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ネトオク男の楽しい異世界貿易紀行 作者:星崎崑
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第1話  うぶだしミラーは異世界の香り

初作品、初投稿です。お見苦しい点ばかりですが、よろしくお願いします。


「国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった」



 有名な小説の冒頭の文が頭のなかで反芻している。

 俺、綾馳次郎アヤセジロウの場合はもっと劇的に「蔵の古い鏡を抜けると、そこは真っ暗な部屋であった」となるだろうか。


 …………よし。意味わからねぇ……。



 その「鏡の向こうの世界」であるところの真っ暗な部屋にも鏡があって、もともといた蔵と繋がっているようだった。鏡面が妖しく蔵の中を映している。


 あまりの事に驚き、焦って鏡の中に飛び込んでみれば問題なく元の蔵に戻ることができた。

 正直言って状況に頭が追いついて来ないが、要するにこれは「鏡の世界」というやつなのではないだろうか……? 今にして考えると無鉄砲だが、この時はつい好奇心を刺激されてしまって鏡の向こうを調べてみることにしたのだった。


 恐る恐る鏡の向こうに抜け、手にした懐中電灯で部屋を照らす。石作りのカビ臭い部屋の内部が浮かび上がるが、鏡以外にあるのは木製の箱だけだ。

 それ以外にはなにもない。


 だいたい8畳間くらいの部屋だ。

 窓もなにもないので、外の様子は全くわからない。何の音も聞こえてこないから、地下室かなにかかもしれないな。

 あとは出入り口の木製の頑丈そうな扉がひとつ。ここから外に出られるんだろう。


 とりあえず、唯一置かれている木製の箱を開けてみることにした。昔熱中したRPGの宝箱みたいな箱だ。

 ……おおっと! どくばり! は勘弁してくれよ――――、と思いながら開けると当然ワナなどはかかっておらず問題なく開いた。


 中身は服一式だった。

 中世風というかなんというか、シェイクスピア劇で使う扮装のような服だ。絹製でフリフリの付いた長袖シャツ、金糸の刺繍が施されたいかにもな時代めいたベスト、太めのズボンとベルト。

 まさに装備一式。他にはなにも入っていない。

 これ本当に宝箱だったのな……。


 服はいったん箱に戻し、これからどうするか考える。扉から外に出てもいいが……。


 そして、少し悩んだがひとまずは鏡の世界から脱出して、蔵に戻ることにした。


 蔵に戻り、さきほどの部屋と同じようなカビ臭を感じながら、気持ちを落ち着かせて考えてみる。

 ありえないことが起きているというのはわかる。古い蔵で見つけた鏡が別世界へ通じてました! なんて、ファンタジーではお約束な設定だけれども、実際に起こると存外に困るもんだな。さて、どうすっかなぁ。


 ……ひとつ言えることは、この鏡はすごい高値で売れる! ということだなぁ……。





 ◇◆◆◆◇





 俺は高校を卒業してからの就職で失敗して、それからは2年近くニートを続けている。就職で失敗したと言っても、就職ができなかったわけではない。最悪最低のブラック企業に入ってしまい、精神的にも肉体的にも疲れ果ててしまい退職した、というだけの話だ。


 退職してからは、どうしても仕事をする気になれずブラブラゴロゴロしてたんだが、いつまでもなにもせずにいられるわけもないわけで、偶然本屋で見かけた「儲かる副業!ネットオークションで月収30万円!」という本を買い、その本の通りに、古本やら古道具やらをネットオークションで売りさばいてみたら、ことのほか儲かってしまって……、それからは、まあ、それで生活している。


 幸い、近所で毎週フリーマーケットが開催されているし、地元の大きい神社での骨董市なんかでもそれなりに良い物が買えるため、オークションで思った以上の収益を上げることができていた。

 途中からは自分も面白くなってしまって、半分くらい趣味と実益を兼ねていると言っても過言ではないけどな。


 最初のころはなにが高いのかよくわからなくて、赤字とまではいかなかったが「儲かる」というほどではなかった。しかし今ではずいぶん慣れてきて、微妙に貯金すらできているほどだ。

 もともと(どうぐ)好きではあったが、これはなかなか才能があるなと、自分でうぬぼれちゃうね。



 鏡を見つけたのは、以前からアプローチをかけていた市内にある旧家の蔵の中だった。桐の箪笥(タンス)の裏に隠されてるようにして置かれていて、枠はマホガニーかウォルナットの銘木製。重厚な意匠が凝らされ、年式も古そうだったし「これは存外良さそうなものを見つけたぞ、問題はなんて言いくるめて買い叩くかだなー」などと皮算用していたのだが……。


 考え事をしながら暗い蔵の中をウロウロしていたからか、足元に雑に積まれていた古道具類に足を取られて、鏡のほうに倒れこんでしまい、そのまま鏡の中に吸い込まれた。そして、冒頭にもどる。

 ……というわけだ。ザッと言うと、そんな感じ。



 蔵の中にはまだ金になりそうなものがあったが(古い皿や火鉢なんかの道具類とか、いろんな道具をしまう行李なんかも意外と高く売れるし、昔のオモチャなんかも売れる。だいたい古いってだけである程度高く売れちゃうので、蔵はまさに宝の山なのよ)、今はまずは鏡だ。蔵から出て、家主さんに、蔵の中にあった鏡だけ買い取りたいと交渉を始めることにした。



「あ、すんませーん。蔵のなか見させてもらった者ですけどぉー」


 居間で茶を飲んでいる家主(80歳くらいのおばあちゃん。経験から言って老婆はチョロイ)に声をかける。



「蔵の中にあったもので、とりあえず大きい姿見だけ今回譲って欲しいんですよ。ちょっとサイズ大きいもんで、他のもの運べないもんでね、鏡だけ。で、金額なんですけど、4000円で買い取らしていただきたいんですよ。よろしいですか?」


 一気に喋る。我ながらセコイ値付けだと感じるが、即支払えるように4000円は出してスタンバイ。取引は有無を言わさずスピーディに行うのが肝心だ。「心変わりしだす前に撤収しなければ……」と思っていると、


「あー、あんなかにあるもんはもう全部いらんもんじゃけ、なんでも持ってってええよ。金もいらん」


 と老婆。やったー! 超ラッキー!


 だが、実はこれはよくあるパターン。蔵を開かせるところまでいけば、もうほとんど中身はもらえたも同然だったりするのだ。

 蔵の持ち主ってのは大抵は蔵のことを「古いガラクタが詰まってる片付けの面倒な倉庫」程度にしか認識していない。自前の倉庫を知らないやつに漁らせるのは嫌だけど、かといって中身を大事にしているわけでもない、というわけだ。俺みたいな貧乏人からすると宝の山なんだけどねー。金持ちってのはそういう性分だから金持ちなのかもしれないな。


 ――そんなわけで、無事鏡をゲットして、割らないよう慎重に車に積み込んで家まで運んだ。


 俺は、一人暮らしをしていない。

 両親と同居だ。もっと言うとパラサイトと言ってもいいかもしれない。

 就職してないから……と言い訳して、ちょっとばかりの食費を払っているだけである。兄弟は兄貴と姉貴がいて、どっちももう家を出てる。


 俺は末っ子で甘やかされて育ったから、パラサイトでも仕方がないんだ!でも就職したら家から出ます! 就職したら必ず独立しますぞ!



 




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