鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず
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長い期間空いてしまいすみません。
PCやら職場の引っ越しやらで、てんやわんやしてました。あとオバマス。次限クエとか勘弁⤵



25話 皇帝来襲

 王国からの使者が突然訪れたことを<伝言>(メッセージ)で聞いたアインズは、外での用事を切り上げ急ぎナザリックへと帰還した。

 訪問者の対応を一時アルベドの采配に任せ、アインズは迎えるための身支度をおこなっていた。

 「正装といえばスーツ」しか思い浮かばなかったアインズは服選びをメイドに任せる。純白のマントになんだかよく分からない金の刺繍が施された白生地のローブという、アインズからすれば派手過ぎて遠慮したい格好。

 しかし、この世界の美的感覚がまだ良く分からないアインズはメイドの薦めるままに着ることにした。

 アルベドを伴い、使者が案内されているはずの第九階層応接室に向かったアインズが目的地へ向かうための通路で見たもの。

 

 それは血の海だった。

 

 生々しい匂いを放つ海の前に青褪めた表情で俯き、震えているシャルティア。

 傍ではシャルティアと同じような状態のユリが居た。

 

 何があったのか?

 二人から使者がナザリックに訪れてから今までの経緯を聞いたアインズから出た言葉は、いつもより優しい声だった。 

 

「…………そうか、そんなことがあったのか」

「「申し訳ございません。アインズ様」」

 

 シャルティアとユリが地に額をこすり付けるような土下座の姿勢で謝罪する。

 

 アインズの目的は王国から平和的に土地をいただき、表の世界に出ること。

 取引相手の王国からの使者ならば友好的に接する方針だと言うのは既に聞いていた。それを怒りに任せて殺害してしまい、絶対支配者の意向に背いてしまったことに震えているのだ。

 特に一度失態を演じた────アインズは自分の失態だと思っている────シャルティアはこのまま消えてしまいそうなぐらい怯えている。

 

「二人共顔を上げてくれ」

「申し訳ございません」

「…………もう一度言うぞ。顔を上げてくれないか」

 

 弁解の余地もないと思っているのだろう二人だったが、二度も告げられては従わざるを得ず、ゆっくりと顔を上げる。その瞳には涙が溜まっていた。

 ナザリックに所属するシモベが最も忌避すること。それは最後まで残って下さった至高の御方に「お前は必要ない」と捨てられてしまうことを恐れて。

 

 アインズの手がシャルティアとユリにそれぞれ伸びてくる。

 二人が思わず目を瞑る。

 

(イヤ、見捨てないで下さい)

 

 二人がそう思った時。

 

「えっ?」

 

 感じたのは暖かい何かに包まれる感触だった。

 

 目を開けたシャルティアは何が起こったのか一瞬理解出来なかった。それはユリも同じ。

 二人はアインズの胸に抱き寄せられていた。「ア、アインズ様?」とシャルティアが戸惑いの声を上げる。

 

「二人共気にするな。お前達は私を、ナザリックを思っての行動だったのだろう。私はそれを嬉しく思う」

 

 アインズの声はどこまでも優しく、二人の胸に染み渡るように響いてくる。

 

「それに私が出迎えたとしても恐らく…………いや、間違いなく同じことをしただろう。だから気にすることはない」

 

 事実そうだっただろう。先ほど聞いた使者の放った暴言。アインズ自身に対してぐらいであれば水に流せる。自分自身は大したものではないと思っているから。だが、大切な仲間と共に造ったナザリックへの侮辱。それをアインズが面と向かって聞いていれば自分も同じか、それ以上のことをしていただろう。

 

「ア、アインズざま゛~!」

「シャっ、シャルティア!?ぐえっ」

 

 感極まったシャルティアがアインズの腰に抱き付く。ぎゅうううっと力一杯に。

 

「ちょっと!?シャルティア!」

 

 アインズの後ろに控えていたアルベドが慌ててシャルティアを引き離す。ユリも事態を悟り手を貸してようやく引き離しに成功した。

 

「はあ~。あなた馬鹿なの?アインズ様の背骨を折るつもり?」

 

 アルベドが溜息を吐きながら「ああ、シャルティアだったわね」と口にする。その後、小声で「ドサクサに紛れて」と、ギリギリと歯をかみ締めていた。

 

