そして、この捜索範囲と分担の決定は、時間の経過とともに、困難の度合いを深めていきます。降下した乗員は、この季節ではまだまだ冷たい海水の中で海流に流されてしまうからです。三沢沖の主要な海流は親潮と呼ばれる千島海流ですが、対馬海流の分岐流である対馬暖流が沿岸を南下している他、季節によっては黒潮と呼ばれる日本海流の影響も受けます。空自では、こうした海流に関する詳しい知識がありません。そのため、海自や海保のサポートを受け、時間経過とともに海流に流されることを前提に捜索範囲を更新しなければなりません。こうした協力態勢を構築するため、ROCには海自や海保の連絡官が詰めています。

 こうした活動は、極めて限られた時間で行わなければなりません。墜落時の三沢沖の海水温は、摂氏10度もなかったはずです。低温の水に浸かっていると、体温が急速に奪われます。怪我をしていなかったとしても、低体温により命が危険にさらされます。10度以下の海水に浸かっている場合、人間が意識を保てる時間は30分から1時間程度とされています。生存可能時間も1時間から数時間しかありません。海流とともに、海水温の情報や、こうした有意識時間や生存可能時間の算定にも、海自や海保の協力を得ることになります。

海流と風に流される救命浮舟

 本稿を執筆している現時点(4月12日)で、この生存可能時間は大幅に超えています。そのため、乗員が海水に浸かったままであれば、生存は残念ながらほぼ絶望的と言わざるをえません。

 ですが、海面に着水した乗員の生存可能時間を延ばすため、サバイバルキットが用意されています。ベイルアウトした際には、座席とともに、このサバイバルキットが射出され、着水後、直ちに使用可能なように準備されています。

 このサバイバルキットの中身は食料や無線機などですが、生存可能時間を延ばすために最も重要なのは「救命浮舟」と呼ばれる一人乗りの小型ゴムボートです。これに乗り込めば、海水による体温の低下は防げます。またこのゴムボートにはテントのようなシートもついており、寒風から身を守ることもできます。水中での生存可能時間を大幅に超えた現在でも捜索が続けられている理由は、乗員が救命浮舟に乗り込んで救助を待っている可能性があるからです。

空自の戦闘機に搭載されている救命浮舟

 また、パイロットは、落水後に救命浮舟に乗り込み、サバイバルキットを使用して、救助を待つための水上保命訓練も実施しています。

 ただし、もしもこの救命浮舟に乗り込んでいるとすると、ROCが行う捜索範囲と分担の決定はさらに困難なものになります。救命浮舟は、海流による影響に加え、それ以上に風により、ものすごい速度で流されるためです。

 4月9日以降、現場海域では、非常に強い風が吹いていました。たとえば風速20m/秒の風に押し流されると1時間で70キロメートル以上も移動することになります。24時間経つと1700キロメートル以上の移動です。ROCでは風によって流された可能性を踏まえ、気象隊からの情報や海自や海保の協力を得ながら捜索エリアを更新していかなければなりません。