Zepp Tokyoで行なわれた「けやき坂46 1stワンマンライブ」。それはグループにとって初の単独ライブだったが、経験の浅さが災いし、メンバーたちにとって不満の残る内容となってしまった。

その後、話し合いを重ねるなかで"観客と一体になって盛り上がる"というグループの方向性が確認され、12人のメンバーの気持ちはひとつになろうとしていた。

そんな折、欅坂46のデビュー1周年記念ライブが行なわれる。そのステージ上で、けやき坂46の追加メンバーの募集がサプライズ発表される予定だった。しかし、本番直前にメンバーたちはその告知VTRを偶然目にしてしまう。

グループが今の12人のものではなくなってしまうことにショックを受けたメンバーたちは、衝動的に衣装部屋に立てこもってしまった。そして鍵のかけられた部屋の中から、悲痛な叫び声が上がった。

「もうみんなで辞めよう!」

■やっと理解できた欅坂46メンバーの気持ち

2017年4月6日、代々木第一体育館で行なわれた「欅坂46 デビュー1周年記念ライブ」。そのアンコール明けのMC中、けやき坂46の追加メンバーオーディションの開催がVTRで告げられた。予定どおりの発表だった。

「ひらがなけやき 増員決定!」

「今夏オーディション開催」

客席を埋めた1万2000人の観客たちがどよめくなか、マイクを向けられた佐々木久美は真っ青な顔で言葉を絞り出した。

「今びっくりしちゃって頭が真っ白なんですけど......。まだまだ私たちも漢字欅(欅坂46)さんの後をついていってるばかりなので、先輩になれるか不安なんですけど......。漢字さんのように、たくましい先輩になれるようにこれからもっと頑張ります」

メンバーのうち何人かは、立っているのもやっとという様子だった。観客たちは知るべくもなかったが、彼女たちはこの発表のことをずっと胸にしまったままパフォーマンスしていたのだ。ステージ上では決して取り乱してはいけないという意識だけが、彼女たちを支えていた。

その本番前のこと。衣装部屋に閉じこもった彼女たちのもとに、まず数名の女性マネジャーがかけつけた。なんとか鍵を開けてもらって狭い室内に入ると、そこには顔をぐしゃぐしゃにして泣くメンバーたちの姿があった。

女性マネジャーたちがメンバーを慰めていると、別のスタッフが到着し、この追加メンバー募集に関する説明を行なった。

「まず、これはひらがなけやきのことを思ってやっていることだということをわかってほしい。今のままだと、ひらがなは漢字の陰に隠れて、漢字の下で活動していくしかない。そんなひらがなが漢字に匹敵する正規軍になるためには、よりパワーを得てもうひとつ上のレベルに行かなきゃいけない。そのための追加メンバー募集なんだ。だからこの募集はひらがなにとっていいことしかない。われわれを信じてほしい」

だが、予想外のアクシデントで発表を目にしてしまったメンバーたちは、まだ混乱のなかにあった。しかも、そのほとんどが10代の少女で、まだこの世界に入って1年もたっていない新人だ。その場でスタッフの説明を理解することはできなかった。

ただし、そんな彼女たちの事情はチケットを買って会場に足を運んでくれたファンには関係がない。とにかくステージには立たなければならない。そのことは誰もが頭の片隅で意識していた。

佐々木久美は、混乱で泣きながら楽屋に戻っている途中、欅坂46の石森虹花に「大丈夫?」と声をかけられた。すでに事情を伝え聞いていた石森に慰められながら、佐々木は「そういえば漢字さんも同じ気持ちだったんだ」ということに初めて思い至った。

彼女たちがグループに入ったばかりの頃に行なわれた、あの初顔合わせの場面。素人同然だったけやき坂46のメンバーにとって、欅坂46のメンバーは堂々とした"芸能人"に見えた。しかしその裏では、欅坂46のメンバーもけやき坂46の存在に不安を感じ、トイレの中に立てこもるという事件を起こしていた。そのことを雑誌のインタビューで知ったのは、ずいぶん後になってからだった。

「今の私たちと同じ気持ちだったはずの漢字さんは、そんなところを全然見せずに私たちに優しくしてくれた。これからけやき坂46のオーディションを受けるコたちは悪くないんだから、私たちも受け入れてあげなきゃいけないんだ。漢字さんみたいに」

加藤史帆には、思い当たるところがあった。以前、ライブを見に来てくれた母親から「漢字さんが21人で踊ってるのを見ると、ひらがなの12人って少なく感じるね」と言われたことがあった。レッスンで欅坂46の曲の練習をしていたときも、「やっぱり人数が少ないと見劣りするね。みんなは今のひらがなの人数をどう思う?」と聞かれたことがあった。

"いつか人数が増えるかも"、そんな予感はどこかにあった。しかしそれがけやき坂46の全国ツアーが始まったばかりの、そして12人の気持ちがひとつになったばかりの今、告げられたということが強いショックを引き起こしていた。

しかし、この日のうちに早くも次の段階を見据えていたメンバーもいた。影山優佳は、ライブの本番後に行なわれた密着カメラのインタビューにひとりで応え、こんなことを言った。

「くよくよしてちゃいけないので、これから2期生が入りやすい環境をつくります。ここから気持ちを切り替えて頑張ります」

けやき坂46史上、最大の事件であり試練ともなった追加メンバー募集の発表。それは、結果的に今のけやき坂46メンバーたちが自分たちのことを見つめ直すきっかけとなった。

全国ツアーのZepp Namba公演で『制服と太陽』を歌うけやき坂46メンバーたち。センターは加藤史帆が務めた

■"アンダー"という言葉からの解放

1周年記念ライブが終わってからしばらくたったある日。スタッフのもとに、けやき坂46のメンバーたちからこんなメッセージが送られてきた。

私たちの目標 
・もっと大きいステージでライブがしたいです 
・47都道府県を回るツアーがしたいです 
・知名度を上げるためにゲリラ握手会をしたいです 
・ひらがなで冠番組を持ちたいです 
・いつかひらがな名義でシングルを出したいです
......etc.

