人員不足
「王都の神学校へ通う!?」
すでに閉店した
今まで王都を避けている感があった彼が、突然長期の王都行きを決めたのだ。驚くなという方が無理だった。
「さっきの人が関係しているの?」
タイミング的に、その可能性が一番高かった。一見するとただの優男に見えたが、どこか油断ならないものをクルネは感じていた。
ひょっとすると、カナメの
その事に思い至った瞬間、クルネの表情が険しくなる。彼女にとって、カナメは恩人だ。自主的にとはいえ、カナメの護衛を務めている彼女からすれば、その可能性は許せないものだった。
「クルネ、大丈夫だよ。別に脅されたわけじゃない」
「……そうなの?」
考えが顔に出ていたのだろうか。心を読まれたことに恥ずかしさを覚えながら、クルネは首を傾げた。
「だってカナメ、いつも自分で『俺は人見知りだ』って言ってるじゃない。そんな人がいきなり学校へ行くなんて言い出したら、脅されたのかと思うわよ」
クルネからすれば、カナメが人見知りしているようには見えないのだが、カナメ曰く「接客モードの時の自分は別人だ」とのことらしい。
そんな人間が、好きで大勢人の集まる神学校へ行きたがるだろうか。
「接客モード時の俺は、その辺をあまり気にしないからなぁ。後で素に戻ってから後悔もしたけど、この件に関してはその判断で間違いないと思う。……今も気は進まないけどね」
一息ついて、カナメは言葉を続けた。
「けど、彼のおかげで情報が手に入ったんだ。俺の
カナメは頭が回る。それが彼の国の教育水準によるものか、それとも彼自身の優秀さによるものなのかは分からないが、少なくともこの辺境には不釣り合いなレベルだった。
辺境の住民は、王の治世がどうだとか、社会や経済がどうなっているとか、そういう目に見えない事について考えようとしない。
クルネ自身、カナメから初めて社会や経済の話を聞いた時には、何が言いたいのかさっぱり分からなかった。
彼のような考え方をする人間は、もっと王都の中心で活躍するべきなのかもしれない。だが、その事を考えるたび、クルネは焦燥感に襲われるのだった。
「収獲? よかったわね、どんな話が聞けたの?」
そんな心の裡を見せないように、クルネは笑顔を浮かべた。王都であれば、カナメが探している魔術師の情報も手に入るかもしれない。そう自分に言い聞かせる。
「それなんだが……」
カナメの説明を受けて、クルネは納得したように頷いた。貴族や教会に狙われないために聖職者になるという計画は、たしかにいい手だと思えた。問題は、その第十二王子の言葉の裏付けをとることだった。
辺境すべての情報を総合しても、おそらく裏付けはとれない。それは能力の問題ではなく、純粋に情報量の問題だ。
辺境にもたらされる情報など、量も鮮度もたかが知れている。そんな中で、どうやって裏をとればいいのか。
「あ、そうだ」
クルネの脳裏に一人の少女が浮かんだ。彼女なら、地理的にも能力的にも適任だ。
「カナメ、村長の家に行くわよ」
「おやクルネちゃん、どうしたのかね? また法令集でも読みに来たのかい?」
二人を出迎えてくれたのは、ルノール村の村長、フォレノだった。まだそこまでの老齢ではないが、村長という役職のせいか、少し老けて見えるのが悩みらしい。
「法令集はもういいわよ……。それより、ミルティに手紙を出したいの。もし近々手紙を出す予定があるのなら、一緒に送ってもらおうと思って」
「おお、ちょうどよかった。そろそろあの娘に手紙を出そうと思って、業者に集荷を依頼したところだよ」
「ほんと? よかった!」
クルネは村長の言葉に歓声を上げるが、そこで蚊帳の外になっている人物に気付いた。少しぶすっとした表情で、カナメが立ち尽くしていたのだ。
「あ、カナメごめんね。何にも説明してなかったよね。ミルティっていうのは私の幼馴染で、今は王都に留学してるんだ」
「そしてワシの娘だ」
村長の補足はともかく、クルネの言葉にカナメは驚く。まさか、辺境から王都へ留学している人間がいたとは思わなかった。
「ミルティは頭もいいから、きっと情報を集めてくれるよ」
外に信用できる人間がいないカナメにとって、それは朗報だった。明日の朝、同封する手紙を持って来ることを約束すると、二人は村長宅を後にした。……いや、後にしようとした。
「……おお、そうだ。二人に相談したいことがあるんだった」
二人を引き止めた村長は、そう言って一枚の手紙を取り出した。
―――――――――――――
「モンスターの異常発生なぁ……」
村長の持っていた手紙は、近隣の村々の村長が連名で記載したものだった。
最近、モンスターの出現率や危険種との遭遇率が跳ね上がっているため、辺境の村長たちが連名で書状を作り、王国に原因究明とモンスター討伐の依頼文書を出すのだという。
そういえば、
モンスターの異常発生と聞くと、ゲーム慣れしていた俺は初歩のお使いクエストみたいに思ってしまうけど、現実に暮らしてる人にとっては遠くの魔王の復活よりよっぽど深刻だよな。
「けど、王国はこういう時全然助けに来ないって聞きましたよ?」
俺の言葉を聞いて、フォレノさんが渋い表情になる。
「……それでも、他に手はないんだ」
モンスターのほとんどは、シュルト大森林からやって来る。そのため、モンスターの調査を行うにはシュルト大森林へ入る必要があるのだが、そんな危険極まりないことができるのは
……あれ?
