第241話 最強賢者、手抜き工事を見つける
「……は?」
攻撃を避けた直後、急に地面の感覚が消えた。
――迷宮の床が抜けたのだ。
迷宮の床は、壁に比べて頑丈にできている。
表面の部分は軟らかいこともあるが、魔物の攻撃くらいで抜けることはない。
階層主の攻撃くらいで階層が抜けるなら、今ごろ迷宮は穴だらけだ。
ごく浅い階層であれば、簡単に抜けることもあるが……27階層ではまずありえない。
そんなことを考えつつ俺は、空中で体勢を立て直す。
「マティくん!?」
「ゆ、床が!」
ルリイ達の慌てたような声とともに、俺は下へと落ちていく。
だが、落ちる距離はさほど大きくなかった。
たった3メートルほど落ちたあたりで、足が地面に着いたのだ。
『俺は大丈夫だ! 3人は落ちないように、足下に気をつけてくれ!』
そう言いながら俺は、周囲の状況を確認する。
どうやら俺が落ちたのは、28階層ではないようだ。
もし下の階層に落ちたとしたら、落下距離はこんなものでは済まない。
階層間の距離は迷宮と階層によって違うが、この階層なら確か10メートルはあったはずだ。
問題は、俺と『クラッシュグリズリー』が落ちた場所がどこかだ。
俺の前世の時代には、こんな空間はなかった。あれば絶対に気付いている。
この空間ができたのは、俺が転生してからだ。
そう考えて天井を見て――俺はこの空間の正体に思い至った。
――モンスターハウス増加計画。
前世において、この階層は大人気の狩り場だった。
そのためモンスターハウスは常に不足していたし、狩り場争いは激しかった。
そこで考えられたのが、迷宮の床を掘削して穴を掘り、人工的に部屋を作るという『モンスターハウス増加計画』だ。
この『はじまりの迷宮第27層』は、モンスターハウスだらけの特殊な階層だけあって、モンスターハウスができやすい環境になっている。
人工的にモンスターハウスの形を作れば、そこに魔力が集まってモンスターハウスができる可能性は十分にあった。
安全性などの理由で、俺が生きていた頃には実行されなかったのだが――どうやら、俺が転生してから実行に移されていたらしい。
「作るなら、ちゃんと作れよ……」
壊れた天井(さっきまでの俺にとっては床だった)を見ながら、俺はそう呟く。
天井の厚さは、たった10センチほどしかなかった。
普通の迷宮の床には、メートル単位の厚さがある。
これでは、『クラッシュグリズリー』の爪でなくとも、ちょっと強い魔法を使っただけで壊れてしまうだろう。
当然、天井も補強はしてある。
補強に使われているのは『魔法硬化合金』という、当時は一般的に使われていた合金だ。
『魔法硬化合金』は安価で強度が高く、優秀な金属ではあるのだが……こういった迷宮を補強するのに使っていい金属ではない。
というのも『魔法硬化合金』の強度を確保するために付与された魔法は、迷宮のように激しい魔力流のある場所に置いておくと、徐々に劣化していくのだ。
恐らく今床が抜けたのは、その劣化のせいだろう。
……手抜き工事だな。
前世の時代なら、迷宮に『魔法硬化合金』を使えばそのうち壊れることなど、分かっていたはずだ。
恐らくコストカットのために、わざとそのうち壊れるものを使ったのだろう。
当時は通路で激しい戦闘が起こることなどなかったし、通路の下であれば安物を使っても大丈夫だと見たのだろうな。
俺が生きていた頃は迷宮内に『魔法硬化合金』を使うなというのは常識だったのだが、俺が転生してから常識(?)が変わっていたらしい。
そんなことを考えつつ、俺は『クラッシュグリズリー』の爪を避ける。
「ガアアアアアァァァ! グルァァァァァ!」
床が抜けても、『クラッシュグリズリー』はお構いなしで俺に攻撃を仕掛ける。
今まで通り、回避したいところだが……そうもいかない。
「マティくん、魔力反応が!」
「ああ! いったん離脱するぞ!」
そう言って俺は、魔法を使って地面に開いた穴から飛び出す。
どうやら『モンスターハウス増加計画』は、成功していたようだ。
その証拠に――天井の崩落というきっかけを得た人工モンスターハウスに、数百匹の魔物が同時に現れた。
この数を狭い空間で相手するのは避けておきたい。
「これ、何が起きたんでしょうか……」
「古代文明が作った隠し部屋が地面に埋まってて、それが崩れたんだ。……おかげで、いい感じに魔物が閉じ込められてくれた」
そう言って俺は、穴の中を眺める。
手抜き工事の『人工モンスターハウス』が、一種の落とし穴になってくれた。
おかげで『クラッシュグリズリー』はモンスターハウスの魔物ごと穴の中に閉じ込められ、攻撃し放題だ。
……どうせだから、この迷宮で効率よく経験値を稼ぐ方法でも説明しておくか。
「もう階層主を気にする必要も無いから、階層主ごと魔物を倒してしまうぞ」
そう言って俺は、体内で魔力を練る。
ここで使う魔法は、俺が『モンスターハウス殲滅の炎』という身も蓋もない名前で呼んでいる魔法。
名前に相応しい、普通の戦闘では到底使い物にならない魔法だ。
まず、発動に時間がかかりすぎる。それはもう、今の時代で使われているお粗末な詠唱魔法がまだマシな代物に感じるほど、『モンスターハウス殲滅の炎』の発動は遅い。
次に、弾速が遅い。まともな状況では命中させられない。
この2つだけでも致命的なのに、更に欠点がある。
着弾してから、その威力が発揮され始めるまでに10秒、それが魔法が威力を発揮しきるまでにかかってしまう。
普通の魔法は、遅くても半秒程度で威力を発揮する。
というか10秒もあれば、敵は余裕で魔法の効果範囲外まで逃げられるのだ。
ついでに俺は失格紋なので、射程も短い。
この魔法の攻撃範囲を考えると、撃ったらすぐに逃げなければ自分が巻き込まれてしまうほどだ。
それらの性能を犠牲にして追求したのが、威力と攻撃範囲だ。
攻撃範囲は、きっちりモンスターハウス1個分。
威力も、27層の魔物をまとめて倒すのに十分だ。
無傷の『クラッシュグリズリー』を倒すには威力が足りないが、今の弱った状態であれば倒せる。
「この魔法を部屋に放り込んで、扉を閉じて敵が焼けるのを待つ。これがこの階層での経験値稼ぎだ」
そう言いながら俺は、『モンスターハウス殲滅の炎』を人工モンスターハウスに放り込んで後ろへと下がった。
すると、少ししてから人工モンスターハウスから炎が上がった。
拙作『異世界賢者の転生無双』の書籍版が、【4月14日】に発売します!!
書き下ろしもありますので、よろしくお願いします!