蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江
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青空

 

朝から続く曇天はちらちらと小さな雪の粒を降らせている。

エ・レエブルの街は領主様の結婚を祝う日だというのに、今日はここ最近でも特に寒い。

俺はゆっくりとベッドから起き上がる。ベッドと机しかないこの部屋でも、他の奴らみたいな相部屋よりマシだ。

 

まだ日の登らない空は暗く、頼りないロウソクの灯りじゃあ部屋の中すら満足に照らせない。隙間風で舞い上がるカーテンを縛る為に窓に近づくと、通りにランタンの灯りが見えた。

隣の家のガナードさんの奥さんだろう。

領主様の開催するパーティの日には毎回手伝いに行っている。昨日も「明日はお屋敷で朝からお祝いの料理を作んだよ」と言っていた。

ゆらゆらとランタンの光が真っ暗闇の中揺れて小さくなる。

 

そんな様子を二階の窓から見下ろして、街でも一、二を争う大きな商店、ワランプールの店子である俺も起きだす。

南北と東西を結ぶ街のメインストリートに面したこの店の主人には、なんと領主であるレエブン侯爵から結婚式への招待がされているのだ。

それにあたって、奥様の雑用係として俺もお二人について領主様のお屋敷まで行く事になっている。店子で一番顔がよく、背も高い俺は従者がわりにもってこいってところだろう。

招待されているとは言っても、流石に直接声をかけられる事はないだろう。けど、貴族様のお屋敷にお呼ばれしているのだ。一番上等なお仕着せを着て行かなけりゃあいけないし、今から旦那様の着替えの手伝いもしなければならない。

 

この雪が降るなかを外に出るのは憂鬱だけれど、店にいてお祝いも関係なく仕事をするよりは何倍もマシだ。

領主様のご好意で、神殿でお昼にパンとスープとお酒を神殿で配るという話は聞いている。この間店に来たばかりの見習いの奴らが嬉しそうに話していた。

なんでも、一月以上前からお祈りのたびに神殿の神官が言っていたらしい。

まあ、普段の昼は固くなったパンにチーズが一切れっきりだから、奴らにとっちゃあ十分なご馳走だろう。

 

でも、と俺は嗤う。旦那様についていけば貴族のお屋敷で食事が出される筈だ。領主様や招待された貴族様程でないにしても、豪華な料理を食べられるだろう。想像しただけでよだれがでてくる。ひょっとしたら高い肉の塊が食べれるかもしれない。

美味しいご馳走に期待に胸を膨らまして、俺は旦那様の部屋へむかった。

 

 

旦那様は店にある中でも一等豪華な馬車で領主様のお屋敷に向かう。

従者の俺はというと御者と一緒に寒い外だ。今日着ているのは店の中で着る用のお仕着せだ。当然合うような厚手のコートはない。その事を旦那様に言うと、旦那様のお下がりを渡された。擦り切れて肘の部分は薄くなっているが仕方がない。俺は今現在それを着て寒さを凌いでいる。

領主様のお屋敷までは緩やかな上り坂になっている。その坂を登るように西へ向けて馬車は進んだ。

途中、他の店の馬車と並走する。この街の中心人物の多くが、領主様に更にとり入ろうを集まっているのだろう。

その中で一際目を引く馬車があった。

八人の騎士に守られた黒い馬車だ。艶が出るほど磨かれたキャビネットは俺が乗っているものより倍近く大きい。側面にはゴテゴテした金色の紋章がある。

護衛の騎士に気圧されたのかどの馬車も道を譲り、大渋滞を引き起こす。こんな騒ぎを起こすなんて、ひょっとしたら他の街の貴族様かもしれない。それも大きな街のだ。

 

「おんやぁ、これは畏れ多い。あれは王族の方の紋様だぞぉ。これ坊主、道を譲るから旦那様に伝えてくれぇ」

 

ヨボヨボの御者はそういうと小突いてくる。王族だって?! 俺は耳を疑った。それはとんでも無く偉い人のはずだ。

好奇心旺盛な俺は一目中の奴の顔を見ようと首を伸ばしたが、御者の爺に尻を叩かれた。仕方なく言われた通りに伝えると、旦那様達は顔を輝かせて頷いた。大方、王族の目に止まるかもしれないとでも思っているのだろう。