「クルネ、俺が今までに
「うーん……。七、八人くらいじゃないかな」
「しかも、ほとんどの人は辺境の村民だったよな」
なんだ、簡単な話じゃないか。王国の助けは期待できない、こっちには複数の
「
「上手くいかないもんだなぁ……」
俺は読んでいた手紙から目を離すと、天井を見上げながら呟いた。
シュルト大森林の調査について、あまりいい返事がもらえなかったのだ。貴重な防衛戦力として村から離れられない者、シュルト大森林に入ることを恐れる者。理由は大体この二つに分けられた。
今のところ、調査隊への参加を表明してくれているのは、
俺のRPG的な感覚からすると、回復職と中距離攻撃職がもう一人ずつ欲しいところだ。だが、いないものはしょうがない。
「すみません、ここで
人員不足に俺が頭を抱えていると、
「って、素質がなければどうしようもないよ……」
「クルネ、この村って人口どれくらいだっけ」
「うちは結構大きい村だから、二百人くらいはいると思うわよ」
意図が分からなかったのか、クルネが小首を傾げながら答えてくれる。
よし。それだけいれば充分だろう。俺は店の扉に『臨時休業』の札をかけると、ルノール村でも人口の密集しているエリアへと向かった。
「あ、いた! クルネ、あの人はどんな感じ?」
辻斬りならぬ
「うーん……。いい人なんだけど、ちょっと、ううん、だいぶ気弱なところがあるから森の調査は無理かな」
「あの人は?」
「王都へ一旗あげに行ったんだけど、うまく行かなくて帰ってきたの。ずっとお酒浸りだし、やめておいた方がいいんじゃないかな」
「じゃあ、この人はどうだ!」
「新婚さんで、いま妊娠中よ。やめてあげて」
「そんなんばっかりか!」
度重なる否定に、つい叫び声を上げてしまう。
「ねえ、カナメ。そんなに無理しなくても、
そんな俺を気の毒に思ったのか、クルネが健気なことを言ってくれる。なんていい子だろう。
「充分な戦力も揃えずに調査に行って、クルネにもしもの事があったらどうするんだ。そんなの絶対ごめんだぞ」
「カナメ……」
クルネが嬉しそうにこっちを見る。その視線を受け止めるのが恥ずかしくなって、俺は何か違う話題を探そうと頭を回転させた。
「――お二人さん、仲がいいところ悪いんだけど、そういうのは道の端でやってくれない?」
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
俺が話題を探していると、突然後ろから声をかけられた。俺はともかく、
俺の前に立っていたのは、意外にも小柄な女性だった。ちょっとハスキーな声の感じから、もっと体格のいい女性を想像していたのだが違ったようだ。
くるくるの茶色い巻き毛や、子供に間違えそうな薄い身体も手伝って、あまり強そうには見えないのだが、それでも俺が彼女を侮ることはなかった。
なぜなら、彼女はその肩に猪のような獣を担いでいたからだ。おそらく彼女が仕留めたものだろう。俺は、慌てて道を譲った。
「ごめんね、エリンちゃん」
クルネは知り合いだったらしい。まあ、二百人しかいない村なら、全員知り合いみたいなものなんだろうな。
日本では同じアパートの住人の名前すら知らなかった俺からすると、信じられない結びつきの強さだ。
「別に怒ってないよ。あたしはこいつを運ぶのに手一杯なだけ」
そう言うと、彼女は肩の獣を担ぎ直した。獣の後足がぶらんと揺れて、いかにも担ぎにくそうだ。
「エリンちゃん、私が持つよ!」
そんなエリンを見ていられなくなったのか、クルネが助力を申し出る。
「いいよ、これはあたしの仕事だから」
「エリンちゃんの仕事は獣を狩ることであって、運ぶことじゃないでしょ?」
クルネが意外と食い下がる。まあ、
「それも仕事だよ。家で獲物を解体するまでがあたしの仕事だ」
だが、エリンは折れない。これはクルネがいくら説得しても無理だろうな。どのタイミングで会話に口をはさむか悩んでいたけど、二人の雰囲気が険悪になる前に切り出しておいた方がいいだろう。
