□伊弉冉一二三の語る怖い話
□誤字脱字、すみません。気付き次第修正します
■アパシー学校であった怖い話をリスペクトしたオマージュです 元ネタにあたる作品を知らなくても問題なく読めます
チッチッチーっす! ども、伊弉冉一二三でっす、ヒフミンって呼んでね。あんたが記者の坂上さん? どぞ、よろしく。ホストのくせに変わってる? どういう意味だよ、それ~~。天職にしか見えないってよく言われるし、こんなもんっしょ。にしても、ホストに怖い話聞きたいなんて、あんたも変わってんね。もっと良い人いっぱい居るっしょ。
まあ、いいや。細かいことはあんまり気にしないし。怖い話するくらい、別に良いしね。じゃあ、オレっちが坂上さんがビクブルするような、超怖い話してあげるから。覚悟しといて。
ん、覚悟はできた? そんなもんでいいの? 手のひらに人って書いて3回飲まなくて大丈夫? あれ、これは違うか。まっ、何でも良いや。じゃ、話すね。
ふう……。
オレっちのいる店、クラブ・スリーエースって言うんだけど、新宿歌舞伎町にあるタテハナビルってとこの4階にあんのね。そうそう、「職業イケメン」看板が有名なあそこね。よく知ってるじゃん、もしかして行ったことある感じ? ビルが割と新しめだから、内装も綺麗なんだよね。元々、店は別の雑居ビルにあったんだけど、何年か前に移転して今の店に来たからキレイになったの。だから、厨房もトイレも更衣室も、どこもかしこもピッカピカ。前の店は、ホールは綺麗だったんだけど、バックヤードはゴキブリが出るくらい汚くてさ。や、一応飲食店だからさ、そんなの信用問題に関わるし、お客さんに見つかる前に死ぬ気で抹殺したんだけど。でも、壁に生えたカビとかはどうしようもなくて、見るからにボロっちくて、もうイヤだったねえ。でもでもっ、今の店はチョーピッカピカだから最高! 壁紙も白いし、床に黒ズミもないし、すっげ綺麗。
でもね、そんなおニューなお店に、変なのが置いてあんの。というのもさ、更衣室の一角に、誰も使っていないボロボロのロッカーが置いてあんだよね。ロッカーには名前のシールと顔写真が貼ってあんだけど、そのロッカーは何にも貼ってないの。ガッコに置いてあるような、地味ぃなロッカーでさ、店の内装の雰囲気にも合わないし、もういつから置いてあるかもわからない。俺って結構古株キャストだから、俺が知らないってことは、あと知ってそうなのはオーナーくらい。でもオーナーに聞いてもさ、「俺がテナントを借りたときから置いてあるから、前の店の忘れ物なんじゃないか」って言うし。本当にそうなんじゃないかなあってくらい、誰もそのロッカーのこと知らないんだよね。
普段はそんなロッカーのことなんて誰も気にも留めないし、話のタネにも上がらない。気味悪いっちゃ気味悪いロッカーなんだけど、それだけなんだよね。ま、みんなが話題避けてるっていうのもあるけどさ。
でもね、ロッカーの話が出るときがある。オレっちたちはホストだから毎日いろんな女の子と会うんだけど、キャバ嬢だったりOLだったり女子大生だったり、そりゃもう色々と。見た目だってまちまちでさ、茶髪の子だったりショートの子だったり、珍しかったのはモヒカンかな。あれはビビっちった。
でさ、そん中で一定の周期ですっげえ美人さんが店にくるんだよね。キャストどころかお客さんの目も奪うような、長い黒髪のとんでもない美人の女性。最高のパーツが最適な位置にあるような端正な顔で、白い肌にキレイな指先、椅子に座ったら余っちゃうくらいの長い美脚。どこをとっても褒めるところしかないような、完璧な女の人だ。そんな人が店に一定のスパンで何人も来るの。すっげえでしょ? 美人な女の子って思ったより居るんだなって思っちゃったよ。その人たちの名前はミズキだったりナツミだったりするんだけど、共通点は長い黒髪と……服装が似つかわしくない、地味めのワンピースだってこと。見るからに美人さんだからね、どんな服着てたって似合ってたけど。逆に服装が地味だから美貌が際立ってたって感じなのかな。
ホストクラブなんだから、いろんな女性が訪れて当然だし、本当なら美人な人くらいキャスト全員見なれていて当然だった。でもさー、なんでか知らないけど、目を奪われるんだよね。そういう体質の子っているけどさ。何にもしなくても目立っちゃう子。きっと彼女たちもそういう類のものなんだろうけど……、理屈じゃないんだよね。
