二回目
「何でだよ。いい加減……覚めてくれよ、頼むよ、マジで……」
同じだ、さっきと全く同じだ。
周囲の光景も、丸かじりされた生々しい感覚も、息の臭さも、首が咬み切られた瞬間の痛みも。
「冗談じゃな――」
俺は叫びそうになった自分の口を慌てて押さえた。
叫んだら、あの黒虎を呼んでしまう!
三度目だ、俺もいい加減学ぶぞ。何故かわからないが、俺は同じことを繰り返している。死んで少し時間が巻き戻っている。
馬鹿げた話だけど、それ以外考えられない。
疑問や、どうしては後だ。今は生き延びることが最優先だ。死んで戻るなら、死ななければいい。
前から黒虎が来るなら、下がればいい。
出来るだけ物音を立てないように細心の注意を払いながら後ろへ振り返ると、足音を忍ばせて逆方向へと進んでいく。
傾斜が全くない地面だな。周囲には大小様々の石が幾つか転がっているが、地面は平らなので、そんなに歩く邪魔にはならない。
洞窟内の通路だと思うけど、かなり寒い。動かないと体の震えが止まらなくなる。
これなら炎天下での通勤の方がましだ。サマースーツが仇になったか……って、こんな事態、想定できるか。
心の中で悪態でも吐いてないと、くじけそうになる心を誤魔化しながら、足を無理やり動かし通路を進む。
その終わりはあっけなかった。2分も経ってないよな。
俺の目の前には自然の壁があった。つまり行き止まりだった。
「冗談だろ。嘘だろ……何で、行き止まりなんだよっ!」
叩きつけた拳に痛みが走る。
夢ではないと、叩きつけられた腕が俺に現実を伝えてくる。
「じゃあ、なんだ、俺はあの黒虎をどうにかしないと、ここからは抜け出せないのか」
無理だ。断言できる。
歩いている状態で頭の位置が俺と同等の高さって事は、体長は軽く3メートルは超えているだろう。
武器もなく、格闘技の経験もない普通の男がどう足掻いても勝てるわけがない。
素手で虎に勝つなんて漫画の世界だけだ。それも凄腕の格闘家という条件付きでの話。
「どうすんだよ……また、また殺されるのか?」
嫌だ、それは嫌だ!
一瞬で食われているから痛みを感じる暇がないのは不幸中の幸いだが、それでもあの恐怖とおぞましさを忘れられるわけがない。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、何とかしないと、何とかしないとっ」
何か、何かないのかっ。
スーツのポケットにはスマホと財布がある。
「こんなの役に立つかっ! 他に他には!」
胸ポケットには定期、それに高校の卒業祝いでもらってから愛用している鉄製の高級ボールペン、ポケットサイズの制汗スプレー。あとは、あとは――何もない。
「どうしろって言うんだっ。また殺されろとでも言うの……か」
絶望に打ちひしがれている俺を嘲笑うかのように、背後から荒い息と獣の唸り声がする。
ああ、来たのか。そうだよな。あれだけ騒いでいたら、馬鹿でも気づくよな。
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、見慣れつつある巨大な黒虎だ。
死んだら生き返ることは決定事項だ。なら、足掻かないと損だろ、開き直れ。何度も俺を食っているこいつに、少しでも歯向かってやりたい。
スマホの機能をチェックして、凍える右手で握りしめる。
黒虎は余裕の態度でゆっくりと迫ってくる。王者の貫禄ってか。
まあ三戦三勝しているもんな。覚えてないだろうけどよ。
「グルラアアアッ!」
ななななななななななんあななななななななな。
い、い、い、い、か、か、か、から――