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ミルク多めのブラックコーヒー 作者:丘野 境界

初心者訓練場の戦い

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初心者訓練場にて

 辺境都市アーミゼストは、いわば冒険者達の拠点であり、様々な施設が存在する。戦士達の為の道場、数多の学者や魔術師の為の学習院、様々な宗教施設にその仲介的な場所であるセルビィ多元領域等々。

 そして冒険者用の訓練場は、辺境だけあって数と広さだけはやたらある。

 その中の一つ、初心者用訓練場で、ささやかな事件が発生していた。



 青空に、高らかに戦士が舞った。


「おっしゃあっ! これで十九連勝!」


 大柄な戦士の高らかな勝名乗りと共に、敗者が草原にどう、と倒れ落ちる。


「くっ……」


 顔を青ざめさせ、唇の端から血を流しながら、パーティー『アンクルファーム』のリーダー、カルビン・オラガソンは呻き声を上げた。

 それをダブッとした魔術師の法衣に身を包んだ、小柄な少年――ネイサン・プリングルスは見下ろした。

 陽光に、眼鏡がキラリと反射する。


「まあ、レベルが違うからね。残念無念。リベンジしたければ、もうちょっと強くなってからおいで」


 言って、ネイサンは身を翻した。

 それに、大柄な戦士――ネイサンの弟であるポール・プリングルスを含めた五人の仲間が続く。


「ま、待て……」


 カルビンが呻き声を上げたが、全身に回った毒が起き上がる事すら許さない。

 振り返ったネイサンはカルビンを見下ろし、せせら笑った。


「待つ理由がないよ。君達はもう用済み。ま、せいぜい頑張って傷を癒すんだね」


 ヒラヒラと手を振り、丘を下る。

 この辺りはなだらかな勾配がある、草原地帯だ。


「おい兄貴。アレがラストだよな」


 ポールの指差した先を、ネイサンは追った。

 そこでは一組のパーティーが、訓練を積んでいた。


「ああ、本命だ」

「しかし……それほど強くも見えねーけどな」

「うん、確かに」




 青空に、高らかに司祭――シルバ・ロックールが舞った。

 そのままどう、と草原に倒れ落ちる。


「……すごいなぁ、リーダー」

「……わ、私も驚きました」


 倒れたシルバを見下ろしたのは、昨日新しくパーティーを組んだばかりの面子二人だった。

 呆れた声を出したのは、鬼族の戦士・ヒイロ。

 心配そうにしているのが、巨大な甲冑の重装兵・タイランだ。

 彼らは口を揃えて言った。


「「まさか、こんなに弱いなんて」」


 その言葉に、シルバはたまらず起き上がった。


「だから俺は戦闘力皆無だっつっただろーが!!」


 とはいえ、ダメージはまだ抜け切れていない。

 その気になれば回復術で一気に復帰する事も出来るが、殴り飛ばされるのも五回目ともなると、いい加減精神的に起き上がるのも億劫になると言うモノだ。

 収まりの悪い髪を掻きながら、シルバは胡座を掻いた。

 その正面に、ヒイロはしゃがみ込む。


「いやまー確かにそうは言ってたけど、先輩って司祭様だよね。教会って護身術とか教えてなかったっけ? ほら、格闘(かくとー)とかメイスとか」


 無邪気な瞳と目が合い、シルバは気恥ずかしさに顔を逸らした。あと、短パンから覗く白い太股がやたら眩しいのも、理由の一つだったりする。


「……教えてるけど、俺は教わってないんだよ」

「……先輩、よくこれまで生き残ってこれたよね?」

「心底哀れむような目で言うなよ! 落ち込むだろ!」


 そこに、着物姿の青年が口を挟んだ。


「ハッハッハ。冒険は何も一人でするモノとは限らぬよ」

「キキョウさん」


 ヒイロが振り返る。


「シルバ殿は確かに弱い。だが、とても頼りになるのだ。それは某が保証しよう」

「はぁ。まあ、キキョウさんの言う事なら」


 ヒイロが立ち上がり、つられるようにシルバも腰を上げた。


「……ふむ、シルバ殿、ちょっとよいか」

「何だよ」


 手招きされ、シルバはキキョウに近付いた。

 ヒイロは待つのが苦手なのか、タイランと打ち合いを開始する。

 キキョウはそのヒイロ達に気付かれないように、シルバに囁いた。


「どうもヒイロの奴、某と貴殿とで態度が違うような気がするのだが……」

「いや、見りゃ分かるだろうが、そんなの」

「むぅ……」


 キキョウは納得がいかないようだ。

 名前すらまだ定まっていないパーティーが結成されたのは昨日の事。

 今日は、新参であるヒイロとタイランの実力を見る為、この初心者用訓練所を訪れたのだった。

 二人は、このアーミゼストに訪れてまだ三日、冒険者ギルドに登録したての青銅級からのスタートである。

 冒険者ギルドのランクは青銅、黒鉄、赤銅、鋼鉄、白銀、黄金、真銀と高くなっていき、真銀となると世界でも数人程度、存在自体が疑われる伝説級であり、現実的には黄金がトップランカーとされている。