事あるごとに昔は王都で偉い貴族の御者をやっていたと自慢している爺さんだ。腕は確かでひどい揺れも他の馬車に当たるという事もなく道路の隅に止まる。俺としては後から来たくせに何が王族だ、と怒鳴ってやりたかった。

横を通る一瞬、ガラスの向こうに乗っている奴の顔が見えた。乗っていたのは護衛の逞しい兵士を連れるには不釣り合いな子供だった。珍しくもない金色の髪を焼きたてのパンの様に膨らんだ顔の上に乗せている。

綺麗な王女がいると聞いていたので期待したが、どうやら違う奴が来たらしい。

小太りのそいつは多少顔立ちに気品が見えない事も無かったが、正直俺の方が倍近くカッコいい。

 

ガキは優越感に浸っている俺をあっという間に追い越していく。領主様の屋敷までの道はあのガキの為にあけられ、あっという間に見えなくなった。

動きだすまでにはかなりの時間がかかり、屋敷に着く前に俺の腹はペコペコに減ってしまった。

 

 

 

お屋敷についてからの俺はずっと口が開きっぱなしだった。

だって冬なのに庭は綺麗な緑で、花だって咲いている! 俺だけじゃなくて奥様や旦那様だって綺麗に飾り付けられた庭に驚きっぱなしだった。会場になっている庭にいる連中も、大体のやつは同じ様子だった。

旦那様はしたり顔で高価な魔法道具のおかげだと言う。それを聞いた周りの奴に感心されて得意顔だ。

厚い雲からはちらちらと雪が降っている。にも関わらず庭のどこにも雪がつもってはいない。こんな曇り空にはもったいない程の綺麗な庭だった。

 

「なんだかここは少し暑いわ。ニック、コートを持っていてちょうだい」

 

そう言って脱いだコートを奥様に押し付けられる。

続くように旦那様の分もだ。すっかり両手が塞がってしまった。これじゃあ期待していた料理が食えない! なんとかしようと、馬車まで荷物を置きに戻らせてもらう。

荷物を置いて来ると旦那様たちに告げると、待ち合わせの場所も決められる。早く戻れと釘を刺されて、やっと俺は少しの自由時間を手に入れた。

 

 

 

領主様のお屋敷はとても広い。

自分の馬車を見つけるのも一苦労だ。

なんとか馬車を見つけた俺は御者の爺さんにコートを押し付けると辺りを物色しながらゆっくりと戻る。

人が多すぎてご馳走の匂いがしないが、ここまで来たからには絶対に肉を食って帰ってやる! もしくはこの結婚式に来た貴族の令嬢だ。身分差の恋なんていいじゃないか。顔には自信がある俺は、身なりが良い連中がいる方へ足をすすめた。

料理はないかと匂いを嗅ぎながら進んでいく俺に、何人かが眉をひそめる。どいつもこいつも上等な服を着ているからどっかの貴族様だろう。この街の奴だったら俺が知らないわけがない。

旦那様達との待ち合わせの場所から離れるように進むのも忘れない。こんな所をウロウロしているなんて知れたらでかいダミ声で怒鳴られるに決まっているからだ。

進めば進むほどだんだん居る連中の服装が良いものになっていく。心なしか、人混みもマシになってきた。

抜けた! そう思った先にはずらっと並ぶ従者の人垣があった。しかもただの従者じゃない、腰には剣を下げている。

という事は、この先は領主様のいる場所なんだろう。ぎろりと睨まれて俺はすごすごと来た道を引き返す。

結局、どこにも食い物のくの字もなかった。麗しい貴族の女との出逢いはもっとなかった。

 

 

がっかりした気持ちでトボトボと旦那様の所に帰ると、遅い! とこっぴどく叱られた。

 

「お前はウロウロとどこをほっつき歩いていたんだ! もう始まるのだぞ! 御領主様に迷惑がかかるような事はしてないだろうな!?」

「そ、そんなわけないじゃないですか! へへ、ちょっと人が少ないところがあったんで、料理のテーブルかと思ったんですよ。お二人に飲み物でもって!」

 

とっさに出たのは口から出まかせ。しかし旦那様からは胡乱な目で見られながらも追求を逃れる。

収穫はゼロだが仕方ない。大人しく旦那様達の後ろに立って澄ました顔を作る。

 

