サッカーはいまや国民的スポーツとなり、日本代表の試合はサッカーファンだけでなく日本中の注目を浴びる一大イベントである。宮本恒靖氏は現役時代、代表チームの全カテゴリーでキャプテンを務めた。その後、2018年にガンバ大阪の監督に就任すると、降格危機にあったチームの再建に成功した。勝てば称賛を浴びるが負けた時には厳しい批判にさらされる過酷な環境の中、自分を見失うことなくリーダーの職責をまっとうし続ける宮本氏に、その哲学を聞いた。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年5月号より、1週間の期間限定で抜粋版をお届けする。

自分への評価よりチームの勝利が大事

宮本恒靖(みやもと・つねやす)
ガンバ大阪 監督
1977年大阪府生まれ。同志社大学経済学部卒業。10歳で本格的にサッカーを始め、1995年ガンバ大阪入団。日本代表では各年代別のキャプテンを務め、2002年日韓大会、2006年ドイツ大会と2つのFIFAワールドカップでもキャプテンとしてチームを牽引した。2011年12月、34歳で現役を引退。2012年9月よりFIFAマスターに挑戦し、2013年7月末に修了。2015年、ガンバ大阪ジュニアユースコーチに就任。同ユース監督、同U-23監督を経て、2018年シーズン途中よりトップチームの監督を務める。

編集部(以下色文字):宮本さんは、クラブだけでなく日本代表チームの全カテゴリーでキャプテンを務めるなど、リーダーとして集団を牽引され続けてきました。その際、何を重視されていたのでしょうか。

宮本(以下略):どんな時でも、相手をリスペクトする気持ちは忘れずにいようと意識していました。キャプテンとして伝えるべきことは言いますが、それぞれの置かれている状況や性格も考慮して、どのようにコミュニケーションを取るべきかから注意すべきだと思っています。

 私がまだプロになりたての頃、練習でのミニゲームの最中、先輩のゴールキーパーからひどい言葉で怒鳴られてカチンときたことを、いまでもよく覚えています。彼にも言い分はあったのでしょうが、私にも言いたいことはあるし、先輩とはいえ、もう少し言い方はあるだろうと。伝える内容は同じだとしても、伝え方によって心に響くことも反発されることもあるというのは、自分の経験から得た学びです。

 クラブも代表チームも個性的なメンバーが集まっていますから、それぞれの性格を理解するために、メンバーの様子をふだんから観察するようにしています。練習前のストレッチの時に横に行って話しかけることは監督になったいまもやっていますし、食事中の会話やバスの中での座る位置、メディア対応している時の話し方などから察する場合もあります。私の観察結果が当たっているとは限らないでしょうが、より受け入れてもらえやすいシチュエーションをつくり、相手の性格に応じて伝え方を考える努力は必要だと思っています。

 これは相手のためでもありますが、チームが勝利するために何が必要かを考えて、やるべきことを逆算した結果でもあります。チームが機能するためには垣根が生まれてはいけないので、そのために一人ひとりを理解しようという発想になりました。

 そうした発想は、若い頃から持っていましたか。

 中学校のチームで主将に任命されて、ガンバ大阪のユースでもキャプテンをやらせてもらっていたので、自分以外のことを考える習慣は10代から身についていたと思います。以来、自分はチームに対してどのように貢献できるのかを常に考え続けてきました。

 U-20日本代表でキャプテンに選ばれた時も、自分が活躍するよりもチームの勝利が大事だと答えた記憶があります。格好付けたわけではなく、それは本心からです。サッカーに限らず集団スポーツを長くやっている人であれば、どうにかしてチームに貢献したいと考えるものではないでしょうか。

 ただ、そのための方法に正解はありませんから、試行錯誤です。シドニーオリンピックの時も、1997年にワールドユースでベスト8になった私たちの世代と、1999年に準優勝した小野(伸二)や稲本(潤一)など下の世代と人間関係をどう築き、チームとしてどう融合させようかと必死でした。

 私の場合は、ディフェンダーというポジションも影響しているのかもしれません。個人としてどれだけいいプレーができても、点を取られてチームが負けてしまえば嬉しくない。自分が点を取ることで勝利を引き寄せられるフォワードであれば、もう少し自分を優先した発想になっていた可能性はあります。

 キャプテンといえども、いつメンバーから外されるかわからない厳しい環境です。また重要な大会で個人として評価されれば、キャリアアップにつながります。自分の力を誇示したいという欲は湧いてこないものですか。

 競争の世界ですから、誰にも負けたくないという気持ちはもちろんありますし、熱くなることもあります。特に代表チームの場合、まずはメンバーに選ばれなければなりません。選考段階では、同じポジションを争う選手は特に意識しますし、その中で生き残るには何を身につけ、どのタイミングでアピールすべきかを、いつも考えていました。ただ、いざチームの一員となると、あいつを蹴落として試合に出たい、自分のいいところを見せたいという気持ちより、チームの勝利のためにどう行動すべきかを優先していたと思います。

