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ただいま表示中:2018年10月29日(月)なぜ起きた?弁護士への大量懲戒請求
2018年10月29日(月)
なぜ起きた?弁護士への大量懲戒請求

なぜ起きた?弁護士への大量懲戒請求

ネットを通じ弁護士に大量の懲戒請求を行った市民が、弁護士に訴えられるという異例の裁判が各地で行われている。きっかけは、弁護士会が出した朝鮮学校への補助金交付をめぐる声明に対し、あるブログが、弁護士資格のはく奪などを求める懲戒請求を行うことを読者に呼びかけ、およそ1000人が応じたことだった。市民がなぜ、大量の懲戒請求書を送ることになったのか、匿名性の高いネットのなかで起きていた実態に迫る。

出演者

  • 武田真一・鎌倉千秋 (キャスター)

例年の40倍 弁護士の懲戒請求 何が?異例裁判で賠償命令

武田:例年の、およそ40倍、13万件という異常な数。これは去年(2017年)1年間に、弁護士に対して出された「懲戒請求」の件数です。弁護士資格のはく奪などを求めたものです。

このことを巡って、今、懲戒請求をした市民が逆に弁護士に訴えられるという異例の裁判が各地で相次いでいます。

鎌倉:弁護士は、不当な請求で名誉を傷つけられたなどとして、損害賠償を求めたのです。今後、訴えられる可能性がある人は最大1,000人に上ります。インターネット上の呼びかけに応じて懲戒請求をした人たちです。

武田:先週、初めての判決が言い渡され、懲戒請求をした一人に33万円の賠償が命じられました。一体、何が起きているのでしょうか?

なぜ?公務員・医師・主婦などが…

不当な懲戒請求を受けたとして裁判を起こした一人、金竜介弁護士です。

弁護士 金竜介さん
「こちらが、私たちに対する懲戒請求書。全部で1,000通近く。」

去年11月、突然、およそ1,000通に上る大量の懲戒請求書が送りつけられました。理由は、弁護士会が出した朝鮮学校への補助金を求める声明。それに賛同することが犯罪にあたるというものでした。

弁護士 金竜介さん
「非常におそろしいと思いました。最初は何をやられているか理解するまでに時間がかかりました。」

発端となったのは、インターネットのたった一つのブログでした。日本から在日外国人を排斥することなどが目的だという、このブログ。さまざまな行動を読者に呼びかけていました。

ブログでは、弁護士たちの行為は「外国の勢力と通じて武力を行使させる『外患誘致罪』にあたり、死刑に相当する」と主張していました。懲戒請求書のひな型を作ってブログに掲載。ダウンロードさせたり、郵送したりして、読者に届けました。呼びかけに応じたおよそ1,000人が署名・なつ印して送り返し、ブログを経由して全国各地の弁護士会に大量に送りつけられたのです。
そもそも金弁護士は、朝鮮学校の補助金の声明には一切、関わっていませんでした。しかし、弁護士会の幹部と共に、在日コリアンの弁護士たちも標的にされました。名前だけで、身に覚えのない大量の懲戒請求を受けたのです。

弁護士 金竜介さん
「ネットの向こうでは、どんな人がやっているかよくわからない。ところが今回行われた懲戒請求書には、住所があって名前も書いてある。つまり、この人たちは実在するんだという怖さです。ブログで読んでいた、それだけで行動してしまうという、具体的な行動に出るためのハードルが低くなりすぎている。」

ブログの呼びかけに応じたのは、どんな人たちなのか。懲戒請求したおよそ1,000人をNHKが独自に調べたところ、住所などが判明したのは470人。全国各地に広がっていました。平均年齢は55歳、およそ6割が男性でした。公務員や医師、主婦や会社経営者など、幅広い層にわたっていたことが分かりました。

なぜ懲戒請求を出したのか?私たちは一人一人訪ね、話を聞くことにしました。

「やっぱり不公平、公平じゃない。日本人が虐げられているという話なんです。」

「このままじゃ乗っ取られるでしょ、朝鮮も中国もロシアも。悪い国がたくさんいるから、日本の周りにはね。」

多くの人が、ブログの主張に賛同したと語りました。

誰がなぜ?弁護士の懲戒請求 ネットで何が…独自取材

各地を回るうちに、懲戒請求したことを後悔しているという人たちに話を聞くことができました。関東地方に暮らす、50代のタクシードライバーです。懲戒請求の制度をよく理解せず、軽い気持ちで行ってしまったといいます。