「アインズ様がお許しになったのだからそれを受け入れなさい。それに、私が対応していたとしても我慢出来たとは思えないし。ナザリックの誰であってもそれは同じだったでしょうね。今回はたまたまあなた達だったに過ぎないわ」

 

 アルベドの言葉は嘘、偽りのない真実だろう。それほどに強欲で傲慢な愚か者であったのだ。

 

「…………そ、そうだぞ。アルベドの言う通りだ。二人は何も悪くない」

 

 腰を抑えながらアインズが言い聞かす。

 絶対支配者と守護者統括の言葉でようやく二人から罪悪感が完全に無くなり、花が咲いたような笑顔で返事する。

 

(やれやれ、本当に腰が折れるかと思った)

 

 アインズはシャルティアの後ろの凄惨な海を見る。

 

 酷い有様だ。七、八人ぐらいの人間だったモノが散乱している。

 この世の恐怖の全てを味わったような表情の老人の生首。

 同じような表情をした若い戦士風の男は四肢が全てありえない方向に曲がりグチャグチャ。胸に大きな風穴が空いていることから、これはユリがやったのだろうか。

 他の者も殆ど原型を留めていない。

 

 アインズはこの惨状を見ても罪悪感を感じない。むしろ自業自得だと冷静に受け入れていた。ただ不快なモノが死んだ。それだけだ。

 『死の支配者(オーバーロード)』だった影響だろうとは思う。

 純人間の『鈴木悟』の心に異形の精神が少なからず混ざっている今の状態はこういう時、有難く感じる。

 人もモンスターも殺せないような弱い心のままであったら、アルベド達に無様な姿を晒していただろう。

 『ナザリックとそこに住まう皆を守る』という一番の目的を果たす為の外界に対しての強い姿勢も持てずに、引きこもり状態になっていたかもしれなかった。

 それではナザリックを守れない。 

 

 血の海の向こう側から人影がこちらに向かってくる。

 足元が汚れないように床から少し浮いて。

 

「ただ今戻りました。アルベドから連絡を受けて急いで来たのですが、遅くなり申し訳ありません」

「良く帰って来てくれたな、デミウルゴス」

「…………ふむ、これは…………なるほど、そうなりましたか」

 

 血の海に沈む人間だったもの。シャルティアとユリと見、アインズとアルベドを見たデミウルゴスは何があったのか理解したように頷く。

 

「アルベドから少し話を聞いていましたが。アインズ様、この愚か者の死体はどうされるのでしょうか?よろしければナザリックで有効利用しようかと思いますが?」

「そうだな…………では、死体の処理はデミウルゴスに任せよう。それと、王国に対して交渉は決裂したと伝える必要がある。それも頼めるか?」

「はっ、お任せ下さい」

「どこかに隠れているかも知れないプレイヤーを刺激しないよう注意するようにな」

 

 アインズの言場に「はい」と頷くデミウルゴス。大っぴらに死体をばら撒く、といった方法は却下ということだ。

 ナザリック周辺の人間を主とする三国には、今の所プレイヤーが居るという情報は無い。

 かと言って居ないと断言出来るはずがない。

 隠密に特化した者ならニグレドでも発見は難しいし、課金アイテムを駆使して隠れ潜んでいる可能性も捨てきれない。常にプレイヤーの存在には警戒しておく必要があった。

 

 その時、アルベドに<伝言>(メッセージ)が届く。

 少しして<伝言>(メッセージ)を切ったアルベドはいつもの女神を思わせる美笑を称えていた。

 

「アインズ様。今、姉さんから連絡が入り、バハルス帝国から先触れが来たそうで、皇帝があと少ししたら来るそうです」

「帝国が?」

「ほう」

 

 デミウルゴスが歓心の声を上げる。

 友好関係ではない隣国。それも一国の頂点が出向いたということに対する驚きの表れだ。つまりは皇帝はナザリックに対する重要性を熟知しているということ。

 

 対して王国側の行動はかなり稚拙。

 選ばれた使者に先ぶれのない突然の来訪。基本的にナザリックを重要視していないのが読み取れる。

 

「一体何しに来たんでありんしょう?」

 

 シャルティアの疑問はアインズも同じ思いだ。

 デミウルゴスは頭の中で無数の可能性を検討し始める。 

 

