フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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十二高弟 -3

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 廊下を埋め尽くすアンデッドの進軍は、フォーサイトの敵ではなかった。

 たとえ、チームが二つに分断されても。

 無論、以前までのフォーサイトでは難しい状況に相違ないが、とある女戦士の加入が、目に見えて効果を発揮してくれている。

 

「ほいっと」

 

 骸骨の槍兵隊を目にも止まらぬ速さで突き崩し、弓兵隊の列を蹴り足で薙ぎ払った女戦士は、スティレットを両手に周囲を見渡す。

 残敵なし。

 

「敵は片付いたね。はーい、ちょい休憩にしよっカー?」

 

 軽妙に武装をくるくる回して、チームの音頭(おんど)を取るクレマンに対し、矢を(つが)えるイミーナは先を急ごうと促す。

 

「だ、大丈夫よ。私はまだ」

「いやイミーナちゃんはよくても、サ」

「? ……あ」

 

 半森妖精(ハーフエルフ)は自分の軽々な思考を恥じた。

 

「ごめん、アルシェ」

「ううん。平気……この状況で、イミーナが慌てるのも、無理は、ない」

 

 言いつつも、アルシェは肩で大きく息をついていて、杖の支えがないと立つのもしんどそうな容態であった。イミーナに「敵は近くにいないから」と促され、ようやく腰を落とす。

 最後衛に控える魔法詠唱者の乙女は、クレマンとイミーナの進軍に、完璧に追随できるほどの肉体能力は備えていない。魔法で筋力などを強化しても永続性があるわけでもないので、魔力温存の理論からすれば、あまり無茶は続けられない道理だ。

 さらに言うと、この城の廊下に満ちる空気も問題だ。

 香の焚かれまくったような匂い……鼻を突き刺し、脳を直で触るような不快感をもたらす空気の中では、身体能力を鍛えた人間でもなければ、ものの数分で体調に悪影響を及ぼす。頭痛や眩暈、吐き気や意識混濁などをもよおすもの。魔導国の冒険者として、それなりの耐性や対策を魔法のアイテムで講じているので、イミーナもアルシェもこの程度の状態で済んでいるわけだ。

 イミーナは自分の浅慮を謝罪する。

 

「ごめん、私──ヘッケランが心配で」

「うん。わかってる」

 

 一刻も早くヘッケランたちを探し出し、合流したいと焦りを募らせるが、それで常の冷静な判断を損なっては何の意味もなくなる。

 

「ヘッケランくんたちの方は、多分大丈夫だヨ」

「た、たぶんって」

 

 猫のようにコロコロ笑う女性は、瞬間、女豹のごとく鋭い笑顔を浮かべて、告げる。

 

「少しは自分たちのリーダーを信じてあげなよぉ……自分が惚れた男だって言うなら、なおさらネ?」

「ぐぬ……わかってる!」

 

 クレマンの指摘と視線が痛いくらいに突き刺さったイミーナは、アルシェに自分の回復薬(ポーション)を少量だけ与え口に含ませた。魔導国の質の良いポーションは、たったこれだけでも効果覿面。疲労状態から回復したアルシェは、チームメイトらに感謝するのを忘れない。

 

「ありがとう、だいぶ良くなった」

「まだ休んでていいから、無理しないで?」

「そうだよー? アルシェちゃんの魔法はこれからも必要だからねェ?」

 

 魔法のランプの灯る通路の隅にて、各々(おのおの)小休止をとる乙女たち。

 イミーナは瞼を下ろして仮眠するアルシェに肩を貸しながら、野伏(レンジャー)としての警戒を緩めない。

 ──それでも、クレマンの存在が気にかかって集中できなかった。

 クレマンは転移魔法によって、この城に飛ばされた状況をすんなりと呑み込み、あまつさえ道案内まで買って出てきた。しかし、イミーナは複雑な思いを懐く。

 

(これじゃあ、野伏(わたし)の面目まる潰れじゃない……) 

 