懲戒請求したタクシードライバー(50代)
「はっきり言えば、そこまで深く考えていない。そんな弁護士さんたちが怒ると思ってなかったし。」

男性は、もともと朝鮮学校への補助金について関心はありませんでした。在日コリアンの友人や同僚もいて、親しくつきあってきたといいます。男性がブログに出会ったのは6年前。勤めていた会社を退職、ギャンブルでも負けが込み、多額の借金を抱えて生活に苦しんでいました。

「抱えている借金が借金なので、回しきれなくなっちゃって。最終的には自己破産というかたちで、あとは低空飛行だよな。そんな中でいろいろ検索してるときに、何がきっかけかは分からないけど、たまたまあのサイトにつながった。」

経済的に苦しい中、在日コリアンなどが優遇されていると主張するブログを見て、「理不尽だ」と怒りが沸いたといいます。ほかのサイトでも関連した内容を見るうちに、気付けば同じような主張の情報ばかりに接するようになっていきました。

「別に“嫌韓”“嫌中”を目指して検索しているわけではないけど、関連した動画って必ず出てくる。面白ければチャンネル登録するし。おすすめされている物を、暇にまかせてクリックして見る。」

徐々にブログにのめり込むようになり、世の中がよくなればと、170件もの懲戒請求に署名・なつ印しました。

「ここに印鑑をさして、ぺったんぺったんて。きれいに写るんだこれが。やっていることの重大さとは別で、楽しいんだよね、きれいに写るって。決して自分が悪いことをしている意識はない。俺いいことやっているんだと、ある種の高揚感みたいなものも当然あったし。」

ネットの匿名性への安心感から、懲戒請求してしまったという人もいました。サラリーマンの夫と子どもの3人で暮らす、50代の主婦です。家族にも懲戒請求したことは知らせていません。女性がブログに出会ったのは、自分と似た考えの人たちとインターネット上でつながるようになってからでした。

懲戒請求した主婦(50代)
「見たいなと思うフェイスブックのグループに入ってみたり、そこで今日の出来事のニュースに対して誰かがコメントを書いたりして、そうですよね、ああですよねと会話をして。
(ブログを知った)きっかけは、誰かが紹介していた。読んでみようと思って読んだ。」

女性は、日本人を礼賛し、誇りを取り戻すべきだというブログの主張に強く共感したといいます。既存のメディアが伝えない真実だと感じ、ブログを信頼する気持ちは日に日に高まっていきました。

「自分が知りたい情報だったと思う。そういうことを知ると、他がおろそかになるっていうか。嘘もあるんですけど全て信じてしまう。それが間違っていたか合っていたか、関係ないと思ってしまう。」

そして、懲戒請求に至る決め手となったのは、ブログのある記述。署名やなつ印をしても、弁護士に対しては名前が伏せられると記されていました。

これまでブログの呼びかけに応じ、政府機関などに対して、匿名でメールを送ってきたという女性。今回も、匿名であればと懲戒請求に踏み切りました。しかし実際は、自分の名前が記された懲戒請求書が弁護士のもとにそのまま届く仕組みになっていたのです。

「自分の頭で考えて、思いとどまることができなかったかなって。ちょっと過激さが加わってしまった。偏りすぎちゃって、戦闘モードに入って、こういうところ(懲戒請求)までいったので。その世界に入っていくと慣れてしまって、自分の中の過激さもそこに同調していると思う。」

ブログにのめり込み、懲戒請求に至った読者たち。呼びかけたブログの運営者側は、この事態をどう捉えているのか。

「懲戒請求された方々は?」

「それは独自にやってるから関係ないでしょ。個人の判断でやってるんでしょ。別にやれと命令してるわけでもないし。」

「責任は感じませんか?」

「感じるわけないよ。自分で名前書いて、はんこ押したもの、なんでこっちでああだこうだ言えるの。」

弁護士に訴えられる可能性があると知り、和解を申し出る人も出てきています。
中部地方に暮らす50代の男性です。突然、全国の弁護士から書類が届き、裁判か和解かの選択を迫られました。男性は慌てて弁護士に謝罪。和解に必要な現金を、家族に気付かれないようにかき集めました。