「準備の方は私にお任せいただけませんでしょうか?」 

 

 デミウルゴスが願い出る。

 王国側が使者を送ってきたのはアインズが「土地を買いたい」と言う要望に起因している。

 出来るだけ穏便にナザリックを表舞台に出し、正義感に駆られたユグドラシルプレイヤーを刺激しないためのアインズが提案した手段だった。そして、結果は御覧の通りである。

 

「ああ。お前に任せよう、デミウルゴス」

「畏まりました! ご期待にお応えできるよう、全力を尽くしたいと思います!」

 

 デミウルゴスの熱意に満ちた返答にアインズは重々しく頷く。

 

「では、デミウルゴス。私がすべきことはあるか?」

「いえ、アインズ様には来訪した者たちへナザリック大地下墳墓の絶対なる支配者として、玉座に座っておられるだけでかまいません。あとの雑務は我々が」

 

 アルベドからも相手が礼儀を尽くしてきたのだからこちらも礼儀を取るべき。とのこと。

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者として気合を入れなおしたアインズはデミウルゴスのプロデュースにより着替えから始めるのだった。

 

 

 

 アインズがメイドを伴ってこの場を去った後。

 デミウルゴスが眼鏡を指で調整しながら同僚を見る。

 

「アルベド。こうなる事が分かった上でシャルティアを向かわせたのでしょう?」

 

 ナザリック一の知恵者は血の海の惨状とシャルティアとユリの様子から全てを見通していた。

 

「ええ、その通りよ」

 

 当たり前じゃない。といった様子のアルベド。女神の如き微笑みが変わることはなかった。

 

 「えっ?」それを聞いていたシャルティアはキョトンとした顔で呆ける。そして、次に沸々と怒りが沸いてきた。分かっていて至高の御方の意に反する事を自分にさせたのかと。

 

「落ち着きたまえシャルティア。アルベドは貴方を陥れようなどとは思っていませんよ」

「ど、どういう事なの?」

 

 間違った廓言葉を忘れるほど困惑したシャルティアにアルベドが優しく諭すように説明する。

 

「アインズ様は国を造るために御方自身が王国と交渉されたわね。そして王国の選択を尊重すると仰られたわ。結果、王国が寄越して来たのは心底不愉快な者達。あんな連中をアインズ様に合わせてるのは忠誠を捧げるシモベとして許されないことだわ。だから」

「私に始末させた。アインズ様に御不快な思いをさせないために」 

「そう。あんな無礼な者を送って来た時点で、王国がナザリックを軽く見ているのは明らか。王国が選択したのはそういうことよ。もし貴方がアインズ様に『勝手な判断をした』、とお怒りを買った場合は私が代わりに怒られてあげるつもりだったわ」

 

 心優しい御方であれば許して下さると、確信にも似た思いがアルベドにはあったのだが。

 デミウルゴスがアルベドに続いて語りだす。

 

「補足しますと、アインズ様は王国というより国王を試しておられたのでしょう。アインズ様の建国を認めた場合のメリット。ナザリックと友好関係を築いた時の恩恵が国王側にとってどれほどのものになるか。その辺りのことが想像出来れば断る理由はありません。アインズ様の持つ力の片鱗はすでに幾つも見せていますしね。ようは国王が反対派を本気で抑える気があるかどうか。その覚悟を試されていたのですよ。結果は……言うまでもありませんね」

「そうだったでありんすか。アルベド、疑って悪かったでありんす」

「気にしないでちょうだい。本来なら私自らがやりたかったところだけど、そこに転がっているのを見たら少しは溜飲が下がったしね」

 

 そこにいつも想い人を巡っていがみ合う二人の姿はなかった。まるで仲の良い友のように笑顔で視線を交わしている風景があった。

 

(いつもこうなら頭を悩ませることもないんですがねえ)

 

「と・こ・ろ・で。誰が、いつ、アインズ様の妻になったのかしら?」

「っ!!」

「今日のことが終わったら私のところに来なさい」 

「やれやれ、またですか」

 

 デミウルゴスの盛大なため息が響く。

 

 

 

 

 

 

 六台の豪華な馬車が草原を疾走している。

 

