同年7月にはアフターバーナなしの状態で推力11t以上を達成。さらに8月にはアフターバーナを使って15t以上という最大推力をマークした。(アフターバーナとは、ジェットエンジンの排気ガスに再度燃料を噴射して燃焼させることで、一時的にパワーを増大させる装置のこと)
史上最強とも言われる米空軍のステルス戦闘機「F-22ラプター」が搭載しているエンジン「F119」のアフターバーナ最大推力は公称15.9tであり、XF9-1はこれに並ぶ数値を叩き出したと言える。
これまでアフターバーナ最大推力5tクラスのエンジンしか作ってこなかった日本が、ここに来て突然世界一線級のエンジンを生み出したことは航空関係者からちょっとうるさいミリタリーマニアまで、大きな驚きをもって迎えられた。
確かに日本はロシアと中国という、アメリカに続いてステルス戦闘機を開発した国々に囲まれている。そんな地球上でもなかなか珍しいポジションにある日本にとって、最新世代の戦闘機に使えるエンジンを自力で作ることができる意味は大きいと言えるだろう。
しかしなぜ今になってそれができてしまったのか? そしていかにしてそれを可能に? 防衛装備庁 航空装備研究所に勤務し、エンジン技術研究部長としてXF9-1の開発に携わってきた髙原雄児氏にお話を伺った。 【文/しげる 編集/木下拓海】
アフターバーナ推力15tを達成したXF9-1の最大推力確認試験映像
【お話を伺った人】防衛装備庁 航空装備研究所 エンジン技術研究部長 髙原雄児さん(現 防衛装備庁長官官房装備官)
大きいエンジンではステルスに不利
——まず初めに、XF9-1とはどのような目的で作られたのでしょうか?このエンジンの一番の目的は、戦闘機のエンジンを国産で造るための技術を蓄積することです。ですので、特定の戦闘機のために作ったエンジンではありません。しかし、将来的に日本が戦闘機を開発することになった際に、すぐ作れるだけの技術を持っていないといけない……ということで実証試験的に作られたのがXF9-1なんです。
——これを今後、自衛隊で使うかどうかはまた別の話になるんですね。さて、このエンジンの特徴は?
まず一番の特徴は、アフターバーナ最大推力が15t以上出せるという点ですね。これはつまり15tのものを垂直に持ち上げられるだけの力でして、それだけのパワーを出せるエンジンは世界でもアメリカとロシアくらいしか作っていません。
例えば、現在航空自衛隊で使われている戦闘機「F-15」のエンジン「F100」だと、アフターバーナを焚いても推力はおよそ10t。XF9-1はアフターバーナなしでも11t以上とそれを上回りますし、アフターバーナありなら約1.5倍の推力を出すことができます。
——それでいてXF9-1は、全長4.8m以下、直径1m以下とコンパクトにできているんですね。
そうなんです。実は“大きくて強いエンジン”を作るのは、比較的簡単なんです。でも飛行機のエンジンなので、まずは軽くなくてはならない。それに今後のことを考えるとステルス性も重要になってきます。
敵が照射したレーダーの反射を抑えないといけないステルス戦闘機は、従来のようにミサイルを主翼や胴体の下にぶら下げず、機体の内部に詰め込んで隠しちゃうんですね。そうなるとエンジンも飛行機の内部にありますから、ミサイルとのスペースの取り合いになってしまいます。
ですからエンジンはなるべく細くて軽いものが必要、というわけなんです。求められているのは“ハイパワースリムエンジン”でして、パワーは出るけど大きくて重い……というエンジンはもうやめようという発想で作られています。
細い直径でいかに大量の空気を吸い込むか?
——細くて強力なエンジンを実現するのに必要なことは何でしょうか?まずひとつは、なるべくいっぱい空気をエンジンの中に吸うことです。エンジンが細いということは、断面積が小さくなるので空気を吸うのに不利なんですね。
そのためにXF9-1では、例えばコーン(編注:上写真、左側に突き出た三角部分)が大きいと空気が入ってくる量が減っちゃうので、それをなるべく小さくするだとか、ファンや圧縮機の形状をもっと空気が吸い込めるように効率化したり、外側のケースと圧縮機の間にできる隙間を減らして空気の漏れを防いだり、遠心力の作用を利用したりすることで、なるべく大量の空気を吸い込むようにしています。
——限られたスペースで限界まで空気を取り入れているんですね。
そしてもうひとつですが、燃焼ガスの温度を上げることです。そうすると同じ空気量でもより膨張して、よりタービンを回してくれるので効率が上がります。単純な話、燃料をいっぱい空気に噴出すれば温度は上がるんですが、でもそうなるとタービンが高熱に耐えられなくなって溶けてしまいます。
したがって、これを実現するには普通の鉄やアルミではなく、特にニッケル系の耐熱材料が必要です。近年のタービンは基本的にニッケルベースの素材でできているんですけど、ただ、エンジン稼働中はニッケルの融点である約1400℃よりも高い温度になります。だから何も対策を取らないと耐熱材料でも溶けてしまうんですね。
——となると、何かしらの方法でそれらを高温から守る技術が必要になると?
その通りです。ニッケル合金でできたタービンの羽根に小さな穴をたくさんあけて、超高速回転している際にその穴から空気が染み出してくるような冷却の仕方をしています。そうすることで、タービンとガスの間に冷たい空気の層を作ってやるんですね。
だけど、例えば火山の近所を飛んだとしますよね。そうすると、その穴に火山灰がつまっちゃう。火山灰というのはシリコン系ですから、あっというまに溶けて穴がふさがっちゃうんですよ。
——なるほど、火山が噴火すると飛行機が飛べなくなる理由のひとつがそれなんですね。
ひとつひとつの穴の形状や数、分布、そして穴に到達する前に空気が通過する羽根内部のパターンなど、シミュレーションや実験を通して細かく計算されている。ちなみに羽根の外側を取り囲んでいるアクリル板は本来タービンシュラウドという部分になるが、本物では軽量で高温にも耐える国産新素材CMC(セラミックマトリックス複合材料)で作られている。