でね、その子に指名されると、絶対にあのボロいロッカーの話をすることになるんだよね。それまでずっと営業トークして、全然関係ない話してるのに、時間近づくとその話になってんの。どういうわけか、話の主導権握られて誘導されてるんだよね。
で、美人の女は最後に決まってこう言うの。「へえ、面白いわ。一度でいいからそのロッカーが見てみたい」って。
そんなさー、ボロいロッカーが見たいとかありえる? 持ち主不明の不気味なロッカーだけどさ、興味を引くようなもんでも無いと思うんだよね。それに、お客さんを事務所の中に入れるのなんてご法度だし。どんな問題があるか分かんないからね。
でもね、「ロッカーを見せて欲しい」って頼まれたキャストは、そのお願いを絶対に断ることが出来ないんだって。で、皆にナイショで店にその女を連れて、ロッカーを見せたキャストは――次の日、必ず行方をくらませる。
…………。
あー、坂上さん、その顔、全然信じてないっしょ? ま、仕方ないよねー。オレっちもこれ実際に遭ったわけじゃないから、人づての話だし。体験談だったら、この場にオレっちいないし(笑)。
オレっちもさー、ホントは信じてるわけじゃないんだよね。そりゃ、お客さんに黒髪のチョー美人さんが来たのは見たことあるけど、対応したことないし。何でか知らないけど、そんな子に指名されたこと無いんだよね。一日に何人も女の子の顔見るから、覚えらんないし。それに、ホストが突然失踪するのは珍しいことでもないんだよね。借金があるとか、イヤになったとか、理由はまちまちだけど、突然辞めちゃうキャストもいる。だから、すっごい美人の女の人に指名された次の日、たまたま辞めちゃっただけって可能性も捨てきれないの。失踪したキャストが死体として見つかった、なんてニュースも聞いたことなかったしさ。
でもさ、坂上さん。そんなほの暗い噂のあるロッカー、ちょっと興味あったりしない? オレっちは、あるよ。怖いものみたさだよね。坂上さんも、そういう好奇心があってオカルト専門のフリーライターやってるんでしょ。怖い話って、聞いたらビクブルしちゃうって分かってても聞きたくなるもんだしね。こういうの、なんていうんだっけ? あ、そうそう、「好奇心は猫をも殺す」? オレっちたち、ネコちゃんってことだ。死んじゃうかな。坂上さん、オレっちと一緒に死んでくれる? ぷぷっ、うっそーー。こんな初対面の相手と死ねるわけないっしょ。本気にしちゃった? だったら、ごめんねえ。
や、ロッカーに興味があるのはホントだよ。実は、誰もロッカーの中を見たことは無いんだよね。年末に大掃除するんだけど、そのロッカーだけは中身整理しないし。オーナーが言うには、俺が店に来る前に何度かロッカーを処分しようとしたんだけど、そのたびに従業員が怪我したとか、連絡した業者が来れなくなったとかなんとかで、失敗しちゃったらしい。なんか、そういう偶然が続いちゃって、ちょっと不吉な印象が付いちゃってさ。そういう噂にも尾びれが付いて広まっちゃってさ、誰もロッカーに近づかなくなっちゃったんだよね。みんながロッカーの話避けるのは、この部分が大きいかな。
ね、怖いっしょ? 坂上さんも、ロッカーに興味あるっしょ? ね、ね。だからさ、今日の深夜、店が閉まったあとに一緒にロッカー見てみねえ? オレっちも、時間あけるし。実際に見てみた方が、リアルな記事書けると思うんだよね。ね、いいっしょ? じゃ、今日の深夜2時半くらいに店の前に来てよ。約束ね。
深夜2時35分。坂上はクラブ・スリーエースのあるビルの前に立っていた。そこに昼間と変わらない恰好をした伊弉冉一二三がやってきた。
「肌寒いっすねえ。ささ、ちゃっちゃとロッカーみて帰ろ!」
鼻先を赤くし、白い息を吐く伊弉冉はたしかに寒そうだと坂上は思った。坂上は頷いて、一二三のあとに連れだってビルの中に入り、階段を昇って行く。
「鍵は秘密で持ち出しちった。オーナーにバレたら怒られちゃうカモ」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、伊弉冉は慣れた手つきで開錠する。クラブの入り口をくぐり、営業終了後の暗いホールをつっきって、そのまま客が知るはずのない奥へと進んでいく。