 バハルス帝国皇帝が乗る豪華な馬車。それを守るように隊列を組んで見事な体躯の馬に乗った帝国近衛。その先頭には四騎士の”不動”。上空には不可視のベールに包まれた皇室空護兵団の精鋭たちが飛んでいる。

 四騎士の”激風”と”重爆”の二人は帝城の守りのため留守番をしていた。

 

 彼らはナザリックへと向かった時とほぼ変わらぬ状態で自らの国、帝都へと帰還中だった。

 そう、アインズ・ウール・ゴウンとの会談はもう終わっていたのだった。

 

 行きの時、皇帝ジルクニフと相席していたのは三人。四騎士の筆頭、バジウッド・ペシュメル。秘書官、ロウネ・ヴァミリネン。魔法学院の上部組織である魔法省の最高責任者フールーダ・パラダイン。

 

 行きと違っているのは秘書官のロウネがおらず、代わりの秘書官が乗っているぐらいだ。

 室内は重い空気に包まれている。

 原因は帝国最高権力者であるジルクニフがいつもの薄い笑みを浮かべておらず、眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情で押し黙っているからだった。

 

 ジルクニフはナザリック地下大墳墓で体験した事を振り返る。

 

 それは自身が生きてきた中で最も驚きに溢れたものだった。歴代皇帝達をして自分ほど稀有な経験をした者は確実に居なかっただろうと断言出来る。

 

 

 

 ナザリック地表部に着いたジルクニフ達を迎えたのは、帝国でも見たことが無いほどの美貌を持った美女。彼女はアインズ・ウール・ゴウンに仕えるメイド、ユリ・アルファと名乗った。

 

 彼女の主人の準備が整うまで待つ事となる。

 「少しばかり天気がよろしくない」メイドが言った瞬間、冬も近づいてきており、肌寒かった気候が一変。春の陽気に包まれた。

 森祭司(ドルイド)が使う信仰系魔法の中に天候を操作するものがあるらしい。だがそれは第四位階。これほどの現象を起こした事実からもっと上位の魔法だと言ったのは帝国主席魔法使いであるフールーダ・パラダインだった。

 フールーダはこの時から壊れ始めた。

 

 次に起こったのはデスナイトと呼ばれる一体で国を滅ぼしうるアンデッド。帝国魔法省の地下深くに封印されている伝説級の化物と同一モンスター。それが下男の如くテーブルや椅子を運んで来た。しかも五体。

 ここで更にフールーダが壊れた。

 ジルクニフも以前からデスナイトの事は聞いていた。フールーダですら未だ支配が及んでおらず、支配することを願ってやまなかった存在が使役されている様。

 フールーダから壊れたような笑い声が響き渡る。彼の高弟達は顔色悪くへたり込んでいる者もいた。

 稀代の英雄のあまりな姿に四騎士の二人と騎士達が動揺するのは当然だった。

 

 こちらの世話役として新たに現れた三つ編みのメイド。

 ユリと名乗るメイド同様に美しかった。”雷光”が手を震わせながら「デスナイトより強そう」には纏っているいる雰囲気から不思議と納得出来てしまった。

 

 この時、圧倒的な力の差を感じたジルクニフの心は諦めかけていた。

 

 (もうこのまま帰ってもいいかな)

 とても美味い黄金色の果実水を飲みながらジルクニフがそう思ってしまっても仕方がないだろう。

 しかしジルクニフがあまり望んでいない言葉は無慈悲にもやってきた。

 「アインズ様の準備が整いました」メイドの案内に従い、胃がシクシク痛み出したのを抑えて笑顔で応じた。

 

 

 

 不思議な鏡を通った先は帝城とは比べ物にならない荘厳な空間。それこそ神話の世界に迷い込んだかと思った。

 ナザリック地下大墳墓とは神々の居城たる美の世界だった。

 左右に数多ある禍々しい像を抜けた先、今にも動き出しそうな気配を放つ精巧に創られた天使と悪魔の像に守られた巨大な扉。名を付けるなら『審判の門』だろうか。

 案内役を終えたメイドが深い一礼をして下がり、何もしていないのに勝手に開いていく扉の先には────。

 