男性(50代)
「ためていたへそくりで。万が一訴えられて裁判所からの訴状がうちに送られてきたら、家庭が崩壊しちゃうので。」

7人の弁護士に合わせて40万円を支払い、和解した男性。自分の起こした行動を後悔していると語りました。

「(相手が)一人一人、生身の人間だということ。当たり前の事実なんだけれど、それが抜け落ちて、(ブログに)あおられたって言ったらおかしいですけど、今みたいに冷静にいられれば、いろいろまずは調べますよね、情報を。迷惑をかけてしまったと反省しています。」

なぜ起きた? 弁護士“大量懲戒請求”

武田:各地から出された大量の懲戒請求。一連の裁判は、東京を中心に、これまで27件。先週初めて賠償を命じられた請求者の一人は、裁判で反論せず、法廷にも姿を見せませんでした。懲戒請求したおよそ1,000人のうち、弁護士に和解を申し出た人は、これまでに20人とみられています。懲戒請求は、依頼者の金を着服するなど、品位を失う行為をした弁護士の資格のはく奪などを弁護士会に求めるものです。今回の請求について日本弁護士連合会は、「懲戒制度の趣旨とは異なる」として、「検討には値しない」という考えを示しています。

鎌倉:今回、番組では、独自取材で連絡先が分かった470人のうち、91人と接触しました。その結果、懲戒請求をした理由として、いくつかの共通点が見えてきました。最も多かった理由は、「日本をよくしたいという正義感から」という答えでした。一方で、こういった答えもありました。「懲戒請求の制度を理解せず、気軽な気持ちでやった」「匿名だと思った」「みんな自分と同じ意見だったから」「周りが見えなくなった」などといった声です。

武田:なぜ、こうした事態が起きたのか。ネットの仕組みそのものが大きく関係していることが分かってきました。

ネット特有の仕組みが関係… 社会を分断“エコーチェンバー”

ネット上の人々の行動や心理などを研究している、大阪大学の辻大介さんです。今回の問題の背景には、ネット特有の情報提示の仕組みが関係しているといいます。

大阪大学 准教授 辻大介さん
「なぜ、あっさり信じこめてしまうのかがキーポイント。それを思いとどまらせる意見は、非常に通りにくい情報環境ができあがっている。」

私たちがふだん接するネット上の情報。例えば動画サイトなどでは、過去の閲覧履歴をシステムが解析。個人の好みに合った情報が自動的に提示されます。スポーツが好きだという男性は、サッカーやバスケットボールの動画が。メークに凝っているというこちらの女性は、美容に関する動画ばかりが表示されています。

「出てきたやつが見たくなっちゃう。なんか気になる。」

「楽ですね、自分で検索する必要ないし。」

好みの情報だけが表示され、それ以外がフィルターで遮られるようなこうした状態は、「フィルターバブル」と呼ばれています。そして、みずからSNSやブログなどを通じて見たい情報を積極的に集め始めると、さらに危険な状況に陥るおそれがあります。同じ意見の情報ばかりが飛び交う閉鎖的な空間、「エコーチェンバー(共鳴室)」ができあがります。その結果、この中の情報だけが真実だと錯覚してしまうのです。

辻さんは、この状態が続くことで、異なる意見をはね返し、自分の意見が凝り固まっていくおそれがあると指摘しています。

大阪大学 准教授 辻大介さん
「エコーチェンバーの中に(身を)置いてしまうと、自分のある種の正しさというものを裏支えしてくれるというか、心理的に後押ししてくれるような人たちが周りにいっぱいいるような、社会的に承認されているような感覚はもたらされますから、お互いがお互いに自分たちのエコーチェンバーの影響を受けて、より両極側に考え方を強めていく。社会が分断されていく可能性、危険性が出てくるのではないか。」