背の高い俺が周りを見回すと、他の奴らの頭の先に赤い絨毯が敷かれた通路が見えた。俺より背の低い旦那様と奥様にはとてもじゃ無いけど見れない程人垣が厚い。

これじゃあ例え領主様が出てきても顔なんて見れないじゃないか? そう思って空いた腹を撫でる。

良いものが食べれると思っていたから余計に腹がへる。恨みがましい思いで絨毯の方をみた。

 

「そういえば旦那様、領主様はどこにいるんです?」

「そんな事も知らんのか? 今街の方から馬車に乗ってこちらに来られている途中だ。各所の神殿を回っておられるそうだ。もう先触れの騎士様も来られたからじきここにつくだろうさ」

 

邸内に居ればこんなに暖かいのに、わざわざ寒い外に来るなんて変わっている。

俺が侯爵だったら神殿を回るなんて事をせずに、この暖かい屋敷内で綺麗な服をきて、豪勢な食事を食べてあとは美人な結婚相手と寝るだけだ。

我らが領主様はよっぽど信心深いようだ。

 

俺が何度目かのあくびをこっそり噛み殺した頃、ようやく領主様達を乗せた馬車が到着した。

 

その馬車の煌びやかさと言ったら、それ自体から光が出ている見たいだ。金箔で埋められたキャビネットはオープン式で、上に雪よけの幕が張られている。その幕には雪が積もっていた。外ではかなり雪が降っているみたいだ。

領主様はグレーの燕尾服に白いシャツ。首に巻かれたスカーフの色は薄い青で、結婚相手のドレスと同じ色だ。青白い肌に柔らかな笑みを浮かべて手を振っている。

結婚相手のドレスは薄い青で、美人だけど少し暗い雰囲気だ。正直俺の好みじゃ無い。行きつけの酒屋ウエイトレスのねーちゃんの方がよっぽどいい。あの尻とかたまんねぇ。艶っぽい唇もだ。何人かの仲間と誰が一番に口説けるかの競争をしているが、間違いなく俺が一番に口説けるだろう。この間も花をプレゼントしたら抱きつかれた。あとひと押しだ。

 

そんな別の事を考えていたら領主様の馬車が途中でとまってなんか喋っていたようだ。周りがしたり顔で頷いているのに倣って頷く。

途中からだが話をくっつけると、どうやら領主様の親戚がお祝いに雪を止ませてくれるらしい。

それに会場は笑いに包まれる。当たり前だ、魔法なんて言ってもそんな奇跡みたいなことが出来るわけがない。領主様も冗談を言うんだと空気が緩んだ時だ。

 

ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 

と、街の中央にある鐘つき塔から音が響く。

お昼を告げる3つの鐘だ。

いつもの癖で俺は時計塔の方向へ首を回す。

 

そしてそこではとんでもない事が起きていた。

 

まずは街全体に薄い銀色の煙が立ち上っていた。

霧の様なのにキラキラと光るそれに目が釘付けになる。

そしてその次はその時計塔に浮かび上がった巨大な光る何か、だ。

曇天の空模様のなかで目立つのそ何か。それがなんなのかを答えたのは領主様だった。

 

「街の中心にある時計塔、そこに私の友人ナインズがいるんだ。彼は位階魔法以上の魔法を使うことができる。まあ、一人の力では難しいので領民の皆の力を借りてね。こんな寒い冬の日に太陽が見れるなんて最高の結婚プレゼントだ。是非皆も彼の力を見てほしい」

 

朗々と馬車の上から得意顔の領主様。

魔法の事はよくわからないけれど、あれが魔法陣とかって奴ならば半端ない。本当に雪が止むんじゃないか? そんな期待をしながら、皆が巨大な魔法陣を固唾を飲んで見守る。

 

しんと静まりかえった中で魔法陣が一際強い輝きを放った。

そして弾け飛んで────。

 

厚い雲に切れ間ができてその隙間からあたたかい日差しが降り注ぐ。

 

「信じらんねぇ……」

 

生まれた時からこの街で育った。だからこそわかる。この街の冬に青空が見れた事なんて片手で足りる程しかなかった。なのに、なのに。

 

「奇跡だ。きっと神様なんだ」

 

ザワザワと周りからも声が聞こえる。

冬の薄暗い曇り空はもうどこにもない。雪雲も、ない。いや、雲がない。

 

太陽が北の空の低い所に見える。薄い青の空。

呆れ返る程の快晴だ。

 

ただただ暖かい日差しがさして、そしてキラキラとその光を受けて領主様達の服が輝いていた。

 

 

 

 


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