 真紅の絨毯が中央に敷かれ、左右には異形、異形、異形。

 悪魔、竜、二足歩行の昆虫、鎧騎士、奇妙な人型生物、精霊。

 数は数える気が起きないほど。

 そのどれもが圧倒的な力を内包しているのが容易に知れた。

 異形の視線を受けながら、皇帝として侮られないよう堂々と進んだ先。

 おそらくアインズ・ウール・ゴウンの側近だと思われる者達。

 銀髪の少女、金髪のダークエルフの少年少女、青く輝いた昆虫、丸眼鏡をかけた悪魔、純白のドレスを着た美女。

 

 そして天井まで届く水晶の玉座に腰掛けてこちらを伺っているこの地の支配者。

 

 ジルクニフが一番の驚きと恐怖を感じたのは正にこの時であった。

 もしナザリックに来てからここまでの出来事を見ていなければ、あるいは何の驚きも感じなかったかも知れない。

 

 異様な杖を持ち、闇が一点に凝縮された『死』を予感させる存在。

 『魔王』と言われて然るべき気配を放つ者。

 それがまさか『人間』だったとは。

 

「良くぞ来られた、バハルス帝国皇帝よ。私がナザリック地下大墳墓が主人、アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

 地の底から響くような重い声が広い空間に響き渡る。

 

 桁の狂った領域の力を持つシモベを従え。世界中の富を集めても尚足らない程の財を持ち。『黄金』に匹敵する美貌を持つ美女を何人も侍らす者。

 化け物でした。とでも言われた方がすんなり納得出来ただろう。

 

 こんな圧倒的戦力を有する存在と敵対する訳にはいかない。なんとしても帝国を存続させるためにジルクニフは頭をフル回転させる。

 

 ────結果。

 

 アインズ・ウール・ゴウンとジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは『アインズ』。『ジル』。 と呼び合う友になった。

 この地にアインズの国を作ろるため帝国が全面的に協力し、その後は同盟国として友好関係を築くこととなった。

 

 ジルクニフの提案に、アインズは何故かすんなりと承諾した。情報のすり合わせに秘書官のロウネをナザリックに置いてその場を後にする。

 急ぎ色々と決めねばならない。

 なぜ承諾したのか必死に頭を働かせてみたが、明確な答えは浮かばず。どれも推測の域を出なかった。

 

 

 

 ジルクニフはこれからの事を考える。

 

 ナザリック地下大墳墓。あれは墳墓などと呼べる場所ではない。

 

(あれは────魔王の城だ)  

 

 あの恐ろしい化け物の群れ。そしてそれを束ねる存在。

 ────玉座に座った「超越者」

 

 軍事力や経済力など内包する力の桁が違う存在を相手に帝国は立ち回らなくてはならない。

 そのためにまずは────

 

「この場にいる全員であの地で感じたことに相違がないか、すり合わせをするぞ。忌憚の無い意見を聞かせてくれ。最初になによりもナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンについて考えよう」

「はっ!」

「畏まりました」

「…………」

 

 バジウッドと秘書官が気合の入った声で返事をする。

 そしてしばらく話し合いが続く。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは超級の力を持ち、敵対したら間違いなく帝国は滅びる。

 絶対的な支配者として君臨しており、王者に相応しいだけの魅力も覇王の風格も持っている。

 バジウッド曰く「俺らの皇帝よりカリスマ性があった」にはジルクニフも同意見だ。

 危険な相手と同盟を組めたのは幸いと言えるだろう。もし、王国と組まれでもしたらその瞬間に帝国は終わる。今後は相手を刺激しないよう細心の注意を払う必要がある。

 

 他にもアインズ・ウール・ゴウンの部下やナザリック地下大墳墓について話し合う。

 

「あの城の荘厳さ、あれほどの物であれば何か伝説ばどに残っているのではないのか?」

「さあ、俺にその辺の話を期待しないで下さいよ」

「申し訳ありません。私もその辺りはちょっと…………」 

「…………」

 

 バジウッドは遠慮の無い話し方で、秘書官は申し訳無さそうな声で言う。

 

「あそこは本当にこの地域の歴史に基づいた墳墓なのか?」

「さあ…………」

「分かりません」

「…………」

 

 あれだけの物を創れるとは考えづらい。むしろ魔界か地獄からか転移して来たと言われた方が納得出来そうだ。

 

「…………」

 

 この場の全員で話し合う。皇帝がそう言ったにも関わらず何も喋らない人物が居る。

 ジルクニフは自分の対面に座っている者をジト目で見る。バジウッドとロウネも視線を向ける。

 

