第250話 最強賢者、故障に居合わせる
「この昇降機の調子がおかしいことは認識してるんですけど、何分古代文明の遺産ですから、修理できる人がいなくて……」
「何とかならないのか? 王都の学園には、凄く腕のいい付与魔法士がいるって話だよな?」
「学園に直してもらえないかと聞いたこともあるのですが、なんでも一番腕のいい付与魔法士は王都にいないとかで……。他の付与魔法士はまだ経験が浅くて、上級アーティファクトなんて触れないみたいです」
俺の前世の時代に作られた魔道具などを、今の世界ではアーティファクトと呼んでいる。
アーティファクトを加工したり修理したりするには、今の基準だとかなり高い技術が必要なため、基本的にアーティファクトはメンテナンスなどを行わずに使われている。
一部の、比較的産出数が多く構造が単純なアーティファクトに関しては第二学園で修理がおこなわれているようだが『迷宮エレベータ』のように数が少なく貴重な魔道具を修理できる者はまだいないようだ。
……でも、その王都にいない付与魔法士って、ルリイのことだよな……?
それなら、本人がここにいるんだが。
もしかして、ここで申し出れば『迷宮エレベータ』を修理させてもらえたりするだろうか。
27階層での鍛錬は1ヶ月くらい行うつもりだし、早く修理してしまって安心して鍛錬に行きたい。
俺とルリイがいれば、10分もあれば修理できる。
そんなことを考えつつ、俺は『迷宮エレベータ』が降りるのを待つ。
……別に鍛錬自体は27階層でなくても構わないのだが、迷宮の27階層というのは、誰にも邪魔や迷惑をかけずに鍛錬ができる場所として貴重なのだ。
街の中にあるので、便利だしな。
――その矢先、鈍い音を立てて『迷宮エレベータ』が止まった。
その音を聞いて、俺とルリイは顔を見合わせる。
『……壊れたな』
『……壊れましたね』
俺は、ルリイとそう言葉を交わす。
どうやらついに、限界が来たらしい。
次の瞬間、ガタン! と言う音とともに『迷宮エレベータ』が数メートル降下した。
魔力回路が壊れた時用の安全装置が作動して、次の階層へと俺達を届けたのだ。
「おい、何が起きたんだ?」
「緊急事態です! 昇降機の故障みたいです!」
そう言って操作係が『迷宮エレベータ』のボタンを連打する。
だが『迷宮エレベータ』は動かない。
壊れているのだから当然だ。
「……調子が悪いとは思ってたが、ついに壊れたか! ……この迷宮、自力でも階層移動できるんだよな?」
「はい。通常の階層移動は可能ですので、上がれることは上がれます」
「じゃあ決まりだな。壊れたアーティファクトなんて修理できねえし、自力で登るぞ」
同乗していた冒険者たちは、ベテランだけあってすぐに判断を固めたようだ。
……『迷宮エレベータ』を修理すればそれで終わりなので、別にわざわざ歩いて登る必要はないのだが。
そう言い出そうとしたところで……冒険者の一人が言った。
「ところでここ、何階層だ?」
「ええと……あっ」
『迷宮エレベータ』の外に書かれた階層表示を見て、操作係が真っ青になる。
まるで、この世の終わりでも来たかのような顔だ。
その反応を見て、冒険者が訝しげな顔をする。
それから、階層の表示を見て……青い顔になった。
「……9層か……」
「マジかよ……」
「お前ら、覚悟を決めるぞ。一人でも多く生き残るんだ。……倒せる相手じゃない。もし俺が襲われたら、その間に逃げてくれ」
それから何やら、悲壮な覚悟を固め始めた。
……ここまで『迷宮エレベータ』から降りなかったということは、彼らも10層以降に行く冒険者のはず。
それがなぜ、たかが9層ごときで恐れているのだろう。
「9層が、どうかしたのか?」
「イーリアスに来たばかりなら知らないかもしれないが、『ギャンブル迷宮』の9層には悪魔がいるんだ。……この階層を移動するなら、お前らも覚悟を決めた方がいい」
「……悪魔?」
「ああ。何度も悪魔討伐が試されたが、帰ってきた奴はごく僅かだ。……俺達はそれに参加しなかったから、今ここにいる」
悪魔か……。
名前的に、精神系の状態異常を使う魔物とかだろうか。
混乱などの状態異常は、対策を取っていないパーティーだと致命傷になる。
精神系の状態異常は多くの場合、相手の魔力のバランスを乱すことで混乱や睡眠といった状態を生み出す。
そのため無詠唱魔法などを使う魔法使いの場合、魔力操作能力が精神系状態異常に対する抵抗力にもなる。
だから、簡単に全滅したりはしない。
だが詠唱魔法に頼っている冒険者は魔力制御もできないため、精神系状態異常への耐性が皆無だ。
混乱系の能力を持った魔物が1匹いただけで、パーティーが全滅しかねない。
今の世界は、精神系状態異常に対して非常に弱いのだ。
……混乱系の状態異常持ちが9層に出るのは珍しいが、ありえない話ではない。
まあ、9層の混乱や睡眠なんてルリイ達には効かないし、警戒する必要も別にないのだが。
他の冒険者や操作係が混乱してこっちに襲いかかってこないよう、精神系状態異常を解除できる魔法だけいつでも使えるようにしておくか。
そう考えつつ俺は『迷宮エレベータ』の修理を提案することにする。
「俺達に『迷宮エレベータ』の修理を任せてもらえないか?」
拙作『異世界賢者の転生無双』の書籍版が、【4月14日】に発売します!!
書き下ろしもありますので、よろしくお願いします!