのリーダーの言うこと聞かないのお前だよなぁ!? なぁ!?」

「む」


 眼球も再生したリュウが、反撃に全力のストレートを撃ち込んできた。

 首を傾けると、拳が顔の横を通り過ぎた後に、ゴッ! と強烈な風圧が起こる。


 髪が揺れ、メガネのチェーンがシャラシャラと音を立てて、外套の裾がはためくのを足を踏ん張ってこらえた。


「殺す気か」

「お前がこの程度で死ぬか!」

「俺はどこかのバカと違って、ただの人間なんだが」


 一撃もらったら粉微塵だ。

 連続で放って来るリュウの蹴りを、手で何度かいなす内に周囲の地面を余波が撫でて、砂埃が立つ。


「服が汚れるからやめろ」


 流石に金的を蹴り上げるのはどうかと思い、リュウの軸足を引っ掛けたクトーは、ポケットのカバン玉に触れて【鎖付きブーメラン】を取り出した。

 その鎖をバカの全身に巻きつけて拘束し、地面に転がす。


「引き千切るぞこの野郎!」

「修理代金はお前の給料から引くからな」


 全身に力を込めかけていたリュウは、外套のホコリを払うクトーの言葉に動きを止めた。

 恨みがましくこちらを見上げて、リュウが呻く。


「今月厳しいんだよ。だから小遣い稼ぎに依頼を……」

「今月の給料は減俸だ。休んだ分の歩合はないしな」

「鬼かてめぇ!」

「当然の措置だろうが」


 基本給を減給しても支払うだけ、ありがたいと思って欲しいくらいだ。

 結局、賭博場では負けたらしい。


「てか休暇依頼は、元はと言えばお前が休まなかったのが原因じゃねーか!」

「必要がないのに休ませようとするのが悪い」


 クトーは、リュウを放っておいてクスクスと笑っているミズチに目を向けた。


「それで、どうなった?」


 ミズチ経由でリュウに命じたのは、予約客への事情聴取だった。

 事情を聞き、可能なら次の予約を取れと言ってあったのだ。


 リュウの依頼は、横流しされた荷物を取り戻す事だろうし、常連客の邪魔をする連中にも繋がっているのではないかと思っていた。


「裏付けが取れましたよ。リュウさんが持っていた荷物を奪った連中の似顔絵を見せながら話したところ、『しばらく改装するので休業する』と常連に言い回っていた人の中に、その男がいたようです」

「そうか」

「ついでにアジトもな。おい、ほどけよ」


 あぐらをかいて偉そうに言うリュウに、クトーはブーメランの刃を指で挟んで鎖をほどいた。


「三ヶ所だ。足取りをたどって見つけて、後をつけた。荷物のある倉庫とねぐら、それにデカい屋敷だな」

「潰したか?」

「いいや。お前側が逃げたら困るしな」


 リュウにしては妥当な判断だ。


「今日ねじ込むか?」

「ねぐらの方は俺が請け負おう」

「一緒に来てる奴らにやらせてもいいぜ?」


 リュウの言葉に、クトーは問いかけを返した。


「誰が来ている?」

「ズメイとギドラ、それにヴルムだな」


 クトーを休暇前に取り囲んだメンバーに含まれていた3人だ。

 リュウと冒険に出た頃にクトーに絡んで来て、酔ったリュウにボコボコにされてからの古い付き合いの連中でもある。


 ズメイは重戦士(ウォリアー)、ギドラは拳闘士(ファイター)、ヴルムは剣闘士(グラディエーター)だ。

 クトーは少し考えてから、首を横に振った。


「いや、いい。こちらの案件でもあるからな。俺も行かなければ不公平だろう」

「タダで人をこき使っといて何言ってやがる」

「情報は提供したし、路銀はミズチに預けただろう。そっちの調査も含まれている案件だ」


 リュウの文句に淡々と答えると、彼は肩をすくめた。


「んで、デカい屋敷はどうする?」

「末端に吐かせてからでも遅くはないだろう」


 十中八九、屋敷の主人は賭博場の経営者とつながっているに違いない。

 ミズチは綺麗な立ち姿で、微笑みを浮かべたまま待っている。


「屋敷の持ち主は?」

「地主ですね。この街を拓いた男の子孫で、街の3分の1くらいの所有権を握っています」

「この旅館との繋がりはあるか?」

「所有権については、ないですね。この旅館の創始者は街を開いた男と一緒に来た開拓民だったようです」


 表立っての買収に失敗したのか、他に事情があるのか。

 今考えても推測にしかならないため、クトーは答えを出す事を一度棚に上げた。


「逃げる心配はないな。とりあえず放っておこう」


 旅館に戻ろうとすると、ミズチが今度は自分から口を開いた。


「クトーさん」

「何だ?」

「似合ってますか?」


 振袖をにぎって軽く両手を開いたミズチが小首をかしげるのに、クトーはうなずいた。


「前の青も優美だったが、今回の着物は軽やかで目に映える。もちろん、どちらもよく似合っている」


 率直に言って可愛らしい。


「良かったです」


 嬉しそうなミズチとクトーを見比べて、呆れたようにリュウが手ぬぐいの上から頭を掻いていた。


「何だ?」

「いいや。いつもながら鈍いなと思っているだけだ」

「少なくともお前よりはマシだと思うが……」


 金の管理もマトモにこなす頭がない男に言われて、クトーは眉をひそめた。


「そういう意味じゃねーよ。行こうぜ、ミズチ」

「はい」


 袖を抑えながら手を振るミズチに、クトーはうなずきかけてから今度こそ旅館に戻った。

 

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