 そこには帝国一の知識を持つ主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダインがいる。

 三人の視線を気にもせず、と言うか気付きもせず視線を落とし、手に持つあるモノに没頭していた。

 堪らずジルクニフは大きな声で怒鳴る。

    

「フールーダ!いい加減にしろ!今は帝国がナザリックとどう付き合って行けば良いか話し合っている大事な時だぞ!」

 

 怒鳴りつけ、フールーダの手にあった物を取り上げる。ナザリックを後にし、馬車に乗ってからフールーダがずっと没頭していたもの。それは黒皮の表紙の本だった。

 

「あああぁぁぁ!何をするか!?それはワシの命より大事な物!返せ!返さんか」

 

 この!この!と、取り返そうと手を振り回し暴れる様は帝国の英雄とは思えぬ姿。

 

 この本は「死霊秘本」。

 ジルクニフとアインズの会談が終わり帝国に戻ろうとした時。フールーダがアインズに対して弟子入りを懇願した。

 突然の事態にアインズは内心焦ったように見えたが、ゴホンと咳払いをした後、落ち着いた声でこちらに確認を取ってきた。

 

 ジルクニフにしてもここで却下すればフールーダから恨みを買うのは分かり切っていた。だからこそ度量の広さを見せるため「アインズの好きにしてもらって構わない」と告げた。

 それを受けたアインズの返答はジルクニフにとっても意外なものだった。

 

「彼は帝国でも重鎮なのだろう?ならば我々と帝国との関係を良好に進めるためにも、そちらに必要なのではないか?」

 

 本音で言えば当然フールーダは帝国に無くてはならない存在だ。ジルクニフは好きにして良いと言った後だったが、自然と首を縦に振っていた。

 そして、フールーダの弟子入りはアインズによって却下された。

 フールーダの絶望した様子を哀れに思ったのか。弟子入りの代わりに貰ったのが「死霊秘本」という訳だ。

 

「その至宝を読み解く事が出来ればワシの禁術は完成するはずなのだ!そうすればいずれは魔法の深淵にも届き得るのだぞ!」

 

 フールーダは第六位階の魔法と儀式魔法の組み合わせで寿命を延ばしている。仙術とも禁呪とも言われるそうだが、それは緩やかに寿命を減らしていく未完成な魔法だというのはジルクニフは聞いている。フールーダが必死になるのも当然なのだが。

 

「落ち着け爺。お前はアインズに言われた言葉を忘れたのか?」

「む、…………御方のお言葉…………」

 

 アインズがフールーダに言った言葉。

 吟味すれば、それは帝国に残れ。そして帝国にしっかりと仕えろと言ったも同然の内容だ。

 ジルクニフは相手の考えを読むのを得意としている。ましてや直接対面し、声も表情の変化もしっかり観察していた。アインズの放つオーラは圧倒的ではあったが、アインズは嘘を言っている様子は無かった。どこまで信用出来るかまでは分からないが。

 ここでようやくフルーダにいつもの賢者然とした顔付きに戻る。

 

「…………そうじゃった。失礼しました陛下。危うく我が神の御意思に背くところでした」

「そうだぞ爺」

 

 理性の色が戻ったのを確認したジルクニフは取り上げた本を返す。フールーダはそれを甲斐甲斐しく胸元で抱きしめる。

 

「それで爺はあの地についてどう思う?」

「どう、と仰られましてもどうしようもありませんな。玉座の間に居ったモンスター一体でも帝国に攻めてくれば滅びは免れません。側近の方々は言うまでもありませんな。そしてそれを統べる至高の御方に至ってはもはや神の領域。恐らく第十位階の魔法行使が可能でしょうな」

「はっ!?」

「十位階!?」

「そんな領域があるのですか?」

 

 英雄と呼ばれる存在で第五位階。

 逸脱者と呼ばれる存在で第六位階。

 第七位階は大儀式などを除いて、通常の人間では使うことはできないとされている。

 第八位階からは存在しないとみなしている者がほとんどで、存在を知っている者は稀である。

 第十位階は────正に神の領域と呼ばれてもなんら不思議ではない。

 

「それと墳墓でしたな。それは今はなんとも…………帝都に戻り次第、神話関係を中心に詳しく調査してみます」

「あ、ああ。それで頼む」

「ではこの場で出来る事は無くなりましたな。私は御方の宿題をさせて頂きますぞ」

 

 再びフールーダが本に没頭し始める。

 

(頼りの爺がこれでは本当にどうしようも無いのか?)