 クレマンを見つめる眼に、剣呑な色が混じるのを自覚するイミーナ。

 今も愛用する魔法蓄積のスティレットの調子を確かめつつ、虚空を眺めて何かの気配を追っているようだった。……何故か中にあったはずの黒いボール状のものがなくなった鞄を、確かめるように何度も叩いている。

 

「あの」

「んー? どうかしたの、イミーナちゃン?」

「あなた、何者なんです?」

 

 問い質さずにはいられなかった。

 こんな状況で……否、こんな極限状況だからこそ、目の前の人物が、背中を預け合うにたる存在なのか、疑問せざるをえない。

 もしも、この女性がこの場所で、イミーナとアルシェを置き捨てるような性根だとしたら……警戒と恐怖が際限なく湧き起こる。胃の中に鉄を詰め込まれたような、そういう強迫観念に支配されかけても無理がない程、イミーナは重い責任を感じていた。

 ここで死ねば、フォーサイトは────ヘッケランは────

 

「実力があるのは認めています。でも、あの人工ダンジョンを単身で突破し、あまつさえ第二階層のボス部屋まで攻略するなんて」

「いやぁ、それはねカジ」

「それに今回の任務中の……というか、この不気味な城に転移してからも、どうしてそこまで平然としていられるんです!? 普通ありえないでしょ、転移魔法なんて! 最低でも第五位階の魔法よ?!」

 

 もはやイミーナの唇は止まらなかった。

 猜疑心と不安感が爆発したかのように、悪い言葉が舌の上を転がり落ちた。

 

「なんでそんなヘラヘラしていられるんです! 人のこと勝手に“ちゃん”付けして、もうすっかりヘッケ──皆と打ち解けちゃって! 私がどれだけ気を揉んでるか、わかってないでしょ! 任務前の訓練でも、前衛同士で絶妙なコンビネーション見せつけて! ムカつくにも程があるんです! ああ、もうなんでなんでなんでっ!」

 

 横で寝入る少女に遠慮するのも忘れかける、鋭く研がれた声のやりとり。

 だが、その痛罵の的外れぶりは、言ってるイミーナ本人が一番わかっていた。

 なのに、半森妖精(ハーフエルフ)の乙女の言葉を、クレマンは静かな微笑と共に聞き入る。

 そうして、一言。

 

「ありがト」

 

 イミーナは本気で困惑した。

 

「そうやってまっすぐぶつかってくれる方が、私も嬉しイ」

「か、感謝されることじゃ」

「うん。かもね──でも、『仲間ってそういうものだ』って、アイ……ある御方も言っていたかラ」

「あ、ある御方?」

「……私が、君たちフォーサイトと仲間になるのは、ほんとは正直不安だったんだ。うまくできるかなー、って。私、もともといた場所じゃ、仲間なんて一人もいなかったし……でも、あの方のおかげで、今の私はすっごく充実している。それでね、不安を口にしちゃった私に、あの方は言ってくれたの。『仲間なんだから、多少のぶつかり合い──喧嘩ぐらいするものだ。私の仲間たちも、そうだったぞ』っテ」

 

 それは、ごく当たり前のことを教えられたはずだった。

 だが、クレマンの表情は、恋する少女のように、春の草花のごとく色づいているのがわかる。

 

「あの御方は、私に新しいものをたくさんくれた。使命を、生きがいを、新しい力を──何より、あの方への想いも。すべて偉大なる御方からの贈り物。ああ、たとえ、この気持ちが植え付けられたものだったとしても構わない。それくらい今の私には、あの方のことしか、見えないノ」

「……その、御方というのは」

「アインズ・ウール・ゴウン──魔導王陛下」

 

 イミーナもようやくわかった。

 目の前の同僚は、自分と何も違わない……ひとりの男を信じてやまない、ただの女なのだということを。

 

「だから、私がヘッケランくんと男女のアレコレな感じにはならないから、安心してネ?」

「は────はい。ありがとう、ございます」

 