 2004年のアジアカップの時は直前に欧州への移籍話があり、自分のプレーを見てほしいという気持ちがなかったわけではありませんが、その時も切り分けていました。自分のパフォーマンスを評価されたいという気持ちと、自分のことよりチームの結果を大切にしたいという気持ちは、両立させることができると思います。

 また、これも経験からの学びですが、自分の実力を見せ付けたいと思って試合に臨むと、よい結果につながりません。19歳の時、久しぶりに試合に使ってもらえたことで張り切りすぎてミスを連発したのですが、自分でも空回りしていることがわかりました。

 私にとって最も重要な経験は、シドニーオリンピックのブラジル戦です。森岡隆三が出場停止になったことで初めて大会のピッチに立ったのですが、試合の2日前にフィリップ・トルシエ監督から先発を告げられてから、眠れないほど前のめりになってしまった。自分の実力を誇示して勝利することで、もう一度ポジションを取り戻したいという気持ちが強すぎた結果、やはり試合でのパフォーマンスが悪くチームも負けてしまいました。

 その現実をすぐには消化し切れませんでしたが、帰国してから大会を振り返る作業を行ったことで、自分のメンタルに問題があったと気づけました。以降はメンタルコントロールがうまくできるようになり、その時の反省は日韓ワールドカップに活かされています。

自分の力で変えられることと
変えられないことを切り分ける

 お話を伺っていると、宮本さんはチームメイトに対してだけでなく、自分自身も客観的に観察し、分析されていると感じます。

 実際には、喜怒哀楽の激しい性格だと思いますよ。特に試合中は、どうしても感情が先行することがあります。相手に得点を奪われた時などは、それが自分のミスでもチームメイトのミスでも「なんでだ!」と心の中ではカッとなっています。でも、キャプテンという立場でそうした姿を見せすぎてもよくありませんし、反対に、あえて怒りを表に出して鼓舞しなければならない場面もありますから、そこは注意しています。

 選手時代で最も苦しかった時期、オーストリアのザルツブルクに移籍した2年目のシーズンでベンチにすら入れない期間が続いた時も、自分に起きていることを客観的にとらえることはできていたと思います。なかなかメンバー入りできない状況の中、まず監督の評価を聞いて自身の課題を明確にするところから始めました。そこから毎日の練習で課題を克服する努力をし、監督が使いたいと思うようにアピールすることに努めました。最終的に誰をメンバー入りさせるかは監督が決めることであり、その判断に自分の力は及びませんが、課題を克服する努力を続けたことは自身の成長につながったと思います。

 実は小学校6年生の時、通学途中で不思議な体験をしたんですよ。頭の上のほうから自分を客観視した声が聞こえてくる感覚がありました。「宮本恒靖はサッカーが好きで上達もしている。でも、6年生になったのだから勉強もしっかりやる必要がある」と。両親が共働きだったので子どもの頃から鍵っ子で、自分で放課後のスケジュールを決めて行動することは習慣になっていました。それを徹底しなければならないという意識からかもしれませんが、うまく説明はできません(笑)。

 それからは意識的に一歩引いて、自分自身や自分が関わる集団を見るようになっていったと思います。自分の力で変えられることと、変えられないことを意識的に切り分けるという姿勢につながりました。

 2004年アジアカップのヨルダンとのPK戦[注1]で、宮本さんがエンドを変更するよう抗議してそれが認められたのは、変えられることに全力を投じた象徴ではないでしょうか。

 あの試合では相当苦しい状況に追い込まれましたが、自分にいま何ができるかを考え続けていました。その時は1人目のキッカーの中村俊輔が軸足を滑らせて外したのを見て、同じ左利きのアレックス(三都主アレサンドロ)も軸足を滑らせて外すのではないか、そうなれば抗議に行こうと決めました。

 私はアレックスが外した後に主審に近寄り、「フェアではない」と伝えました。直前の欧州選手権の試合で同じようなピッチコンディションの中、イングランド代表のデイビッド・ベッカムが足を滑らせてPKを外すのを見た時も感じましたが、ヨルダン戦は右足で蹴る選手と左足で蹴る選手で明らかな有利、不利が生じるコンディションでした。俊輔やアレックスのような名手が足を取られて外すような、自分の実力を発揮できない状況で勝負を決めることはフェアではない。それをキャプテンとして主張すべきだと感じたのです。

 現実的にエンドを変えることまでは難しく、間を空けてチームの悪い流れを変えたいという気持ちだったので、受け入れられた時は自分でも驚きました。ただ、その可能性がないと思っていたわけではありません。あのマレーシア人の主審と顔を合わせるのは3回目で、それまでの試合でもよいコミュニケーションが取れていました。彼なら自分の主張に耳を貸してくれるかもしれないという期待はありましたし、自分たちの利益ばかりを主張するのでなく、フェアではないという中立の主張であれば聞き入れられやすいだろうと考えていました。