ネットの影響で、家族が分断してしまったと感じている女性です。女性の父親は70代。以前は、自分と異なる意見を受け入れることも大切だと子どもたちに教えていました。しかし、父親は5年ほど前に初めてパソコンの使い方を知り、動画サイトを見るようになってから、様子が急変したといいます。ある日、気になってパソコンの閲覧履歴に目を向けると…。

女性
「韓国の悪口を言う動画とか、中国の悪口を言う動画とかあったりするんですね。そこから興味本位でポチッと押して入り込むと、ずっとおすすめに載っている。」

自宅にいるときは、朝から晩までパソコンに向かうようになったという父親。家族に対して信じられない言葉をかけるようになりました。

「『中国人が攻めてきても知らないからな』とか、そういう感じで。そこで私たちに『ばかだな』とか『これは常識なんだぞ』とか、いろんな言葉を言ってきましたね。父親はもう変わってしまった。もう2度と戻ってこないとわかったので、もう話しかけないようにしよう、近寄らないように身を守ろうと心がけていました。」

ネットで社会が分断… いま何が起きているのか

鎌倉:辻さんによりますと、ネットにはVTRにあった「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」以外にも、分断を生む要素があることが研究で分かっています。
一つは、匿名性の中で意見が過激化する、「脱抑制」というものです。一般的な対面のコミュニケーションでは、激しい言葉を投げつけると、相手に嫌な顔をされたり、反論されたりすることが、一つの抑止力になります。一方、ネットでは、自分が誰か分からない匿名性にくるまれ、安心感があります。相手が誰かも分からず、仕返しを受けにくいという特性もあり、抑制が働きにくくなるのです。
また、「集団極性」という要素もあります。人間はグループで議論をしてものごとを決めようとすると、より強い意見に引きずられていく傾向があると指摘されています。さらに、インターネットの世界では、同じ考えを持った人が集まり、異なる意見を排除しがちなため、強い意見に一層なびきやすくなります。脱抑制と、この集団極性が合わさることで、極端な行動に出やすくなるというのです。

武田:今回の問題に大きく関わったとみられるネットの仕組み。懲戒請求を行った人の一人は、「いいことをしている高揚感があった」と話していました。こうした心理について、国際基督教大学の森本あんりさんは、人間が本来持つ欲求が、インターネットによって増幅されたのではないかと分析しています。

国際基督教大学 副学長 森本あんりさん
「彼らがしたことは、何か日本のためにしたいとか、いまの政治、マスコミに任せただけではできないことを自分の手で小さいながらも行いたい。そういう社会参加の欲求が実はその下に隠れている。自分の存在意義の確認をしたいという欲求、承認欲求ということもありますけど、(ネットでは)自分が納得できる仕方で説明してくれる原理があれば、大切な価値があるものとして喜んで受け入れる。そういう場合、号令をかける人が一人いると、全体がすごく動いてしまう。」

武田:世界では今、人種や宗教、国の政策などを巡って、分断が進んでいます。アメリカやヨーロッパでは排外主義が台頭し、それにあらがう人たちとの対立が顕在化しています。インターネットを通じてさまざまな情報があふれ続ける現代。東京工業大学の西田亮介さんは、人々が共通の認識を持つことが難しくなっている社会に警鐘を鳴らします。

東京工業大学 西田亮介さん
「現在においては、情報の過剰性をめぐる混乱が起きているのではないか。民主主義や社会、公の問題を考えるにあたって、さまざまな混乱が起きている。公共性を共有することも難しくなる。ある人が公共だと思うものが、他の人にはそうではなく見える。人の思考や考え方が極限まで多様になっていくと、他人に対して想像力を向けることが難しくなっていく。共に違った人たちとやっていく社会とはどんな社会なのか。他社の権利を侵害せず、尊重できる社会とはどんな社会で、どんなルールが必要なのか。そのことを改めて考えるとよいのではないか。」

武田:「ある種の高揚感があった」「自分の頭で考えて、思いとどまることができなかった」「相手が一人一人の人間だということが抜け落ちていた」。取材に応じた人たちが語った言葉が、改めて耳に残ります。情報の海の中で、知らず知らずのうちに分断を生み出しかねない危うさを、今一度、私たちは見つめるべきだと思います。