 クレマンは愛嬌たっぷりに頷いた。

 本当に、不思議で不可解で奇妙すぎる女性だ。

 ヘッケランが連れてきた、魔導国のオリハルコン級冒険者。

 

(ヘッケランが連れこなきゃ、絶対に同じチームになんてならなかった──)

 

 とても尋常ではない力の持ち主だ。

 魔導国に来てから、さらに鍛錬を積んだヘッケランよりも、確実に強いと分かるほどの。

 そして、言動の端々から、魔導国の王に対する愛敬の思いが、見え隠れする。

 

(下手したら、魔導王陛下の腹心とか、そんな感じなのかな?)

 

 だとしたら、おさおさ無下に扱うのは憚られて当然。

 だが、彼女を連れてきたのが、他ならぬ“ヘッケラン”というのが、イミーナにとっては問題であった。大問題なのだ。

 

(モモンさんに紹介されて、っていう話は、一応信じたけど、……でも──)

 

 スティレットの刃を見透かす女戦士。

 とても綺麗で美しい横顔に、女でありながらも魅了されそうに思う。

 これでは並みの男などイチコロだろう。彼女の甘い声と豊満な肢体、愛嬌と艶美あふれる微笑に懇願されれば、どんな男だって篭絡されてしまうのではあるまいか。……否。あるまいかではない。確実に篭絡されるに決まっている。

 こういう時、イミーナは自分の貧相な身体を、眺めずにはいられない。

 重い溜息が漏れる。大きく息をする。

 ヘッケランだって、クレマンの暴力的な色香に惑わされて──

 

(て、ばか馬鹿! そんなことあるわけない!)

 

 頭では完全に否定できた。

 クレマン自身も、つい先ほど断言してくれた。

 だが、ほんの一瞬、二人が寝台(ベッド)の上で、熱く、激しく、獣のように交わる映像を、肌の上の汗が滴る様子まで、鮮明に幻視する。

 

「ッ!!」

 

 本当に、どうしたというのか。

 片手で頭を乱暴にかき乱すが、涙が零れそうな怖気(おぞけ)は消えてくれない。

 帝国にいた頃にチームを組んでから、ずっと背中と命を預け合い、今では体と心まで重ね合う男のことを疑うなど、どうかしている。

 

(……もっと違う形で、クレマンさんと知りあっていたら)

 

 そう思わずにはいられないほど、クレマンの存在がわずらわしく思える。

 普段であればざわつくはずのない胸の鼓動が、父譲りの長い耳の奥へ、熱く重い心音を届けてくる。

 しかし、どうのしようもない。

 モモンが自分たちフォーサイトを、ヘッケランを信頼して、クレマンを紹介した事実を誇らしく思うべきところ。フォーサイトのことは、チームの中心柱・リーダーに話を通すのが筋というものだ。なので、イミーナやロバーデイクやアルシェに、クレマンの加入をモモンから奨められるようなことは、なくて当然の道筋ですらあった。

 ヘッケランがクレマンを紹介された、あの休日。

 あの日、実をいうとイミーナとアルシェは、予定とは違うことをしていた。ウレイリカとクーデリカを託児所から引き取り、寮に戻った。二人を寮で留守番させ、イミーナはアルシェの付き添いで、帝都の方へ戻っていたのだ。なので、自分たちがモモンに出会う可能性は皆無だったと言える。

 だから

 

「だいじょうブー?」

「ひゃい!?」

 

 至近で囁くクレマンの気配に、文字通り動揺する。

 おかげで、イミーナの肩に頭を預けて寝こけていたアルシェまで跳ね起きることに。

 

「びっくりしター」

「ここ、こっちの台詞です!」

「え、な、なに? どうかしたの、二人共?」

 

 眠気眼をこするアルシェへ「何でもない」と教えてやるイミーナに対し、クレマンは尋問めいた口調で訊ねる。

 

「今、何か変なの見タ?」

「へ──変な、の?」

 

 クレマンは舌打ち交じりに頷いた。

 