メンバーが自主的に話し合って決めたグループの目標をリストにしたものだった。

それはプロのアーティストの意思表明としては稚拙な内容だったかもしれない。しかしその文面からは、これからはチャンスを待つのではなく自分たちから動きだすんだという意志が感じられた。何より、けやき坂46がひとつのグループとして認められるようになりたいという強い思いが貫かれていた。

もとは"欅坂46のアンダーグループ"として集められたけやき坂46。そのアンダーという言葉の束縛から今初めて解き放たれ、彼女たちは独自の道を歩きだそうとしていた。それは、追加メンバー募集という劇薬がもたらした意識改革であり、自立心の芽生えだった。

そうと決まれば、まずやるべきことは見えていた。5月31日に行なわれるZepp Namba公演をいいライブにすること。そして悔いの残ったZepp Tokyo公演のリベンジを果たすこと。

このライブに向けて再び話し合いが行なわれるなかで、スタッフからこんな意見が出た。

「『サイレントマジョリティー』とか『不協和音』は、あまりにも漢字のイメージが強いんじゃないか。もっとひらがならしいセットリストにしたほうがいいんじゃないか」

そして、たったこれだけの言葉に、加藤史帆は感極まって泣いてしまった。

「そんなに私たちのことを考えてもらってるなんて、知りませんでした......」

もともと欅坂46に憧れて入ってきた子が多いだけに、けやき坂46のメンバーたちは先輩のようにカッコよく、クールな曲をパフォーマンスしたいという気持ちを持っていた。しかし、けやき坂46の独自性を模索し始めた今となっては、欅坂46を象徴する曲を歌う意義は薄れていた。それよりも、けやき坂46らしさというものを考え、それに即したセットリストにしたほうがいいんじゃないか――。そうした考えからの提案だった。

あの1周年記念ライブの裏側で聞いた、「ひらがなけやきのことを思ってやっている」という言葉は嘘ではなかった。周囲のスタッフはけやき坂46の未来を真剣に考えていた。その思いを感じ、加藤史帆は涙したのだった。

こうした経緯があり、Zepp Namba公演のセットリストは前回のものから大幅に変更された。相変わらず持ち曲は少ないので欅坂46の曲を借りなければいけないものの、すでに振り入れを終えている『サイレントマジョリティー』や『僕たちの戦争』といった曲は外され、新たに『制服と太陽』『夕陽1/3』『微笑みが悲しい』などが追加された。いずれもゆったりとしたテンポで温かみのあり、けやき坂46のイメージにも近い曲だった。

さらに、Zepp Namba公演だけの出し物として予定されていたタップダンスも習得し、メンバーたちは満を持してステージに臨んだ。

■初めて一体感を感じたステージ

けやき坂46にとって大阪でライブをするのは初めてのことだった。のみならず、欅坂46でさえこの地でステージを踏んだことはなかった。今回のライブには相当な気合いも入っていただけに、開演前はメンバーの間にいつも以上の緊張感が漂った。

しかし、オープニングアクトとしてタップダンスを披露した時点で、メンバーたちは今までのステージにはない空気を感じた。

「やっぱり、大阪の人ってノリがいいな。ライブがこんなに楽しいって知らなかった」

けやき坂46のなかで唯一の大阪出身者である高瀬愛奈は、こんなふうに凱旋の喜びを肌で感じていた。ほかのメンバーも観客のレスポンスの良さに勇気づけられ、テンションを上げていった。

特に、前回ぶっつけ本番で臨んでうまくいかなかったMCは、確かな変化が見られた。みんなで事前に打ち合わせをして作ったネタが、つたないながらも観客にしっかりと伝わったのだ。

「大阪といえばたこ焼き。皆さん想像してください。まぁるいたこ焼きに?、テカテカのソースがのって~、青のりがのって~......もう好きすぎて、たこ焼き苦手!」

長濱ねるがこんなベタなボケをすると、打ち合わせどおりメンバー全員でコケた。すると、大阪の客は一緒になってコケて、盛り上がってくれた。

大事なのは、観客と一体になること――。このとき、メンバーたちは初めてその手応えを感じることができたのだった。

さらに肝心のパフォーマンスも、けやき坂46らしさを意識したものになった。『世界には愛しかない』で出だしのポエトリーリーディングを担当した影山優佳は、発音するタイミングを微妙にずらしてドラマティックな効果を生み出した。前回のZepp Tokyo公演のときはオリジナルの欅坂46のCDを聴き込み、平手友梨奈とまったく同じタイミングで発音しようとしていたが、今回は自分らしく感じたままにセリフを言ってみようと思ったのだ。

また、進路相談に臨む学生の不安と希望を歌った『制服と太陽』のセンターは、加藤史帆が務めた。当初センターに指名されたとき、加藤は自信のなさから「なんで私なんだろう」と佐々木久美にこっそり泣きついたりもした。だが、本番では加藤の持つ女の子らしい雰囲気と素直さが曲と見事にマッチし、会場を幸せな空気が満たした。

そして、このとき高瀬愛奈とともにデュエット曲『微笑みが悲しい』を歌ったのが、東村芽依だった。それまではライブのたびにリハーサルで泣いていた東村は、このツアーに入ってから大きく成長しようとしていた。

『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。