 位を上げていくには、冒険者ギルドでの実績や試験を受ける必要がある。

『プラチナ・クロス』に所属していたシルバは白銀級、冒険者ギルドに登録してはいたものの、基本は用心棒稼業をしていたキキョウは鋼鉄級である。


「ま、今んトコ、いいトコ見せてないからな、俺。しょうがないだろ」


 実際、シルバがやった事と言えば、ヒイロとタイランに殴られては自前で回復しているだけだ。

 これでは評価が低くても無理はない。


「ではすぐに、そのいいところを発揮させようではないか」


 握り拳を作って力説する、キキョウだった。


「いや、キキョウが張り切ってどうするんだよ」

「某は、シルバ殿の評価はもっと高くてもいいと思うのだ。謙虚は美徳ではあるが、過ぎると不当な扱いを受けることになる」


 うんうん、とキキョウは一人頷く。


「まー、それはつい先日、思い知ったがな」


 お陰で、前のパーティーを抜ける羽目になった、シルバだ。


「う、むう……しかし、それがなければ、シルバ殿とパーティーもいつまでも組めず……むむぅ、難しい所だ……」

「つーかね、俺の力ってのは、単独だとあんまり意味ないんだよ。団体戦じゃないとな」

「それは、確かに分かるのだ」


 シルバの力は、後方支援特化型。

 誰かと組んで初めて発揮されるのだ。

 次は二対二に分かれて、模擬戦でもやるかなと考えるシルバだった。

 それから、打ち合っている二人(といっても、明らかにヒイロが優勢で、タイランは防戦一方)を眺めた。


「あの二人、キキョウはどう見る?」


 シルバの問いに、うむとキキョウは頷いた。


「よい戦士だと思う。ただ、どちらもバランスが偏ってはいるように見えるが」

「具体的には」

「ヒイロの攻撃力は、随一であろうな。あの剛剣、まともに受ければ某でもタダではすまぬ」


 ヒイロの武器は、小柄な体躯に似合わぬ巨大な骨剣だ。

 切るよりもむしろ叩き付けるイメージの、鈍器に近い武器である。

 鬼族でなければ、まともに振り回すことも難しいだろう。


「まあ、キキョウがまともに受ければ、だけどな」

「然り」


 にやり、とキキョウは笑った。

 それから、不意に真顔になった。


「しかし、いささか攻撃に傾倒しすぎるな。体力にモノを言わせての突進は大したモノだが、消耗が激しい。いわゆる狂戦士(バーサーカー)タイプなのである」

「俺の見立てでは、魔術抵抗にも若干の不安を覚えるかな。まあこれは、鬼族っていう種族的な特性なんだけど」

「ふぅむ」


 鬼族は近接戦闘においては、圧倒的な力を誇る。

 その反面、やや単純な性格も災いして、魔術や精神攻撃には少々弱いという短所もあるのだ。


「それでも、パーティーの攻撃の要は、か……アイツになりそうだな」

「であるな」


 うむ、と頷くキキョウ。

 だがシルバは、朗らかに笑いながら大剣を振るう仲間を『彼』と呼ぶ事に一瞬違和感を覚え、アイツと言い直した自分に困惑していた。

 いや、つーか……本当に男か? と、首を傾げざるを得ない。

 とはいえ、この都市では男装している人物相手に、性別を聞くのはマナー違反とされる。冒険者には荒くれ者が多く、自衛の為に男の格好をする女性は多いのがその理由だ。

 だから、仮にヒイロがグレーだとしても、シルバとしては聞く訳にはいかない。

 シルバが作ったこのパーティーは、前回女性絡みで脱退した反省から原則女人禁制としているが、実はシルバにとって一番重要なのは性別ではない。

 えらそうな言い方をすると、プロ意識があるならばそれでいい。

 突き詰めるとそれだけであり、それすら見失っていたからこそ前のパーティーを抜けたのだ。

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