事務所の中、更衣室はなんてことはない、普通だった。ホールの内装は派手だったが、事務所の中はいたってシンプル。更衣室も同様だ。ロッカーの数に対して、少し手狭ではないかと思うような更衣室は、クリーム色の壁紙と白い床で清潔感に溢れていた。その部屋の中に、明らかに異質なロッカーが置いてある。
部屋の隅に、忘れられたかのように置いてある古びて錆びたそれは、件のロッカーなのだと、坂上はすぐに確信した。
「早く開けてみよー。そのロッカーに鍵はないからさ」
伊弉冉が坂上の背後から声を掛け、肩を抱く。独特なフレグランスの香りが漂う。坂上がロッカーの扉に手をかけた。何かが引っかかっているのか、扉はガタガタと擦れる音がするだけで、ちょっとやそっとでは開きそうになかった。
そのとき、坂上のスマフォが震え、静寂を打ち破るような明るい着信音が鳴り響いた。知らない、番号。坂上は不審に思いながら電話に出た。
あ、もしもし。坂上さん? 坂上さんだよね? 僕、伊弉冉一二三です。ごめんね……今、仕事終わって。本当は仕事の前に連絡入れられたら良かったんだけど、こちらの都合がつかなくてね。こんな時間にすまない。そう、取材のことについてなんだけど……申し訳ないけど辞退させてもらうよ。僕を求める子猫ちゃんの要望には出来る限り答えてあげたいんだけどね。僕の大親友の独歩くんに素面で女性と会うのは無理だと、断固として主張されてね。忠告も無下にできないからね、だから坂上さんの申し出は断らせてもらうよ。代わりと言ってはなんだけど、シンジュク中央病院の神宮寺寂雷先生を尋ねてみるといい。先生なら、きっと僕なんかよりも怖い話を用意してくれると思うよ。今回のことは、僕の身勝手で断ってしまってごめんね。気を悪くしないで。お詫びに、今度君が店に来てくれたら大サービスしてあげるから。最高のおもてなしを用意させてもらうよ。気軽にクラブ・スリーエースに遊びに来て欲しい。勿論、気が向いたらで構わないから。君が来るのを待ってるよ、子猫ちゃん。
それじゃあ、おやすみ。良い夢を。
通話が切れ、画面はホームに戻る。坂上は振り返れなかった。たしかに通話の相手は、伊弉冉一二三と名乗ったのだ。どういうことだ。いま自分が会っている男は、いま背後にいる男は誰なのだ。
漏れていた電話の声を聞いていた男は、仰々しいジェスチャーをしながら、溜息を吐いた。
はあ、バレてしまいましたか。いえ、もう少し強引にでもフリを続けるべきだったでしょうか。まあ、いいです。もう面倒になってしまったので。嘘をつき続けるのも、案外つかれるものなんですよ。
何ですか、その惚けた顔は。貴女、ライターのくせに相手の身辺調査もしないんですか?飴村乱数も言っていたでしょう、取材相手の身辺調査はして置いた方が良いと。人の忠告には素直に従っておいた方が良いですよ?
知らないんですか、伊弉冉一二三は和服なんて着ていませんし、極度の女性恐怖症ですよ? そもそも、この取材を受けられるはずがありません。少し調べたら分かったものなんですがねえ。それとも、伊弉冉一二三がホストということで勘違いしましたか? 先入観を持つのはよくありませんよ。
小生? はて、誰でしょう。麿は名乗る程のものではございませんので……よよよ……。でも、一応、ここは有栖川帝統とでも名乗っておきましょうか。お好きなようにお呼びください。
どうしました、そんなに怯えて。小生は何も貴女をとって食おうなどとは思って居ませんよ。けれど、そうですね。狭い密室に、それも深夜に、見知らぬ男と二人きり。女性のあなたにとっては恐怖かもしれませんね。通報でもされたら、小生は言い逃れもできません。ですから、さっさとこの場を退散した方が良いかもしれませんね。ええ、そうすることとします。
では、置き土産に一つ。たしかに小生は自分自身を偽りましたが、小生の話した内容に嘘はありませんよ。そうです、あのロッカーの話は嘘ではありません。
ほら、もうすぐロッカーの扉が開きそうですね。中、見ないんですか? 中、見られたらどうぞ小生にもお知らせください。また会えたらのお話ですけれど。
それでは、また。