 

 室内も沈黙に包まれた。

 ジルクニフはそれでも何かないかと思考の海に没頭する。

 その中で不意に留守番をしている”重爆”、レイナースについて思案する。

 

 彼女の呪いは解けている。

 それに気が付いたのは邪教集団を裁いてからしばらくしてからだった。

 四騎士に登用してから見たこともない笑顔でいるのを時折目にしていた。思わず「誰だお前は?」と問いかけたくなる程の変わり振り。

 彼女を内密に呼び出し、呪いが解けている件について詳細を聞き出そうとした。

 だが、詳細を頑なに話そうとしない彼女は四騎士を辞める。正確には帝国を抜けるつもりだと言い出した。今は自分の後釜を探している所だと。

 

 それを聞いただけでほぼ確信出来た。

 時期的にも呪いを解いたのは冒険者モモンだというのが。帝国を去って行く先はあの男の拠点であるエ・ランテルだろうことも。

 エ・ランテルは王国領だ。四騎士最強の攻撃力を誇る彼女が敵国に渡るのは避けたい。

 その時から何か良い手はないかと色々思案してきた。

 

 だが、今のジルクニフには彼女を無理に引き止める気が起こらない。

 モモンの元に行くのなら、彼女も冒険者登録を行うつもりだろう。冒険者は国家間の争いには不干渉だ。帝国に害を及ぼすこともない。

 呪いを解くためなら陛下にも刃を向けると豪語する女でもあるし、それを容認した上で雇っていた。呪いが解けた今、強権で彼女の自由を奪うのは契約違反になってしまう。

 更に今回の戦争後、エ・ランテル近郊はアインズ・ウール・ゴウンの国になるのは目に見えている。彼とは同盟を結んだ。同盟国に移住することに目くじらを立てる必要はない。流石に彼女も一冒険者に帝国の国家秘密を話したりはしないだろうし、その辺りは釘を刺してある。

 

(戦争が終わったら暇を出してやるか。それまでは帝国騎士として働いてもらわねばな)

 

 レイナースに対して、感心している部分もある。

 彼女は帝国外の要因で呪いが解けたらすぐさま出て行くと思っていた。性格上そうするはずだったのだが────

 

(自分の後継を見つけてから去ろうとはずい分殊勝な心がけだな。そういうのは、嫌いじゃない) 

 

 馬車は帝都に向けてひた走る。

 

 

 

 

 

 

 皇帝一行が帝城に着いた時。

 

「おえええええ!ぼええええええ!」

 

 馬車から降りたフールーダが盛大に吐いていた。

 

(馬車の中でずっと本読んでれば酔うのは当然だろうに)

 

 深い溜息をついたジルクニフは帝都の空を見上げる。

 髑髏のような形をした雲が漂っている。まるで自分を見て笑っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「意外にバレないもんだな」

 

 アインズは暢気にそんな感想を抱いていた。

 王国の国王との謁見の時もそうだが、”鈴木悟”の素顔を晒し、声を変えるマジックアイテムを使用せずに話していた。 

 魔王ロールの一環で、本気で低い声を出せば『絶対音感(ダメ音感)』を持っているペロロンチーノさんですら驚いていたほどの差がある。彼曰く、普段はホワホワした声色だとか。

 人間になった辺りからだろうか。モモンに変装している時はあまり意識しておらず、素の状態に近い声で過ごしていたせいか、既に面識のある皇帝にも同一人物(アインズ=モモン)であることがばれた様子はない。

 

『皇帝には最初から素顔をお見せになられた方が円滑に事を進められるでしょう』

 

 デミウルゴスの進言でその通りにしたがどういった違いがあったのか。アインズには良く分からなかった。 

 

 

 

 




アルチェルへの嫌悪が多かったですが、彼はあえなく惨殺されてしまいました。
実は彼が再登場する構想がすでにあるのですが、かなり先の事ですし書くかもまだ分からない状態です。
それまでは皆様の想像力で彼を虐めて下さい。(南無)

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