そう判断すると、俺は接客用の笑顔を貼りつけて、エリンに話しかけた。
「エリンさん、よければ
―――――――――――
最近、この村に変なやつが住み着いた。
エリンにその話を教えてくれたのは、彼女の狩人仲間だ。詳しくは知らないが、噂では人を
だが、そんな話は眉唾ものだった。彼女たち狩人の中でも、その話を信じている者は皆無だった。のこのこと
「エリンさん、よければ
その話題の主が、今エリンの前に立っていた。
歳はおそらく二十歳前後、この辺りでは珍しい黒目黒髪をしている。別の大陸から来たとかいう話だったが、あながち嘘ではないのかもしれない。
エリンは相手の男を詳しく観察した。あのクルネが親しげにしている以上、性質の悪い男ではないと思うのだが、彼女が騙されている可能性もある。油断はできなかった。
「不審に思われるのは当然ですが、どうか話だけでも聞いて頂けませんか?」
エリンの無言を拒絶と取ったのだろう。男は顔に微笑みを貼りつけたまま、一歩彼女の方へ踏み出した。
「……クルネに免じて、話だけは聞くよ」
彼女は狩った獲物を地面に横たえると、腕組みをして男に向き直った。これで変な事を言うようなら、一発ぶん殴ってやろう。
弓術には秀でているものの、腕力は身体相応な彼女の一撃など成人男子には大したダメージにならないだろうが、それでも精神的ダメージは与えられる。
「ありがとうございます。ああ、申し遅れました。私はカナメ。カナメ・モリモトと申します」
そう自己紹介すると、カナメは現状の説明を始めた。現在、シュルト大森林への調査隊を募っていること、だが人員が思うように集まらないこと、仕方がないので村で
どれもが、エリンの予想を遥かに超える話だった。
「今回は緊急事態です。調査隊に参加してくれるのであれば、
カナメの話に、おかしなところはなかった。敢えて言うなら、エリンに都合がよすぎることくらいだ。調査隊については他の村からの参加者もいるようだし、聞けばカナメも参加するつもりだという。そう悪だくみはできないだろう。
駄目押しは、クルネのステータスプレートだった。
「……クルネ、あんた変わったやつと付き合ってるんだね」
それは、エリンの心からの感想だった。
「そうかなぁ……。って、え、ちょ、ちょっと何言ってるのよ!」
「カナメ、その契約にのるよ」
あたふたしているクルネを無視して、エリンはカナメに向き直った。例え
「分かりました」
答えるなり、カナメがエリンを見つめる。一拍遅れて、エリンは自分の中から何かが引きずり出されるような感覚を味わっていた。
「……はい、お疲れさまでした」
自分へかけられた言葉に、エリンははっと我に返った。同時に、身体の違和感に気付く。
「……!」
さっき狩りを終えて、重い獣を担いで来たばかりなのに、なぜか身体が軽い。耳をすませば、物音がやけにはっきり聞こえてくることにも気付いた。
エリンは試しに、地面に横たえていた獣を持ち上げてみる。軽い。片手でぶら下げて持って帰れるレベルだ。
これなら、今までは狩ることはできても持って帰ることのできなかった大型獣やモンスターも狙うことができるかもしれない。根っから狩人のエリンの心は躍った。
「……カナメ、やっぱりさっきの契約はなしだ」
「エリンちゃん!?」
クルネが悲鳴のような声を上げるのを気にせずに、エリンは話を続ける。
「こんなに凄い能力を授けてもらったのに、ただ調査隊に参加するだけでいいなんて、あまりにもムシがよすぎるってものさ。ちゃんと相場で払わせてもらうよ」
それは、エリンのせめてもの矜持だった。カナメは渋っていたが、エリンの性格を知っているクルネがとりなして、結局エリンの希望通り、相場通りの金額を払うことになった。
「まあ、今回は本人の希望と資質が合ってたからよかったよ」
「違ってたら、エリンちゃんを説得できた自信がないわ……」
エリンはそんな二人の会話を聞き流して、プレートを取り出す。
彼女の