 ヨルダン戦のようにチームが追い込まれると、絶対に負けたくない、キャプテンとして何とかしたいという思いはいっそう強くなります。中国で開催されたアジアカップは完全なアウェーの状態でしたし、それまで思うようにチームの結果が出ていないことへの批判に対する反骨心もありました。

 自分がミスをした試合であっても、終了直後から冷静に振り返って語られていた印象があります。

 もちろん、ミスによる感情の起伏はありますが、そこから学べるものも多いと思っています。そのミスが判断ミスだったのか、技術的なミスだったのかを考えて次につなげていく。判断ミスであれば同じことをやらないように気をつけますし、技術的なミスであれば課題を明確化して練習で克服します。

 うまくいかなかった時はその原因を探り、うまくいった場合も、なぜできたのかを冷静に分析する。サッカー選手の成長はその繰り返しから生まれるもので、チームが強くなるためには全体でそのサイクルを回していくことが大切です。監督になってからも選手にそう言っています。

 特に日本代表の試合は日本中の注目を浴び、わずかなミスでも批判される過酷な環境です。2006年のワールドカップ・ドイツ大会のクロアチア戦では、宮本さんがPKを与えたことで個人攻撃にさらされました。

 チームの真実は我々にしかわからないという思いがあったので、それほど気になりませんでした。外部の人にはロッカールームで起きていることなんて見えません。テレビの前でプロ野球の試合を見ながら、「何であんな球が打てないんだ」と言うのと同じ感覚だと思うようにしていました。

 そもそも、そうした記事を読んでプラスの気持ちになることはありませんし、外からの評価より自分の中でしっかりと消化することが大切なので、寄せ付けないようにしていました。自分なりの考えを持ち、真剣に戦っているというプライドもあります。

 結果として生じたミスを引きずっても仕方がないという心境になれたのは、20代前半からでしょうか。若い頃はミスが多く、それを試合中に取り返そうとして、さらにミスを招くという負のスパイラルに陥ることがありました。その現象に気づいてから、ミスをしても試合が終わってから分析しようと切り替えたんです。それまで考えていたことが整理されたような感覚がありました。

 それからは自分を責めるようなことはやめて、さあ次に行こうという気持ちに切り替えることができるようになりました。それができたのは選手として大きかったと思います。

 ミスを引きずることはありませんか。

 まったくないと言ったら嘘になります。ドイツ大会のオーストラリア戦で、ティム・ケーヒル選手に決められた逆転ゴールの残像はいまだに鮮明です。後悔もある。スルーパスを意識しすぎて下がってしまったのですが、自分があと50センチ前に出ていたら防げたのにと、いまでも思うことはあります。そうした悔しさを繰り返さないためにも、選手も監督も、ミスから学び続けることが重要です。

 宮本さんはユース時代から輝かしい成果を積み重ねてきましたが、自信が過信に変わるようなことはなかったのでしょうか。

 それはありませんでした。たとえ日本代表に選ばれても「嬉しかった」で終わらず、次も選ばれるようにしなければという危機感を常に持つようにはしていました。そこでさらにハングリーになれていたら、もっといい選手になれたかもしれませんね。でも、選手としてのキャリアは終えましたし、いまは監督として果たすべき役割もあるので、過去を振り返る必要は、もうありません。

【注】
1)2004年のアジアカップの準々決勝、ヨルダン戦でのPK戦の際、先攻の日本が2本連続して外したのち、宮本氏はピッチコンディションを理由に、PKのエンド変更を主審に訴え、認められた。結果、日本は逆転で勝利し、大会も制覇した。

現役引退後、なぜ燃え尽きることなく走り続けられたのか。監督という新たな役割とどう向き合っているのか。宮本氏へのインタビュー全文は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年5月号に掲載されています。

◆最新号 好評発売中◆
『セルフ・コンパッション』
EI(感情的知性)向上のカギを握るものとして、マインドフルネスとともに欧米のエグゼクティブに注目されているのが、「セルフ・コンパッション」である。自分をあるがままに受け入れることができるマネジャーは、みずからの成長のみならず、チームの成長を促すという調査も出てきている。言い換えれば、社員へのメンタル支援を行うことは、チーム、ひいては会社のパフォーマンス向上につながるのである。

【特集】セルフ・コンパッション
◇セルフ・コンパッションは自分とチームを成長させる(セリーナ・チェン)
◇セルフ・コンパッション:最良の自分であり続ける方法(有光興記)
◇セルフ・コンパッションを日常で活かす方法
◇リーダーは自分の役割を問い続ける(宮本恒靖)
◇あなたを苦しめる「わたし」の正体(中島隆博)

 

お買い求めはこちら
[Amazon.co.jp] [楽天ブックス] [e-hon]