「やっぱり。イミーナちゃん、それは完全に気のせいだから、安心しテ」

 

 白い衣を纏う女冒険者は、まるで聖女のように敬虔な面差しでイミーナの頭を撫でる。

 

「大丈夫かと思ってたけど……ここの空気──魔法の香には状態異常を罹患させる以外に、弱いながらも精神攻撃系の力が働いているノ」

「精神、攻撃?」

「え、でも、私たちが組合から支給された精神防御系のアイテムは」

「まぁね。でも、それは「精神支配」系統の防御──“無効化”だよ。副次的に精神攻撃に耐性をもたらしてはくれるけど、あくまで“耐性”だから──このアイテムの真価は、魔導王陛下が特に懸念されている、〈魅了(チャーム)〉や〈支配(ドミネイト)〉対策に特化した性能。なもんで、普通にイヤぁな幻覚や、悪夢の類は見る可能性があるんだヨ」

 

 幻覚や悪夢。

 イミーナは口元を押さえた。

 

「ごめん。私には効果がないから言い忘れてたけど……ここの空気は耐性を持っていても、人の心の隙間にうまく付け込んでくることもある。だから、心をしっかりしておかないと、変なはずみで崩れちゃうよ? ここで死んでもアインズ様──魔導王陛下なら蘇生させてくれるだろうけど、誰だって好きこのんで、こんなわけのわかんない、悪趣味なところで死にたくはないでしョ?」

「……うん」

「はい──」

 

 イミーナとアルシェは即座に頷いた。

 休息もそこそこに切り上げて、三人は廊下を突き進もうと態勢を整える。

 

「よく眠れた、アルシェ?」

「あまり……」

「ごめんね、うるさくして」

「いや、そうじゃなくて……久しぶりに悪い夢を見た。イミーナとクレマンさんのおかげで、すぐに覚めてくれたけど」

「へぇ、どんな夢だったノー?」

「────父の夢」

 

 アルシェは唾でも吐きそうな顰めっ面で言い捨てた。

 クレマンが追求しようか迷いつつ、イミーナの方を窺うように振り返る。

 勿論、イミーナは二人の仲間として、首を振ってみせた。追求しないほうがいい。

 

(無理もないわよね)

 

 イミーナは嘆息せずにはいられない。

 多額の借金を膨らませ続けた、アルシェの親。

 娘のアルシェは両親に代わって、借財の返済に尽力し続けたが、ワーカーの稼ぎで賄いきれる量ではなく、また、両親は考えと行いを改めることが一切なく、娘にすべての負担を押し付けた。

 当然アルシェは耐えられなくなり、家と絶縁。

 妹たちを連れて屋敷を飛び出した後、しばらくして借金取りたちが現れた。

 そうして、アルシェは双子の妹たち共々、実の父親に“売られていた”ことを知ったのだ。

 

(あの時、モモンさんが助けてくれなかったら)

 

 考えただけでおぞましい苦界に、アルシェたち三人は陥っていたことだろう。

 借金のかたに売られた年若い娘の行き着く先など、春を売るくらいの用途でしか使われないのが常識である。アルシェに備わる魔法の才能を利用する買い手がいれば別だろうが、双子の妹たちは、高い確率で姉のそばから引き離されたことだろう。

 そんな状況と境遇に立たされたことで、アルシェは両親のことを軽蔑するのを超え、もはや憎悪の対象とまで見なしているようだった。

 今の彼女にとって、父の夢など、悪夢以外の何物でもないに違いない。

 

(フルトの家か……あの休日の日。一度、アルシェと帝都に戻った時──アルシェたちの家を、一緒に見に行ってあげたけど──)

 

 案内された先にあったのは、何もない空き地の光景──魔導国が主導で行った、新しい帝都開発計画の一環──その現実を前にした、アルシェの表情──

 そこまで思い出して、イミーナは自分を戒めた。

 ここは敵地のド真ん中。余計な思考は邪魔な荷物にしかならない。

 

 

 

 

 

 



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